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用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

第三章 船を待つ日々/後月

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78-行動原理

 
「――先にいいだろうか」
 バニスと既に話をしてあったのか、アキカワは無言で場所を譲った。

 盾と兜をテーブルに置きながら蔵人の正面に座ったバニスは若干の迷いを見せながらも、口を開く。
「――私は今でも自分が言ったことを信じている」
「……」
「力を持つ者はその使い方を考えなければならない。善性と信念のない力はただの暴力だ。
 ……だが、彼らは起こしてはいけない、致命的な失敗をしてしまった。私もまた、彼らを止めず、信じた。その上、賢しらに貴殿に道を説いた。穴があったら入りたい気分だ。本当にすまない」

 金糸のような髪が揺れる。
 バニスが、頭を下げていた。

「あんたが謝る必要はない。
 帰る場所、守る社会があるあんたと俺では何もかもが違う。ことさら悪行を働く気もないが、俺は真っ当に生きていくのに必要なら使える力はたとえ暴力だろうとも使う」
 蔵人も法に疑念こそ持っていたがそれでも愛着のある日本にいたり、勇者たちと行動を共にしていればバニスと同じような価値観であったかもしれないが、現実はそうではない。
 蔵人は彼らとは違う、獣じみた苛烈な価値観を持つに至った。
 資質が、環境が、境遇が今の蔵人を作り上げた。蔵人は今更それを捨てる気などなかった。

 バニスは頭を上げ、敵意や悪意の感じられないまっすぐな目で正面から蔵人を見据えた。
 蔵人も今の自分に負い目などない。
 真っ向からそれを見返した。
「私なりのケジメだ。
 ……それでも力を振るう時は考えてくれ。振るい方を間違えてその身を滅ぼす前に」
 バニスはアキカワに目配せしてから、盾と兜を持って立ち上がった。
「……約束した通り、私は何も知らないし、何も詮索する気はない」
 バニスは蔵人の耳元で小さく囁くと蔵人と話したことですっきりしたのか、颯爽とした足取りで協会を出て行った。


「……で、あんたは何のようだ?できれば勇者であるあんたとは人目につくところで長く話したくはないんだがな」
「私は勇者として顔は知られていませんから大丈夫です。こうしてフードも被っていますし。それに、蔵人さんには話しておかないといけないこともあります。……協力してもらうためにも」
 アキカワはいつも通り自己主張の感じられない喋り方をしているが、その声色は真剣そのものである。
「……聞こう」
 蔵人はため息をつきながらもアキカワの話に耳を傾けた。

「まず、月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)の二番隊にはこの国を去っていただきました」

 アキカワらしくない過激な言葉であった。
 表向きの理由としては、隠れ月と産ぶ月に行われる年に一度の大会合に参加するためマルノヴァを出発したという。
 一年は四百六日、蒼月、黄月、朱月、白月がそれぞれ百一日で合計四百四日、残った二日が一年の終わりと一年の始まり、つまりは年末と年始が隠れ月と産ぶ月であった。

「――今回の不祥事は大きいです。決闘に横槍を入れてまで少女を保護したが、その少女が無関係の女性ごと決闘の相手を殺そうとした。
 対処を一歩間違えれば、月の女神の付き人の活動に支障をきたすほどの醜聞です。とはいえ現在の筆頭女官長であるオーフィア様なら対処を誤ることはないでしょうが、なにぶん今は遠くの地にいるということで、私から協会経由で報告と相談をさせていただきました。
 結果としてはこちらの言い分を聞き入れていただき、適切な処置を取っていただきました。ご相談の後、即座に近くの地域から人を手配して二番隊を連行、蔵人さんへの支払いも対応してくださいました。
 オーフィア様から伝言ですが、今回の件は本当に申し訳なかった。近い内に必ずお詫び致します、とのことです」

「……誓約を破ったダウィとかいう女の処分はどうなった」
 十日あまりも山に籠っていたのだから逃げたとしても仕方ないが、場所を把握できているなら誓約書の通りに蔵人は協会に制裁を求めておきたかった。そのために支部長に面倒でも面談を要求したのだ。

