挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

第三章 船を待つ日々/後月

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

83/142

81-飛竜の盾

 24日に活動報告でも報告させていただきましたが、本作がMFブックス様より書籍化されることになりました。
 これも読んでいただいた皆様のおかげです。ありがとうございます<(_ _)>
 
 シンと静まりかえった工房内に、パチパチと暖炉の薪がはぜる音が響いていた。
 少ない薪はいまだバルティスがそれほど豊かではない証拠であったが、隙間風などは吹き込んでいないため、少し厚着をすればむしろ快適だとも言えた。

 そんな外の光が入るだけの薄暗い工房で、恰幅の良い身体で仁王立ちし、こめかみに青筋を立てているレイレ。
 工房のどこか懐かしい雰囲気も相まって、蔵人にはどことなくオイタをした子供を叱っているような母親に見え、少し懐かしさを覚えていた。
「――こっちの返答も待たずにあんな大金押しつけて、あまつさえ戻ってきても声すら掛けないとはね」
「……ケツ叩くなよ」
「悪い子にはケツ叩きだろ?」
「だからって棒は――」
「あんたはハンターじゃないか。かよわいあたしが手加減したら痛くないだろ?」
 レイレは身長こそ蔵人より少し低いが、恰幅はよく、腕はお世辞にも細いとはいえない。
 だが確かに一般人からすればハンターは個人差はあるが頑丈といえるだろう。強化魔法を使えば、であるが。
「悪い子って……旦那も叩くのか?」
「当たり前だろ。他に何を叩くのさ」
「…………なら、あんたも叩かれるのか?」
「悪いことはしないからね」
 ニヤリと笑うレイレ。
 蔵人としては色々言いたいこともあったが、レイレにそんなことを言ったところで聞き入れそうもない。それに何も言わずに大金を置いて行ったのは確かに事実で、逆に自分が同じような状況になったとしたら文句の一つも言いたくなったかもしれない。

 蔵人は反論を諦め、ため息をついて臀部をさすりながら立ち上がる。
 レイレの持つ古めかしい棒の間合いをそっと外して立つあたり、蔵人の腰は引けていた。
「……エカイツは?」
「素材の加工で奥に籠ってるよ。腹がへったら出てくるだろうよ。それより――」
 蔵人が一歩退く。
 だが、棒から視線を外さずに身構える蔵人などお構いなしにレイレは蔵人にずいと近づき、顔を寄せた。
 まだ叱られるのか、と蔵人は腹を括る。
 だが――。

「あの夜はまともにお礼も言えなかったんだ。それにあの夜の噂すら聞こえてこないってことは、あの食えない中年の提案をのんでくれたんだろ?
 あの娘のお陰で北バルークはなんとか持ち直す。でもごめんともありがとうとも言えないんだ。せめてあんたにはお礼くらい言わせておくれよ」

 レイレは切なさと悲しさの入り混じった表情かおでそう言った。
 それが嫌で金だけ押しつけたのだ。蔵人にとって礼を言われるようなことをしたつもりなどなく、ただただ自分の中の怒りと喪失感を許容出来なかったからファンフを討ったに過ぎない。エスティアの為などと言って死者の意思を勝手に代弁する気など毛頭なかった。 
「礼を言われるようなことは――」
「あたしが言いたいから言ってるんだ。文句あるかい?」
 目尻の小皺に一昔前の美貌を匂わせ、酒場の女主人は至近距離で言い切った。
 そう言われてしまえば蔵人に言い返す言葉などない。
 蔵人が観念すると、レイレは満足げな顔をした。
「それでいいんだよ。ありがとう。……あのでっかい子はどこだい?」
「でっかい……雪白か?魔獣厩舎だが」
「なんだい、連れてきてないのかい。……門番?ああ、いい、私もいくよ」
「え、あ、はっ?」
 訳も分からぬまま蔵人はレイレに引きずられていった。

 持ち前の気迫と村長の娘という立場、村の総意という大義名分で門番を黙らせたレイレは雪白とアズロナを魔獣厩舎から引き取って村に入れ、エカイツの工房に戻ってきた。
 門番は先の襲撃で逃げた者とは別の新しい門番であり、そのため話の伝達に不備があって蔵人たちのことが上手く伝わらず、雪白たちを村に入れなかった、というのが事実らしかった。

