セリー
「いかがでしたでしょうか」
恐ろしい組事務所から生還した俺を、ロクサーヌが迎えてくれた。
女神に見える。
いや。女神が見える。
ロクサーヌは女神だったのだ。
美人だし優しいし言うことは聞いてくれるし迷宮では頼りになるしイヌミミは可愛いし胸は大きいし。
「ロクサーヌ、ありがとう」
「は、はい?」
「いろいろと難しいようだ」
ロクサーヌは分かっていなさそうだが、どうでもいい。
分かったことはぶっちゃけ、男の奴隷なんかいらねえよ、という事実だ。
イヌミミをひとなでさせてもらった後、ソファーにもたれこんでハーブティーをすする。
「あっ……」
「ん? ロクサーヌ以外に誰か飲んだ?」
「いいえ」
「じゃあいい」
ロクサーヌの飲みさしなら問題ない。
奴隷商人も続いて戻ってきた。
「今うちにいる者の中で、迷宮で働けそうなのは彼らくらいです」
「そうか。ちなみに、いかほどくらいか聞いてもいいか」
「迷宮でも間違いなく働ける者たちですので、安い者で十五万ナールから、男なので上は二十五万ナールまででしょうか」
「うーん」
相場としてはそんなものなのか。
迷宮でこき使うより美人の方が高く売れるようだ。
まあ、労働奴隷の場合はどれだけ稼げるかが基準、女奴隷の場合はどれだけ払えるかが基準なのだろう。
そのとき、トントンと音がしてドアがノックされた。
「入れ」
「準備ができましてございます」
ドアが開き、店の従業員らしきおばさんが顔を覗かせる。
おばさんは奴隷商人に一礼した後、ロクサーヌを見て軽く目礼した。
ロクサーヌも頭を下げる。
知り合いらしい。
この商館にいたのだから、知っている人がいて当然か。
「ではここへ」
「かしこまりました」
奴隷商人が命じると、おばさんが一人の女の子を招き寄せた。
おばさんの胸くらいまでしかない背の低い女の子だ。
小さい。
身長は百四十センチをきるだろう。
セリー ♀ 16歳
探索者Lv10
鑑定したら16歳と出たので、ロクサーヌと同い年だが。
矮種だからなのか。
ドワーフといっても、見た目それほど特徴はない。
やや大人びている背の低い子、という感じだ。
これまでにもどこかでドワーフを見かけたことがあったかもしれないが、気にも留めずにスルーしただろう。
身体つきは、ごつくも太ってもいない感じ。
むしろちっちゃくて細くて可愛らしい。
ドワーフの基準が分からないが、身長相応というところか。
かといって幼児体形というわけではない。小さいなりに整っている。
ボンキュッボンっとはいかないが、スタイルはいい方だろう。
髪は黒くて、おとなしい印象を受ける。
黒髪なのに目鼻立ちのはっきりとした割とバタくさい顔だ。
小高く鼻が通っていて、目も大きくて力がある。口は小さい。
なんか、いんちきイタリア人みたいな感じ。
日本人なのにイタリア人で通用する顔つき、といえば分かってもらえるだろうか。
かなりの美少女である。
美女というよりは美少女といった方がいい。
ヘアスタイルをもう少しなんとかすれば、セレブなお嬢様で通るだろう。
髪の毛は、全体にこんもりしており、ちょっと変な印象がある。
ショートカットでありながらかつ肩の上左右両側でまとめている。
「よろしくお願いします」
頭を下げると、髪の毛全体が不自然に揺れた。
どうなってるんだ?
