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短編小説

彼女が彼女でなくなる時

作者: うわの空

 今朝、彼女の頬の皮がずるりと剥けた。


 剥けた皮膚はぐずぐずで、灰色がかった青色をしている。もはや、人の皮膚の色をしていない。僕はそれをビニール手袋をはめた手で拾って、しげしげと眺め、悩んだあと、ゴミ箱に捨てた。彼女の頬に再度くっつけられるとは思えなかった。


 彼女は白目を剥いて僕を見ながら、「うう」とか「があ」と唸っている。皮膚が剥がれ落ちたせいで人体模型のようになった頬と、口の端から流れ出る血の混ざった唾液。

 僕はすっかり変わってしまった彼女のことをじっと眺めた。


 どれだけ姿が変わっても、それはやはり、どうしても、間違いなく、僕の彼女だった。



 ゾンビが跋扈ばっこする終末世界になって一年が経った頃、僕の彼女はついにゾンビに噛まれてしまった。噛まれたのは右肩で、肩から腕、更に指先にまで血が滴っていた。

 ゾンビに噛まれたということは、ゾンビになってしまうことを意味する。噛まれてからゾンビになるまでの時間はおよそ五時間ほどしかない。僕は、彼女を救えなかったことを嘆いた。


 彼女は自ら死のうとした。僕を巻き込みたくないという想いからだった。僕はそれを阻止して、彼女と最期までともにいることを誓った。

 その時、彼女は言った。


「私が私じゃなくなったら、その時に私を殺して」


 彼女は僕に、自分を椅子に縛り付けるよう命じた。僕は彼女を殺したくない一心で、彼女のからだをロープできつく縛った。そうでもしないと、彼女は自らの意思で死んでしまいそうだと思ったからだ。


「私が私じゃなくなったら、その時は殺して。絶対よ」


 そうして念をおした数時間後、彼女に異変が現れた。噛まれた傷口は紫に変色し、身体中の血管が浮き出て見えた。肌の色は人間らしい色から徐々に、そうではないものへと変わっていった。その時彼女はすでに、息をしていなかった。

 僕を見て唸り声をあげ、ロープで椅子に縛られた体をガタガタと揺らす彼女を、僕は呆然と眺めていた。



 はたから見れば彼女は明らかにゾンビになっていて、それでも僕から見れば、「それ」はまだ彼女だった。彼女そのものだった。



 彼女がゾンビになって三日経った。腐った小指が取れて床に落ちた。

 それでも彼女は彼女だった。


 一週間が経った。噛まれていた右肩の傷がぐずぐずになり、それが原因で右腕がまるごと抜け落ちた。

 それでも彼女は彼女だった。


 一週間と四日が経って、皮膚が目玉を支えきれなくなり、少しずつ目玉が露出し始めた。

 それでも彼女は彼女だった。


 二週間が経って、目玉がひとつ取れた。

 それでも彼女は彼女だった。



「私が私じゃなくなった時は、私を殺して」



 ――二週間と二日が経った今朝、彼女の頬の皮がずるりと剥けた。

 赤黒い肉が剥き出しになった顔を見ても、それでもなお、僕から見れば彼女は彼女だった。



「私が私じゃなくなったとき、私を殺してね」



 いつになれば彼女が彼女でなくなるのか、僕はまだ分からずにいる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 遺骨、遺体、遺品を大切にするのと共通点を感じる。
[良い点] 短い文で人の心を動かすのがすごいですね。 切なくなりました。 題材も面白く、オチあり、でも愛があって切ないのがとても良いです! [一言] 他の作品も面白いので、少しずつ読んでいきたいと思い…
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