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売約


 ロクサーヌ。

 奴隷商の館で現れた狼人族の女性だ。

 今までに見たこともないような美人。吸い込まれそうなとび色の瞳が麗しかった。


 そんなロクサーヌを買えるのか?


 カップを置こうと目の前で小さくかがんだときに胸元が揺れていた。

 あの胸が俺の自由に?


 彼女をものにできることは嬉しい。

 嬉しいが、奴隷を買うというのは正直微妙だ。


 しかし、俺が買わなければ誰か他のやつが買うことになる。

 もちろん性奴隷として。

 それは許せん。



 俺はまあ、この世界に奴隷制度があることを否定しようとは思わない。

 社会制度を変えるなんて無理だ。

 現在の地球にだって、公的な奴隷制度こそなくなったものの、人身売買、臓器売買、児童買春といった問題はある。

 俺よりものを知っているはずの地球の大人たちが解決できない問題を、地球では高校生だった俺にこの異世界で解決できる道理はない。


 地球の先進国ほどにこの異世界を豊かにすることができれば奴隷制度はなくなるかもしれないが、地球でだって貧困問題は解決していないのだから、一緒のことだ。

 コンピューターとか飛行機とか太陽電池の原理や製造方法を知っているわけもなく。


 最初の村がそうであったように、この世界では奴隷制度が司法と結びついている。

 奴隷制度だけをなくして万事解決というわけにはいかない。

 少なくとも刑務所を建てる必要があるだろうことくらいは俺にも分かる。

 刑務所を建てるには税金がいる。税金を上げようとすれば、官僚機構を整備し、官僚を育成するには教育制度が必要で、あるいは整備された官僚が何をしでかすか、と問題はどんどん広がっていく。

 他にもどんな結びつきがあるか分かったものではない。


 俺はこの異世界で、社会変革者になるつもりも、奴隷制度を否定するつもりもなかった。


 だからといって、奴隷を買うことが許されるだろうか?


 とはいえ、もう奴隷を売ってしまったわけだが。



 ロクサーヌ。

 あの美しい顔を思い出す。



 ロクサーヌを買いますか?

 はい いいえ



 いやいやいや。



 ロクサーヌを買いますか?

 はい いいえ



 もちろん、いいえを選ぶことはできない。

 カーソルは、はいから動かない。


 フリーズしたままだ。



 ロクサーヌを買いますか?

 はい いいえ



 考えてもみるがいい。

 俺はティリヒさんにも美人騎士にも相手にしてもらえなかった。

 イケメン限定で起こるような美味しい話が俺に降りかかることはない。

 つまりまあ、そういうことなのだ。


「性奴隷だと、高いのではないか」


 せめてもの抵抗として、奴隷商人に訊いてみる。


「いいえ。ほとんど変わりません」

「何故」


 普通に考えたら、性奴隷だと高いのではないだろうか。


「相場というものがございます。若い女性であれば、性奴隷であろうとなかろうと、実質的に職務の違いはありません。同じ仕事を求めるなら、値段は同じところに落ち着きます」

「性奴隷でない若い女性奴隷も性奴隷と同じ仕事をすると?」


 奴隷商人は、はっきりとうなずき、話を続けた。


「戦闘能力や仕事をする能力でいえば、男性も女性と同等かそれ以上の力を持っているでしょう。しかし、働き盛りの成人男性の奴隷でも売値は十二万ナールほどが相場。若い女性であればこの倍以上、美貌によってはさらに値が大きく上昇いたします。これはそういうことなのです」


