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048:ユノとライラと怪しい筋肉 - 後編 -

本日はなんとなく2話連続更新。1/2。


 ライラがユノにねだったモノは、武護花導具(ハルモフィオレ)花導武装(フィオレプス)だ。


 前者は種朱(ケルン)という宝石をセットして使う綿毛人の必需品だ。

 台座となる武護花導具(ハルモフィオレ)と、セットする種朱(ケルン)によって効果にかなり差が出るが簡単に言ってしまえば、使用者の潜在能力を引き出して身体強化をする類いの装飾品である。


 後者は花導技術を用いた武具のことだ。

 武護花導具(ハルモフィオレ)と違い、こちらは使用者を強化するのではなく、マナを巡らせることで武具そのものの性能を高めることが主となる。

 剣なら切れ味や耐久性を、弓なら発射後の速度や貫通力などを強化するわけだ。

 その為の術式を組み込みんだ武具と霊花(エテルネルール)あるいは不枯れ精花(アルテルール)を合わせる為、武具には必ず花が咲いている。

 ユノの持つ原始蓮の杖(プリミティロータス)や、アレンの持つ黄薔薇の剣(イエローソーン)などがこれだ。



 ライラによると武護花導具(ハルモフィオレ)に取り付ける種朱(ケルン)に関しては自前のものがあるそうなので、二つ穴以上のものが欲しいと言っていた。


 不枯れの精花(アルテルール)の紫のライラックが使われた未加工台座の予備があったので、その台座と余っていた腕輪を組み合わせて、武護花導具(ハルモフィオレ)にする。

 種朱(ケルン)用の穴は、二つで良いと言っていたが、台座は四つ穴のモノしかなかったのでサービスだ。


 そして花導武装(フィオレプス)

 あまりごちゃごちゃしていても使い回しが大変だろうから、花術(フーラ)の媒体にできる杖と、護身用の短剣を一つに合わせたものにするのが良いだろう。


 こちらも幸いにして、ユノが自分で使うように用意していた、短剣の仕込まれた短い花術杖(ショートスティック)があったので、これをライラ用に改造する。


(せっかくあたしが作るわけだし……)


 霊花(エテルネルール)なんてケチなことを言ってないで、ストックしてある不枯れの精花(アルテルール)を使ってやろうと、ユノは決意する。


 不枯れの精花(アルテルール)を使った花導具(フィオレ)なんて、滅多に作れることではないので、理由がある今こそ使い時だ。


 いっそのこと腕輪と揃いにしたい――と思って、不枯れの精花(アルテルール)を保管した棚を見ていれば、白いライラックがあった。


「うふふふ、ちょうど良いじゃない」


 揃いなら揃いで、セットで身につけた時に何か、特殊な効果とかあると素敵かもしれない。


「たぎるわぁ……たぎりすぎる……ッ!」

 

