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用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

第二章 灼熱の国で、奴隷を買う。

53/141

53-奴隷②

 
 蔵人は女を奴隷として買った。
 サウランに連れていくかは決まっていないが、最悪、九つ星(シブロシカ)にして解放してしまってもいいと考えていた。


 奴隷局では何事もなく登録することができた。
 奴隷局からすると奴隷制度のない国の人間には売りたくないらしいのだが、ここでも深緑の環が力を発揮した。
 蔵人はあえて見せたりはしなかったのだが、蔵人の腕にある深緑の環に気づいた奴隷局の職員が、蔵人を『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』だと勝手に勘違いした。
 金も払わず誘拐紛いに保護するのではなく、一万ロドという多額の金を払って女を保護するならなんの問題もないと、むしろ厄介払いでもするかのように女を蔵人の奴隷として登録した。
 本来、『蝙蝠系獣人(タンマイ)』、三〇歳、既婚者、傷だらけの奴隷など一万パミットもしないのだから、奴隷局としてはなんの問題もなかった。
 加えて、奴隷局の職員自身が『蝙蝠系獣人(タンマイ)』などどうでもよかった。

 価格は女の言い値通り一万ロド、つまり十万パミットにした。
 奴隷局がさらに十パーセントを登録手数料と税金として加算したので、蔵人が支払うのは十一万パミットになった。
 借金奴隷はあくまでも借金による奴隷であるため、解放条件の設定が必要であり、蔵人は適当に十年で解放の予定とした。
 予定というのは、実は年利が十五%と定められており、女が一年労働して蔵人に返済する金額を一般的な年収である一万パミットとしているため、年利と相殺されるどころかわずかずつ元本は増え、結局借金は減らないことになる。つまり十万パミットという高額の借金では所有者である蔵人が女を解放するか、女が他に金を稼ぎだす能力を獲得する以外、解放はありえなかった。
 ちなみに手持ちが足りなかった蔵人は、一度協会に行って口座からわざわざ下ろすハメになった。


「お聞きしてもよろしいですか?」
 奴隷局を出るとヨビはわざわざ蔵人に伺いを立てた。
 ヨビというのは蝙蝠系獣人種の女を奴隷に登録した時の名前だ。
 蔵人が初めて女を見たとき、真夜中の青白い灯のように見えたところからそう名付けた。
 ヨビは日本語では夜火と書くが、ヨビに聞くとこちらでもヨビという古い名前があるらしいので、不自然ではないということが命名の決定打になった。
 雪白という名前が日本語であり勇者には素性を気づかれそうで、いまさら日本的な名づけを避けたところでしょうがないのだが、だからといって開き直るわけにもいかなかった。
「……なんだ?」
「ご主人様(ナイハンカー)は『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』だったのですか?……男性ですよ、ね?」
 『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』は女性しかなれない。
 ヨビもそれはわかっていたからこそ、蔵人に質問したのだ。
「……その呼び方はなんとかならないか?」
「奴隷ですから。そうしなければ、ご主人様(ナイハンカー)が周囲から危害を受けるかもしれません」
「……いちいち伺いを立てるのもか?」
「奴隷ですから」
 そういって首に嵌った黒革の首輪に触れるヨビ。奴隷は全て首輪をつけることになっていた。
「そうか、なら周りに人がいないときはいちいち伺いを立てなくていい。あと、俺は男で、『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』じゃない。ちょっと事情があって、身元の保障をしてもらってるだけだ。
 ……女神の付き人じゃなくてよかったか?」
 意味ありげに問う蔵人。
「……そう、かもしれません」
 それきり、黙ってしまうヨビ。
 蔵人は先を歩きながらヨビの視線を背中に感じ、ヨビが奴隷になる動機を思い返していた。


