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用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

第三章 船を待つ日々/後月

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83-説得

 前話の82-因果の糸車を差し変えました。
 大きな流れは変わっていませんが、後半の内容がかなり変わっています。
 お手数かと思いますが、そちらから読んでいただければと思います<(_ _)>
 ご迷惑をおかけ致します<(_ _)>
 白月の八十日。
 蔵人がとある宿の一室で勇者に協力を強制されている頃、マルノヴァでは怪盗スケルトン討伐作戦に勇者が参加すると発表された。
 勇者として降臨して以来、数多くの犯罪者を捕えている勇者の参加に、サンドラ教徒が大多数を占めるマルノヴァは大いに沸いた。
 サンドラ教は太陽神を信仰する一神教であるが、一万年前に太陽の御子と言われる勇者ミドが魔王を倒し、この世界を救ったと伝わる。さらにサンドラ教の教義、戒律、歴史などが書かれた『聖光神書』には一万年後に勇者が降臨するとの記述があり、アルバウムに召喚された勇者をそれと重ねているサンドラ教徒は末端に行くほどに勇者を信奉していた。
 聞こえてくるリュージの些細な悪評など、英雄色を好むと似たようなものだとマルノヴァ市民は知らぬふりをした。

 そして発表と同時に、街は厳戒態勢となる。
 元々それとなく、かなりの警戒強化がなされていたが、今日からは表立って検問も厳しくなる。貿易都市という性質上、商人の反対で長期間の警戒強化ができなかったが怪盗スケルトンの襲来を十日前に控えた今、かねてからの商業連合との約定通り、マルノヴァは警戒強化に踏み切った。



 リュージが去った後、残された蔵人たちは宿を引き払い、アキカワが宿泊する宿に部屋を取りなおした。
 部屋に着くなり、蔵人が聞いた。
「どういうつもりだ?」
 アキカワは手近な椅子に座り、蔵人にも座るよう手で促した。
 蔵人がベッドの縁に座ると、アキカワはおもむろに頭を下げた。
「情報の秘匿を約束しておきながら、申し訳ありませんでした」
「あんたがあの男に知らせたのか?」
「信じてもらえるかはわかりませんが、違います。彼は三日ほど前にこの街に来たのですが、国営商会に現れた時にはもう蔵人さんのことを知っていました。情報の秘匿と引き換えに蔵人さんを討伐作戦に参加させろと言いまして、こちらとしてもどうすることもできず、恥を忍んで協力をお願いしに来たというわけです」
 情報の秘匿を望むアキカワが正反対の立場だと思われるリュージを伴って現れた理由に、蔵人はようやく得心がいった。
 本当のことを言っているなら、であるが。
「お願い、ね」
「すみません。可能な範囲でご協力いただければ、と思います」
「あの男はそうは思ってないようだったが?」
「……申し訳、ありません」
 焦燥と苛立ちから、つい責めるようなことを言ってしまったがアキカワに責任はない。
 蔵人自身が、自身と敵対する勇者に見つかっただけである。

「いや、すまん。あんたにはなんの責任もなかったな。……あいつはどんな奴だ?」
「いえ、召喚者全体の問題ですから」
 確かに見つかってしまった蔵人と協力を強制したリュージの問題、と言えなくもない。
 蔵人の情報を秘匿するかわりに協力の強制を承諾してアキカワが監視役になったことも、蔵人とリュージの問題に巻き込まれたといえなくもなかった。
 だが、だからといって無関係ではない。召喚者たちの大きな分岐点に蔵人とリュージがいる。
 アキカワとしては何もせずに指を咥えて傍観しているというわけにはいかなかった。

「――リュージさんは最初期に自立した生徒の一人です。
 彼は加護を上手く使いこなし、国際指名手配犯を捕まえる捜査官になりました。いわゆる賞金稼ぎです。ただ身分としてはアルバウムの治安維持組織に身を置いていますので、捜査官という形になっていますが」
「だから怪盗スケルトンの予告状が届いたマルノヴァに来た、と。あんたなら前もって分かってたんじゃないのか?」
「それが、お恥ずかしいことに商会で顔を顔を合わせるまで知りませんでした。
 以前彼は二度ほど怪盗スケルトンに煮え湯を飲まされまして、それ以来、一切怪盗スケルトンの事件には目もくれませんでした。ですので、今回は完全に不意をつかれてしまいました。別の賞金首を追っていると聞いていたのですが……」
「あんたも出し抜かれたのか」
 アキカワはまた困ったような顔をして、髪の乏しくなった頭を掻く。
「出し抜かれたというよりも、警戒されているんでしょうね。
 彼は賞金稼ぎとしては非常に優秀なんですが、やや、いえかなりやり過ぎるところがありまして。小さな悪を見逃すかわりに、大きな悪を根こそぎにする、という感じでしょうか。その犠牲をも厭わない手法から何度かイチハラさんとも衝突してますし、かくいう私も一度彼を止めに行ったことがあります。そのせいかイチハラさんと私を警戒しているようです」