 瞳を潤ませ、頬を上気させ、はぁ――と悩ましげに息を吐いた。

 これから自分が組み上げる花導具(フィオレ)の姿を想像するだけで、背筋が震えゾクゾクとした感覚が全身を巡っていく。


 ベテランの高級娼婦すら、ここまでの色気は出せまいというほどの(あで)やかな気配を身に纏いながら、ユノはゆっくりと作業机についた。


 そうして、恍惚とした気持ちで、一通りの作業を終えたユノは、ふと正気に戻る。


「……ライラ。本気でどこに向かってるのかしら……?」


 作っておいて自分で首を傾げているのだから世話がないのだが――それでも、この二つだけで、へたな綿毛人(フラウマー)よりも充実した装備とも言える。

 使いこなせる実力があるのなら、綿毛人(フラウマー)としても生きていけそうだ。


 作ったのは確かに自分だが、欲したのは間違いなくライラである。


「この騒動が終わったら、綿毛人互助協会(フラウマーズギルド)に加盟させた方がいいかもしれないわね」


 独りごちていると、ユノの様子をこっそりと堪能していたユズリハが声を掛けてきた。


「ユノ。ライラが野良嘘(のらうそ)筋肉(きんにく)? とかいうよく分からない人と戦うって本当?」

「本当よ。別に受ける必要はなかったんだけど、ライラがやりたいって」

「ライラが受けて立ったんだ……」


 その時のことをユズリハに教えると、彼女はもしかして――と、自分の推察を口にする。


「プロテアについて勉強してるうちに、プロテアに憧れちゃったんじゃないかな」

「確かにクインの話に食いついてたわねぇ……」

「混乱の助長であれ、解決であれ、時代の節目に現れる力ある存在。自分の中で色々と妄想を膨らませて期待してる時に――」

「あー……あれに遭遇したら、たまらないわね」


 つまるところ、ライラがわざわざ決闘を引き受けた理由はそういうことなのだろう。


「そのうち、プロテア伝説マニアか何かになっちゃって、関連遺跡めぐりしたいから綿毛人(フラウマー)になる――とか言い出しちゃったりして」

「あの子の場合、可能性はゼロじゃないわねぇ……」


 この街は綿毛人(フラウマー)に事欠かない。

 腕利きの現役から、退役した元上級者まで。

 そういう人たちを師事していれば、ライラなら瞬く間に、その心得を吸収していくことだろう。


「どこへ向かってくんだろうねぇ……」

「本人は、どこへでも、どこまでも――なんて言ってたけどねぇ」



     ♪



 ちょっとお昼というには遅い時間――


「ここのランチは美味しくて良いわね」

「お前さんだって、結構なモン作れるんだろ?」


 孔雀の冠亭のカウンター席に腰を掛け、ランチセットの野菜炒めを口に運んだカプレシスが、フォークを持たない手を頬に当てて喜んでいると、それを見たマスターが肩を竦めてみせる。


「腕には自信はあるけどね。こうやって自分がお客さんとして、人の店のご飯を食べるのと、自分で作った料理を自分で食べるんじゃ、やっぱ気分が違うワケよ」


 貴方だってそうでしょう――と、カプレシスに言い返されれば、マスターも確かにと、うなずくしかない。


「店はいつオープンするんだ?」

「まだもうちょっと先ね。お店と新居は別にして、新居の方は完成したから宿屋暮らしは今週いっぱいってところ。

 ユノちゃんやマスターと知り合えたおかげで、調理器具や食器、家具なんかの依頼先がすぐ決まったのは僥倖だったわ」

「そりゃ、なによりだ」


 新居の完成祝いだ――と、マスターが唐揚げを三つ、カプレシスの皿に載せる。


「あら、ありがと」


 それを口に運ぶと、カプレシスの顔がほころんだ。


 サクリという歯触りの衣と、その内側にあるアツアツのもも肉は、ぷりっとした歯ごたえと共にジューシーな汁を溢れ差す。

 衣の塩気と、鶏肉特有の旨味が口いっぱいに広がる中に、ほのかな甘みを感じる。衣の味ではなく、鶏肉からの甘みのようだが、下味によるものでもなさそうだ。

 その不思議な甘みが、唐揚げの味の次元を高めているのは間違いない。


 ハフハフと熱を逃がしながら、何度も噛みしめて嚥下すると、お酒代わりに頼んでいた冷茶をあおった。


「美味しい……。これ、コロゲ鶏……よね?」

「おう。ハニィロップ産のやつだな。花密鶏(ハニール)って品種だ。知ってるか?」

「変わった蜂蜜を与えながら育ててるっていう、ハニィロップの特産種でしょう?」

「おう。春の目玉食材にしようと思ってな。ちょいと、仕入れてみたんだ」

「でも今、妙に値上がりしてない?」

「そうなんだよな。花密鶏だけでなく、蜂蜜やらメイプルシロップやら、あの国の特産品が軒並み値上げしてやがるんだよ。おかげで仕入れに悩んでるところだ」

「他人事じゃないのよねぇ……」


 カイム・アウルーラの甘味料は、ハニィロップ王国頼みの面がある。

 不作や値上がりの影響というのは、バカにならない。


 カプレシスとしては、食材の仕入れをどうしようか悩んでるタイミングで発生している値上がりだ。頭が痛いことこの上ない。


 やれやれ――と嘆息しながら、二つ目の唐揚げに手を伸ばした時、カプレシスの妻ローゼマリアがやってきた。


「悪い、カプレ。遅くなった」

「いいわよ別に。買い物、楽しめた?」

「おう」


 カプレシスの横に腰をかけて、彼女もランチセットを頼む。

 