 ヨビは自らの子を夫が、夫の実家が殺したかもしれないと言った。
 それを聞いた蔵人は、当然の疑問を口にする。
「なんであんたの旦那が、自分の子どもを殺す必要がある?」
「……夫は、元は七級の探索者でしたが、酒と博打に溺れてしまいました。あれだけ嫌がって飛びだした実家にも金をせびり、わたしに身体を売ってでも金をつくれとどなり散らす始末です。わたしを蛇蝎の如く嫌っている夫の実家が金と酒の代わりに子どもを殺せと言ったら、夫は殺すかもしれません」
「……これは単純に興味なんだが、あんたの夫はなんでおちぶれた?」
「一年半前に、勇者がこの国に来たのはご存じですか?」
「……知らないな」
 蔵人がこの世界の召喚されたのがおおよそ二年前であるから、一年半前に勇者がこの国に来たとしてもおかしくはない。
 また勇者か、と蔵人はため息をつきたくなる。
「アルバウムから何人かの勇者が派遣されてきたのですが、その中の二人組の勇者がある遺跡を完全踏破しました」
 ここアンクワール諸島は世界でも有数の古代遺跡群で知られている。
 遺跡は地表に出ている歴史的建造物と地下深くまでつづく迷宮で構成され、迷宮部分には古い金貨や銀貨、宝石、命精石、そして極稀に今では作ることもできない特殊な原典(オリジン)の永久魔法具が眠っていた。
 だが迷宮は定期的に内部を改変し、罠や守護者に守られ、地下深くまで続いているため、浅い層ならともかく、深層ともなると探索は非常に困難なものであった。
 それらをかいくぐり、遺跡で専門に財宝を狙うのが探索者だった。
「その完全踏破された遺跡こそ、夫がいつも探索している遺跡だったのです」
 迷宮の核ともいえる最終守護者を倒された迷宮は消滅し、地表から上の部分の歴史的建造物だけが残される。
「自分の狩り場を荒らされたから、探索できなくなったのか?」
「いえ夫も七級までいってそれなりに名の売れた探索者ですから、他にもいくつか慣れた遺跡がありました。ですが偶然なのでしょうが、二人組の勇者は夫の知る遺跡を狙い撃つように次々と完全踏破していきました。結局、アンクワール諸島連合の名で制止がかかるまでに夫の知る遺跡は全て踏破されてしまいました」
 一つの迷宮の完全踏破には五十年~百年以上かかるといわれるが、それはあくまで平均に過ぎず一年ほどで攻略された遺跡もある。
 しかし、現在残っている遺跡は短期間で踏破できなかったからこそ残っているのだ。それを短期間で攻略したとなると勇者の力はやはり異常だった。
「それでも、遺跡がなくなったわけじゃないだろ」
「そうですね。ある程度縄張りのようなものがありますが、筋を通せば問題ありません。ですが孔雀系鳥人種である夫は他の遺跡では思うように力を発揮できませんでした。勇者に踏破されてしまった遺跡では飛行することでパーティの要となり、リーダーも務めていましたが、攻略されずに残っている遺跡は全て飛行が役に立ちません。
 元々組んでいたパーティの仲間が離れていったあとも、夫は頭を下げて他のパーティで後方支援と援護を行いましたが、どのパーティにも不用と言われました。
 そんなことが何度も続いたある時、パーティの不和が原因で片腕を失くしてしまいました。
 命こそ助かったものの、鳥人種の命ともいえる片腕を失くして飛ぶこともできず、傭兵やハンターに転職することもままなりませんでした。
 そして、酒と博打にのめり込んでしまいました。その時には私はもう子どもを産んでいましたから、探索を手伝うこともできませんでした。とはいっても、十級探索者に何が出来たとも思えませんが」
 アンクワールに来た勇者がわざわざ見ず知らずの七級探索者を陥れる意味はない。
 単純に勇者の加護が、孔雀系鳥人種の能力の上位互換であり、そのためにヨビの夫が力を発揮できる遺跡が完全踏破されてしまったのだ。
 さっさと転職すればよかったんだ。職なんていくらでもあるはずだ。
 そうかもしれない。
 だが、蔵人はそう思う一方で、そう思えないものも感じていた。
 確かにそれは合理的で、まともな答えだ。
 だが、そうは生きられない人間もまたいるのだ。
 一つのことに身も世もないほどにのめり込んでようやく一人前になれる人間や自分の仕事にプライドの全てを注ぎ込まなければ生きられない人間というのはいるのだ、確かに。
 それを全ての人間に慮れとはいえないが、少なくとも別の世界にいたこの世界の異物である勇者が欲張って複数の遺跡を完全攻略しなければ、ヨビの夫が落ちぶれることはなかったかもしれない。
 実力主義の世界だ、ことさら勇者のせいだとはいわないが、存在しなければと思わなくもない。それは蔵人自身に対してもいえることなのだが。