 アキカワは申し訳なさそうな顔をした。
「それが蔵人さんへのお願いです。ダウィさんに対し、制裁を求めないでいただきたい。そして今回の件を決して口外せず、エスティアさんという方は先日のバルティス襲撃で殺された。決闘は起こらなかった。ファンフという少女もバルティス襲撃で殺された。そういうことにしてください」

 蔵人はふと疑問が湧いた。
「待て。そもそもなんであんたがこの件で動いてる。ただの魔獣調査員じゃないのか?」
「勇者、いえ生徒が関わる場合ですので私が個人的に動いています」
「今回の件に勇者は絡んでないだろ」
「いえ、藤城明里さんが関わっています。それに蔵人さんも召喚者ですよ」
 アキカワはいつも通りの申し訳なさそうな、気の弱そうな中年である。
 だが蔵人にはそれが逆に不気味だった。
「藤城明里? 月の女神の付き人に召喚者がいたのか?なぜそいつが今回の件に関係しているというんだ」
「色々な事情があって藤城さんは今、月の女神の付き人に身を寄せています。
 もし今回の件で月の女神の付き人の名声に傷がつくようなことがあれば、その活動に支障をきたし、藤城さんにも悪影響があるかもしれない。
 ですので、対処できる内に私が動いています。少し前にも藤城さんはトラブルに見舞われ、その時は他国ということもあって私にはどうすることもできませんでした。事態に気づいた時にはもう手遅れな状況で、今後二度とそんなことを起こさないためにもトラブルの芽は摘んでおきたいんです。
 協会にも既に話は通してあります。あとは蔵人さんが了承してくれれば一応全て丸くおさまります。本当は一番先に話を通しておきたかったのですが、蔵人さんの居所がまったく掴めず、事後報告という形になってしまいました。本当に申し訳ないと思っています」
 生徒のため、といって平然と事件を隠蔽するアキカワ。
 蔵人は自分をアキカワより賢いなどと思ったことはない。だが、心のどこかでアキカワを侮っていた。
 それがアキカワに対する不気味さを生んでいた。

「相手が召喚者だろうがなんだろうが俺には関係ない。俺は自分の安全を他人のために捨てる気はない。一度目は我慢した、だが二度目はない」
 アカリへの情などおくびにもださず、蔵人は言い切った。
 アキカワにアカリとの関係を知られても問題はないかもしれないが、その情報がどこから漏れるか、何に利用されるかわからない。
 今回の件をアキカワが丸くおさめてしまったというのなら、どんな手段で四角いものから角をとって丸くしたかわからなかった。
 少なくとも印象通りの人畜無害の中年教師、とはもういえない。
 蔵人はアキカワへの認識をかえていた。
 そしてだからこそ、退くわけにもいかなかった。

 だが蔵人の酷薄な言葉を聞いてもアキカワの表情はかわらず、申し訳なさそうなままだった。
「亡くなったエスティアさんでしたか、彼女の故郷ともいえるバルティスにも行ってきました」
 アキカワは蔵人の言葉を咎めることもなく別のことを言いだした。
「エスティアさんの関係者にはアガサ次席女官長、ダウィ女官長補佐に頭を下げていただき、見舞い金として百万ルッツを月の女神の付き人から出していただきました。そのかわりと言ってはなんですが、今回のことを口外しないようにと持ちかけました」
「……あの女店主が金で動くわけないだろ」
「確かに、最初は受け取っていただけませんでした。
 ですが、マルノヴァによるマルノヴァ側の竜山の封鎖解除、さらにユーリフランツ政府と月の女神の付き人からバルークの行政府に対して圧力をかけ、バルティスに協会支部を設置すると提案しますと、苦渋の表情で了承してくれました。無論、村長にも了承はとってあります。
 私としてもエスティアさんの死を利用するようで心苦しかったのですが、それよりも生徒のほうが心配でして。すでに私の手から離れているとはいえ、守れるものなら守りたいですからね」