「一度あいつを止めたことがあると言っていたが、仮にあいつが情報をどこかに流そうとした場合、あんたはあいつを止めることができるか?いや、止める気はあるか?」
「止めることが出来るならばすぐにでも止めたいのですが、私では止められません。
 自立したといいましたが、彼はハヤト派、反ハヤト派のどちらにもつかず、あくまで賞金稼ぎであるという立場を貫いています。結果を出しているためどちらの派閥も口を挟めず、特に害にもならないため放置されているというのが現状です。
 そのため仕事の上での上司のような存在はいますが、理由を問わず、問答無用で彼の行動を抑制できる存在というのがいないのです。強いていえばイチハラさんが実力行使でもって止めることが出来るというだけで、今回のような情報の場合はなかなか難しいかと思います。
 もちろん上層部の権力なら止めることは可能でしょうが、そうなると上層部に情報を伝えないというわけにもいきませんからそれでは本末転倒になってしまいます」

「仮に、だ。仮にその上層部とやらに情報が流れたとしたら、俺はどうなる?」
 いつも申し訳なさそうな顔しかしていなかったアキカワが顔を顰め、
「……蔵人さんは名乗り出なくて正解でした」
 苦々しい声でそう言った。

 嘘、裏切り、脅迫、そして暗殺。
 アキカワはいち早くアルバウムに恭順したことで嫌というほどその手のことを見聞きし、召喚者たちにもその毒牙が向けられては駆けずり回った。
 あくまでもそうしたものを見てきたアキカワの推測であるが、加護をハヤトに盗まれたという加護なし勇者の存在が反ハヤト派に知られた時点で、ハヤト派と反ハヤト派で熾烈な争奪戦が行われることになるという。
 勇者関連の利権を守りたいハヤト派は蔵人を保護しようと動くが、保護されればハヤトの良いように証言を強要され、証言をした後は前言を翻さないように監禁、もしくは暗殺される恐れもある。
 反ハヤト派は蔵人の身柄を狙って、あらゆる組織に網を張り、表に裏にと蔵人は追われることになる。もし捕まれば証言を強要され、監禁されるか、用無しといって暗殺されるかだ。
 どちらにしろ生きていられては困る、という結末になりかねないという。

 召喚者たちはどうなるか。
 勇者の権威は失墜。今まで勇者を擁護していたサンドラ教、そして一般市民も全てとはいわないが不信感を抱くようになる。
 救世主だ、正義の勇者だと聞かされていた勇者が実は泥棒だというのだから当然といえば当然である。
 勇者は危険だ、首輪をつけろ、飼殺せという輩、つまり勇者の人格など無視して完全なコントロール下に置きたい勢力が強まり、勇者への優遇措置も見直され、これまでやってきたことの負の側面が噴出する。今まで黙認されていたものが、見過ごされていたものが白日の元に晒されることになる。
 影響力が衰えた勇者を狙って、権力闘争が激化し、今以上に零れ落ちる者が増えていくことになる。

 重苦しい空気が漂っていた。
 だが、蔵人としても自由がかかっている。聞けることは聞いておきたかった。
「なぜあいつは召喚者の立場が悪くなるようなことをする?自分の身にも降りかかることだろ。一原颯人を貶めてなんの得がある」
「彼はどちらの派閥にも属していませんし、勇者という名に頼らなくても生きていけるだけの力を持っています。ある程度は好き勝手出来る力を。
 ですが今は、何かあればイチハラさんが彼を抑え込んで好き放題させないようにしていますし、ハヤトさんを支持している政府もそれを黙認している部分があります。ですからイチハラさんの力が弱まれば、自由に動けるとは思っているかもしれません」