 蔵人とレイレはそれぞれ椅子に腰を下ろし、大きな木のテーブルの角で向かいあうような形になる。
「……で、どういうことだ?」
 鼻をすぴすぴとさせて、革の加工の匂いに鼻先の皺を寄せながら、それでも興味深げに薄暗いエカイツの工房を見回す雪白とその尻尾に確保されながらもジタバタともがいて見知らぬ場所を徘徊しようと目論むアズロナ。
 それを見ながら蔵人がレイレに尋ねると、レイレはどこか悪戯っぽい顔をしながら答えた。
「ほら、あの夜の襲撃で白い獣に助けられたっていう女がけっこういるんだよ」
 蔵人は暴徒がバルティスを襲った夜、襲撃のどさくさに女を襲うであろう輩の排除を雪白に頼んだことを思いだした。
「あたしがあれはあんたの猟獣だっていうと、直接お礼を言いたいって話になってね。でもあんたは大金押しつけてどっかいっちまっただろ?だからまあ、お礼じゃないけど、次に来たときはあんたの猟獣の村の出入りを自由にしようって話になったのさ。それに――」
 レイレの声がどこか蔵人をからかうようなものになる。
「ほら、協会が戻ってくるだろ?その協会の紋章を飛竜の仔を尻尾に巻きつけた白い獣にしようかって話になってるんだよ」
 その街や村に定着する地元のハンターのタグにはその町の協会支部固有の紋章が小さく刻まれている。マクシームやアカリは国所属のハンターで揃いの装備を身につけていたし、イライダも『巡国の義務中』であるため紋章はなく、蔵人がそれを知る機会も、目にする機会もまったくといっていいほどなかった。
 本来はそれぞれの都市色やその街にゆかりのある逸話、開拓の英雄などから紋章は決められるが、北バルークが困窮する中で起こったバルティス襲撃で多くの女性を救い、その夫や恋人からも感謝されることになった雪白は十分にその資格があるといえた。
 同じように襲撃を退けたとはいえ月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)やジョゼフへの市民感情は悪く、取引を持ちかけたアキカワ、その付き添いのバニスに対しても複雑な思いがある。決闘をしたという事実が公表できない以上、蔵人やエスティアを直接称賛する訳にもいかなかった。
 そんな訳で雪白が英雄になった、ということである。

「……英雄になったらしいぞ?」
 蔵人が雪白にそう言うと、噂の白い獣は褒めてもいいんだけど?とばかりに蔵人の膝にのしっと頭をのせた。
 一方アズロナは雪白の尻尾から解放され、古めかしい大きなテーブルの上を翼腕を使って這いまわり、いつのまにかレイレの元に到着していた。
 アズロナは見慣れぬ中年女性であるレイレを見て、ドノルボで遊んでもらった同じ年頃の奥様たちを思い出し、くりっとした目でレイレを見上げた。
 蔵人が膝にのった雪白の小耳から頬までを両手で掴んで撫でくりまわしていると、レイレがアズロナを見ながら尋ねた。
「触っても大丈夫かい?」
「まだ犬猫と変わらないさ。名前はアズロナだ」
 そう言いながら、蔵人はこの世界に来てから愛玩動物という意味での小さな犬猫をそれほど見ていないことに気がついた。
 自動翻訳があるとはいえ通じるかと不安になったが、レイレは気にした様子を見せずに、怯むことなくアズロナの首回りにある鬣をくすぐった。
 ぎぅぎぅと楽しげな鳴き声を上げて身をよじるアズロナに微笑むレイレ。
「変異種とはいえあの憎らしい飛竜の仔とは思えないねえ」
 蔵人はレイレの言葉に、ゴロゴロと恐ろしげに喉を鳴らす気持ち良さそうな雪白の口をついでとばかりに開き、虫歯の有無を確かめながら答えた。
「まだ飛べないし、どうも水中が好きなようでな。飛竜と言っていいものかどうか……」
 雪白の歯に、虫歯など一本たりともなかった。
 蔵人はそんな雪白を羨ましく思いながら、もにゅもにゅと顔面マッサージを続けた。

「……なんだよ、来てたのか」
 蔵人に撫でまわされ、蔵人の膝に顔を乗せたままその大きな身体をぐでんとさせている雪白やレイレの膝の上で腹を見せて完全な無防備を晒してうとうとするアズロナを見ても、エカイツは客が待っていたのかという程度でしかないようで、平然としていた。
 蔵人は奥の作業場から出てきたエカイツを見る。
「這い寄る木と怪物モンスターの盾、ついでにその他諸々持ってきた」

 ……本当にいたんだな。
 エカイツがどこか感慨深げについ、という感じで呟いたのを、蔵人が聞き咎める。
「信じてなかったのか」
「いや、それはあれだ。五十年以上も前の話だからな。師匠を信じてはいても、霧の民自体が絶滅しているってことも……。そ、それよりもその他ってなんだ?」
 エカイツが強引に話をかえた。
「……覚えておけよ。大棘地蜘蛛(アトラバシク)の糸、三剣角鹿アロメリの折れた角、森林狼と森林大狼の素材だ。ああ、あと雪白の抜け毛なんかもある」
「猟獣のはともかく、そんなもん……ああ、そうか。お前はこの老い先短い爺に片っ端から組み合わせを試して、使えるようなら飛竜の盾に組み込めってんだな?そんな偶然はねえ……ともいえねえか」
「……あるのか?あれば儲けもの程度のつもりだったんだが」
「どれもそれほど多く出回るもんでもねえし、森林狼以外はどれも北の端にいるような魔獣だろ?最近じゃ研究も進んではいるが、基本的に秘匿するもんだし、そもそもミド大陸が完全に落ち着いたのはここ百年ばかりのことだからな。まだまだ未知の組み合わせはあるだろうよ」 
「そうか。頑張ってくれ」
 蔵人が適当に返事をすると、エカイツはさも名案を思いついたという顔をする。
「……よしっ。お前も手伝え」
「いや、素人が手を入れちゃまずいだろ?」
「なに、魔法陣の上に素材を置いて、判別の自律魔法を作動させるだけだ。それに、このまま帰れるとでも思ってるのか?」
 エカイツの言葉に蔵人は怪訝な顔をする。