「彼女、セリーが今うちにいるただ一人のドワーフです。セリー、こっちへ」
「はい」
セリーが奴隷商人の隣にやってきて、俺の前のソファーに座る。
彼女がドワーフか。
近くで見ても美少女だとはいえる。
ただし、ロクサーヌを初めて見たときほど心乱される感じはない。
何故だろう。
思うに、俺にはもうロクサーヌがいるから、無理にがっつく必要はない、ということではないだろうか。
ロクサーヌがいるから無理をして求めることもない。
ロクサーヌがいるから手に入らなければしょうがない。
手に入らなかったとしても、俺にはロクサーヌがいる。
くそっ。そういうことだったのか。
なんか格差社会の現実を見た。
モテるやつは女にがっつかないからさらにモテる。
モテないやつは下心が丸見えでさらにモテなくなっていくのだろう。
今の俺なら冷静に彼女を見ることができる。
セリーは、女性としての色香があるわけではないが、美少女だ。
妖艶な魅力を求めるのは間違っているし、十分に可愛らしい。
おとなしそうな感じだし、三階の荒くれどもを見た後ではなおさら好印象だろう。
「迷宮に入ることに問題はないか」
「はい。できる限りのことはいたします」
「そうか」
一応聞いてみた。
迷宮で戦うことに関しては心配していない。
探索者Lv10なのだから大丈夫だろう。
テーブルの上におかれたセリーの腕は細くてスマートだが。
奴隷商人は何故向いていないなどと考えたのか。
おとなしそうだし、バリバリ活躍する風には見えないとはいえ。
「あ、あの……」
セリーが何かを伝えたげに言いよどんだ。
セリーは奴隷商人の方をうかがう。
商人が小さくうなずいた。
「何?」
「私は探索者Lv10になりました」
「探索者なら迷宮に入るのに問題はないか」
それは鑑定で分かっていたけどね。
「えっと。そうではなく」
「何か問題が?」
「ドワーフは探索者Lv10になると鍛冶師へのジョブ変更が認められます。ただし、全員が鍛冶師になれるわけではありません。一般的に、迷宮で活躍できる才能のあるドワーフが鍛冶師にもなれるとされています」
なんか問題があるようだ。
「えーっと。つまり、なれなかったということ?」
「……はい」
俺の質問に、セリーは下を向いてしまう。
才能のあるドワーフなら探索者Lv10で鍛冶師になれる。
セリーは探索者Lv10だ。それなのに鍛冶師ではない。
つまり、探索者Lv10で鍛冶師にはなれなかった。
鍛冶師になれなかった彼女には迷宮で働ける才能はない、ということか。
少なくともセリーは鍛冶師のジョブを持っていないということになる。
ドワーフや前衛ではなく鍛冶師がほしかった俺には別の意味で問題だ。
しかしどうなんだろう。
才能がないから鍛冶師になれないなどということがあるのだろうか。
すでにドワーフにしかなれないという制限があるのだし。
大丈夫なんじゃないだろうか。
第一、才能なんていうものをどうやって計るのか。
単に鍛冶師のジョブを獲得するのに探索者Lv10の他にも条件がある、というだけではないだろうか。
例えば、知力100以上とか。
いや。ドワーフについてそれなりに理路整然と説明してきたので、セリーは頭はいい方だろう。
なら、腕力100以上とか。
キャラクター再設定でボーナスポイントを1ポイント単位で腕力上昇につぎ込めるのだから、腕力100以上という条件設定は可能なはずだ。
例えば、腕力100以上、探索者Lv10以上という条件で鍛冶師のジョブが獲得できるとかなら、話が通る。
ロクサーヌに訊いても要領を得なかったし、ステータスをポイント化するという発想は一般的には存在しないらしい。
探索者Lv10で腕力が規定の数値に達しないドワーフは、迷宮で活躍する才能がないと考えられても不思議はないだろう。
「訊いていいか」
「はい。どうぞ」
セリーが顔を上げた。
顔は可愛い。
鍛冶師のジョブを持っていないからと断るのはちょっともったいない。
悪くいえば、やや薄汚れている印象はあるか。
髪の毛とかもなんか野暮ったい。
というか、ロクサーヌが綺麗すぎるのかもしれない。
最初に会ったとき、ロクサーヌはどうだっただろうか。
ロクサーヌを迎えてから、毎日寝る前に身体を拭き、風呂にも何度か入れ、昨日は石鹸で磨き上げた。
差があって当然ではあるだろう。
ロクサーヌが綺麗になったのだとしたら、セリーも綺麗になるはずだ。
素はいいのだから。
「鍛冶師になるのに他に条件が、ああ、いや。探索者Lv10で鍛冶師になれないと、絶対に鍛冶師にはなれないのか?」