 村長の娘としても、北バルーク人としても荒廃した北バルークを立て直すには多額の金が必要である。その上、根本原因の一つでもある竜山の封鎖を解除されれば飛竜の縄張りは正常に戻る。さらに協会支部がバルティスに置かれれば、ハンターも集まりやすくなって北バルークの魔獣被害が減る。
 それだけの条件を提示されればレイレとしても個人的感情で提案を断ることなどできないことは想像に難くなかった。
 北バルークもすぐさま独立などという気はそもそもない。一人の女の死を黙っているだけでそれだけの援助を受けられるなら誰もアキカワの提案を拒否しないだろう。
 そこまでわかっていたが、蔵人は知らず知らずのうちに顔を顰めていた。
 その顔を見て一層申し訳なさそうにするアキカワ。

 短期間でこれほど綺麗に丸くおさまったのはある意味で状況が幸いしたとアキカワは続けた。
 勇者を口実に竜山を封鎖したマルノヴァ、穏健な独立派である北バルークが気に入らず協会支部の設置を許可しなかったバルーク行政府、その双方に非があった。
 そこで勇者であるアキカワの名を使ってアルバウムの名を仄めかしながら、ユーリフランツ政府の協力を取りつけ、バルークの行政府に圧力をかけてもらい、月の女神の付き人がバルークのハンター協会に介入することを了承させた。

 ユーリフランツ政府としてもマルノヴァと北バルークの対立によって北バルークが荒廃し暴動が起こるところまでいっては、対処しないわけにもいかなかった。
 さらに怪盗スケルトンの予告もあって竜騎兵を封鎖に回している余裕がなくなっていた。
 政府は勇者という外圧、テロリストとも呼ばれる怪盗スケルトンの予告をも利用し、強権的にマルノヴァを抑え込んででも協力せざるを得ない状況にあった。

 ユーリフランツへの恭順を決めているバルーク行政府は、ユーリフランツ政府、さらに月の女神の付き人から協会設置を強く要請されれば断ることなど出来なかった。
 バルークのハンター協会も行政府の許可があるならバルティスに支部を置くことに異存はない。
 清濁を合わせ呑み、また合わせ呑ませたアキカワ。

「奴等ははどうなる?」
「表向きの処分は何もありません。
 しかしさすがにそれでは示しがつかないということでアガサ次席女官長、ダウィ女官長補佐は引退、それぞれ本殿にて外界との接触を完全に絶った上で蟄居。他の女性は各隊に再配置です」
「……誓約を守る気はない、そういうことか」
 失望したような蔵人の言葉に、アキカワが慌てた様子で言葉を続ける。
「これは私からお願いしたことです。
 オーフィア様は誓約通り、事件を公にして自害を命じるつもりでした。その結果、内部で不信を招き、外部から責められ、月の女神の付き人がどんな窮地に立たされようとも、それが事件を起こしてしまった組織の責任だと言って。
 ですがそれでは困る私が強引に、北バルーク地方の支援や蔵人さんが既に了承しているなど、半ば後戻りのできない事後報告の形で報告させていただきました。
 蔵人さんの名を騙ったこと、今更ながらお詫びします」
 アキカワはぺこりと頭を下げた。

「今回の件は月の女神の付き人の活動に支障をきたすような傷を残さないことが目的です。
 もっといえば召喚者の立場を悪くしないことが目的です。
 公にするわけではありませんが、どこから見ても形としては誓約は破られなかった、何事もなかったということにしなくてはいけません。
 さすがに月の女神の付き人には暗殺部門などありませんし、除名などという処分をすれば彼女らがどういう行動に出るかわかりきったことですから、それもできません。そういうわけで修行という名の蟄居という形になりました。
 協会も同じです。
 仮に、協会によって密かに制裁が執行されたとして、それを求めた蔵人さんの情報が裏で流れることになります。いくら隠しても、誰かが知ることになるでしょう。その時、クランドという名に気づく召喚者がいないとも限りません」

 頭を上げたアキカワの続けた言葉に蔵人は顔を顰めた。
「……俺を利用しようとする勇者はいるんだな?」
「いない、とはいえません。アルバウムに協力する市原くんに反感を抱く生徒、召喚したアルバウムをいまだに憎む生徒もいます。
 アルバウムにしても今は勇者を保護し、自由意志を尊重しながら協力を求めていくという方針ですが、勇者など道具にして構わない。人質でもとって言うことを聞かせてしまえ、という現在の方針に真っ向から反対する議員も少なくありません。
 そんな市原くんを貶めたい者が反勇者ともいえる議員に利用され、蔵人さんの情報で市原くんを追い落とし、勇者の立場を危うくする可能性を考えれば蔵人さんの情報を秘匿しておいたほうがいい、と私が判断しました」