「――帰らせるわけないじゃないか」

 アズロナを膝に抱いて、どこぞの有閑マダムのように座っていたレイレが楽しげにいった。
「はっ?」
「言っただろ。でっかい子、ああユキシロって言ったか。言い辛いね。そのユキシロにお礼を言いたい、もといその飼い主にお礼を言いたいって奴らがいるんだよ」
「いや、七十七日にはマルノヴァで人と会う約束をしてるんだが」
「今日は七十三日だ。ここからマルノヴァまで約一日。三日あるじゃないか」
「飛竜と朧黒馬の下準備は終わってる。他に仕事もねえし、組み合わせと組み立てなら三日もあれば間に合うな」
 エカイツも労働力を逃がすまいとレイレを援護した。
「極端なことをいえば、あんたはいなくてもいいんだ。さっきあたしが村を代表してお礼は言わせてもらったしね。盾のほうを作ってて構わないよ」
 レイレはうとうとしているアズロナと蔵人の膝の上に頭を乗せてご機嫌な雪白を見てそう言った。
 拒否権はない。
 そんな雰囲気であった。
「……」
 とはいえレティーシャに飛竜を引き渡す日まで何か用事があるわけでもない。それにそもそも他の魔獣素材を提供したのも自分である。
 蔵人は観念して言った。
「……わかった。だが、こいつらは食うぞ?」
「あんた、自分がいくら置いてったかわかってんのかい?その子らを三日食わせたところで、痛くも痒くもないよ。腹がはちきれるまで食わせてやるよ」
 その言葉に、今まで機嫌良く半分眠っていた二匹が目をぱちりと開き、一斉にレイレを見た。


 緑鬣飛竜の大牙と三剣角鹿の角……不可。
 緑鬣飛竜の小牙と三剣角鹿の角……不可。
 緑鬣飛竜の翼爪と三剣角鹿の角……不可。
 緑鬣飛竜の脚爪と三剣角鹿の角……不可。
 緑鬣……。
 蔵人はうんざりした様子で手を止め、椅子の背にもたれた。いうまでもなく頑丈さだけが取り柄のような椅子の背は雪白の柔らかな身体とは比べるのもおこがましいほどに堅い。
 そんな堅い椅子に座り、机の上の魔法陣に素材を置いて、判別の自律魔法を発動する。
 蔵人は二日間、それを延々と繰り返していた。同じ魔獣でも部位によって組み合わせは異なり、さらに組み合わせは二つ、三つ、四つと膨大だった。
 人外とはいえないが、常人に比べて遥かに大量の魔力を持つ蔵人であったからこそ、二日間も判別し続けることが出来たともいえるのだが。

 その間、雪白とアズロナはバルティス住民から歓迎を受けていた。
 いくら女たちを救ったとはいえ猛獣である雪白に住民が慣れない内は蔵人が傍にいたのだが、三歳ほどの男の子が怖いもの知らずにも雪白の横っ面を叩いたことで事態は急転した。

 住民の顔が、一斉に凍りつく。
 それまで雪白を遠巻きにしながら蔵人にお礼を言っていた住民たちの顔から一気に血の気が失せていった。
 なんとか子供の母親だけが青白い、しかし決死の顔で子供を引き剥がそうとする。
 だが、その前に雪白の尻尾が男の子の頭上に大蛇の如くぬっと首をもたげ、集まっていた人たちは悲鳴をあげかける。
 子供の頭など一口にしてしまえそうな雪白を前にし、既に母親は子供を抱いたまま目を瞑り、神に祈っていた。

 だが尻尾は、多くの人の予想を裏切り、男の子の頭をポンポンと撫でただけだった。

 凍りついた時が、ゆっくりと溶け、しばらくすると雪白の傍に蔵人がいる必要はなくなった。
 ちなみに、アズロナは既にレイレの家の子である。
 最初からレイレと他の奥様たちにかまわれ、楽しげにぎぅぎぅと鳴いていた。

 こうして蔵人だけが、むさくるしい爺さんと一緒に工房に篭って素材を魔法陣に置き続けることになる。
 イラルギの時と同じか、と釈然としない思いを抱きつつ、蔵人は工房の奥に消えていった。
 その背中に哀愁が漂っていたことは言うまでもないことであろう。


 そうして二日間、膨大な数の組み合わせを試したが、ハズレの組み合わせをいくつか見つけただけで、大した成果もなく終わった。
 なんという徒労かと蔵人は肩を落とす。
 飛竜の盾を組み立てる準備をしていたエカイツは意地悪そうに笑った。
「そうそう見つかるもんじゃねえよ。だが、怪物の盾も組み込めそうだ。組み合わせにしてもちょっと面白いことができそうだしな。一風変わった飛竜の盾になるんじゃねえか?」
 蔵人がどういうことかと聞いても、エカイツは笑うだけで何も答えなかった。

