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000:人と花と精霊と

いそいそと始めてしまいました。のんびりマイペースにやってきたいと思います。

読んでくださった方々の、ひとときの暇つぶしになれば幸いです。


 ――花は、精霊の止まり木である――



「うふふふふふ……」


 薄暗い地下の一室。

 その真ん中で、作業台の上に乗ったカンテラを眺めながら、少女――二代目フルール・ユニック工房店主ユノ・ルージュが、トリップしているかのような笑みを浮かべている。

 そのカンテラの中心で、淡く輝く花を見ながら、恍惚としているようだ。



 ――精霊は、宿として利用した花にマナを残す――



「はぁ……」


 それこそ、その熱を帯びた吐息は花のようで、見る者が見れば簡単に彼女に落ちることだろう。


「この赤バラの不枯の精花(アルテルール)……何度見ても素敵……」


 顔をカンテラに近づけると、前髪が目に掛かる。

 その手入れがされていない――というよりも、ここ数日このカンテラにかまけてほったらかしなだけだが――栗色の髪を払って、中央に鎮座させた不枯れのバラが、ズレていないかを確認する。



 ――花はマナを用いて自らをより美しく整え、

   着飾るのに余ったマナを周囲へと分け与える――



「ん……。大丈夫ね」


 古くから伝えられているというこのカンテラ。

 昔の人たちによる細やかな職人芸と、今は手に入らない不枯の精花を用いたその姿は、芸術といって差し支えないだろう。

 それが今もなお機能しており、点検をさ(いじら)せてもらえる。

 花学(かがく)に関わる者として、これほどの幸福はそうない。



 ――人々はそのマナと、

   マナの元となる花に目を向けた――



「よし……っと」


 最後の留め金の調子を確認し、うなずく。

 軽くマナを動かして見れば、中央に鎮座するバラの花が、先ほどまでの淡い輝きとは違う――カンテラと呼ぶに相応しい光を放ち出す。


「ああ、分解(バラ)した時も素敵だったけど……やっぱこうして静かに役割を果たすべく佇む姿が一番素敵……」


 そう言って、満足げな吐息と共に浮かぶ笑みは、十七になったばかりの少女が浮かべるにはいささか危険で、それでいて異性を引き寄せる妖艶さを秘めている。

 もっとも、彼女がこんな顔をするのは、自覚的であろうと無自覚であろうと、花導具(フィオレ)に対してだけなのであるが。



 ――人々はマナを得るために世界に花を増やし――



「ユ・ノ」


 カンテラを前にトリップしていると、突然耳元から名前を囁かれてビクリと身体をすくませる。

 名前を呼んできた人物はすかさず、ユノに後ろから抱きつくと、続けて甘い声で囁いた。


「ご飯、できたよ?」


 そう告げながら背後の人物は、ユノの胸の辺りをさわさわと手で撫で回す。


「ユズリハ……。もうちょっと、普通に呼べないの……?」

「何度も呼んでるのに、返事しないんだもん」

「そうじゃなくて……」


 服の上からとはいえ、執拗にさわさわと撫でられ続ける。そのことに顔を赤くしながら、ユノが怒る。


「セクハラするなって言ってるのッ!」

「あ、ごっめーん」


 抱きついてきた人物は悪びれもなく、舌を出す。

 見た目十三、四のその少女には似合い過ぎているほどのあざとい仕草だ。



 ――人々はマナを利用する為に、道具に花を咲かせた――



「ユノって抱き心地良いんだよね」

「良いから離れなさいってのッ!」


 改めてギュっと抱きしめてくるユズリハに、ユノがブンブンと手を振り回して攻撃する。

 それをひょいひょいと避けて、抱きついてきた少女――ユズリハは、あっと言う間に階段まで逃げていった。


「ユノ~」


 そしてユズリハは階段のところの壁から、顔だけだして告げる。


「ご飯が冷める前にあがってきてねぇ~。

 怒ってるユノよりも、冷めやすいんだから」

「どういう意味よそれッ!」



 ――故に世界には花が溢れ、

   人々の生活に花は欠かせぬモノとなっている――



 怒鳴るが、そんなものなどどこ吹く風で、引っ込めた顔の代わりに手を出してひらひらと振ると、彼女はそのまま階段を登っていった。


「んもうッ……態度の悪い居候なんだからッ」


 イライラと文句を口にしながらも後を追う。

 フルール・リペイア工房の、ここ最近の朝は、だいたいこんな感じである。



 ――世界で花が必需品となったからこそ――





 ユノが一階へと戻り、食事を終えた後、


「そろそろ良いと思うのよね」


 キッチンの流しで食器を洗っていたユズリハが、肩口で適当に切りそろえられた黒髪を揺らしながら、振り向く。


「何の話よ?」


 それに対して、ユノは読んでいる本から視線もズラさずに聞き返す。


「居候扱いじゃなくて、共同経営者扱いしてくれないかなって」

「寝言は寝ていいなさい」


 ユノはそう言うと、本を閉じた。

 すっかり冷めてしまったホットミルクを飲み干すと、椅子から立ち上がる。



 ――花を直す者が生まれるのも必然であり――



「どこか行くの?」

「訪問メンテ。食事終わったし。留守番よろしく」

「ええーっ!?」


 ユノの言葉に、ユズリハは露骨に嫌な顔をする。

 濡れた手をエプロンで拭きながら近づいてくるユズリハに視線も向けずに、ユノはテキパキと準備をしはじめる。


「だって、私は花導具(フィオレ)とか全然わからないよ?」

「別に、修理しろーとか組み立てろーとか……そこまでは言わないわよ」

「言われても困るけど」

「カウンターの下にマニュアルあるから。

 せめて依頼の引き受け方くらいは覚えなさい」

「私も一緒に行きたいなーって」

「共同経営者」

「え?」

「そう呼んで欲しかったら、まずは仕事覚えなさい仕事」


 ユノはそう言い放つと地下へと降りていく。



 ――そんな、生活に必要な花や花導具(フィオレ)などを修理する職人達を――



「それじゃ留守番よろしく」


 ややして戻ってきたユノは鞄を肩に掛け、一方的にそう告げると、


「ちょっと、ユノ!」


 制止するユズリハの言葉を無視して、さっさと入り口へと向かっていく。


「あ、そうだ」


 そして、外へ出た後、顔だけ工房に覗かせて告げた。


「いつもの時間になったら、お店一旦閉めちゃっていいから」


 言うだけ言うと、足早にその場を後にする。

 ユノの足音が聞こえなくなると、やがてユズリハは苦笑を浮かべた。


「まったく……信用されてるんだか、いないんだか」


 どちらであれ、愛想を尽かされるのは御免である。

 なので……


「……さて、お仕事覚えるかー……」





 ――人々は花修理職人と呼んでいた――





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