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063:ライラの戦い


「まずはひとかけ真っ赤なリンゴッ! 続けてもう一つ(もひとつ)真っ赤なリンゴッ! 重ねて二つッ、焦げ付く情熱のアップルパイッ!!」


 ドリスへ向けて、走って――と一方的に告げたあと、ライラは即座に愛用の片手短杖(ショートスティック)――豊かなるライラック(リラ・ライヒ・リラ)へとマナを巡らせ、詠唱(コール)を紡ぎ、花銘(ワーズ)を解き放つ。


 杖の先端に小さな火球が複数生まれて、寵愛花蜂(フルービィ)へと向かって突き進む。

 複数の火球は、ドリスに視線を向けていた寵愛花蜂(フルービィ)をいくつもぶつかり、小さな爆発を繰り返す。


 だが――


「あまり効いてない?」


 ライラが訝しんでいると、寵愛花蜂(フルービィ)がこちらへと向き直った。

 どうやら、効いて無くとも注意は引けたようだ。


「さぁて、ここからここから」


 ユノ達が来るまで時間を稼ぐ。

 無理して倒す必要はない。


 決して容易とは言えないが、分かりやすい目標があるのは助かる。


 ライラは寵愛花蜂(フルービィ)を見据えながら、愛杖(ライヒ)に仕込まれた短剣を抜き放つ。


 左に杖、右に刃を携えるライラに向けて、寵愛花蜂(フルービィ)が羽音を大きく立てながら突撃する。


 それを横へと飛んで躱したライラは即座に花蜂(フルービィ)へと向き直り、刃へとオドを巡らせた。


刺瞬(ししゅん)キャロット!」


 葉銘(ワーズ)と共に地面を踏みしめ、力一杯に刃を突き出す。

 剣に纏わせていた黄緑色のオドが人参を思わせる形状へと変化しながら、剣の先端から飛び出して、花蜂(フルービィ)を向かっていく。

 

 花蜂(フルービィ)はその突きから放たれたオドの塊をひらりと躱すと、そのままライラに向かって体当たりをしてくる。


 ライラは慌てて蜂の進路から飛び退く。


(普段なら、お姉ちゃん達が足止めとかしてくれてるのに……)


 胸中で思わず毒づいてから、気がついた。


(違う。今はその普段じゃない。いつも通りがいつもあるとは限らない……ッ!)


 途端、さっきまでの威勢が萎んでいくのを自覚する。


 誰にも助けてもらえないかもしれない戦い。

 体当たりが直撃したら大怪我ではすまないかもしれない。

 もしかしたら毒針に刺されるかもしれない。


 その先に待っているのは、明確な死。

 一度(ひとたび)行動の選択を誤れば、ライラの命核(ソフィル)は幻蘭の園へと旅立つだろう。


(強くなってたつもりだった……強くなれてるって気がしてた。

 だけどそれは全部、わたしの近くに常に誰かいたから、そんな気がしてただけ……?)


 こんな時だと言うのに、脳裏によぎった後ろ向きな考えが、ライラの動きを縛りつける。


 寵愛花蜂(フルービィ)は、こちらへと振り返りながら、上体を起こしお尻を突き出すような構えを取った。

 そしてお尻から、細く鋭く長い針が顔を出す。


 その美しい白銀色の針は湿っており――というよりも濡れているという方が正しいか――、針が纏う透明な液体はヌラりと光っていた。

 あの液体は間違いなく猛毒。


(わたしの花術(フーラ)は効かなかった。葉術(フィーユス)も当たらない。

 ……わたしじゃ、この花蜂(フルービィ)に勝てない……?)


 今になって怖くなってきて、そんな弱気なことを考えてしまう。


(……違う。そうじゃない……)


 だけど、すぐに思い直す。


(そもそも、わたしはどうして勝とうなんて思ってるのッ!?)


 毒針を前に突き出すように突進してくる。

 それを見据えるように睨みながら、ライラは胸中で自分の勘違いを訂正していく。


(勝利条件を目標を間違えちゃダメッ!)