「……勇者が憎いのか?」
 言いながらヨビへの問いなのか、自分への問いなのか、わからないような気がして蔵人はかすかに苦笑した。
「探索者は実力主義ですから、勇者に対して恨みはありません。……ありませんが、あまりいい感情は抱けません。……アンクワール諸島連合が勇者が発掘した魔法具や命精石を全てアルバウムに譲ったという話を後で聞いたので、どことなく釈然としないのかもしれません」
 探索者が遺跡から持ち帰ったものは基本的にはその探索者のものになるが、例外的に希少な魔法具などは遺跡をもつ国が半ば強制的に、しかし割高で買い上げて、さらに官位や勲章を授けたりしていた。そのため探索者ギルドはほぼ全ての遺跡の入口に支部を置き、物品の出入りを監視している。
 だが、それだけ厳重に管理しているものをアンクワール諸島連合はあっさりとアルバウムに渡してしまったというのだから、ヨビが釈然としない理由もわからなくもなかった。
 蔵人の勝手な想像だが、アンクワール諸島連合がなんらかの理由でアルバウムに勇者の派遣を頼み、その報酬が完全踏破した遺跡の魔法具だったのではないか。
 どうせ短期間では完全踏破なんて出来はしないのだから、その間だけでも勇者をこき使ってやるつもりだったのかもしれない。
 だがアンクワール諸島連合の思惑に反して、勇者はその規格外な力でいくつも遺跡を完全踏破してしまったわけだ。
 勇者はアルバウムから派遣されたわけだから、これらの行動はアルバウムが関わっていると考えるのが普通だ。勇者の暴走ということも考えられるが、それを含めて手の平で転がすのが政治ともいえるので、やはりアルバウムが何か仕掛けていると考えていい。
 それが昔支配していた国に対するなんらかの政治的思惑なのか、それともただのイヤガラセなのかは、蔵人にはわからないが。

 蔵人はわかりもしないアルバウムの思惑など考えるのはやめて、ヨビをみる。
「もう一つ、なぜ夫の実家があんたの子どもを殺すんだ?いくら嫁がキライとはいえ、家出した息子の子どもを殺すか?それともあんたが『蝙蝠系獣人(タンマイ)』だからか?」
 ヨビはそれもありますがと言ってから、夫の実家について説明した。