「……聞きたいことがある」
「あん?盾は出来てからのお楽しみだぞ?」
「……それも聞きたいが、別のことだ」
 エカイツが笑みを引っ込めて蔵人を見る。
「アズロナ……あの飛竜の変異種ことだ」
「ああ、……レイレのとこに里子にでも出すつもりか?」
 アズロナはすっかりレイレに懐いてしまっていた。
 蔵人はその様子を思い出しながら、
「本当にそうなりそうだからやめてくれ。そうじゃなくて、アズロナが地面を這うと腹や尾を引きずるんだが、それを防ぐものはないか?蛇の腹みたいに動くような鎧とか」
 エカイツはポカンとした顔で蔵人を見てから、くっくっと笑う。
「いい親してるじゃねえか」
「あれを見てると飛べるかどうか分からないからな。大きくなったらフードに入れておくわけにもいかない。飛べたとしても一匹だけ空を飛ばしておくのも、な」
「……ふむ、そうなると特殊な魔法鎧ってことになるんだろうが、少なくともおれは知らねえな。作れるとしたらドワーフの総本山にいる一番鍛冶連中だろう。あとは天然物であるとすれば遺跡だろうが、飛竜の、それも地面を這うための鎧となると難しいかもしれん。が、可能性はゼロじゃないな」
「ドワーフはともかく、遺跡にもあるのか?」
「ああ、遺跡はいろんな意味で常識外れだからな。大抵は国が持って行っちまうが、未管理の遺跡なんかから流出したものの中には、常に清潔なシャツなんていうとぼけたもんから、一撃で壊れるが精霊竜(エレメントドラゴン)のブレスにも耐えきる鎧なんてのもある。だから、お前がいうものもないとはいえねえ」
「そうか」
「それより、仕事が終わったらでてけっ。こっからは見せられねえ」
 蔵人は強引に椅子から立たされ、奥の作業場を追い出された。

「……寝るか」
 作業場を追い出された蔵人は階段を登り、寝泊まりに使っている工房の屋根裏で毛布に包まり横になった。
 空き家や宿も用意するといわれたが、エカイツの工房で作業をするならこっちのほうが楽だと蔵人が言うと、レイレが毛布やなんやと運んでくれて、それなりに、いや野宿に慣れてしまった蔵人からすれば十分に上等な寝床となっていた。
 確かに屋根裏はひんやりとしているが、毛布に包まればどうということもない。
 太陽は真上をようやく過ぎ、屋根裏には陽の光が差し込んでそれなりに明るいが、判別の自律魔法で魔力を枯渇寸前まで使ったせいか、蔵人はあっという間に眠った。


 重い。
 息苦しい。
 まるで誰かに押さえつけられているような、夢うつつにそこまで考えたところで蔵人は箱を開ければ飛びだすバネ仕掛けの玩具のように起き上がった。
 ころり、と蔵人の胸から何かが落ちる。
 屋根裏を見回すが、寝る前と同じで、敵などいない。
 ただ白く大きな塊と胸元から落ちたアズロナ以外は。
 夢か、と息苦しさの原因であるアズロナをひょいと持ち上げ、丸くなって白い塊と化している雪白の頭にちょんと乗せた。
 アズロナはころりと落ちてなお眠っていた。野性というものをどこかに失くしてしまったらしい。
 蔵人のそんな心配を察したのか、雪白がうっすらと目を開け、大丈夫、ちゃんと鍛えるから、とでも言いたげな、アズロナが見れば逃げ出しそうな険吞な目をした。
 ほどほどにな。
 蔵人は小さくそう言ってから毛布に包まって、雪白の身体を枕に再び眠った。
 屋根裏の小さな窓から、夕焼けが差し込んでいた。


 翌朝。
 寒さは日一日と増していた。
 まだ太陽が地平線に沈んでいる内から起きだした蔵人は寒さに腕を擦りながらも、マルノヴァへ向かうべく、雪白とアズロナと共に工房に降りてくると、エカイツが待っていた。
「おう。出来あがってるぞ」
 大きなテーブルの上には盾が、二つ、あった。
 色は暗緑色、浅く湾曲したカイトシールドを真っ二つにしたような形で、その表面は緑鬣飛竜の体表がそのまま張りつけられたようであった。
 二つの盾の外側には銃を構えるための小さな窪みがあり、巨人の手袋をしたままでも握り込める、大きめの取っ手もついている。盾の裏の空間にも魔導書を開いて差し込める構造になっており、それぞれの盾の縁には自律魔法の媒介となる飛針を仕込む溝もあった。
 だが、注文した盾の表面のスパイク、そして毒針を仕込む場所が見当たらない。さらになぜ二つあるのか。
 蔵人は二つの盾の形状にまさかと思ってエカイツを見るが、何か言う前にエカイツがそれを遮った。

「――まあ、つけてみろ」
 聞きたいことはいくつもあったが、言われるままに蔵人は両腕に飛竜の盾をはめる。
 軽い。
 正確に言うならそれぞれが確かに氷戦士の丸盾よりも重いが、サイズを考えれば破格の軽さであった。まるで氷戦士の丸盾がそのまま形を変えて、大きくなったようである。
 それに氷精も数こそ減ったが、それぞれに一つくらいは氷精が盾で戯れるのを感じることができた。これならば少なくとも防御に回す氷精に困ることはない。
「サイズはちょうどいいみたいだな。まあ、焦るな。魔力を流してみろ」
 説明してくれ、と苛立ちながら、蔵人は盾に魔力を流す。