 ユノもいない。ユズリハもいない。自分一人だけの戦い。


 だけど――

 そう、だけど――


 ユノもユズリハもこの場にいないだけだ。

 その二人が駆けつけるまで、この場を持たせることこそが、自分のするべきことである。


(勝つとか倒すとか、そんな出来ないコトを考えちゃダメッ!)


 そんな風に考えるから、怖くなる。

 そんな風に考えるから、弱気になる。


 自分のするべきことだけを見据えろ。

 自分に出来ることだけを直視しろ。


「まずはひとかけ、強固なカボチャ! 重ねず一つッ!」


 左手の片手短杖(ショートスティック)を構え、蜂から視線は外さず、後方へと移動しながら口早に告げる。


「身持ちの堅いパンプキンパイッ!」


 ライラの眼前に、カボチャの輪切りのような光の壁が生まれると、寵愛花蜂(フルービィ)の毒針を受け止めた。

 カボチャの盾が壊れてしまわないうちに、ライラは素早く言葉を紡ぐ。


「まずはひとかけ強固なカボチャ! 続けてひとかけ堅牢ポテト! さらにひとかけ鋭利なバナナ! 重ねて三つッ!」


 詠唱(コール)を三つ重ねるのは初めてだ。

 だけど、出来ると信じて言葉を発す。


 失敗したらどうしようとか、効かなかったらどうしようなどとは考えない。

 イメージするのは、花術(フーラ)が成功するヴィジョンのみ。


「歯牙をも砕く堅揚げフライッ!」


 ライラの口にする花銘(ワーズ)とともに、分厚いガラスが砕けたような音が響く。

 砕けたのはカボチャの盾だ。

 その破片ひとつひとつが、寵愛花蜂(フルービィ)に向かって襲いかかる。


 それが通用しているかどうかなど確認せず、ライラは短刀を逆手に握りオドを巡らせながら地面に突き立てた。


「烈震石榴(ポメグランテ)!」


 そのまま、地面を切り裂くように剣を振り上げる。

 オドによる衝撃波と共に、地面がめくりあがり、ザクロの中身が弾けるように、石と土が礫となって勢いよく寵愛花蜂(フルービィ)を巻き込んでいく。


 立て続けに礫の乱舞に飲み込まれた花蜂(フルービィ)は地面を数度転がるものの、羽を再び羽ばたかせて宙に浮かび上がる。


「いくらなんでも、ちょっと効いてなさ過ぎだと思うよッ!?」


 それでも、怒りを買うだけの効果はあったのだろう。

 ライラを見つめる複眼――もともと黒かったそれが、もっと闇のような色に変わっていく。

 それに併せて、ゆらゆらと湯気のように揺らめく黒いマナが、蜂の身体から滲み出てきていた。


 その湯気はゆっくりと毒針を覆っていき、白銀のようだった毒針が真っ黒に染まっていく。

 毒液も一緒に黒く染まっていっているようだ。


 そして、その針を地面に突き立てると――


「あッ、ちょっと……真似するのナシッ!」


 ライラが非難の声をあげるのと同時に、蜂は地面を裂くように毒針を振り上げた。

 黒い衝撃波に、黒い毒液の飛沫、さらに土と石の礫の混ざり合ったものがライラを襲う。


「身持ちの堅いパンプキンパイッ!」


 詠唱(コール)する余裕がなかったので、無詠唱(ノンコール)で即座にカボチャの盾を展開するが、本来の耐久値を持たなかった盾は、衝撃波を受け止めるなり砕けて消えた。

 そして、盾で勢いを殺しきれなかった石と土の礫がライラを飲み込む。


「あああああ――っ!?」


 地面を数度バウンドし、勢いのままごろごろと転がっていく。

 ようやく止まったと思ったら、全身のあちこちが痛いし、ところどころから血が流れている。


「……っうぅ……」


 それでも立ち上がろうとした時、石や土の破片が突き刺さっている場所や、切れて血が流れている箇所が、燃えるような痛みを放つ。