 ヨビの夫の実家は、数代前までは有力な武官として王族から官位を授かった名家だったが、二百年前の精霊魔法の発見によって、今までもっていた飛行という圧倒的なアドバンテージを失いあっけなく没落の一途を辿った。
 現在は何の役職にもついておらず、王族からわずかな金銭を下賜され、名誉官位の継承が許されただけの古い名門でしかない。
 だがそれだけに名門としてのプライドが高く、家を出奔して地元に戻ってきた次男の嫁が『蝙蝠系獣人(タンマイ)』であり、さらに一門の血を引いたその子どもが『蝙蝠系獣人(タンマイ)』であるということは許し難いのだという。
「夫も地元に戻ってきてすぐは実家に近寄ることもなく、その気位の高さを嫌悪していました。でもやはり思うように稼げず、今は……」
 ヨビはいったん言葉をきり、蔵人に顔を向けた。
 儚げな顔は、必死だった。
「……ですから、わたしが高額の借金奴隷になれば、もしかしたら夫の実家に動きがあるかもしれません。そうすれば子どもを殺した犯人がわかるかもしれない」
「なんであんたが借金奴隷になったら夫の実家が動く?これ幸いと放置するんじゃないか?」
「この国では女から離婚することは許されていません。唯一、奴隷になることで結果的に離婚することができます。ただそれは奴隷階級に落ちることを意味していますから、ある意味で究極の選択です。ですがそれでも男は、とくに名誉を重んじるような家柄の男は女の奴隷落ちを許せないんです」
「どういうことだ」
「女が離婚することのできない国で、奴隷落ちという方法は女から離婚されることを示しており、男とその家にとって酷く屈辱的なことだということです。夫の実家は絶対に許せないはずです。
 ……もう、これしか子どものためにわたしができることはないんです。どうかお願いします。
 どのような真実だったとしても、それ以後、わたしはあなたを決して裏切りません。たった一人で生き、泥水をすすり、死をも覚悟した女です、決してあなたを裏切らないと誓います。ですから買ってください、お願いします」
 ヨビは跪いたまま、縋るように蔵人を見た。
「もし、夫や夫の実家があんたの子どもを殺した犯人だったとしたらどうするんだ。復讐でもするのか?一度は愛した男だろ」
 ヨビの手が、力いっぱい握られていた。
「……それが真実なら、たとえそれが一度は愛した男だとしても、殺してやりたいほど、憎いです」
 蔵人はこの時初めて、ヨビの目に生気を感じた。


 蔵人は、ヨビの言葉の全て信じたのではない。
 かといってまるで信じていないわけでもなかった。
 それが嘘でも本当でもいいと考えていた。
 嘘なら『九つ星(シブロシカ)』にして、ランクアップの糧にすればいい。
 もし、本当なら。
 奴隷に身をおとしてまで子どもの真相を知りたいという女に同情したに過ぎない。
 ある意味で蔵人は利用されているのだが、蔵人もそれは承知だ。手に負えないなら、ヨビを解放して逃げ出せばいいと思っていた。
 いつものことだ。
 ただ、ヨビを買った理由はそれだけではなかった。
 細かな理由は女にも語ったが本当の理由があった。
 仮にヨビのいうことが、本当なのだとしたら――。

 ――復讐の行方を知りたかった。
 自分と同じようになんの力もない無力な女が、真実を知って復讐するのか、それともしないのか、それが知りたかった。
 ようするにお互いがお互いを利用しているのだから、蔵人にとっては問題なかった。


 蔵人は奴隷局から宿に戻ると、部屋に入るなり一つだけヨビに注意した。
「――いいか、絶対に勇者に関わるな。万が一勇者に会って、助けてくれるなんて状況になったら俺から逃げるなり、借金を踏み倒すなり、自分の判断で好きにしていい。だが俺を巻き込むな。――俺は、勇者が嫌いだ」
 蔵人は勇者の善性を知っている。同じ日本人だからだ。
 だから奴隷について自分と同じように考えるなんて思っていない。むしろ、反対の立場をとるだろうことは想像に難くなかった。
 だから、釘を刺した。
 救われるなら救われろ。だが、俺に関わるなと。
 蔵人の注意に、ヨビは柳眉をかすかに顰めた。
「……わたしも勇者は好きではありません」
「そうか、ならいい。今日は寝る。明日は忙しくなる」
 蔵人はそういってベッドの右側に横になるが――。

 ――衣擦れの音。

 蔵人はそれが気になって上体を起こすと、橙色の淡い明かりに照らされた全裸のヨビが立っていた。

 白々とした裸身だった。
 腕の黒い皮膜が妙な背徳感が匂わせていた。
 大きく薄いコウモリ耳がピンとたち、灰色の髪は背に回されて、臀部に達している。
 身体の線は細いが、円錐型のつんと大きく張りだした胸は別だった。
 うっすらと腹筋の浮いた、しなやかな柳腰にキュッと吊りあがった臀部が綺麗な曲線を描いていた。

