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鉢合わせ

 

 ハルバーの十四階層を突破した。

 迷宮は、ハルバーであれクーラタルであれ結構な広さがある。

 入り口とボス部屋が隣り合っていた、などということはまずない。

 ある程度は探索に時間が必要だ。


 それでも、左から探索していって左にボス部屋がある場合もあれば、左から探索していって右側にボス部屋があるケースもある。

 探索時間の長さが運に左右されるのは仕方がない。

 ハルバーの十四階層は短かった方だろう。


 俺たちのパーティーは探索だけを目的としているのでもない。

 ロクサーヌがいるから、狩は効率よく行える。

 その分、戻ることもあるから、あっちへふらふらこっちへふらふらする。

 探索のスピードは多少鈍る。


 いつどこで壁にぶち当たるか分からないから、レベルアップは図らなければならない。

 俺たちでは倒せない魔物、相手にできない階層がどこかにあるはずだ。

 効率的には、苦しくなってから、その階層、もしくはその一つ下の階層でレベルアップするのがいいのだろう。

 この世界の標準でも俺たちくらいの力があればもうちょっと上の階層に行くらしいし。


 しかし、それでは安全マージンが取れない。

 苦しくなるような階層では、一歩間違えただけですぐに死に至る。

 殲滅するのに時間がかかれば、魔物の団体が複数集まってくることもあるという。


 ヘタレだと笑わば笑え。

 迷宮では生き延びることこそ第一義だ。

 無事是名馬である。


「そういえば、俺たちぐらいの力があればもっと上の階層に行ってもおかしくないんだっけ」

「えっと。……あの、そうです」


 セリーに尋ねると、何故か答えにくそうにした。


「まあ他のパーティーのことは知らないか」

「戦闘奴隷のいるパーティーはなるべく上の階層へ行ってギリギリの戦闘をする傾向があるそうです」

「そうなのか?」

「はい」


 代わりにロクサーヌが答える。


「えっと。なるべく上の階層で戦った方が、いい経験を積んでより早く強くなれるとされています。上の階層は危険も大きくなりますが、失敗したとしても必ずしも全滅するとは限りません。回復魔法や薬を所有者から優先して使っていけば、所有者の危険度は小さくなります」