「があああああ……ッ」


 身体が内側から焼け(ただ)れて腐り落ちていくかのような痛みに、勝手に喉奥から絶叫が迸る。

 その絶叫で身体が震えると、余計に傷口が熱を帯びていく。


 なにも考えられないくらい痛い。

 助けてとか、やめてとか、苦しいとか、そういう声をあげようとする意志も、そもそも苦しみを言葉にしようとする思考すらも、灼熱の痛みがかき消していく。


 血も、マナも、オドも――まるで溶岩だ。

 体内を巡る様々な要素全てが、灼熱を帯び、ライラの全身を焼き犯すかのように駆け巡る。

 それが錯覚なのか、現実なのかも分からないまま、脳すらもただ激痛と熱を発する機関へと変化していく。


 自分の身体を抱きしめるよう、涙を流しながら地面をのたうつ。

 その頬を流れる涙すら灼熱のようで、顔が涙で焦げていく錯覚。

 肌を撫でる砂利も、土も、芝生も、軽く触れるだけで灼熱の痛みを促す悪魔のようだ。


 自分の命核(ソフィル)は、この灼熱の痛みに犯されながら、幻蘭の園へと旅立つ。

 激痛の中、それだけをハッキリと思考する。


 むしろ、この激痛の苦しみから解放されるのであれば、いっそ旅立たせて欲しいと、そう思うほどに――


「重ねて五つッ! 其は不浄を正す清銀の調べッ!」


 身悶えするほど苦しいのに、身悶えして身体を動かすと、激痛が増していく。

 その悪夢のような螺旋に、水が注がれる。


 冷たくも優しいその水は、身も心も痛みも優しく柔らかく洗い流すようにライラを撫で上げ、涙を拭っていく。

 その水に身体を撫でられていくのがたまらなく気持ちがいい。


 痛みのループなんて、最初から無かったかのように、身体が落ち着いていく。


 その焼けるような全身の痛みは、まるで(うそ)であったかのようだ。

 それでも、全身に残る風邪を引いたときのような熱っぽさと、ダルさ、痛みが、現実であったのだと理解させてくる。


「ライラッ!」

「触っちゃダメ!」


 ドリスがライラに駆け寄ろうとして、ユノの声がそれを制す。


「ユズリハ」

「うん」


 ユノに名前を呼ばれると、ユズリハはうなずいて、ライラの口元に何かを触れさせる。


「苦くてエグくてまずいけど、薬になる葉っぱだよ。食べられそう?」

「……苦くてエグくて、とてつもなくきっつい臭いが鼻を抜けてくけど、食べられそう、かな」


 口元に触れる葉っぱを軽く噛んで、顔をしかめながらライラが答えると、ユズリハは苦笑した。


「我慢して食べて。解毒しないとね」

「……うん」


 先ほどの苦しみは、どうやら毒によるものだったらしい。

 口を開くと、ユズリハが丸めた葉っぱを口に入れてくれた。


 それを咀嚼していると、それ自体が猛毒を思わせる激烈な味が、口いっぱいに広がって涙が出てくる。

 だけど我慢してもぐもぐと口を動かしていると、ユノの声が聞こえてきた。


「重ねて二つッ! 其は悪鬼(あっき)をも砕く氷雪(ひょうせつ)の沼地ッ!」


 その花銘(ワーズ)と、ピキピキと空気が凍り付いていく音がしていることから、氷結の術なのだろう。


「術耐性高いわね。相手を凍らせてから粉砕する術なんだけど、凍るだけで終わり、か」


 しかも、全身を完全に凍り付かせるまでには至らなかった。

 いずれは自力で脱出するだろうと、ユノは想定しているようだ。


「ユズリハ、ライラはどう?」

「さっきの浄化の術、もう一回できる?」


 何とか葉っぱを飲み込んで、うへー……と一息ついてるライラの頭上から冷たい水が降り注ぐ。

 さっきはとても心地よいと感じたこの水も、なんだか頭上でバケツをひっくり返したようにザバーと降り注ぐずいぶんと乱暴な術だったようだ。