 蔵人は全身をくまなく、しっかり、がっちりと観察してから、適当に言った。
「……いらね。というか傷、治せ」
 そんなものもありましたねと、今思いだしたかのように命精魔法を使って自己治癒をするヨビ。
 さすが獣人種というべきか、治る傷はあっという間に治ってしまったが両頬、肩から胸、脇腹、腕、脚の切り傷の跡は消えなかった。
 およそ一年を超える傷跡は命精魔法では治らない。命精が傷跡を通常の肉体のものだと認識してしまうからだという。
「……なんで治さなかったんだ」
「治すと夫に殴られますので」
「そうか。あとは服着て、寝て良いぞ」
 そういって蔵人はベッドの左側をポンポンと手で叩く。
「……服を着たままがお好みですか」
「……違う。とは言い難いが、今のところ抱く気はない。反応のない人形を抱いてもつまらないからな」
 蔵人は無欲ではない。
 絵を見ればわかるが人並みか、人並み以上に情欲はある。
 だがそれ以上に、相手の意思を踏みにじる行為を嫌っていた。相手の感情を重要視していた。
 それは愛とかそういうものだけではなく例えば、遊びと割り切るのもいい、プロの娼婦ならいい、だがレイプはだめだ、人形のような自暴自棄もだめだという、ある種の自分の中の価値観に根差したものだった。
 これが正しいというのではなく、こういう性質たちなのだ。
 蔵人は、今度こそ横になる。今日は色々あり過ぎて疲れていた。
 再び衣擦れの音がしてから、蔵人は自分の横に気配を感じたが、眠気に誘われるまま、眠りについた。
 念の為に、物理・魔法障壁は展開してあった。
 何かされるとは思っていないが、寝ている時に危害を加えられる心配はなかった。


 翌、早朝。
 ギック、ギックという何とも言えない鳥らしき生物の鳴き声で目を覚ます。
 蔵人はなにごともなく、朝を迎えていた。
 手の込んだ美人局というわけではなかったようだ。
 蔵人はそのまま起きようとすると横にヨビがいない。
 ふと逃げられたかと思ったが、ドアの前に立っているだけだった。


 完全装備の蔵人とくたびれた麻のワンピースを着たヨビはハンター登録をするために協会にいた。
 蔵人とヨビが協会に入ると、ヨビに視線が集まる。
 あまりいい視線とはいえなかった。
 蔵人はそれを黙殺し、受付に向かった。ヨビもいつものことなのか気にした様子もなく蔵人の後についてくる。
「ハンターの登録をしたいんだが、奴隷でも可能か?」
 聞かれた猫耳職員はヨビを見ても戸惑うことなく、説明する。
「奴隷は仮登録しかできませんが、ランクは通常通り上がっていきます。ただし、ランクにともなう優遇措置などは受けられません」
「解放した場合はどうなる」
「仮登録がそのまま本登録になります。よろしいですか?」
「それでいい。あと、俺の昇格条件である『八つ星(コンバジラ)の先導』を彼女ですることはできるか?」
 蔵人はそう言いながらタグを取り出す。
「できますよ。彼女は以前にハンター、探索者、傭兵であったことはありますか?もしここで虚偽申請されますと、最悪の場合はハンター資格の永久剥奪もありえます」
「以前は探索者の十級だったと本人は言ってる」
「十級であれば問題ありません」
 そういって蔵人のタグを受け取った職員は作業を始め、あっという間に二枚のタグを受付カウンターに差し出す。
「ご存じだと思いますが、紛失された場合の再発行は一万パミットになりますのでご注意を」
 蔵人はタグを受け取ってヨビに渡そうとするが、それをヨビが小声で制止する。
(ご主人様(ナイハンカー)、奴隷のタグは所有者が持つことになっています)
 蔵人はヨビのタグをひっこめ、職員を見る。
「ところで、『九つ星(シブロシカ)』になるためには、具体的には何を、どれだけすればいい?ちょっと事情があって、わからないんだ」
 職員は何で知らないの?とでも言いたそうな顔をするが、答えてくれる。
「『十つ星(ルテレラ)』以上の依頼を十ほどこなしてください。ただし、街の中の依頼はダメです。基本的には門外での討伐や採取依頼が対象になります。採取依頼の場合は五つまで、残り五つは討伐にしてください。全て討伐依頼なら問題ありません」
「……それだけなのか?」
 蔵人は自分のことを思い返し、採取と討伐が半々くらいだったことを思い出すが、それだけとは思わなかった。
「そうです。『九つ星(シブロシカ)』になる条件は、最低限の武力です。極端なことを言えば素手で魔獣を倒せるなら普段着でもかまわないわけです。まあ、そんなことは普通無理なので、武器防具を揃えるために街の中の『十つ星(ルテレラ)』の依頼をこなしながら、ポーターをしたりします。上手くすればお下がりの武器とかもらえることもありますしね」
 蔵人は受付の横にある依頼掲示板をちらりと見てから尋ねる。
「――じゃあ仮に『十つ星(ルテレラ)』が偶然、常時依頼の万色岩蟹(ムーシヒンプ)を十体討伐したら、ランクは上がるのか?」
 猫耳職員は困った人ですねといったように蔵人を見る。
「本来は『八つ星(コンバジラ)』の常時依頼ですから、『十つ星(ルテレラ)』が依頼を受けることはできません。……ですが、討伐証明部位があれば、依頼の後受けという形で達成と認められます。協会職員としてはお勧めできない行為ですけれど。
 たまにいらっしゃるのですが、先導役がかわりに討伐して、彼女の手柄にしてもだめですよ?明らかにおかしければ協会の職員が監査します。そこで不正が判明すればあなたにペナルティが課せられ、当然『七つ星(ルビニチア)』にもなれません」
「わかってる。色々と助かった」
 そういって蔵人はヨビを伴って協会をあとにした。