他に条件があるのが分かっていたら、才能がないとは落ち込まないだろう。
「鍛冶師ギルドでは探索者Lv10での転職しか受け付けていません。調べてみましたら、まったく前例がないわけではなかったのですが」
「そうか」
やはりそうか、と言うべきか。
本当に才能が条件になっているなら、探索者Lv10になったときに鍛冶師のジョブが得られなかったのに、その後鍛冶師になれるのはおかしいだろう。
まあ、腕力100以上、探索者Lv10以上ではあからさますぎる。
それでは誰でも鍛冶師になれてしまう。
もう少し厳しい条件なんだろう。
とはいえ、現時点でセリーが鍛冶師のジョブを持っていないとしても、その条件さえ満たしてやれば、鍛冶師を獲得できるはずだ。
もちろん、このまま鍛冶師のジョブを獲得できない可能性もある。
その可能性をどの程度見積もるべきか。
鍛冶師の奴隷を買うことも難しそうだ。
元鍛冶師なら購入できるようだが、元の場合鑑定では判別できない。元鍛冶師であると偽られるおそれもある。
鍛冶師を求めるなら、多少のリスクは負わなければならないだろう。
買ってみて鍛冶師のジョブを得られなかったら売り払う、のはかわいそうだとしても、パーティーメンバーにもまだ余裕はある。
最悪、俺たちが迷宮に出かけている間は家で留守番という手もなくはない。
セリーが鍛冶師になれない危険性は取ってみてもいいリスクだろう。
鍛冶師のジョブ獲得条件については、例えば、腕力100以上、探索者Lv10、という条件かもしれない。
これなら、後でいくら腕力をつけようが鍛冶師にはなれない。
探索者Lv10のときの才能で決まる、といってもあながち間違いとはいえないだろう。
その点、セリーは現在探索者Lv10だ。
若干は優位性があるかもしれない。
「私は村で一、二の力持ちでしたし、ドワーフの中では力のある方だと思います。迷宮に入ってもやっていくつもりです。よろしくお願いします」
セリーが頭を下げる。
腕力100以上という条件は違っていそうだ。
しかし、なんで自分からアピールしてくるんだろうかね。
奴隷商人に命じられているのだろうか。
つい不審に思ってしまう。
「そろそろよろしいでしょうか」
俺の微妙な反応を読んだのか、奴隷商人が促した。
疑念が表情に出てしまっただろうか。
「ああ」
「それでは」
俺がうなずくと、奴隷商人がセリーを退席させる。
一緒に奴隷商人も部屋を出て行った。
「なんで積極的なのかね」
二人きりになったので、つぶやくように疑問を口にする。
ロクサーヌと最初に会ったときに見た他の女奴隷は態度が悪かった。
さっき三階で会った男の奴隷も、周りに人がいたとはいえ、積極的に自分のことを売り込んでくるようなことはしていない。
俺がもし奴隷になったら、と考えると、自分のことを自分で売り込もうとは思わないだろう。
だから他の奴隷たちの態度の方が自然に感じる。
それなのに何故アピールしてきたのか。
「条件がいいからだと思います」
「条件……はいいのだろうか? 迷宮にも入るのだし」
迷宮に入っている俺が言うセリフではないが。
しかし、根なし草の俺には他に稼ぐ手段があまりない。
盗賊狩りをするとか。それもどうかという話だ。
また、自分で判断しながら迷宮を進むのと、命令されて進むのとでは危険度も異なるだろう。
「売り込んでくるのは、元々迷宮に入っていたか、入ることを考えていたような人でしょう。私もそうでしたし」
そうだったのか。
まあ、そういう面はあるのだろう。
適性のありそうな人を選別できて、一石二鳥だ。
「そうすると、あのドワーフも有望そうか」
と言ってから気づいた。
奴隷商人が出て行ったのは、俺とロクサーヌで相談させるためだ。
そのために席をはずしたのだろう。
やはりあなどれない。
「そうですね。ドワーフのことはあまりよく知りませんが、才能がないといっても覚悟があれば努力と鍛錬でなんとかなるでしょうし」
「そ、そうだよな」
ロクサーヌが言うと鍛錬というのも怖い。
しかし、女性だからといって反対することはないようだ。
一安心。
というか、よこしまなことを考えているのは俺だけだったりして。
「あまり長い間活躍することはできないと思いますが、その分値段も安いでしょうから、選択肢としては悪くないと思います」
「長くは活躍できなさそう?」
「はい。彼女はある程度の年齢だと思います。年齢を確認なさった方がよろしいかもしれません」
「え?」
鑑定したとき、セリーは16歳だった。
ロクサーヌと同い年だ。
ロクサーヌは何を言っているのだろう?