「……あいつは、俺のことを黙っていると思うか?」
「少なくとも討伐作戦が終わるまでは守るでしょう。それ以降は……」
「……根拠は?」
「うぬぼれているわけではないですが、私がいます。彼は私をかなり警戒していますから、私が近くにいる限りは情報を流そうとはしないでしょう。
 幸か不幸か、この世界には携帯電話ほど手軽な情報伝達手段がありません。秘匿されたものも含めて限られた手段しかないので私なんかでも情報の動きを探ることができます。
 正確にいえば、こちらでは私、アルバウム側では私の妻が、ですが。いえ、心配しないでください、妻は確かにアルバウム人ですが、私の不利益になることは決してしません。私には勿体ないくらいの出来た妻ですよ。
 とまあそういうわけで、私は情報を止めることこそできませんが、情報の価値を半減させることは出来ます。それに、もし召喚者の危機になるような情報を彼が流し、その証拠を私が掴めば、多くの召喚者がリュージさんを敵視するようになります。
 彼はそのどちらも望みません。恨みを買わずに、一番いいタイミングで情報を売り、多くの報酬を得たいはずですから」

 アキカワはそう説明しながら、困った顔で続けた。
「しかし、私も蔵人さんの情報が本当に反ハヤト派に流れたと確信するまではどうすることもできません。情報の流出を防ぐために情報を流出させては元も子もありませんから」
 蔵人はそうかと言ったきり、黙り込んだ。
 あとは何を聞いておくべきか、蔵人はそれを考えていたのだが、アキカワは蔵人が悩み苦しんでいると察して、これからのことを訊ねた。

「……どうするつもりですか?」
「……どうするも何も協力する以外に何か方法があるのか?勇者の権力に逆らえるわけないだろ。相手の力も分からないんじゃあ、逃げるのもままならないしな。
 あんたのいうことが本当だとしたら、少なくとも討伐作戦が終わるまではバレないわけだ。それまでに何か考えるさ」
「彼は加護の力を応用して勇者かそうでないかを判別しているだけですので、逃げること自体は可能です。ただ、その後は蔵人さんが……」
 アキカワはそう言ってリュージの加護を説明した。
 蔵人は躊躇なく生徒の情報を話すアキカワの態度に内心で首を傾げていた。

 『見えざる手(インビジブル・ハンド)』。
 二つの見えざる手を操るのがリュージの加護であった。
 見えざる手の掌は人を握ることが出来るほど大きく、幽霊のようにあらゆる物質に干渉しない手と巨兵のように強く堅い手を切り替えて使うことができるという。
 巨兵の手は攻撃に用いるが、リュージ自身を掴ませることで鎧としての役割も果たす。有効攻撃射程は目視できる範囲だが、遠くなればなるほど威力は減衰した。
 幽霊の手は物質に干渉しないため一切攻撃能力はないが、人混みなどで用いる際に周囲の者を考慮せずに見えざる手を用いることが出来た。反対にその性質を利用して片っ端から人に触れることで勇者かそうでないかを判別することも可能だった。

「蔵人さんがこの宿にいることを突き止めたのも彼の加護の力です。
 加護全体に言えることだと推測されていますが、勇者の精神状態などによって加護の威力や速度、性能が変化してしまいます。それに召喚されてすぐのデータと収集した情報からの推測ですので、完全に正しいとはいえないかもしれません」
 蔵人は説明を聞きながら訝しげにアキカワを見た。
「なんで生徒のことをそんなにべらべらと喋る。あんたにしてみたら一応保護すべき対象だろ?」
 アキカワは何かを堪えるような顔をした。
「……道を踏み外し、多くの召喚者を危険に晒すのであればさすがに庇い切れません。それに蔵人さんとて同じ召喚者です。何もできなかった身で何をとお思いでしょうが、この世界にたった七十九名しかいない日本人なのです。出来ることなら協力したいと思うのは当然ではないですか」
 だが、迷いなくそう言った。

 アキカワは蔵人を説得しようとしていた。
 蔵人と行動を共にしてリュージから守りつつ、リュージの動向も探る。
 そのために蔵人の監視を引き受けた。リュージも表向きは協力関係を築きたいらしく、それを了承した。不可解ではあるが、こちらとしては都合がよかった。
 その間に、蔵人を説得する。
 それだけが、血を流すことなく丸くおさめる最良の方法であった。
 リュージにはこの世界に来てからもう何度も説得を試みたが、聞きいれようとはしなかった。
 理不尽ではあるが、悪を善に心変わりさせるより、善に妥協してもらうほうが容易である。
 悪を善に心変わりさせている内に、かけがえのないものを失うわけにはいかなかった。
 最悪の事態は当然想定していたが、その前にやれることがあるならやっておく。
 蔵人の自由も生徒たちの安全もできるだけ両立してやりたかった。
「彼が約束を守るとも思えません。ですので、一つだけ方法が――」