「なんかさ、プロテイン家の連中がカイム・アウルーラに来てるみたいだぞ」


 ランチを待ちながら、温かな花茶を口に含み、一息ついたローゼマリアがそんなことを口にする。

 それに、カプレシスは露骨に顔をしかめた。


「アタシ、あの家の連中嫌いなのよねぇ……」

「それを知ってるから、一応言っておこうってな。不意打ちで会うより、覚悟決めておいた方が、ダメージ少ないだろ」

「覚悟があろうが無かろうが会いたくねぇっての」


 ケッ――とカプレシスにしては珍しく男言葉で毒づいて、フォークに刺したまま口に運んでいなかった唐揚げを放り込む。


「お。それ一ついい?」


 口に唐揚げが入っているので声は出せなかったが、カプレシスはうなずいて軽く皿をローゼマリアの方へと寄せる。


「やった」


 最後の一つとなった唐揚げを手で摘んで、ローゼマリアが口に入れると、その顔が幸せそうに弛んだ。


「ははっ。お前さんはホント、美味そうに食うよな」

「そりゃ美味いモンは美味そうに食わないと料理に失礼だからな」


 厨房から戻ってきたマスターが、ローゼマリアの前にランチセットを置きながら笑うと、彼女は待ってましたとフォークとナイフを手に取った。


「ところでよ、プロテイン家ってのは何だ?」

「アタシとは美的感覚がまったく合わない、不倶戴天の天敵」

「カプレの戯れ言はさておいて」

「戯れ言とか酷いわッ、マリアちゃんッ!?」


 無視――と、わざわざ口にしてから、ローゼマリアがマスターへと説明する。


「ルビーゼ王国の伯爵家の一つだよ」

「ルビーゼっていやぁ、美術やら芸術やらの国っていう?」

「そう、それ」


 ローゼマリアがうなずいて、サラダのレタスを口に入れた。

 彼女の説明を引き継ぐように、カプレシスが苦い顔をする。


「プロテイン家の家訓は、『筋肉は芸術だ』ってやつでね。筋肉披露会なんてイベントを年一で開催してるのよ……」

「暑苦しそうな連中だな、おい……」

「実際、暑苦しいわよ……」


 実際に被った迷惑を思い出し、うんざりとした顔をしながら、カプレシスがマスターの感想を肯定した。


「それでさぁ、あの連中……もう一つ迷惑な性質してんのよねぇ……」


 そこが一番の問題だ――と、うめきながら、カプレシスは天を仰いだ。


「迷惑な性質?」

「あいつら、一族揃って喧嘩の売り逃げが得意なんだよ」


 首を傾げるマスターに、ローゼマリアが彼らのことを思い出しながら苦笑した。



     ♪



 カイム・アウルーラ北部。草原地帯・青絨毯(グリュン・テピヒ)の巣(・ネスタ)


「何か、最近ここに良く来てる気がするわ」


 コツコツとつまさきで堅い土質の地面を叩きながら、ユノはライラへと向き直った。


「さて、ライラ」

「はい」


 背筋を伸ばしながらも、彼女の表情は期待で満ち溢れている。

 この表情と眼差し――自分には眩しすぎる……などと思いながら、ユノは鞄の中から、腕輪と花術用短杖(ショートスティック)を取り出した。


「この二つを貴女にあげるわ。銘は無い。だから、自分で付けなさい」

「銘はユノお姉ちゃんに付けて欲しいっていうのは、ダメ?」


 上目使いで言われて、ユノは「うっ」と小さくうめいた。

 それから、ダメじゃないけど――と、口にして少し思案する。


「腕輪の方が、縛られぬライラック(ネイン・ケッテ・リラ)