 単に働かせるだけなら、男性の奴隷も女性の奴隷も値段に大差はないはずだ。

 しかし実際には若くて美しい女性奴隷の値段は高い。

 もちろん、そういう需要が大きいからだ。買った奴隷をショーウインドウに飾っておくようなことはすまい。


 性奴隷もそうでない奴隷もさせることは一緒。

 であれば、値段は変わらないと。


 奴隷商人の話がだんだん核心に近づいてきた。


 おそらく、これ以上話を訊くならアレがいるだろう。

 アレを設定するということは買うことを認めるということだ。

 しかし、買わないと決めたわけでもない。アレを設定せずに話を進めるわけにはいかない。


 俺は、キャラクター再設定と念じた。

 値引交渉にチェックを入れる。

 値引交渉が十パーセント値引に変化した。

 やっぱりこのパターンか。

 買取価格三十パーセント上昇をはずし、三十パーセント値引までゲットする。

 値引のスキルも、買取価格上昇と同じく六段階、三十パーセント値引で終了し、かすれ文字になった。


「彼女ならば高いのではないか」

「そうですね……」


 奴隷商人の顔がほころぶ。

 こちらの買う気を見て取ったか。


「うむ」

「ズバリ、六十万ナールほどが相場でございます。先ほどの衣装もおつけして、ここまでお勧めしたのですから、四十二万二千八百ナールでお譲りいたしましょう」


 奴隷商人が意気込んで告げてきた。


 その言葉に、俺は大きく息を吐き出す。


 四十二万ナールか。

 買える値段ではない。


 買える値段だったら、飛びついたかもしれない。飛びついただろう。飛びつかずしてなんとする。

 ロクサーヌのとび色の瞳は魅惑的だ。そこまでの価値がある。


 しかし、俺は金貨を三十三枚しか持っていない。

 倫理とか俺の感情とかは関係ない。

 ない袖は振れない。


「残念ながら、俺には手が出んな」

「さようでございますか」


 さほど残念でもない風に、商人が答えた。

 俺は残念だけどな。


「仕方ないな」

「それでは、当家にいる他の奴隷も見ていかれてはいかがでございましょう」


 なるほど。

 最初に一番綺麗な女性を見せてこちらの買う気を高め、安いブスを売りさばく策略か。


 AV女優が働いているとされる風俗店なんかでは、彼女の名前を出して客を集め、店に行くと急に都合が悪くなったとかいって、別の女性をあてがったりするという。

 俺は風俗に行ったことはないが、ネットに載っていた騙しのテクニックだ。


 それと同じような策略。しかし今の場合、別に騙されたわけでもない。

 単に俺が買えなかっただけだから。


 いいだろう。乗ってやる。


「うむ。それもよかろう」

「ありがとうございます」


 奴隷商人は頭を下げると、俺を別の場所へと案内した。

 建物の一番奥に行き、階段で三階に上がる。狭く、急な階段だ。


「いらっしゃいませ」


 三階にはおばさんがいた。

 階段のそばは小さなフロアしかなく、左右に二つのドアがある。


「整列させよ」

「かしこまりました」


 おばさんが持っていた鍵で左のドアを開け、奥に消える。


「三階は女性奴隷の部屋となっております。基本的に、この階の管理はすべて女性従業員が行っております」

「うむ」

「処女の確認も、彼女らが行っております」


 立ったまま奴隷商人が説明した。

 男にやらせているわけではないということか。


 隣の部屋からおばさんの声が響いてくる。

 やがて、物音が収まり、おばさんが戻ってきた。


「準備できましてございます」

「お客様、こちらへどうぞ」

 