「――一原颯人に合流し、奴を全面的に支持し、加護は一原颯人に譲ったものだと宣言する。その後に事実の審判を受け、その言葉に偽りのないことを証明する」

 アキカワが驚いたような顔をした。
 蔵人が加護を盗んだハヤトとの和解を考えていたことにアキカワは驚いていたが、さすがにそれは口にしなかった。
「……審判のことを知っていたのですか」
「あれだけ噂になればいくら情報に疎くても知ってるだろ」
 蔵人は雪山で勇者に命を狙われた後から漠然と考えていたが、脅迫されたことで現実的な選択肢として自分の中に浮かび上がった。
 それでも完全に安全とは言い切れないが、現状最も合理的な選択肢だった。

「それでは――」
 アキカワがどこか安堵したような顔をするが、蔵人が放った次の言葉に表情を強張らせた。
「――だが、それはできない」
 合理的で最良の選択肢であることは蔵人にも分かっていた。
 だが蔵人は、ハヤトを許すことが出来なかった。
 どれだけ許そうとしても、心の奥深いところでは決して許せなかった。
 そんな状態で事実の審判を受けようものなら、間違いなく首と胴が離れ離れになってしまうだろう。

「どうしても、ですか?」
「こればかりは自分でもどうにもならない」
「……」
 アキカワとて分かっている。
 ハヤトは許されざることをした。
 あの白い空間での出来事はまるで現実感がなく、当時はアキカワもあの行為がどれだけ重大なことか理解できなかった。
 だが、こちらの世界に召喚されて生活を続ける内にその重大さを実感した。
 こちらの世界の住人達はまるで手足のように魔法を使う。多少の訓練さえ積めば、誰でも、容易く、人を殺すことのできる力が手に入る。
 そんなところに銃社会ですら遠い国の出来事だった日本人が丸裸で召喚されればどうなっていたか。
 召喚者たちは拘束されて知識を吸い上げられ、最悪人体実験の材料になっていたかもしれない。未知の知識、政治の道具、実験動物など使い道などいくらでもあるのだから。
 サンドラ教の信仰対象である勇者ミドが持っていたとされる神の加護(プロヴィデンス)があったからこそ、召喚者は保護された。
 魔法よりも習熟に時間がかからない力ゆえに、身を守ることが出来た。
 権力争いや国家間の暗闘に巻き込まれたり、あからさまに各個人で待遇が違っていたりと決して順風満帆ではなかったが、神の加護がなければよかったなど間違っても言えなかった。

 そんな力をハヤトは奪ってしまった。
 召喚された場所が違うとはいえ、ほぼ無防備でこの世界に召喚された蔵人の苦労は計り知れない。
 許すことができないのも当然といえば当然のことだ。
 だが――。
「決してハヤトさんを許さず、召喚者と関わることなく、たった一人で生きていくつもりですか?」
「一人、というわけでもない。雪白もいるし、アズロナもいる。知り合いもいないわけじゃない」
「それはっ、……魔獣じゃないですか」
「そうだ」
 魔獣だから何が悪い。
 蔵人の顔はそう告げていた。


「……イチハラさんを許してくれませんか?」
「別にどうこうしようなんて思ってない。関わらないでくれればそれでいい。だが、心の底から許すとなると、今は無理だ」
 アキカワが蔵人の部屋を辞する直前に聞いた言葉である。
 確かに、悪を善に心変わりさせるより、善に妥協してもらうほうが容易だった。
 生きていればしがらみもある。正しくともどうにもならないこともある。
 だが、善にも決して曲がらない部分があった。
 その曲がらない部分こそが善を善たらしめている理由でもある。
 蔵人にはその部分がしっかりとあった。
 本人の資質には似つかわしくないほどに強固な善が。
 身に余る善は滅びを呼ぶ。
 アキカワは宿のほの暗い廊下を歩きながら残酷な結末を想像した。
 唾棄すべき呪われた結末である。
 そんなことになる前に手は尽くす。
 そう考えるも、一度想像してしまったものを振り払うことはできなかった。


 翌朝、蔵人は朝から身体の調子が悪かったが、今日はハンター協会に行って強制依頼を受けなければならなかった。
 蔵人は宿の食堂でアキカワと合流して朝食を取り、協会に向かった。