 誓約が破られ、襲われる。
 取り返しのつかない悲劇が起こってしまったが、そのこと自体は想定していた。
 襲ってきたなら、返り討ちにすればいい、と。
 だが、それ以外のことについてあまりにも抜けていた。
 蔵人自身の情報の流出。
 誓約書を作った時にそんなことも思いつかなかったのかと蔵人は自分の愚かさ加減に呆れるが、あの時はそれしか思いつかなかった。

「……俺が街の外で殺してやる。表立っての公表は協力するから、あの女の手足を縛って山にでも放り込んでおいてくれよ。あとはこっちでやっておく。そのほうが口封じになっていいだろ?……そう言ったら、あんたはそうするか?」
 動揺を見せず、表情を消し去った蔵人が、そう言った。
 敵対者に対して、毒を感じさせるような、相手を人と見ていないようなそんな目で。

「……ダウィさんは決闘を妨害しようとしたときにはすでに月の女神の付き人を辞めて、還俗していたそうです。それが嘘か真かは分かりませんが、本人がそう言い、アガサ女官長がそれを受理したと証言している以上は月の女神の付き人を対象とした誓約はダウィさんには適用されません。
 蟄居ならば精神の安定を欠く女性を保護するという名目が立ちますが、ダウィさんを殺せば、蔵人さんが罰せられます。なのでそういう形での協力はできません」

 くそったれ。
 蔵人の今の気持だった。

「もちろん、そんな詭弁をオーフィアさんは信じていませんので、蟄居を了承してくださいました。
 ……ダウィさんが二度と蔵人さんの前に現れることはないとオーフィア様に約束していただきました。
 誓約の破約ということでさらに百万ルッツも用意してあります。藤城さんのためにも、召喚者のためにも、北バルークのためにもなんとか我慢してもらえないでしょうか」
 アキカワが深々と頭を下げた。

 手足を縛っておけば殺すと言った蔵人だが、危険性がないと約束されたのならそんな気はなかった。勿論次に襲ってくれば、雪白に遠慮はいらないと言ってあったが。
 オーフィアのいう蟄居がどこまで拘束性のあるものか分からないが、強引に制裁を求めて騒動が大きくなるよりも、アキカワの言う通りにしたほうが危険性は低い。

 蔵人はフードを被ったアキカワの下げた頭を視界に入れながら、自分が日本にいるのではないかと一瞬錯覚した。
 社会に適合出来なかった時の息苦しさを感じたのだ。
 アキカワは生徒に見限られたといっているが、今でも生徒を一番大事に思っている。
 そのためなら頭も下げるし、隠蔽もする。
 その結果が一方的に何かを強いるようなものであれば蔵人としても承諾できなかったが自身の情報の秘匿、アガサやダウィの排除、北バルークの支援、アカリの身の安全などを提示してくるのだから、断りづらかった。

 決闘をなかったことにするのは構わない。どうせファンフは死んだのだから。
 誓約を捻じ曲げるのも、危険性が排除されたのならそれでいい。
 そう考えると、誓約にこだわる気もない気がしてきたが、まだ何か飲み下せないものがあるような気がした。

 そう、エスティアの死の真実、他者の死を偽ることに引っかかっているのだ。

 アキカワの隠蔽工作は、酷く苦い味がした。
 しょせん、ただの娼婦が死んだということでしかないのだろう。
 蔵人は自分を含めて、随分と濁った水で泳いでいるものだとこの時、自覚した。

 蔵人は立ち上がる。
 外は日が暮れて、真っ暗であった。飲み屋の明かりがぼんやりと見えていた。
「好きにしろ。今回の件は全部あんたに任せる。俺は余計なことは言わない。支部長に会う約束をしていたが断っておいてくれ」
 それだけ言い残し、蔵人は協会を後にした。