 だが、変化はない。

 おいっ、と蔵人が言いそうになると、
「よく見ろ。透明なトゲが出てるだろ」
 そう言われて見て、初めて分かるほど透明な、氷にも似た太いトゲが五本、文字通り盾から生えていた。長さは拳一つ半ほどで、重さはほとんど感じない。
 蔵人はそれを指で弾いてみると、まるで雪白の牙のような硬質な感触がかえってきたことに驚く。
「堅いな」
「だろ。まあ、おれも今朝、気がついたんだがな」
 エカイツは徹夜で飛竜の盾を作ったという。そして盾が完成すると朝方、二時間程うとうとしてしまった。
 そして目を覚ますと、盾は姿形こそ変わっていないが、確かに変貌していたという話だった。
「どういうことだ?」
「元々はハズレの組み合わせを噛み合わせて、体当たりする瞬間に前面の鱗が一瞬だけ硬質化し、逆立ってスパイクの替わりになる、ってえ程度の機能だったんだがな。
 それが寝て起きたら、まったくの別物。ぱっと見は普通の飛竜の盾だが、よく見るとまるで遺跡から発掘された盾みてえに不自然なところがねえ。見てみな」
 エカイツはそう言って、素材のつなぎ目を指差した。
「本来ならそこに、ほんのわずかに加工の痕が残るはずだが、何もねえだろ?ったく、この歳になって『精霊の仕事』なんていうおとぎ話を目にすることになるとはな」
 エカイツは嬉しさ半分、悔しさ半分といった表情かおをする。半分は自分の仕事が精霊の目にかなったことを喜び、だがもう半分は自分の仕事に手を入れられたということに職人としてのプライドが傷ついていた。

 蔵人がエカイツに言われた素材のつなぎ目を指でなぞると、確かに加工の痕など最初からなかったかのように、非常に滑らかであった。
「精霊の仕事?」
「ああ、本来は精霊がいない時代のおとぎ話だ。そもそも精霊は変質しない限りはそんな人間くせえ真似はしねえ。
 こう、なんていうか、寝て起きたら溜まった仕事が終わらねえかな、なんていう半端な職人のつまらねえ酒呑み話、だったんだがな。本当になっちまった」
「……這い寄る木のせいか?」
「あん?」
「いや、霧の民に這い寄る木を注文するときにな、氷精と相性のいい、盾に向く這い寄る木をくれといったんだ。そうしたらどうも長老まで叩き起こして選別してくれてな」
「……なにやってんだよ、お前は。だが、確かにそれも影響してるかもしれねえ。その事は誰にも言うなよ?下手すりゃ森を丸裸にしても霧の民を探す奴が出てくるかもしれん」
「そんな面倒なこと誰がするか。で、なんで二つもあるんだ。それに毒針はどこに仕込めばいい?」
 エカイツは真面目な顔をひっこめ、にやりと笑う。

「いや、盾の形はおれが考案した。武器よりも防具、それもパーティも組まず、偏執的といってもいいほどに防具に拘る奴をおれは初めてみた。万色岩蟹(ムーシヒンプ)の爪と三剣角鹿の角なんていう粗末な武器しかもってねえくせに、防具は巻角大蜥蜴と朧黒馬の革鎧と革兜、それに怪物の盾だ。それが正しいかどうかはさておくとしても、革防具の職人としちゃあ、腕の振るい甲斐がある。
 そのまま腕を前にして、盾を合わせてみろ」

 蔵人は両腕を身体の前に立てて、盾を合わせる。
 すると二つの盾は蔵人の上半身、そして下腹部を覆う大盾になった。
「飛竜の革と鱗を幾重にも重ね、三剣角鹿の角を粉末にして接着剤と混ぜて用い、盾の芯には強固な朧黒馬の骨と最高品質の這い寄る木を使った。緩衝材として薄く飛雪豹(イルニーク)の毛と森林大狼の毛を混ぜて詰め、縫い合わせには妙に丈夫だった大棘地蜘蛛の糸を使った。
 これだけでもおれが知る限り、飛竜の盾としては破格の頑丈さだが、そこに組み込んだ怪物の盾が訳の分からねえ変異を起こした。本来、怪物の盾は修復不可能のはずだが、この飛竜の盾は保持する氷精の数こそ減ったが、強度はそれ以上になったかもしれん。その大盾なら巨人種の一撃や上級魔法の直撃すら耐えるだろうよ」

 そう説明してから、エカイツは少し難しい顔をした。
「でだ、毒だったな。あんまりそういうもんは作りたくねえんだが、使わねえとならねえときもあるから、仕方ねえな。
 俺が作ったのは表面の鱗の全ての縁に小さな溝を彫って、そこに毒を流すってえ仕組みだった。盾の裏からぶすりじゃまるで暗殺だからな、俺にはそれが限界だ。
 だが、それも変質しちまったらしくてな、それぞれの盾の合わせ目に怪物の盾を組み込んだんだが、その裏の溝に毒を入れると、発動した透明なトゲに毒が注入されるようだ。……あんまり使うんじゃねえぞ?」