 リュージが言っていたように協会にはすでに話が通っており、ランクは七つ星(ルビニチア)に戻って罰金も返却された。
 蔵人は職員に返却されたタグをじっと見る。
 特に感慨はない。むしろ今は、タグに刻まれた七つの星が忌々しいだけだった。
 アキカワが何やら協会関係者と話があるということで、その関係者の時間が空くまで待つことになり、二人は協会のロビーの隅にある椅子に座った。
「ところでバニスはどうしたんだ?」
「バニスさんにはリュージさんの動向を探ってもらっています」
「……あいつにそんな隠密活動ができるのか?」
「退職したとはいえ元は聖騎士ですから、一通りなんでもこなしてくれます。そっち方面はからっきしなのでとてもありがたいです」
「そんな戦力をぷらぷらさせてるなんて、随分とこの街は余裕があるんだな」
「今回の討伐作戦での私の立場はアドバイザーです。アルバウムに所属していますから、目立つわけにもいきません。まあ、国同士のメンツという奴でしょうか。そこにマルノヴァのメンツもかかってくるので非常に複雑なことになってますが……」
 そういって疲れたような顔で討伐作戦を取り巻く環境を語りだした。

 ミド大陸南部に位置するユーリフランツ共和国は自治都市が寄り集まって形成された。
 国民の大多数が信仰するサンドラ教とぶつからないようにと、形式的に勇者ミドの血を引くと言われている者をお飾りの王族とし、実際には各都市の代表が合議制で政治を行っていた。
 そのため王政へのこだわりも薄く、二百年前の魔法革命においてもあっさりと王政を廃止し、アルバウムと並びいち早く民主制に移行した。
 しかし建国時から民主制に移行した現在に至るまで大きな都市の権限は強く、その権限を守るためにはユーリフランツ政府にも牙を剥いた。
 政府による竜山封鎖解除命令。
 マルノヴァはこれが気に入らなかった。
 封鎖解除命令は怪盗スケルトンに対抗するためではあるが、マルノヴァとしては政府にそんなことを強制されるいわれはなかった。
 そもそも竜山を封鎖していた竜騎兵はマルノヴァの治安を守る巡視隊の一部隊である。竜騎兵の莫大な維持費も全てマルノヴァが支払っていた。
 それなのになぜ強制されなければならないのか。
 竜山封鎖の悪影響を棚に上げ、マルノヴァは臍を曲げてしまった。

 なんとユーリフランツ政府の協力をつっぱね、独力で怪盗スケルトンを討伐すると決めてしまったのだ。
 国営商会が狙われているのになぜそんなことが可能だったか。
 ユーリフランツでも有数の貿易港であるマルノヴァにはアドリア商会という王国直轄の商会があった。だが魔法革命による民主化により、アドリア商会は国営商会へと名義が変更された。
 だが、国営商会に変わる以前からその資本の大部分はマルノヴァが支払っており、現在も経営陣はほぼ全てがマルノヴァの関係者であった。
 そのためマルノヴァが強く拒絶すれば、ユーリフランツ政府としても強く出られなかった。

 マルノヴァが単独で怪盗スケルトンを撃退すると決断した裏にはその莫大な財力と人脈があった。
 マルノヴァの治安維持を担っている巡視隊は元より、傭兵仲介業組合、ハンター協会、探索者ギルドに協力を要請し、強制依頼を発動して戦力を集めた。
 国際捜査官のリュージの参加には難色を示したが、国際指名手配犯について取り決めた国際条約がある以上、さすがのマルノヴァも断ることが出来なかった。
 アキカワは参加を公表しないという条件で、アドバイザーとして参加していた。こちらはアルバウムの紐付きということで邪険に扱うこともできず、さりとてマルノヴァとしてはアルバウムの介入は面白くなく、その結果、非公表という形に落ち着いたのだった。

「怪盗スケルトンと呼ばれてはいますが、正式な魔獣名はハイスケルトン、アンデットのスケルトンの上位種とされています。私の調査対象でもありますから、魔獣調査の一貫と言えなくもありません。
 事情はどうあれ、無辜の民を巻き込む怪盗スケルトンのやり方は容認できませんから、無理をいって参加させてもらいました」
 蔵人は表情も変えずにアキカワの話を聞いていた。
 最後の言葉に何も思わなかったわけではない。
 だが、蔵人とてジーバから聞いた話を知っているだけである。本当のところはわからない。
 しかし、一つだけ言えることがあった。
 ジーバは魔獣というくくりに入れていい存在ではない。
 雪白という魔獣がいる以上、魔獣と人種の違いは蔵人の中で曖昧になっている。
 だがアキカワの言う魔獣は、完全な獣としての魔獣である。多少知能は高くとも、所詮は魔獣。そういうニュアンスであった。
 蔵人にはジーバが獣だとは思えなかった。
 仲間の死を悲しみ、信義を尊び、芸術を愛し、祖国を奪った者への怒りがあった。人との違いなどその生態くらいである。
 しかし、わざわざそんなことを説明してジーバの情報をアキカワに知らせる必要もないと蔵人は口を噤んでいた。