 苦い薬を飲んだようであった。
 口の中にまだ薬の粉が残っているような、そんな不快感があった。
 蔵人はなんとも言えない気持ちで焚き火を見つめていた。

 今にも雪が降ってきそうな冷え込んだ夜にマルノヴァの街壁の近く、南門から少し離れた場所にある一本の葉のない立木の下で、焚き火がパチパチと音をたてていた。

 焚き火にはでんと飛竜の肉が串刺しにされて、炙られている。
 その前に陣どり、梃子でも動かないとばかりに腰を落として座り込み目を輝かせている雪白と、いつものように雪白の尻尾に包まれてぬくぬくとしながらも雪白と同じような顔をしたアズロナがいた。
 蔵人は焚き火を挟んだ向かい側で、いまかいまかと肉を待つ雪白とアズロナの無邪気な様子に僅かばかりだが、救われたような気がしていた。


 アキカワとの話の後、魔獣厩舎で雪白とアズロナを引き取った蔵人はいつものように街壁近くで野営を始め、そこで飛竜の肉を取りだした。
 蔵人の身体から飛竜の匂いを感じていた雪白だが、蔵人が食料リュックから取り出した肉を見るとでかしたとばかりに蔵人を尻尾で褒め始めた。

 雪白は竜山に住むため、飛竜を食べるのを諦めた。
 それが思いがけずも蔵人が一人で狩り、その肉を自分にくれるという。
 雪白の胸中には随分と逞しくなったなという保護者のような喜びと誕生日に好物のケーキを買ってもらった子供のような喜びの両方がこみ上げていた。

 一番美味しいところを早く、とばかりに蔵人に身体を擦りつける雪白。
 蔵人は珍しくおねだりしてみせる雪白を片手で撫でながら、飛竜の内臓を取り出して与えた。
 飛竜の内臓に使い道はないとのことでレティーシャからも譲り受けている。飛竜の毒袋は尾の先、出し入れ可能な針の根元にあるため内臓にも肉にも毒性はないということだった。

 雪白は新鮮な内臓を満足げな顔で食べながら、噛み切って小さくした内臓をアズロナにも与えている。
「……一応、お前も飛竜なんだがな」
 共食いだぞ?と蔵人が問うもアズロナは気にした様子はない。
 弱肉強食の世界で何を言っているんだお前は、という雪白の呆れたような目に、蔵人はこと生きるという点では共食いも辞さない魔獣の逞しさに、今も多くの未開地が残っている理由を見た気がした。
 いまだにアキカワの話を重石のように感じている自分の脆さが恨めしかった。
 結局のところ、自分は日本にいた頃とそれほど変わっていないのだ、と。
 純粋ぶる気などない。
 結局のところ、アキカワの話を呑んだのだから。

 雪白とアズロナが内臓を貪っている内に蔵人は集めておいた枯れ枝に火をつける。
 実地試験と飛竜との戦いで蔵人の魔力は少々心もとなかった。
 雪は積もっていないが季節柄誰かが薪を集めたのか、枯れ枝集めは難航したがそれでも火精の具象化を補助する程度の量を見つけることができた。


 肉の焼ける良い匂いが漂ってきた。
 もう待てないとばかりに蔵人を見る雪白。
 蔵人はまだ生焼けなんだがなと言いながらも、雪白たちには関係ないかと肉を焚き火から降ろし、ナイフでいくつかに切り分ける。
 すでにこの時、嫌な予感はしていた。

 蔵人の合図と共に雪白、アズロナが肉に食らいつく。
 雪白はあれ?という顔をした。
 内臓を食べた時から僅かに違和感はあった。だが食べられないほどマズイものでもなかった。念願の獲物を食べたという満足感が、その違和感を無視させたのかもしれない。
 だが――。

――ぐるぅ……
――ぎゃぅ……

 まずい、そう言いたげな雪白の顔があった。アズロナもあまりのまずさに涙目である。
 二匹は縋るような目で揃って蔵人をみるが、蔵人としても見られたところでどうにもならない。
 蔵人は焼けた肉をナイフで削ってひと欠片、口にほうりこむ。
 臭い。
 豚と羊の一番匂いのキツイ場所を足して、さらに十倍にしてドブに漬けたような脂の臭さが舌にまとわりついた。
 焼けた匂いは美味そうなのだから詐欺である。
 蔵人はなんとか食べられないものかと焼けた部分を何枚か削ぎ落し、そこに醤や香辛料、野草を組み合わせてみるが手の施しようがなかった。
 こうなってみると生焼けで火からおろしたのは正解だった。
 蔵人は焼けた部分を全部削ぎ落し、生肉を雪白に差しだす。
 目に光を感じられない二匹は警戒しながら生肉を口にした。