 とはいえ、身体が思うように動かないので、大人しく浴びるしかない。


「ドリー。ライラをお願い。もう触って平気だから」

「はいッ!」


 ユズリハの言葉に嬉しそうにうなずくと、ドリスがライラに駆け寄ってくる。


「ユズ、準備は?」

「問題ないよ。むしろ、可愛い妹分を痛めつけてくれた落とし前つけたくて仕方ないや」

「同感ね。でもその前に一つ確認しないとね」


 軽く肩を竦め、ユノは蜂を睨んだまま、ドリスに問いかけた。


「ドリー。この国の法律について確認したいんだけど。アンタ地元の人でしょ」

国蜂(こくほう)であり聖蜂(せいほう)と敬われている花蜂(フルービィ)をみだりに傷つけたりしてはならない――それがこの場で適用されるか、という話ですよね?」

「どうなの?」

「暴走してしまっている花蜂(フルービィ)はかわいそうですけれど、この場はすでに人的な被害が出ております。適用外になるかと。

 仮にそれでも適用しようとする者がいるなら、もてるコネの全てを使うつもりです。綿毛人(フラウマー)としては駆け出しですけど、そういうコネだけは結構ありますので」


 そりゃあこの国のお姫様だものね――という言葉は飲み込んで、ユノは一つうなずいた。


 軽く周囲を見渡せば、警備の兵士や逃げずにこの場にとどまった野次馬達もうなずいている。

 少なくともこの場にいる人達は、問題ないと判断してくれているらしい。


「よしよし、それだけ聞ければ満足よ。

 ……ってコトで、ユズッ!」

「うん。斬り捨てゴメンといこうッ!」


 ユノは愛杖の原始蓮の杖(プリミティロータス)を構え、ユズリハはユノの横に並んで蜂を見据える。


花術(フーラ)に対する耐性が高くて、体毛がクッションになって高い衝撃耐性も有してる。

 毒針も持ってるし、毒のやばさはライラを見ての通り」

「凍ってれば問題ないよ。ユノ――あの上から、さらに凍結させて完全に氷の中に閉じこめられる?」

「ええ。あとは任せていいのね」

「達人と呼ばれる者、斬岩(ざんがん)斬鉄(ざんてつ)はやってみせないとね」


 茶目っ気たっぷりにウィンクして、腰に横差ししていた小太刀を鞘ごと手に取った。

 膝を軽く曲げて腰を落とし、鞘の口を左手で握り、右手は柄に軽く触れる。


「ま、極めた人達と比べちゃうと、ヌルい抜刀術かもしれないけどね」


 抜刀術――という名称と構えから、鞘から抜くと敵を斬るを同時に行う技だろうか。

 ともかく、ユズリハが大丈夫だと言うのなら、大丈夫なのだろう。


 ならば、ユノとしてやるべきことは、ユズリハに頼まれた通りに、蜂を凍らせることだけだ。


「始まりは氷河の時代。続章は雪の中の同盟者。終章は突発的な極寒」


 杖を掲げ、その先端に凍てつく冷気が集まっていく。

 先ほどのものよりも、詠唱(コール)を一節増やした完全版。


「重ねて三つ、其は悪鬼をも砕く氷雪の沼地ッ!」


 集まり渦巻く冷気を、ユノは花銘(ワーズ)と共に解き放った。

 仄白く可視化された凍てつく風が、無数に枝分かれする植物のツタのように伸びていき、半分凍り付いていた寵愛花蜂(フルービィ)に巻き付いていく。

 絡まった箇所が凍てつき、さらに別のツタが絡みつき分厚く重なる。


 それが幾度と無く繰り返されて、巨大な花蜂(フルービィ)は完全に氷の中に閉じこめられた。

 透明度の高い氷の中に閉じこめられた、巨大な聖蜂の姿は、ある種の神々しさも感じるものの、やがて氷が溶けて暴れられれば手を付けられない。


「いいわよ。ユズ」


 告げると、構えたままゆっくりと穏やかに自身の中のオドを練っていたユズリハの身体が、沈み込むように動いた。


青纏(せいてん)