「……そうか。ありがとう」
 蔵人は盾を分離させながら嬉しげに、それだけ言った。
 形は変わったが、それ以上に頑丈なものになったのなら文句はなかった。
「もちろんその魔獣に騎乗して戦っても邪魔にならないはずだ」
 エカイツの言葉を聞いて蔵人は首を傾げる。
「騎乗戦闘をするからこその、カイトシールドなんじゃないのか?」
「……そうなのか?」
 エカイツは呆れたような顔をする。
「騎乗戦闘時に邪魔にならないためのその形だ。騎乗しないならタワーシールドのほうがいいだろ」
「この形にも理由があったんだな」
「……お前を見てるとたまに不安になるんだが、大丈夫か?」
「大丈夫だ。よく言われる」
 それのどこが大丈夫なんだよ、とエカイツが呟いた。

「その盾はどうすんだ?使わないなら引き取るぜ」
 エカイツが今まで蔵人がつけていた丸盾を指差す。
「大したもんじゃないし、置いてく。新人のハンターが使うなら使わせてもいいし、使う奴がいないなら村の防備にでも使ってくれ。残った素材もな」
「盾はともかく、這い寄る木はそのまま削って作ったとはいえかなり残ってるし、飛竜も余ってるぞ?」
「……なら、盾で守れない脚まわり、すね当てっていうのか。それを頼めるか?それでなお余るなら好きに使ってくれ」
「余るに決まってんだろうが。飛竜一頭分だぞ?ったく。まあ、いい。脛当てどころか、その貧相な脚まわりをなんとかしてやる」
「最終的にはサウランに行くから、そのあたりも考慮してくれ」
「……お前の注文はいつでも遠慮がねえな。まあ七日ほど経ったら来るといい。……ところで何してるんだ?」
 蔵人は話をしながら大爪のハンマーから柄を取り、腕にはめていた。
「いや、こうして使うこともあるから確認をな」
 大爪を拳に嵌めても盾は邪魔にならないようで、蔵人は安心した。
「そういうことは先に言えよ。……ちょっと革兜を被っちゃくれねえか?」
 蔵人は言われるまま、革兜を被り、フェイスガードをつける。
「……ま、まあ、いいんじゃねえか?」
 エカイツがなんともいえない顔をした。
 それもそのはず。
 蔵人は偶然にも全身が黒を基調とした装備で固められている。
 両腕に装備した飛竜の盾は、カイトシールドの下部である尖ったほうが肩から飛び出している。そこにさらに黒い大爪を拳に装備し、フェイスガードをして人間らしい部分を隠してしまった。それがエカイツには邪悪かつ攻撃的な、どこぞのゴーレムのように見えてしまった。
 だが、防具はどれもエカイツ自身の手が入ったものだ。笑うわけにもいかなかった。

「じゃあ、行く。色々助かった」
「レイレに何も言わねえのか?またケツを叩かれるぞ?」
「……どうせまた来る」
「くっくっくっ、せいぜいケツを大事にするんだな」
 蔵人は尻に寒気を感じながら、雪白とアズロナを連れて工房を出ていった。
 村の薄暗い道に、朝日が僅かに差し込み始めていた。



 白月の七十七日、マルノヴァ某所。
 場所は特に秘匿しているわけではないらしいが、色々と煩わしいので黙っていてくださいとレティーシャが歩きながら言った。
「……それにしても、本当に来たのですね」
 レティーシャは意外そうな声で言った。
「エルフに恨まれるとか、千年祟りそうだろ」
「たかが飛竜で千年も恨むほど暇ではありません」
 蔵人はレティーシャに連れられて、マルノヴァの片隅にある質素な商会に辿り着いた。
「ここはエルフが営業しています」
 レティーシャはそれだけ言って石造りの建物に無言で入っていった。
 蔵人がその後をついて行き、商会の裏手にある解体所で分割した飛竜を次から次に取りだしても、商会の主らしきエルフは何も聞かず、解体作業員に淡々と飛竜の解体を指示していた。
 呆気ないほど何事もなく、飛竜の引き渡しは終わった。
「それでは。お互いに他言無用ということで」
 それだけ言って、レティーシャは協会に帰っていった。
 蔵人も協会に船のことを聞きにいくつもりだったが、あえて一緒に行くこともないかと声をかけなかった。

 蔵人はマルノヴァの小路を一人でぶらぶらと歩く。
 街はどこか慌ただしい。
 一年の終わりである『隠れ月』が近づいているというのもあるだろうが、怪盗スケルトンの予告がそこに加わり、冬の薄暗さも相まって漠然とした不安のようなものが街に漂っていた。

 蔵人は協会に到着すると、すぐに船の時間を聞く。
 船は白月の八十五日に入航することが決まり、サウラン大陸への中継地である、東南大陸の龍華国外国人居留地へは予定通り、一年の始まりである『産ぶ月』翌日、蒼月の一日に出航するらしい。
 多くの船は隠れ月と産ぶ月は休みで、準備なども含めると蒼月の十日くらいに出航するのが普通だが、この船は例外ということだった。