 アキカワの待ち人がやっと時間がとれたとアキカワを協会の奥に呼んだ。
 残された蔵人が協会の隅で立って待っていると。
――ドンッ
 何かがぶつかった。
 見ると荒っぽい雰囲気のハンターだった。 
「あん、どこに目をつけてやがるっ」
「すまない」
「けっ、辛気くせぇ顔しやがって」
 男が勢いよくローブの襟元を掴んで蔵人を引き寄せ、囁いた。

(――監視人を殺せ)

 すぐに乱暴に突き離され、壁に叩きつけられる蔵人。
「けっ、くだらねぇ!」
 男は協会を出ていった。
 協会ではこの程度のことは珍しいことでもない。誰も注目などしていなかった。

 蔵人は立ち上がる。
 昨日の今日である。リュージの伝言としか考えられなかった。
 リュージがアキカワを監視につけた理由は表向きの協力関係以外にも、こういうことだったのかもしれない。 

 アキカワが協会の奥から戻ってきた。
 ほんの数分しか経っていないが、蔵人には随分と長く感じられた。
「どうかされましたか?」
「いや、大丈夫だ。朝から少し具合が悪くてな。それより、バルティスに脚周りの装備を取りに行っていいか?」
 その言葉にアキカワはじっと蔵人を見つめた。
「……逃亡、するのですか?」
「逃げたってどうにもなんないだろ」
「……辺境に篭ってしまえば、見つかりにくいかと思います」
「おいおい、あんたは俺に逃げてほしいのか?」
 アキカワはつい頷きそうになった。
 それが次善策にすらならぬことは知っていた。
 追手がかかり、蔵人が存在したという状況証拠が揃っていくだろう。
 だが、身柄を押さえられない限り、明確な証拠はない。事実の審判などつっぱねてしまえばいい。審判の強要はできないのだから。
 そんな蔵人がいるのかいないのかわからない曖昧な状況で、なんとかしのぐしかない。
 忌まわしい結末を回避するには、もうそれしかなかった。

 蔵人がハヤトと和解できない以上、召喚者たちが蔵人の身柄を押さえるという手段もあった。
 だが、さすがにそんなことまでは出来なかった。
 最初は存在しない者として扱ったのに、都合が悪くなれば捕まえて監禁する。
 まるで人身御供である。
 確かに以前、真実を隠蔽し、蔵人に口止めをした。
 人は妥協して、時には膝を折ってでも生きなければならない。
 アキカワはそう思うがゆえに召喚者のためにも、蔵人にそれを強要した。それに後悔はない。
 だが身柄の拘束、ひいては自由の拘束はそれを遥かに逸脱することである。
 情報が反ハヤト派に知られるまでは避けたい方法であった。

 情報流出を完全に防ぐ方法はあった。
 一番、忌まわしい方法である。

 リュージを殺す。
 それが出来なければ、蔵人を殺し、その存在を抹消する。

 一番合理的で、それなりに容易な方法である。
 だがアキカワには生徒を殺すことなど出来なかった。たとえ担任ではなくとも教師としてそれは出来なかった。
 そして、同じ日本人である蔵人を殺すことも出来なかった。
 あるいは召喚者を守るためなら、この世界の人間を殺すかもしれない。
 だが、召喚者は殺せない。
 偽善であるのは分かっているが、それがアキカワの守れる精一杯だった。
 その精一杯ですら、全てを守り切れていないのだ。
 今も、そうである。
 蔵人が零れ落ちようとしていた。
 ならば、救えないならば蔵人の思うようにさせてもいいのではないか。
 蔵人が逃げてくれれば、そんな危うい手段を考えなくてもいい。
 もしかしたらそんな風に思っていたのかもしれない。

 召喚者を、生徒をどんな手段を用いても守りたい自分がいた。
 同時に、大義名分を盾にどんなことでもしてしまいかねない自分が恐ろしくもあった。
 だからそんな風に思ったのかもしれない。

 アキカワは蔵人の単独行動を許可した。
 逃げてくれればいい、そんな風に願いながら。
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