 門番に二パミットほど握らせて、門を出る。
 門番はヨビが通るとあからさまに嫌な顔をしたが、握らせた金が効いたのか何もいわなかった。
 蔵人とヨビが門から出るとそこには、早朝の薄明かりに照らされた砂地とエメラルドグリーンの海、そこに流れ込む川、そして遠目には鬱蒼としたジャングルが広がっていた。
 街の反対にある門の外にはジャングルを切り開いた道があるが、こちら側はほとんど手つかずで、舟での行き来を重視した結果、こういう形になったという。

 蔵人は砂浜を五感と風精で注意しながら歩いて行く。
 しばらく進んで、街からはジャングルが影になって見えないところで、立ち止まった。
 そこは砂浜と海、背後にはジャングルがあった。
 蔵人は振り返って、ヨビにいう。
「――飛べ」
 ヨビはわずかに眉をひそめる。
「……もし鳥人種に見つかれば、ハンターであるご主人様(ナイハンカー)とてタダでは済みませんがよろしいですか?」
「飛んじゃいけませんって法律でもあるのか?」
「……街の中は禁止されていますが、外では何の規制もありません。ですが、街の外で起こったことは、はっきりとした証拠でもなければ魔獣の仕業にされてしまいます。死人に口なしです」
 物騒なこったと蔵人は毒づく。
「まあ、大丈夫だ。とりあえずあんたが飛んでるところを見てみないと、なんともいえないからな。いいから、飛んでくれ」
 ヨビは不承不承といった体で、ひょいと飛び上がる。
 黒い皮膜でゆっくりと羽ばたき、蔵人の頭上当たりでホバリングしていた。
 羽ばたきの音はほとんどなかった。
「スピードはどれくらいでるんだ?」
 ヨビは少し高度を上げてから、加速する。
 あっという間に海上までいって、そして戻ってくる。
「……狼が走るくらいか」
 蔵人は襲われたことのある小型の海狼ターレマーパを想像した。
 蔵人の頭上斜めに戻ってホバリングするヨビは息も切らしていなかった。
「鳥人種は最低でも私の倍、早い種だと三倍から四倍は早いです」
「……蝙蝠系獣人には利点はないのか?」
「ないことはないですが、利点といっていいかはわかりません」
 ヨビはそういって蔵人から少し離れた空中で、回転しだす。
 身体を伸ばしたままで三六〇度、縦横無尽に乱回転させる。
 しばらくして回転を止めたヨビが下りてくる。
「鳥人種は飛行中は細かい動きができないと聞きます。もちろんこんな低速で連続して回転するも難しいのではないでしょうか」
 蔵人は飛行機とヘリの違いかなと勝手に解釈する。
「なるほどな。降りていいぞ」
 ヨビが降りるのを確認してから、蔵人はきいた。
「今のでどれくらい魔力を使うんだ?」
「ほとんど気にならない程度です」
「そうか。親和力は闇と風だけか?」
「そうです。闇が飛びぬけていて、あとは風が並みより少し上という程度でしょうか。他は親指程度の火や水を生み出せるくらいです。ほとんどの獣人種は飛びぬけているのが一つと並みより少し上が一つで、あとは0に近いです」
 それから蔵人はヨビの身体能力や反響定位らしき能力を試したりした。
 その間、しきりに目を細めるヨビに理由をきく。
「昔から眩しくて……ただの癖です」