 窓口で職員の説明を受けていると、蔵人の背後、協会のロビーが騒々しくなった。
「最近の若いもんはたるんどるっ!わしらの子供の頃は十にもなればみんな精霊魔法を鍛えてたもんだ。怪盗スケルトンなんぞマルノヴァ人が全員で『火球』でも放てばいいだけのことじゃろうがっ!」
 腰の曲がった人種の老人が杖を振りまわし、近づこうとする職員を牽制した。

「また、あの爺さんか。ったく」
 蔵人に船の説明をしていた窓口の職員がそう呟いたのを聞きとめた蔵人は職員に何事かと尋ねる。
 すると職員はため息混じりに答えてくれた。

 あの老人の年齢は百歳を優に超え、魔法革命の名残を残していた時代を知る数少ない白系人種の一人であるという。
 二百年前に突如起こった精霊魔法の発現と拡散は魔法革命と呼ばれ、君主制であった国々を次々に民主制へとかえた。しかし当然ながら一朝一夕に君主制が打倒されたわけではなく、既存の権力と市民の戦争、さらには火事場泥棒的な国家間の戦争も起こり、およそ百年をかけてようやくミド大陸は安定した。
 その頃の市民は仕事をしながらも精霊魔法を磨いていており、老人はその時代と今の時代を比べて、怪盗スケルトンの予告に怯えるだけの市民を嘆き、マルノヴァのいたるところで叫んでいるという。

「だけどあの老人からしたら七十、八十の人種も若いんだ。手に負えないよ」
 職員に外へ連れ出される老人を見ながら、職員はそう締め括った。
 今の市民は攻撃的な精霊魔法を重点的に習っていない。仕事に使う精霊魔法、そして身を守るための防御的な精霊魔法を多少扱えるという程度でしかなかった。

 蔵人は礼を言って、さっさと協会から立ち去ろうとした。
 協会に長居していいことなどない、まるでそう思っているかのように。

「――この間は、ありがとうございます」
 だが、そういう時に限って邪魔が入るのも世の常である。
 蔵人の前で一緒に昇格試験を受けたリズ、ファビオ、カルロが頭を下げていた。
「……とりあえず、そこに座れ」
 蔵人はどことなく諦めた様子で近くにあった椅子に座った。

「改めまして。この間はありがとうございます。お陰でカルロは助かりました」
「二人から話を聞いて、直接お礼が言いたくて」
 三人は揃って頭を下げた。
「それはもういい。お互いに利益があった。それだけだ」
 三人が頭をあげ、リズが言った。
「昇格おめでとうございます」
「……まあ、すぐに降格したがな」
 その言葉に三人は驚いた。
「この間の強制依頼を断ったら、降格した。まあ、構わないんだがな」
「……まあ、色々ありますよね。あたしたちは強制依頼、受けましたよ」
 蔵人に助けられたせいか、リズたちの態度は試験の頃より格段に軟化していた。
「強制依頼で手柄をあげれば昇格できるかもしれねえしな。そしたらあの人に翡翠の砦に入れてもらえて、金も稼げる」
「そしたら、孤児院にお金も送れる」
 空元気かもしれないが、三人は張り切っているようだった。

 翡翠の砦。確か大手クランだったな、とチッタ村の学者とハンターのことを蔵人は思いだしていた。
 そのせいだろうか。翡翠の砦というクランにあまり良い印象がなかった。それにわざわざ怪盗スケルトンなんていう国家を相手に戦いを挑むような大物を八つ星(コンバジラ)程度のハンターが相手取れるとも思わなかった。
 そんなこともあって、蔵人はついという感じで言っていた。
「わざわざクランに入る必要あんのか?いっそその孤児院か、そこでクランでも組んだらどうだ」
 リズが少し怒ったような顔でいう。
「そんなことっ」
「当然、死ぬ奴も出てくるだろうな。俺も責任なんてとれない。無関係な人間の戯言だ」
「……大手クランに所属しないと、仕事がない」
 カルロがぽつりと言った。
「北バルークなら、多少なりともあるだろうよ」
「あそこは支部が――」
「バルティスに支部が作られるって話だ」
「武具が――」
「魔獣から調達すればいい。精霊魔法は闇でもなんでも使えるもんはなんでも使えよ。そしたら最悪でも逃げるくらいは出来るだろうよ」
 三人はついに押し黙ってしまった。
 蔵人は本当に思いつきを話しただけだ。面倒を見るなど考えてもいない。
 ただ怪盗スケルトンなんていう化け物を相手に昇格と命を天秤に賭けるのが馬鹿らしいと思ったに過ぎない。
 自分のことではないからそんなことを言えるんだと言われればその通りである。
 しょせんは思いつきだ。
 蔵人は立ち上がる。
「俺は怪盗スケルトンなんて手に負えないと思ったから降格してでも依頼を断った。試験じゃない。死ぬ時はきっとあっさり死ぬ。それならたとえ愚かだと言われようが自分の命は自分で使いたい、そう思っただけだ。
 そういう意味では怪盗スケルトンに突撃するのも一つの手か」
 それだけ言って、蔵人は協会を後にした。
 協会を出た蔵人は船が来るまでこの街に来ることも無い、と足早にマルノヴァの南門へ向かった。