 短杖の方が、豊かなるライラック(リラ・ライヒ・リラ)

 長ったらしいから、普段はネイン・ケッテとライヒでも呼べば?」

「ネイン・ケッテとライヒ……」


 自分の手の中にある花導具(フィオレ)をしばらくの間見下ろしていたライラだったが、やがて感極まったように抱きしめた。


 腕輪の方は、嫌みのない銀色のブレスレッドをベースに、紫色のライラックの台座を取り付けたものだ。

 ライラックの台座は、穴の数の割には大きかったのだが、切り取ったりするようなことはせず、そのままブレスレッドと組み合わせたので、パッと見は、花の咲き誇るライラックの枝の先端をそのまま丸めて腕輪にしたような見た目になっている。


 短杖の方は、先端にそのまま白のライラックが咲いているような見た目だ。花の咲いているライラックの枝をそのまま杖にしているようにも見える。

 片手杖なので、実際の枝よりも太くしっかりしており、花の咲いていない方の先端を捻って引っ張れば、ショートソードが姿を見せる。

 その柄にも、腕輪と杖それぞれから僅かに切り離したライラックの花弁をあしらうことで、ショートソード側でもささやかながらも花導武装(フィオレプス)と呼べる程度にはマナを巡らせられるようになっていた。


「ノリで高級品にしちゃったけど、そんなに喜ぶようなコトかしら?」

「うんッ! 大切にするからッ! それこそ、幻蘭の園にまで持って行くつもりでッ!」

「そ。まぁ大切にしてくれるなら、それに越したコトはないわ」


 その様子に、ユノはライラがどこまでも勤勉なのにも、何か理由でもあるのではないだろうか――と思ったのだが、他人に対してそこまで踏み込むべきではないか、と……こっそり嘆息した。


 ここ最近の自分は、他人を気にかけ過ぎている気がする。


「とりあえず、扱い方を教えてあげるわ。

 基本的には普通に花を使って術を制御するのと大差はないんだけど、練習で使うような低品質の霊花(エテルネルール)や、常花(ノーマル―ル)なんかとは、勝手が違うだろうしね」

「はいッ! お願いしますッ!!」


 元々花術(フーラ)を教えていたのはユノではないのだが、ユノの前で危なっかしい制御をしてみせるライラに危機感を覚え、思わず指摘して教えて以来、こうやって花術(フーラ)まで教えるハメになっている。


 考えてみると、ライラはわざと危なっかしい制御を見せた可能性もあったのだが、今となってはあとの祭りというやつだ。


「杖を筆頭とした、花術(フーラ)制御用の花導武装(フィオレプス)を手に入れたなら、ある意味で一人前よ。だから、自分の集中力を高めやすい、詠唱(コール)花銘(ワーズ)を考えた方がいいわね」

詠唱(コール)と、花銘(ワーズ)かぁ……」


 とりあえず今は仮の詠唱(コール)と、花銘(ワーズ)で術の練習をさせる。

 自分やエーデルと比べれば拙いが、それでも駆け出しとしては充分な制御をして見せるライラに、ユノは内心で舌を巻くのだった。





 そして決闘の当日――


 ライラの要望で、決戦の地となった青絨毯(グリュン・テピヒ)の巣(・ネスタ)


 風によって、波打つ緑の絨毯の中の上で、ライラとマッスルは互いに対峙していた。


 見届け人であるユノの他、ダンディライオン孤児院の院長に、そこの孤児たち。そして子供たちの護衛として雇われた綿毛人(フラウマー)たちがこの場にいる。


 青絨毯(グリュン・テピヒ)の巣(・ネスタ)自体、魔獣が発生することは少ないが、警戒するに越したことはない。綿毛人(フラウマー)たちを護衛に連れてきたのはそんな理由だった。