 食べられないこともない。

 二匹はなんとも微妙な、しかし焼くよりはマシとでも言いたげな顔で飛竜の生肉をもぐもぐと食べだした。
 蔵人はその後も小さく切った飛竜の肉を茹でたり、揚げたり、蒸したりと試すが、どれも食べられたものではなかった。
 飛竜は生でしか食べられない。
 蔵人は身をもってそれを知った。
 飛竜がハンターに嫌われるのはこの辺りにも理由があるのかもしれない。

 余談だが飛竜の焼き肉事件以後、雪白の飛竜をみる目がもの欲しそうではなくなり、近くにいる竜山の飛竜たちはどこかほっとしたようであったという。

 蔵人が立木と焚き火を組み込むように土小屋を建てると味はともかくとしてお腹は一杯になったアズロナは雪白とともに眠りについた。
 だが蔵人は雪白を背に、焚き火を見つめていた。

 ファンフを殺した。そこに後悔はない。
 ダウィとて危険性を放置しないのであれば、どうしても殺したいという訳ではなかった。
 ただ、エスティアの死を偽ることに抵抗があった。
 アキカワが動いたことによって、エスティアの死を偽り、ダウィに制裁を求めないだけで、自分を含めて多くのものが救われる。
 アキカワが動かなければ、エスティアの死は公になり、ファンフとの決闘もまた公になる。その場合、既に還俗していたと主張するダウィに制裁を課せたかどうかわからない。
 逆恨みしたダウィが殺しにくるかもしれない。
 最悪、その道も覚悟していた。それが敵対し、殺すということだ。
 だが実際はダウィという危険は遠ざけられ、決闘が公にならず自分の情報の流出も防げたことにどこかで安堵している自分がいた。

 割り切るほかないのだ。
 蔵人はそう自分に言い聞かせる。
 エスティアは死に、自分は生きていく。
 そういうことでしかなかった。
 だが蔵人の胸の内のしこりのようなものは、なくならなかった。

 蔵人はその事実から目をそむけるように、背を倒して雪白に体重を預け、目を瞑った。


 翌朝。
 ぶるりと震えるような寒さに蔵人は目を覚ます。
 アキカワの話は、考えないようにした。

 レティーシャとの待ち合わせはほとぼりが冷める十日後。
 蔵人はそれまでの間なにをしようかと、昨夜の飛竜の肉の悪夢を忘れるかのように食料リュックに入れておいた朧黒馬(フォネスカッロ)の脚肉を貪る二匹をぼんやりと見つめていた。

 昨夜の肉のまずさを思い出していると、飛竜の皮について思い至る。
 レティーシャにはほとぼりが冷めたころにどこかで盾にでもすると言ったが、よく考えればこれから北部三国の影響の及ばない東南大陸、そしてサウラン大陸の砂漠に行く予定である。
 飛竜の皮を処理できて信用の出来る職人が見つかるとも思えなかった。
 蔵人は朧黒馬の革兜を作ってもらったエカイツのところに行こうかと考えながらも、金だけ押しつけて逃げるように去ったことで、なんとなくバルティスに足を向けづらかった。 

 とはいえ背に腹はかえられない。
 朝食を終えた蔵人たちはバルティスに向かった。


「おう、元気そうだな。レイレが怒ってたぞ」
 こっそりとバルティスに入り、酒場のレイレに見つからないように工房を訪れた蔵人にエカイツは開口一番にそう言った。
「金だけ押しつけて、逃げるように去ったらしいな。レイレも言っていたが別に逃げるようなことをしたわけじゃないだろ」
「……気分の問題だ」
 蔵人がそう言うと、エカイツもどこか苦々しい顔をした。
「あの夜のことを知る人間全てが揃ってエスティアの死を偽ったんだ。おまえだけが背負うもんじゃない。全員が、共犯だ。俺たちに出来るのはその罪とエスティアを忘れないで生きていくことだけだ」
 生きていく。
 全てがその一言に集約していた。
「順当にいけば俺が真っ先にエスティアに再会するんだろうが、なんて言やいいんだか。……それはともかく、今日は何の用だ?一応引退した人間なんだぞ?」
 場の雰囲気をかえるように、エカイツは冗談めかしていった。