 蔵人が立ち去った後、残されたリズ、ファビオ、カルロの三人は顔を突き合わせ、数時間話し合った。
 そして三人は、孤児院に向かうべく立ち上がった。
 その顔は何かを決心したような、そんな顔であった。


 後年、マルノヴァのある孤児院が立ちあげたクラン『教会裏(キエトロ)』がそれなりの名を得ることになる。
 だがその道は決して平坦なものではなかった。
 当時政治的影響でハンターの出入りが激減していた北バルークを中心にハンターとして活動したが、それ以外にも探索者や傭兵にも所属し、荷物持ち(ポーター)や解体など出来ることはなんでもやった。
 北バルークを中心に活動していたとはいえ、既存のクランの縄張りを多少なりとも侵すことがあり、軽んじられ、侮られることなど日常茶飯事で、妨害されたり、騙されたり、裏切られたりすることも少なくなかった。
 最初の五年の死亡率はハンターとして活動した者だけでも五割。活動する年齢に満たない者が病気や事故で死んだのも含めると七割にも達した。

 無謀だと笑う者も、可哀想だそんなことをさせるべきではないという者もいた。だが、多くは日々の生活が手一杯で孤児などに関心はなく、無駄飯食らいがいなくなってちょうどいいという者もいた。
 魔獣被害が一定数必ずあるため、孤児は常に存在し、孤児院に入り切らない子供の多くはスラムや裏社会の住人となり犯罪に手を染め、一般的な生活を営んでいる者たちとの軋轢を生んでいたのだから仕方がないともいえる。

 だがそれでも彼らは活動を止めず、死亡率は年々下がっていった。
 とはいえ、それでも死亡率が三割をきることはなく、辺境や開拓の最前線にいるハンターの年間死亡率とほぼ同じだと考えると、十分に高い数字であった。

 当然、全ての孤児がそれを望んだわけではない。普通の孤児はハンターなどせず、一定の年齢になると多くが劣悪な、しかしそれでも生命の危機などあまりない下働き、最近では大規模な工場や農場で働くことが多かった。
 多くの孤児院がサンドラ教の教会裏にあり、読み書き計算程度の基礎教育は最低限受けていたが、幼い頃から僅かばかりの賃金で内職などを行っており、精霊魔法の習熟などする暇はなく、栄養状態も悪い孤児では、旧冒険者三種になるのは自殺行為でしかないと思われていたのだから、当然であった。

 だが逆に、『教会裏』の本拠地となった孤児院に自ら望んで来る孤児もいた。
 こんな境遇ではあるがそれでもユーリフランツを愛している。真っ当に生きたい。成り上がりたい。多くがそんな子供たちであった。

 本拠地となった孤児院を運営していたサンドラ教の教会、マルノヴァの行政府は何をしていたのか。
 そもそも孤児院は寄付で成り立っており、貧しい。マルノヴァの行政府も貿易などでそれなりに豊かではあるが、孤児院に十分な金を回すことは出来なかった。
 そんな中で孤児自らが働くというのであれば、教会も行政府も反対などするわけもない。
 そもそもサンドラ教が奉る太陽の御子である勇者ミドは、人種で最初の冒険者とも言われており、孤児たちがその流れを汲むハンターになるということは決して教義に反するものではなかった。

 後にリズたちを条件付きとはいえ養成所に入所させてくれた人物の仲介で、『教会裏』はマルノヴァの大手クラン『翡翠の砦』の傘下に入り、死亡率を大幅に下げることになるが、『教会裏』のメンバーは常に孤児院出身者であった。
 当然高い能力を発揮して引き抜かれる者もいたが、孤児たちはそれを責めなかった。そのことにより、引き抜かれた後もそれなりの繋がりを得ることになる。
 多くの孤児は『教会裏』で活動し、結束力だけならばマルノヴァ随一とまで言われるようになっていた。

 孤児院が主体となってクランを営む。
 『教会裏』の成功にならい、いくつか同じようなクランがユーリフランツの各所で立ちあげられたが、後にも先にも『教会裏』ほどの成功を収めたクランはなかった。
 政治的影響で既存のクランとの利益と真っ向から衝突しなかった北バルークの存在、そして魔獣被害によって孤児となった者たちに対するバルティス住民の温かいまなざしが『教会裏』の成功を支えたのだと言えた。

 バルティス住民は大なり小なり、同じように魔獣被害で親を失いバルティスに身を寄せ、すれ違いの果てに娼婦となり、目の前で死んでしまったエスティアという女の姿を、孤児たちに重ねていた。死を偽った罪滅ぼしだったのかもしれない。

 『教会裏』はマルノヴァで結成されたクランであるが、そのハンターの証ともいえるタグには、飛竜の仔を尻尾に巻きつけた白い獣の紋章が刻まれていたという。

 彼らはこの過酷な世を、血の繋がらぬ兄弟姉妹と共に生き切ったといえた。


 最後の『教会裏』についての話はアフターに入れようかと思いましたが、気持ちよく一年を終わりたいと思い、最後に入れて見ました。
 本作では珍しく後味よく終わったのではないかと思います(笑

 それでは、よいお年を<(_ _)>
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