 まぁ彼らも彼らで、筋肉と少女のケンカという見世物の見学に来た――という側面がそれなりに強そうではあるが。


「恐れず逃げず、この場に来たのは誉めてわげるよ。筋肉さん」

「マッスルであるッ! 名前で呼びたまえ!」

「名前で呼ぶ必要があれば呼ぶけど、必要ないでしょ?」

「……なぜであるか?」

「別にわたしは貴方とお友達になりたくないし、積極的に敵対する気もないもの。今回は単純に、決闘を挑まれたから受けて立っただけだものね」


 もっと言えば、この決闘自体、ライラが受けて立つメリットの一切ないのだ。それでも決闘として成立したのは、単純にライラが了承したからに過ぎない。


 それを暗に示唆してから、ライラは真っ直ぐにマッスルを見据えた。


「筋肉さん。貴方はわたしと決闘するコトで、筋肉の素晴らしさとやらを認めさせたい――というコトで良いんですよね?」

「うむ。それに相違ないのである。そちらは、我が筋肉を偽物呼ばわりしたい――でよろしいか?」

「正しくはちょっと違いますね。その偽筋肉で、もっともらしくプロテアの末裔とか名乗らないで欲しいんです」

「良いのである。万が一にでもそちらが勝てば、であるが」


 マッスルがそれにうなずくと、ムキッ! ムキッ! とポーズ取りなんだか準備運動なんだか分からない動作をして、告げる。


「決闘方法は、我が家の伝統に則り、芸術的筋肉披露を――」

「却下」


 彼が全てを言い終える前に、ライラは容赦なく切り捨てる。

 立会人であるユノや、院長だけでなく、子供たちや綿毛人(フラウマー)たちすらも、そりゃそうだ――という顔をしていた。


「その芸術的筋肉披露ってようするに、筋肉を見せ合うってコトですよね? だとしたら芸術的筋肉披露とやらじゃあ、あたしに勝ち目ないです。

 っていうか、最初に決闘を挑もうとしてたユノお姉ちゃんや、院長先生でも勝てません。公平性のカケラもありません。

 自分が勝てる勝負しかやる気がないとかバカですか? バカですよね?」


 結構容赦のないライラの言葉に、綿毛人(フラウマー)たちが、ユノと院長に視線を向ける。


「あれ、誰の仕込み?」

「あたしじゃないわよッ!」


 思わずユノが叫ぶと、ライラはとても不思議そうな顔をして首を傾げた。


「え? ユノお姉ちゃんが言いそうなコトを真似てみたんだけど」

「勘弁して……」


 ユノがぐったりとうめくが、自分がライラの立場だったなら、確かに似たようなことを口にしそうなので、反論のしようがない。


「では、どのような決闘を望むのであるか?」

「決闘は決闘よ」

「む?」


 意味が分からないというように首を傾げるマッスルに、ライラはベルトに差していた豊かなるライラック(リラ・ライヒ・リラ)を抜いて構えた。


 かなりサマになっている構えに、立会人の綿毛人(フラウマー)たちが関心する。

 立つ姿にも、隙がなく、あの年頃にしては完璧だと、絶賛だ。


「待つのである。それでは――」

「勝ち目がないなんて言わないよね? マッスルさん大人だし、それだけ丸太みたいな筋肉してるのに、駆け出しの綿毛人(フラウマー)も名乗れないわたし相手に怖じ気付くとか、あり得ないよね?」


 ニッコリと、ライラは笑った。


「立会人のユノお姉ちゃんたちはどうかな?