 奴隷商人が俺を部屋へと案内する。


 部屋には大勢の女性が横一列に並んでいた。

 特に、臭いとかぼろを着ているとかガリガリで栄養状態が悪いとかはないようだ。

 まあ商品だからな。

 管理はしっかりしているのだろう。


「彼女らが」

「はい。どうぞ奥まで進み、ご覧になってください」

「うむ」


 俺は一人一人見ながら女性奴隷の目の前を進む。

 奴隷を見せるときには裸にするんじゃないのかと思ったが、そんなことはなかった。

 まだ買うと決めたわけではないからか。


 向こうもこっちを見ているので緊張する。

 しかし恥ずかしさはない。

 というか、彼女たちは見ているといっても、見るというよりはぼんやり眺めている感じだ。


 買われる奴隷が所有者候補を見る目はこんなものなのか。

 奴隷を買うということの意味を実感する。


 しかし、彼女たちだって少しでもよい主人に買われた方がいいだろうに。

 キラキラした目で見てほしいとはいわないが、もう少し何かあってもいいんじゃないだろうか。


「ここでは食事もきちんと取らせております。商品でございますから。彼女たちが前にいた場所よりも、よほどよいところでございましょう」


 俺の疑問を感じ取ったのか、奴隷商人が後ろから説明してきた。


「なるほど」


 この場所の居心地は悪くないということか。

 やらされる仕事もないだろうしな。

 奴隷に売られるくらいならば、いつまでもこの場所にいたいのだろう。


 最初の女性は、やる気なさそうな目で前を眺めていた。

 俺のことなどまったく無関心だ。


 次の女性なんかは絶対ふてくされているよな。

 普通、あれを買おうとは思わないんじゃ。


「売れ残るということがどういうことか、言い聞かせてはいるのですが。なかなか分かってはくれません」

「うむ」


 それは俺も分かりたくはない。

 ただ飯を食われても奴隷商人は困るだけだ。

 売れ残れば、値段を下げ、条件の悪いところに押し込もうとするだろう。


 次の女性は、目は死んでいないが、顔のつくりが。


 その次は、……うん、ないな。


 次のこの女性は、まずまずか。

 女、27歳、村人。さすがに年上すぎ。


 次の子もちょっと可愛い。

 でも胸はない。


 もう一人、その先に可愛い子がいる。

 まあ可愛いのだろう。可愛いのだろう、が。


 最後まで進んだ。

 確かに若い女性奴隷だけのことはある。可愛い子も何人かはいた。

 悪くはないかもしれない。


 最初にロクサーヌを見ていなければ。


 ロクサーヌが美人すぎるため、彼女と比較して、どうしても劣ったものと見てしまう。

 奴隷商人の策略は失敗だな。

 初めにブスを出して、後から美人を見せるべきだったのだ。


 並んだ女性をもう一度見ながら、先頭に戻った。

 奴隷商人と二人、部屋を出る。


 部屋の外に、ロクサーヌともう一人おばさんがいた。

 給仕から戻ったところか。

 やっぱり綺麗だなあ。

 ロクサーヌが頭を下げる。


 あ、イヌミミだ。イヌミミ。

 着替えて帽子もとっていたので、特徴のある耳がはっきり見えた。

 大きくてフニャンと垂れている。ゴールデンレトリーバーみたいなたれ耳だ。

 よく注意して見ないと、髪の毛に隠れて分かりにくい。


「いかがでしょうか」


 奴隷商人が尋ねてきた。


「やはり彼女を見てしまうとな。残念だが」

「さようでございますか。お客様はおまえを気に入られたようだ」


 奴隷商人がロクサーヌに告げる。


「……」


 ロクサーヌは一度無言で俺を見た。

 俺と目が合うと、うつむくようにして視線をそらせる。

 困ったような、はにかんだような。


 なに、今の。

 メッチャ可愛い。


 でもまあ、無理なものは無理だ。

 先立つものがない。

 人間諦めが肝心である。


「いかがでございましょう。十日ほどなれば、お待ちできますが」

「は?」

「市は五日に一度開かれます。五日ではさすがに準備するにも短すぎるでしょう。ですので、次の次の市が開かれる十日後までお待ちします。その間に、必要なものをご用意ください」


 奴隷商人は勝手に話を進めた。

 最高級品を見せて、普及品を見せて、やっぱり最初の高級品がよかったと思わせる策略だったのか。

 油断した。


「あ、い、いや……」

「お客様はおまえのことをお求めでいらっしゃるが、急なことで持ち合わせが足りないのだ。なので、契約まで十日待つ」


 ロクサーヌにも宣言する。


「ありがとうございます」


 ロクサーヌが頭を下げた。


 なに、この連携プレイ。

 こうなればもう断ることなど不可能だ。


 ひょっとして奴隷商人とぐるだったのではないかとも思えるが、そうだったとしても、それが悪いわけではない。

 これだけの美人が手に入るのだから。


 そもそも、ロクサーヌと奴隷商人がぐるだったとして、どうやって俺を騙すのか。

 奴隷商人は彼女が処女であると明言している。おそらく変な女ではないだろうし、複数の客に売るのも難しいだろう。

 後から取り戻すとしても、奴隷商人の説明が嘘でなければ、俺が死ねばロクサーヌも死ぬことになる。

 あるとすれば、金を用意させて殺して奪うくらいか。


 単にロクサーヌを売るために奴隷商人とロクサーヌが手を組んだのなら、俺としては困ることは何もない。


「用意できるとは確約できんが」

「そうなれば新しい売り先を探すだけです。彼女の美しさです。すぐにも見つかりましょう」

「十日の間に、彼女にはもっと条件のいい客が現れるだろう」


 せめてもの抵抗を試みる。


「そのようなことはお客様が気になさることではございません」

「彼女にとってもいい客が現れたらその方がよいのではないか」

「私なら、お待ち申し上げております」


 え? なにこの商売上手。

 なんで売り込んでくるの?


 ロクサーヌが俺を見てニッコリと微笑んだ。

 流麗な唇の隙間から、白い歯が覗く。


 美しい。

 超絶して美しい。


「では、彼女は売却済みの部屋に移してくれ」


 奴隷商人がおばさんに命じた。

 ゲームセットです。


「はい。それでは、こっちへ」


 おばさんは、俺たちが見てきた部屋とは階段を挟んで反対の方にロクサーヌを導く。


「はい。あの、よろしくお願いします」


 ロクサーヌは三度俺に頭を下げた。

 イヌミミが揺れる。


 うん。

 もういいや。ゲームセットでも何でも。


「まいりましょうか」


 奴隷商人が階段を下り始めた。


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