 結局蔵人はヨビを色々動かしただけで、街に戻ってきた。
 そして大小様々な店が連なるメインストリートに向かい、適当な店を見つけて中に入る。
 古着屋だ。
「ここに蝙蝠系獣人種が着られる服はあるか?」
 そういうと狸顔の狸系獣人種の店主が顔を顰める。
「……ないよ」
「そこにあるのはなんだ?」
 明らかに普通の人種用ではない袖口の大きく開いた服が飾られていた。
「カンベンしてくれよ。あれは鳥人種用の服さ。蝙蝠系獣人(タンマイ)に売ったなんてばれたら、商売あがったりになっちまう。……たぶん、どこの店にいってもそうだぜ。うちだって、ソレが奴隷じゃなかったら店にも入ってもらいたくないんだ、どんな評判が立つかわかりゃしない」
 蔵人は苛立つが、売らないといっているものは買えない。
 ククリ刀で脅す訳にもいかないのだ。
「……なら、普通の服なら売ってくれるか?」
「……構わない。俺は人種のあんたに売るだけだ。たとえあんたの趣味が女装だろうとなんだろうと俺はどうでもいいからな」
 蔵人はヨビを連れ、乱雑に置いてある服を見て回る。
「選んでくれ、女ものはわからん。わかってると思うが、袖口はばっさり切るからそれを考えてくれよ」
 ヨビは戸惑った顔をする。
「古着とはいえ、そんな無駄なことを。適当な布を縫います」
「いいから選べ。とりあえず普段着三着と肌着、あとは革の上下だな。ズボンは革も布もぴったり密着するくらいのを選べ。ロングスカートも選んでおくといい。必要だ」
 譲る気のない蔵人にそれ以上いっても仕方ないと、ヨビは選び出す。
 せめて無駄の少ない奴を選ぼうと。

 全て合わせても五百パミットにもならなかった。
 蔵人は持っていたパミットの残りでそれを支払い、布袋に入れてもらったそれを受け取る。
「持ちます。私が持たないとみっともないので持たせて下さい」
 どことなく疲れた様子のヨビは蔵人にそういった。
 蔵人は布袋をヨビに渡し、隣の雑貨屋に向かう。
 隣の雑貨屋では適当な端切れ、糸、ヒモ、針、木製のボタンを買い、次の店に向かった。