 やっぱり、筋肉披露とやらで戦うべきだと思う?」


 当然、立会人(ギャラリー)たちは首を横に振る。

 根本的に、それでは勝負になどならないのは目に見えてわかるのだから、決闘の内容としては不適切だという判断がなされた。


 それでも、子供のように渋るマッスルに対して、綿毛人(フラウマー)の一人が、訊ねる。


「お前さんさ、もしかせんでもプロテイン家の人間か?」

「……む。我が家を知っている者がいたか」

「芸術的筋肉披露会なんて勝負をしようとするやつが、プロテイン家以外にいるものかよ」


 綿毛人(フラウマー)のおじさんは苦笑しながら、そう告げると、何故か満足そうにマッスルはうなずいた。


「如何にも。私の本当の名は、マーセルナル・ダマクス・プロテインであるッ!」

「プロテア家の関係者じゃなかったのッ!?」

「む? 我が家の忍名(しのびな)はプロテアである」

「忍名?」


 眉を顰めるライラに、ユノは嘆息混じりに説明に入る。


「貴族がお忍びで下町に出る時の名前ね。家によっては、定められてる場合があるのよ。正直、定められた忍名とか、名乗ってるのと同じでお忍びの意味がないとは思うけどね」


 ユノ本人も、その名前が忍名だと言われればその通りではあるので、マッスルを否定はできない。


 ユノの育ての母であるネリネコリスも、産みの母であるリシアンサも、ルージュレッドの忍名をルージュにしていたので、もはやルージュ自体がその手のものかもしれないと、ユノも思わなくはないが、脇に置いておく。