ドワーフは寿命が短いのだろうか。
「ドワーフは歳を取ると耳が細くなっていきます。彼女の耳はかなり細くなっていました」
首をかしげる俺にロクサーヌが説明してくれた。
そんなことがあるのか。
そういえば、種族によって老化するポイントが違う、という話を奴隷商人がしていた。
ドワーフの老化ポイントは耳ということか。
奴隷商人は種族によって寿命に違いはないとも言っていた。
「そういうものなのか。分かった」
年寄りに見える、ということは重要なポイントだろう。
これはいい話を聞いた。
不穏な空気を察したのか、そのとき奴隷商人が戻ってくる。
盗み聞きしてないだろうか。
セリーを連れてきたおばさんも一緒だ。
「少し席をはずしてもよろしいでしょうか。あのかたにはここにいたとき世話になったので」
おばさんがついてきたのを見て、ロクサーヌが告げた。
「ああ。話をしてくるといい」
奴隷商人と入れ替わりに、ロクサーヌが部屋を出る。
奴隷商人が俺の前に座った。
「いかがでしたでしょうか」
「そうだな。値段によっては、悪くないだろうということだ」
「さようでございますか。セリーは、鍛冶師でこそありませんが、ドワーフで16歳。性奴隷となることを了承しております。処女でございますので、病気の心配はありません」
ロクサーヌがいなくなったためか、奴隷商人がズバズバと切り込んでくる。
このためにわざわざロクサーヌに席をはずさせたのか。
よこしまなことを考えているのは、少なくとも俺だけではなかった。
「そうか」
「ミチオ様は他種族のことにあまりお詳しくはないご様子。実は、セリーは生まれつき耳が細く、細い耳はドワーフにおいては老化の特徴と考えられております。ミチオ様にこだわりがなければ、通常の相場よりもかなりお安くなっており、お買い得であると思います」
本当に俺とロクサーヌとの会話を聞いていたかのようだ。
それがなければ高く売りつけられていたかもしれない。
連れてきてよかった。
「他種族の者に耳は関係ないと思うが、それでも安くなるのか」
「むしろ他種族の者から見れば、耳だけしか判断材料がありませんので」
「なるほどね」
まあ、社会的に年寄りだと見られる女性を、高い金を出してまで手に入れたいとは思わないのかもしれない。
「また、セリーはなったばかりの初年度奴隷でございますので、税金の分もお安くなります」
「初年度奴隷?」
「はい。通常、奴隷の税金は一万ナールです。普通の庶民である家人階層の税金は三万ナールとなっており、これを利用すれば税抜けができてしまいます。そのため奴隷になった最初の年だけは税金が三万ナールかかります。まだこの税金を払っていない奴隷が初年度奴隷です」
庶民の税金は三万ナール、奴隷の税金は一万ナール。
奴隷になって一万ナールの税金を払い、その後すぐに自分で自分を買い戻せば、二万ナールの脱税ができる。
それを防ぐために、最初の年だけは奴隷でも税金が三万ナールかかるということか。
十万ナールの税金がかかる自由民の俺ならそれでも七万ナールの節税になるが。
ただし、買い戻したとき自由民には戻れないのかもしれない。
というか多分そうなんだろう。
ロクサーヌの税金はどうなっているのか。
税金を払えないせいで売られたのだから、ロクサーヌの最初の年の税金三万ナールは奴隷商人が肩代わりしたのだろう。
その分もロクサーヌの値段に上乗せされたはずだ。
「了解した」
「そうですね。耳のことがあるので、彼女はあまり高くは売れません。ズバリ三十万ナール、といいたいところですが、うちに来て日が浅く、教育の行き届いていない可能性もあるので、三万ナールを引かせていただき、二十七万ではいかがでしょうか」
奴隷商人が値段を提示する。
ロクサーヌとはえらい違いだ。
とはいえ男の奴隷よりも高いのは、それだけの美少女だからか。
まあ、安い方は別にして、相場なんてあってないようなものなのだろう。
ロクサーヌのときは足元を見られたのかもしれない。
今回は、無理にがっついてはいない。
安ければ買う、という態度なのだから、条件闘争だ。
「うーむ」
「では二十六万ナール。いや二十五万ナール。これがぎりぎりの値段です」
言葉を濁していると、さらに値を下げてきた。
奴隷商人の方も、できればここで売ってしまえということなのか。
俺なら耳にこだわりもないし。
「そんなにするのか」
「そうですか……」
二十五万ナールで本当にぎりぎりくさい。
これ以上は無理か。
しょうがない。
「ロクサーヌのときにつけてくれた服があっただろう」
「あれでございますか。あの服は帝宮の侍女が着る服を模したもので、多くのお客様から大変喜ばれている品でございます」
あのメイド服は侍女が着るものであったらしい。
見るからに上流家庭で家事労働を行う女性のための服ではある。
「そういうものだったのか」
「あの服ならば四千ナールほどでおつけいたします。両方あわせて、特別サービスということで、十七万七千八百ナールでお譲りいたしましょう」
買うものが複数になったので、三割引が効いた。
交渉成立だ。