 セリーが説明した。

 つまり、いざというときには奴隷を捨て駒にするわけか。

 上の階層で全体のリスクが増えても、戦闘奴隷から順にかぶせるので、所有者のリスクはあまり上がらないと。


 それは確かに答えにくいわな。

 主人が知らないなら、知らないままにしておいた方がいい。

 戦闘奴隷というのはやはり大変なようだ。


「しかしその方法は俺のパーティーでは使えないな。ロクサーヌもセリーもミリアもいなくなったら困るし」

「ありがとうございます。ですが、もっと上の階層に行っても大丈夫です」

「はい。ありがとうございます」

「かけがえのない仲間だからな」

「……ありがとう、です」


 ロクサーヌから翻訳を聞いたミリアが遅れて頭を下げた。


 十四階層ボスのネペンテスは、クーラタルの十二階層でも倒しているし、何の問題もなくしとめる。

 柳の硬革靴でさらに回避力が上昇したロクサーヌにネペンテスごときの攻撃が当たるはずもなく。

 面白いようにボスの攻撃を手玉に取っていた。


「ハルバー十五階層の魔物は何だ」

「ビッチバタフライです」

「風魔法が弱点だったな」


 十四階層のボス部屋を突破して、セリーに訊く。


「そうです」

「クーラタルの十六階層で戦っているから、少ないところで試してみなくても大丈夫だろう。ロクサーヌ、頼む」

「ビッチバタフライがサラセニアと同数以上のところがいいです」


 ロクサーヌへの依頼に、セリーが口をはさんだ。


「何故?」

「お忘れですか。ビッチバタフライは火属性魔法に耐性があります」


 そうだったか。

 聞いたような気がしないでもない。

 弱点の属性が何で耐性のある属性が何かという説明は、確かに全部受けてきている。

 今まで気にしたことはなかったが。


 ビッチバタフライとサラセニアが同時に出てきてサラセニアから倒そうとファイヤーストームを使っても、ビッチバタフライには効果が薄いということか。

 魔物の組み合わせによっていろいろと考えなければならないようだ。

 魔法使いというのは意外に頭を使うらしい。


「そうか。さすがセリーだ。これからも何かあったら頼む」

「はい」

「では、ロクサーヌ」

「かしこまりました」


 ロクサーヌが最初に案内したのはビッチバタフライ二匹とサラセニア一匹の団体だ。

 まずはビッチバタフライをブリーズストーム六発で屠る。

 サラセニアは追加のファイヤーボール三発で倒した。

 敵の方も順調に強くなっていくようだ。


「セリー、耐性があると魔法はまったく効かなくなるのか」

「そんなことはないと思います。ただ、具体的にどの程度有効かは知らないです。魔物によっても違いがあるでしょうし。すみません」

「じゃあテストしてみる必要があるか。ロクサーヌ、一度、ビッチバタフライが一匹でサラセニアがいる団体にも案内してくれ」

「分かりました」


 ロクサーヌに依頼する。

 しばらく後にサラセニア二匹とビッチバタフライ一匹の団体とも戦った。

 サラセニアは火魔法六発で倒れ、ビッチバタフライは追加の風魔法四発で落ちる。

 四発か。

 思ったよりたいしたことはない。


「これなら、サラセニアの方が多いところに連れて行ってくれてもいい」

「そうですね。分かりました」


 十五階層の魔物は最大で四匹だ。

 サラセニアの方が多ければ、ビッチバタフライは一匹になる。

 二匹二匹ならビッチバタフライから倒せばいい。

 上の階層で厳しい戦いをするようになれば魔法一発分の戦闘時間が生死を分けることもあるかもしれないが、今はまだそこまでギリギリでもないだろう。


「セリーもありがとう。実験してみなければ分からなかった」

「いえ」


 ただし、ビッチバタフライには火魔法六発で風魔法二発分のダメージしか与えていないことになる。

 そう考えれば、大きい。

 魔物の組み合わせを考えて魔法属性を決めていく癖をつけることも大切だろう。


 メテオクラッシュも使ってみる。

 思ったとおり、サラセニアは一撃で倒せたがビッチバタフライは倒せなかった。


 と結果を確認したところで気づいた。

 対照実験をしていない。

 ハルバーの十二階層に移動して、グラスビーにメテオクラッシュを使う。

 グラスビーはメテオクラッシュ一発で煙となった。


 レベルが上がって強くなったので十二階層の魔物なら一撃で屠れるようになったらしい。

 マーブリームLv12を一発で倒せたのはそのおかげか。

 属性は関係なかった。

 確定するには、サラセニアやフライトラップが倒せてグラスビーやビッチバタフライを一撃では倒せない階層で試してみる必要があるが。


「そういえば、前にパーンの残したヤギ肉を魚醤につけて揚げたことがあっただろう」


 ミリアに向かって話す。

 昔作った黒い竜田揚げだ。


「はい」

「尾頭付きを同じようにしたら、旨くなると思わないか」


 徳川家康だってタイの天ぷらがあまりにも美味しかったので食べすぎて体調を崩し亡くなったという説もある。

 それと同じような料理。

 しかも、元の食材が尾頭付きだ。

 これは旨いだろう。


「食べる、です」


 当然乗ってくるわな。


「魚醤につけておく必要があるから明日の夕食になるが、十四階層の突破記念だ。ロクサーヌとセリーもそれでいいか」

「はい。ありがとうございます」

「美味しいと思います」


 二人の了解も得て、ボーデの十二階層に移動した。

 マーブリームをサンドストーム四発で倒す。

 僧侶がなくても四発か。


 魔物が煙と化した。

 その煙も消える。

 アイテムの中に一つ、魚一匹が丸ごと残っていた。

 尾頭付きだ。


「すごい、です」


 ミリアがすぐに飛びついて、嬉しそうに持ってくる。


「尾頭付きはかなり残りにくいアイテムだそうです。一発で尾頭付きを残すとはさすがご主人様だと言っています」


 尾頭付きが残ったのは僧侶をはずして料理人をつけたおかげだ。

 料理人にはレア食材ドロップ率アップのスキルがある。

 さすがに最初の団体で残ったのはたまたまだろうが。

 まあミリアが少しでも尊敬してくれるならそれでいい。


 ミリアから尾頭付きを受け取った。

 尾頭付きは、魚丸ごと一匹ではありながら、骨も内臓もない。

 魚そのものであるマーブリームの頭が残ったわけでもない。

 どうなってるんだろう。


「マーブリームは体の中にタイを持っているそうです。タイのタイと呼ばれています」


 首をひねった俺にセリーが教えてくれた。