 こういうときは自分のことは棚上げした方が、話はスムーズに進むのである。


「あー……今代のプロテアっていうのはそういう意味だったワケか……」

「つまり、魔人の一族じゃないってコト?」

「そうよ。ただの筋肉一族ってだけ」


 ライラの言葉にユノが肯定すると、横で聞いていたマッスルが否定する。


「待つのである。明確な資料が無い以上、魔人プロテアの名が忍名ではなかったという理由がない。

 ならば、我らが祖先である可能性は否定できないのであるッ!!」


 拳を握って力説するマッスルに、聞いていた綿毛人(フラウマー)たちが面倒くさそうな顔で、嘆息した。


「始まったよ。プロテイン家の悪癖が。

 どいつもこいつも、本気で自分たちが魔人プロテアの血族だって信じてるんだよなぁ……」

「そうやって、いたいけなプロテア信奉者に喧嘩売るんだから勘弁して欲しいよ。プロテイン家の連中の多くはあの見た目だから、ガキや若いのは結構ビビっちまうんだ」


 うちのチームの新人もやられちゃってさ――などと、綿毛人(フラウマー)たちが話し始めるのを聞きながら、ユノはうろんげな眼差しをマッスルに向ける。


「先祖代々そんな筋肉なの?」

「うむ。鍛えに鍛え、魅せて見せつける。我が家はそれを繰り返すコトで、ルビーゼ王家からも認められ、今や芸術的筋肉披露会の主催を任されているのである」

「単に、ルビーゼ王家も面倒になって、てきとーな爵位と仕事を与えただけなんじゃないかしら」


 何だか面倒くさくなってきて、ユノはライラを見やった。

 すると、ライラは何やら意を決したように、手に持っていた短杖を向ける。


「雑談でうやむやにはさせませんッ! いざ、尋常に勝負ッ!!」

「雑談ではないのであるッ! 我が家の――」

「うるさいッ! 自分で決闘を挑んでおいて、負けそうになったらうやむやとか貴族の男性のやるコトですかッ!?」


 何かを言おうとしたマッスルを遮ってライラが鋭く告げると、綿毛人(フラウマー)や子供たちも、そうだそうだと囃し立てた。


「だがしかし、我が家の家訓にあるのだ」


 困ったようにマッスルが口にする。

 両手の人差し指をつつかせ合いながら、どこか拗ねた子供のように。


「筋肉は誰かを傷つける為にあるのではない。筋肉は誰かに傷つけられる為にあるのではない――」


 チカラは御せてこそチカラである――というのは、確かにその通りだ。

 それを言われてしまうと、ユノもライラを止めるべきかもしれないと、少しだけ思う。


「芸術的な筋肉とは魅せる為のもの。魅せて勝てぬ勝負はしてはならぬ――」


 確かにマッスルの身体はそれだけで凶器になりかねないほどの肉体だ。下手に喧嘩をするだけで惨事になりかねない。

 ならば、見せつけることで相手をビビらせ勝負が決するのであれば、それに越したことはないだろう。


「それでも避けられぬ戦いと遭遇したのであれば――」


 誰かがゴクリと息を飲む。

 それだけチカラを御せよと厳命するような家訓だ。


 きっと、為になる言葉で締めくくられるはずだ――と、皆が無意識に思っていた。


 そして――


「逃げろ」


 誰もが、締めくくりの言葉に沈黙した。


「……逃げろ?」

「うむ。この肉体を見て恐れず勝負を挑んでくる多くのものは、血の気が多いかこちらの筋肉のありようを理解している者であるので、無駄な血が流れる前に逃げろと言う教えなのである」


 確かにもっともらしいことを言っているのだが――院長はふと思うことがあって、訊ねる。


「もしかして、本当に魅せるだけの筋肉なんですか?」

「左様。美しさを追求した筋肉こそがこれである」


 そのやりとりで、ユノもライラも、綿毛人(フラウマー)も気がついた。

 子供たちの中にも気づいた子がいるようである。


 つまり、見せかけなのだ。あの筋肉は。

 本物の筋肉なのは間違いないが、戦いや運動に使う為のものではないらしい。


「マッスルさんは、その家訓をどう思っているんですか?」


 ライラの言葉に、彼は大仰にうなずきながら答える。


「先祖代々続く誇りである」

「そうですか」

「この家訓があったからこそ、我が家が代々続いてきたと言っても過言ではない。長く続いてきたからこそ、ルビーゼ王家にも認められたというワケであるな!」

「……そうですか……」


 ムキムキッ! とポーズを取りながら、いかにプロテイン家が素晴らしいかを語り始めたマッスルに、ライラは不機嫌に(すが)めた目を向けた。


 そして深く深く、ライラは嘆息する。

 同じように、ライラの横でユノも嘆息している。


 ライラはユノに視線を向ける。

 ユノはその視線にうなずいて、右手を真っ直ぐマッスルに掲げ、その手袋を左手で撫でた。

 ユノに続いて、ライラも豊かなるライラック(リラ・ライヒ・リラ)をマッスルに向けなおす。


「む? お嬢さん方、どうかしたのであるか?」


 訝しむマッスル。

 横で全身にマナを巡らせて、小声で詠唱(コール)を紡ぐユノの声を耳にしたライラは、それを追いかけるように、自分の舌にもマナを乗せて詠唱(コール)を紡いだ。


「とりあえずッ!」

「先祖代々からッ!」

『やり直してきなさいッ!!』


 詠唱(コール)を重ねずとも、二人は心と言葉を重ねて叫ぶ。

 そうして、二人から放たれた高熱を伴った衝撃波が、マッスルを飲み込んで吹き飛ばすのだった。




 それでも、負けを認めず言い訳をしながら、どこぞへと逃げていく筋肉の一貫した姿勢には、ある種の畏敬を覚えなくもない。




「いいライラ。ああいうふざけた奴は、誰にケンカを売ったのか、必ず教えてやりなさい。その脳髄にねじ込むように。刻み込むように。二度と自分にケンカを売ろうだなんて思えないようにね」

「はいッ!」


 ユノが真顔でライラに告げると――


「お前は、その子に何を教えてるんだ」


 聞いていた綿毛人(フラウマー)の一人が、思わずツッコミを入れるのだった。




 前話に出てきた災厄の精霊ジャック・アマナの名前をジャンク・アマナに修正しました。


 そんなワケで筋肉決着回。

 収集がつかなくなってきた時は爆破オチに限ります(ぉぃ


 ライラは、メインシナリオのプロットには存在していなかった子なのですが、想定以上に美味しいポジションに居るコトに気づいたので、今後も出番が増えていきそうです。


 決着したとはいえ不完全燃焼気味なユノとライラは、次回、そのストレスの発散します。

 今回は二話連続更新なので、すぐに次の話をアップします。

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