 練り上げた青いオドを身に纏い、そのオドは手にした獲物へと伝播していく。

青華(せいか)ッ!」


 右足による鋭い踏み込みと共に、小太刀から刃が抜き放たれ、オドによって青く輝く刀身が、鞘走りの勢いのままに一閃される。


 花蜂(フルービィ)を納めた氷像に横一文字の傷が走る。

 だが、それでは終わらぬと――ユズリハは小太刀の柄に左手を添えながら、左足でさらに一歩踏み込んでいく。


轟昇雷芽(ごうしょうらいが)ッ!」


 下から上へ。

 踏み込みの勢いのまま地面を蹴って、逆袈裟のようにその刃を振り上げながら跳び上がる。

 練り上げられた青いオドが、刃の動きに合わせるように天へ(かけ)ていく。

 さながら、地から天へと落ちる雷のようだ。


 ユズリハは技後に着地するなりすぐさま距離を取り、小太刀を納刀する。


 その時に小さく響く、鍔と鞘のぶつかりあうカチャリという音。

 納刀の音に合わせるように、氷像は中の蜂ごと四つに裂かれ、地面へと倒れた。


「ふぅ……これなら氷が溶けても平気でしょ」

「ええ。問題ないと思うわ」


 それから兵士達と話をすると、騎士や綿毛人(フラウマー)の手配はすでにしているという話を聞いた。


 この戦いを見ていた――自分の実力ではライラの足すら引っ張り兼ねないので、参戦を見合わせたらしい――兵士が詳細の一部始終を語れるそうなので、この場へやってくるだろう騎士達への説明は彼に任せることにする。


 ユノ達はライラを連れ、すぐ近くにある治療院へと向かった。






「身体に突き刺さってた異物の除去や、解毒は完璧。

 ほぼ傷と打撲の治療だけで良いみたいだね」


 ライラの様子を見ていた治療院の男性が、やりきれなそうに嘆息してみせた。


 痛みと戦闘の疲れからか、治療院のベッドに横になるなり寝息を立て始めてしまったライラをちらりと見つつ、治療師である彼はユノに訊ねた。


花術(フーラ)って、ここまでの治療できるものなのかい?」


 治療師の言葉に、ユノは曖昧にうなずいてから、答える。


花術(フーラ)の仕組みと、マナと精霊と人間の関係――それらを理論的に把握した上で、五重(クインティプル)詠唱・コールができるなら、一応」

花術(フーラ)は理論上はいくらでも重ねられるが、人間の限界は三重詠唱(トリプル・コール)と習ったのだけど?」

「一般的にはそうよ。非公式で良ければ、四重(クアドラプル)詠唱(・コール)できる人は少なからずいたと思うけど。

 まぁ、先史文明人はさておくとしても、現在で五重(クインティプル)ができるのは、あたしだけでしょうけどね」

「なら、一般論としては、君以外にこういう治療の仕方は不可能、と」

「あたしだって、目に見える範囲での異物除去と消毒が限界よ。

 解毒は、『()安草(やすそう)』――オーガランプを使っただけ」

「なるほど。オーガランプか。

 君の術とそれの組み合わせであれば、この子のこういう状況も納得できる、か」


 そのまま、ユノと治療師はしばらく他愛もないやりとりをした後、ライラを診察室から、一般病室へと移す。


「目が覚めればもう動けるはずだから、悪いのだけど自宅やら宿やらに連れて帰ってもらってもいいかな?

 うちの治療院――土地の都合、狭くて病室が少なくてね。申し訳ないんだけど」

「ええ。かまわないわ。看てくれてありがとう。いくら?」


 ライラをベッドに移したあと、病室を出て、ユノは治療師にお金を支払う。


「それにしても、小さくて病室が少ないと経営大変なんじゃないの?」

「あはは。まぁ重症患者なんかはもっと大きいところにいくさ。

 うちは綿毛協会(フラウマーズギルド)が近いから、もっぱら彼らの応急処置がメインだよ」


 そうは言っても、患者が多く運ばれてくる日だってもちろんあるだろう。

 その辺りの話をすると、彼は廊下の途中にある階段を示した。


「一応、地下にも病室はあるんだ。

 階段の上り下りが普通にできる入院患者用に」

「また偉く限定的な使い方を――まぁ無いよりはマシってやつ?」

「もちろん。患者が休める場所は、出来る限り多い方が良いだろうしね」


 そうは言っても、荷物や患者を抱えての階段の上り下りがラクになる花導具(フィオレ)花導器(フィオリオ)はないものかね――などと話をしていると、次の患者が来たらしく彼は挨拶をしてこの場を離れていった。