「緑鬣飛竜の素材を一頭分手に入れた。盾を作って欲しい」

 小石でも拾ったかのようにいう蔵人にエカイツはポカンとしてしまった。
「ひ、飛竜を一頭ってお前」
 飛竜は割に合わない。当然その皮も目にする機会は少なかった。
 竜騎兵が死んだ飛竜を防具にしたいと言って依頼してきたのを最後に、エカイツは二十年以上も飛竜を防具に仕立てたことはなかった。
 蔵人は飛竜の尻尾を食料リュックから取り出す。この際食料リュックがバレてしまうがこうなれば仕方ない。
「できればこの背負い袋のことは誰にも言わないでくれ」
「……分かった。だが今ある盾じゃだめなのか?」
 エカイツは蔵人の手にある飛竜の尻尾を凝視していたが、その視線を蔵人の腕に括りつけられた新しい盾に向けた。
「あの夜に破壊されたのは氷の怪物モンスターを倒したときに手にいれたものだ。それと比べると強度が、な」
「おまえ、怪物の盾とそのへんの盾を一緒にするなよ。ありゃ元々が作った盾らしいが、精霊によって根本から変質したもんだ。誰にも作れねえし数も少ないが、特殊金属に次ぐ強度だぞ。
 それに匹敵する盾を魔獣素材で作るとなると……」
 エカイツは考え込んでしまった。

 実をいえばククリ刀のかわりも見つかっていなかった。蔵人はブーメランや大爪のハンマーがあるため代用の剣すら買っていなかったのだ。
 だがそれでも蔵人は盾が欲しかった。堅い、盾が。
 自律魔法障壁、命精魔法障壁、巨人の手袋に朧黒馬と巻角大蜥蜴の革鎧、防御傾向の強い土と氷の精霊魔法、これだけでも防御能力は偏執的といえるが、蔵人はさらに欲していた。ある意味で病的なまでに防御を強める傾向にあった。

 蔵人に回避しながら敵を倒したり、手加減したりする戦闘センスはない。
 ならば、盾は多ければ多いほどいい。堅ければ、堅いほどいい。
 それが蔵人の考えだった。
 蔵人は考え込むエカイツに作ってもらう盾の要望を伝えた。

 サイズは前回よりも大きめで、カイトシールドほど。
 盾越しに毒針を刺すための穴。
 クロスボウの台座になるように盾の側面には凹凸。
 安定して殴る、防げるように握り込むための取っ手、巨人の手袋を装備していることを前提に大きめの取っ手。
 本を開いて仕込めるような仕込み。
 媒介である尖らせた魔獣の骨を仕込むための構造。
 盾ごと体当たりも出来るように、盾の表面に突起もいくつか。

 蔵人に遠慮の文字はなかった。
 本来は魔銃を盾越しに撃つための台座になるような凹凸と言いたいところだが、さすがに魔銃を見せるわけにもいかず、クロスボウの台座といって誤魔化した。寸法については計る時に魔銃の形を伝えるつもりでいた。
 考え込んでいたエカイツは蔵人の要望が三つめを超えたあたりでメモを書いていた。
「おめえ、ちった考えさせろっ」
「す、すまん」
「ったく。しかしこれを全部となると……壊れた怪物の盾はあるのか?」
「今は持ってきてないがある。使えるのか?」
「わからねえ。あれはメンテナンスがいらねえからおれも手にとったことがねえんだ。あとは朧黒馬の骨や蹄は残ってるか?」
 蔵人は記憶を漁りながら、あると言って頷いた。
 骨はいつかスープの出汁にしようと、脚は肉のついたのがあと二本ほどあった。

 蔵人の返答を聞いて、エカイツはどこか楽しげな様子で言った。

「――『飛竜の盾』、と呼ばれる盾を作らせちゃくれないか?」
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