 それはなんか違くないか。


 別にいいけどさ。

 狩を続ける。

 二個めの尾頭付きはその後十匹以上狩ってようやく出た。


「尾頭付き、です」


 ミリアが持ってくる。

 きっちりブラヒム語も覚えたようだ。

 アイテムボックスにしまった。


「尾頭付きは相当に残りにくいと聞いたのですが……」

「ミリアもそう言っています。さすがはご主人様です」

「あ。でも料理人になれば食材が残りやすいという話を聞いたことが」


 悩んでいたセリーが正解にたどり着いたらしい。

 さすがはセリーだ。

 セリーに向かってうなずいてやり、切り上げることにする。

 尾頭付きが二つあればミリアも満足だろう。


「あの。ご主人様、すみません」


 帰ろうとすると、突然ロクサーヌが謝ってきた。


「何だ」

「知り合いのにおいがします。入り口から入ってきたところだと思います」

「知り合いか」


 においで分かるというのも便利なものだ。


「移動した方がいいですが、近くにいてはっきりとにおうので、向こうにも私の存在が分かったかもしれません。このまま逃げて後で会ったら、何か言われる可能性もあります」

「嫌な知り合いなのか?」

「えっと。少し」

「そうか」


 ロクサーヌはあまり会いたくない相手のようだ。

 しかしワープで移動するのも得策ではないらしい。

 こっちから向こうが分かるということは、向こうからもこっちが分かるということだ。

 逃げ出せば分かってしまう。


 においで分かるというのも不便なものだ。


 向こうも用事があってボーデの十二階層に来ているのなら、また会う可能性はある。

 ミリアは魚をほしがるだろうし。

 ボーデの十二階層に出没するなら、ハルバーの十五階層だって絶対安全とはいえない。


「こっちに近づいています。確実に私のことが分かったのでしょう」

「しょうがないか。このまま待とう」

「すみません。変なことを言われるかもしれません。お気になさらないようにお願いします」

「そこまで嫌な相手なのか」


 ロクサーヌが本気で嫌がっている。

 そうでなくても、奴隷になる前の知り合いに会うというのはうとましいものだろう。

 嫌いなやつならなおさらだ。


「昔から私のことを目の敵にしてくるので」

「何かあったとき、俺はロクサーヌの味方だから」

「はい。ありがとうございます、ご主人様」


 少しでも気が軽くなるようにロクサーヌを応援してやる。

 そっと肩に手を置いた。

 ひもろぎのロッドはアイテムボックスにしまい、知り合いが来るのを待つ。


「おーほっほっ。やはりロクサーヌではございませんこと」


 やがて六人連れのパーティーが現れた。

 獣戦士四人、冒険者一人、僧侶一人のパーティーだ。

 レベルは結構高い。

 獣戦士Lv99……だと?


「ご無沙汰しております」

「ホント、久しぶりだというのに、相変わらずさえない女ですわね」


 ロクサーヌと会話しているのは、獣戦士Lv29の女だ。

 鑑定上♀だけど。

 19歳だから、ロクサーヌより三つ上。

 知り合いというのはこの女性か。


 容姿については、ノーコメントということで。

 ロクサーヌと比べられるはずもないし。


「そちらはお変わりもなく」

「以前のわたくしとは思わないでいただけます? 半年前からさらに強くなりましてよ」

「そうですか」


 ロクサーヌが腰を低くして接しているから、身分が上の女性なんだろう。

 苗字もあるようだ。

 この世界では苗字がある人は稀少らしい。


 プライドも強烈に高そうである。

 髪の毛を長く伸ばし、先を縦ロールにしている。

 髪の毛はドリってる。

 日本を初めて空襲したのはドーリットル。


 この世界、普通の身分の女性では髪を伸ばせない。

 手入れが大変だからだ。

 髪を伸ばすのはそれだけ余裕がある証。

 自分が裕福だと見せつけているわけである。


「かすかでしたが、迷宮の途中でロクサーヌの貧相なにおいが漂ってきましてよ。わたくしにかかればこのくらい何でもありませんわ」


 ロクサーヌは入り口から入ってきたのがはっきり分かったと言ってなかったか。


「こちらにはどのようなご用件で」

「情報弱者のロクサーヌは何にも知りませんのね。かわいそうだから教えて差し上げますわ。狂犬のシモンが出没するという手配書が回っていましてよ。活躍の見込めない家に手配書は回らないでしょうけど」

「狂犬のシモンですか」

「シモンはかつて、狼人族でも一、二の使い手といわれた男。サボーが倒し、わたくしのバラダム家こそ狼人族の中で一番強いと証明してみせるのです」


 サボー・バラダムというのは、一緒にいる獣戦士Lv99の男だ。

 強いのだろう。

 Lv99だし。


「あー……」


 ロクサーヌが困っている。

 シモンはすでに倒してしまった。

 サボーが倒すことは無理だ。

 しかし証拠がない。


「相変わらず躾がなっていない雌のくせに、ブラヒム語は多少覚えましたのね。まだ巧く話せないようですけど」


 ロクサーヌが言いよどんでいるのを勘違いしたのか、女が言い放った。

 ブラヒム語が使えないと思うんだったらブラヒム語で話しかけるなよと。


「えっと。いや」

「奴隷に落ちたのも少しは役に立ったようですわね。感謝してほしいですわ。いろいろ手を回して、あなたの家に収入がいかないようにしたのですから」

「そんな……。あなたが……」


 女の暴露にロクサーヌが絶句する。

 前に聞いたことがある。

 ロクサーヌは確か税金が払えなくて売られたのだった。

 この女がそうなるように画策したということか。


「わたくしのバラダム家の力を使えば、簡単でしたけど。ロクサーヌがひとの男に色目を使うビッチなのがいけないのですわ」

「使ってません」

「口ではそんなことを言っても、態度を見れば明白ですわ。どれだけの男を手玉に取ったのやら。ロクサーヌを見る男の視線が違うのだからすぐに分かりましてよ。その上わたくしの婚約者まで」

「知りません」


 なるほど。

 やはり地元でもロクサーヌを見る男の目は違っていたらしい。

 これだけの美人でこの胸だからなあ。

 そうもなろうというものだ。


「奴隷になったら、今度はそちらの軟弱男を籠絡したのですか。ロクサーヌに騙されるようでは知れたものですわね」

「ご主人様の悪口は言わないでください」


 ロクサーヌが声を張り上げた。

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