 その店に近づくと、カーン、カーンと鉄を叩く音が聞こえてきた。
 その店に入ると、火精が急に増えた気がした。
「いらっしゃい……できてるよっ」
 小さなカウンターから、蔵人の胸元ほどの背丈もない恰幅のいいおばさんが蔵人に愛想よく声をかけ、カウンターに四つ小袋を置いた。
 蔵人は昨日もこの鍛冶屋を訪れていた。
 紙や筆、鉛筆を買ったあと、この鍛冶屋で色々と注文したのだ。
 その奇抜というかどこかおかしな注文に店の主が妙に食いつき、蔵人はしばらく店に居座ることになり、一日にして顔を覚えられてしまった。
 蔵人は注文していたそれを受け取る。
 彼女はドワーフだった。
 エーリルという名はあるが、店にくる客はみんなおかみさんやおばさんと呼ぶらしく、蔵人もそう呼べと言われていた。
「どうも。ゴルバルドさんは?」
「いるよ」
 そう答えながら、蔵人の連れているヨビをみるおばさん。
 首元の黒い首輪を見るがそこに侮蔑の感情はなく、不憫そうにヨビを見ていた。
「ああ、ヨビっていうんだが、ハンターにしようかと」
 蔵人をみるおばさんの視線がきつくなる。
「……使い捨てにするんじゃないだろうね」
「ヨビを盾にしたところで二秒ともたないだろ。それなら俺が盾になったほうが、まだ生き残れる」
 氷の盾に四枚障壁が通じないなら、ヨビを盾にしたところでどうにもならないだろう。
「あんたのほうがちっちゃいし、人種だろうに。まあ……信じることにするよ。だけど、もしそんなことをしたらウチには出入りさせないからねっ」
 何も訓練していない状態での単純な耐久力、筋力、身体能力は獣人種が勝る。女性でさえ、人種の男性を凌駕するといわれる。
 確かに蔵人は白系人種にすら体格的には劣るが、よもや蔵人が馬鹿げた訓練をしているとは知らないおばさんが蔵人を頼りなく思うのも仕方なかった。
「――なにを店先でごちゃごちゃいってやがるっ」
 奥の火事場から銅鑼声がした。
 奥から顔を出したのは、長い顎鬚に、煤つけた彫りの深い顔、蔵人の胸元を越えるくらいしかない背丈の岩のようにゴツイ身体をした壮年のドワーフだった。
「昨日きたばかりでなんだが、注文にきた」
 蔵人をぎょろりと睨むように見て、そして後ろのヨビを見る。
「……奴隷か」
「少し事情があってな。『九つ星(シブロシカ)』にしようと思ってる」
「……『八つ星(コンバジラ)の先導』か。まあ、いい。で、今日はどんなキワモノを注文するんだ?」
「――鎖付き鉄球はあるか?」
 ゴルバルドは拍子抜けしたような顔をする。
「……今日はキワモノってほどじゃないな。あるぜ。万色岩蟹(ムーシヒンプ)狩りに使う奴がいるからな」
「じゃあ、それを……」
「やっぱり、キワモノじゃねぇか……だが……」
 そういって蔵人はゴルバルドと話し始めてしまった。

 ぽつんと残されたのはヨビだ。
 そのヨビにおばさんが声をかける。その目にはまったく蔑みがなかった。
 ヨビは若干戸惑いながら答える。
「そんなぼろぼろの服で……。大丈夫かい?」
「昨夜買われたばかりですから。今日、買ってもらいました」
 そういっておばさんに袋を見せるヨビ。
「そうかい。ならついでに着替えていかないかい?」
「買った服は普通の服ですから、私では着られません。あとで――」
 ヨビが見せた腕の皮膜に、おばさんはヨビの言葉を最後まで聞くことなくゆらりと蔵人の背後にたつと、ぴょんと跳び上がって頭をひっぱたく。
 視界がぐらつくほどの衝撃に、蔵人は何事かと振り返る。
「――まともな服くらい買ってやりなっ」
 人種をそのまま縮小したようなドワーフのおばさんだったが、その膂力はやはり人種の枠に収まらない。
 腕を組んでご立腹のおばさんに、蔵人は戸惑いながら答える。
「ああ、すまん。その服は……」
 といって、簡単な説明をする蔵人。
「それならそうと早くいえばいいんだよ。この子、借りてくよ」
 蔵人が返事をするまもなく、ヨビをひっぱっていくおばさん。
「……カカアがああなったら止められねえ。まあ、悪いようにはしないだろ。それより……」
 今度は蔵人がゴルバルドに引っ張られて奥に連れ込まれていった。
 似たもの夫婦である。
6月27日、買い物を若干変更。
服やのあとに、
隣の雑貨屋では適当な端切れ、糸、ヒモ、針、木製のボタンを買い、次の店に向かった。
という感じに。

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