 ユノもライラの病室に戻る。

 そこでは、ユズリハは我が家のようにくつろいでおり、ドリスは不安そうにライラの顔を見ている。


 ライラの寝顔はそれなりに幸せそうなので、とりあえず問題はないだろう。


 ユノも病室の中にある適当な椅子に腰を掛けると、脳裏に引っかかっている言葉を反芻する。


「地下――地下か」


 花噴水については地上に顔を出している部分だけを認識していたが、考えてみればあの花導器(フィオリオ)は地面から生えているのだ。

 植物として考えるなら、根っこに当たる部分が存在していても不思議ではない。


「ねぇドリー。

 花噴水に関する遺跡とか、花噴水の足下へつながってそうな洞窟とかって心当たりないかしら?」


 ライラを眺めていたドリスがこちらの顔を見、少し思案してから答えた。


「ハニィロップの第三都市シャラーブに、花噴水の中でもっとも大きい花噴水(モノ)があります。

 そのすぐ近くに、まだ完全攻略されていない先史遺跡がありまして、その遺跡はどうやら、その大きな花噴水の真下に続いてるようだ――と言われておりますが……」

「なるほど……恐らくそれね」


 ドリスとユズリハは、ユノに意味が分からないという視線を向ける。

 そんな二人に、ユノは自信満々の不敵な笑みを浮かべた。


「その遺跡。たぶん、花噴水のメンテナンス通路よ。

 まだ仮説だけど、花噴水って同じ機能を有している大小様々なモノがあちこちに存在してるんじゃなくて、大本は一つなのよ」

「どこか一つの地区だけ調子悪いなら、その周辺の花噴水が怪しいけど、国中の花噴水の調子が悪いなら、原因は大本かもしれない、と」

「そういうコト」


 ユズリハにうなずいてやれば、彼女も納得したようにうなずき返してくる。


「次はその第三都市シャラープに行きましょう」

「……お姉ちゃん達は、ライラを置いてっちゃうの?」


 どうやら、どこかでライラは起きていたらしく、そう不安そうな声を出してくる。


「身体、痛いんでしょ?」

「痛いけど……置いてきぼりは、嫌だな……」


 涙を滲ませているライラに、ユノは小さく嘆息しながらドリスに視線を向けた。


「ここから、シャラープまでどのくらい?」

「そうですね……一般的な馬車で丸一日くらい……でしょうか」


 ドリスの言葉を吟味するように思考を巡らせてから、ユノは人差し指を立てながら、ライラに告げる。


「なら、明日は一日休みにするわ。

 明後日に出発する。その時、あたしは貴女の体調をいっさい考慮しない。貴女が行けると言うなら連れて行くし、行けないというなら置いていく。いいわね?」

「うんッ!」


 ユノの言葉に、ライラは嬉しそうにうなずくのだった。



     ♪



「……ユノ、今のライラにはまだああいうの早いんじゃないの?」

「遅かれ早かれぶつかる問題よ。どれだけ慎重に立ち回っても、怪我や病気は完全に防げない。

 その時、自分の体調を自己申告した上でどう立ち回るべきかを口にするのは、大事なコトでしょう? パーティを組んでる時なんて、特にそれが顕著じゃない。時にそれがパーティの命運を分けるコトもあるのは、ユズだって知ってるコトじゃないの?」

「言いたいコトは分かるし、確かに大事だけどさ」

「もっとも今回はどっちを選んでも最終的には連れていってあげるつもりだけどさ」

「まったく。厳しいんだか優しいんだか……」

「それをどっちであるかと判断するのも、まぁライラなんだけどね」


 ライラは一人でがんばりましたが、技量や才能があっても、ユノやユズリハと違って絶対的な経験不足。元気になったら、一人反省会ののち、洗い出した問題点をユノ達に質問することでしょう。


 次回はそろそろみんなに忘れられてそうなあの人の話と、シュラープへの出発の話になる予定です。


 仕事の忙しさが落ち着いてきたので、次はちゃんと水曜日のいつもの時間に更新できるハズです。


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