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用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

第二章 灼熱の国で、奴隷を買う。

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52-奴隷①

 いつの間にか日が暮れていた。
 蔵人は協会の資料室から出て、ひと仕事終えた風に首を回しながら階段を下りる。
 奴隷、法律、魔獣について、ざっくりと目を通し、ついでに魔導書も書きなおしていたら、こんな時間になってしまっていた。
 精神的な疲労を感じながら階段の中ほどに達したとき、蔵人は協会の職員に声をかけられた。
「クランドさん、ですよね?」
「そうだが」
 蔵人はそういってタグを見せる。
「ああ、よかった。さきほどイライダさんから連絡がありました。こちらです」
 職員はそう言って蔵人に二つ折りの葉紙を渡す。
 ちょうど忙しい頃なのか、職人はざわついている受付のほうに小走りに駆けて行った。
 蔵人は階段を降り切ってから、邪魔にならない隅のほうで二つ折の葉紙を開く。

【トラブルがあって少し遅れる。まったく命に関わるようなことじゃないから、こっちにはこなくていい。というか来るな。アンタの嫌いなものがある。だから、王都で待ってろ。ちなみに、雪白は元気だから心配しなくてもいい】

 嫌いなもの……勇者か。
 蔵人は顔を顰める。
 紙をくしゃりと握りつぶし、蔵人は協会を後にした。


 協会から宿への帰り道は、文字通りの誘い道であった。
 真っ暗な道に転々と灯が揺らめき、その一つ一つが幾多の種の男女が持つ様々な行灯の明かりであった。
 それは魔法、蝋燭、ランプ、油をいれた皿であったりした。
 彼らは道行く者に、時にはすがりついたり、しなだれかかったりして声をかけていた。
 ここにいるのは奴隷と娼婦である。
 いや、奴隷候補であるというべきか。

 この国の奴隷は主に捕虜奴隷、犯罪奴隷、借金奴隷がある。
 捕虜奴隷と犯罪奴隷は王政府が直接管理しているため、最前線や鉱山、離島などで労役を課せられていた。
 そういう理由から誘い道にはほぼ借金奴隷の候補しかいなかった。
 借金奴隷には二種類あり、借金をして返せなくなった結果として奴隷となる者と自らを売る奴隷があった。誘い道にいるのはほぼ後者だった。
 生来の奴隷階級の者や借金があるがその相手には買われたくない者、家族のために自分を売るものなど事情はさまざまだ。
 少しでもマシな所有者を求めて、奴隷候補は誘い道にやってくる。
 奴隷への過度の虐待は王国法で禁止されているにも関わらず、借金奴隷への虐待は密かに行われている。借金奴隷のほうも暴力だけでなく、自分を売ってまで助けた家族への迷惑やどこか見知らぬ土地に売られることを恐れ、余程のことがなければ訴え出ることはなかった。
 では奴隷を奴隷制度のない国外に持ち出す場合はどうなるか。
 当然、奴隷法のない国では王国法は及ばず、奴隷の扱い方次第では別の国で逮捕ということもあり得るし、借金奴隷自体が逃げ出してしまっても自国に戻ることでもなければ、罰することはできなかった。
 あくまでも奴隷は、奴隷制度のある国でしか認められることはなかった。

「旦那、奴隷買いませんか、俺は働きますよ」
「おにーさん、うちを買いませんか?いいことしましょうよ」
 その強靭な肉体を見せるように上半身裸の熊系獣人の男が自分を売り込み、薄い布をまとっただけの豊満な胸を強調する兎系獣人がしなだれかかり、道行く者に甘く囁いていた。
 声をかけられた者も色々話しながら、首を横に振ったり、身体を確かめたりしていた。

 蔵人は誘いを断ったり、無視しながらも、田舎の祭りのようだなとどこか場違いな感想を抱いて、かすかな郷愁に浸っていた。
 なんとなしに隣を見ると、かたわらに誰もいないことに気づく。
 イライダがいない。
 なによりも雪白がいなかった。
 人の喧騒の中にいるせいか、余計に『独り』を感じていた。
 寂しいというところまではいかないが、さっきまで感じていた郷愁と合わさって余計なことを思いだしていた。
 親魔獣と出会い、雪白を託された。
 そして、山にアカリが来た。
 それからマクシーム、イライダ、オーフィア、勇者。
 面倒事だったり、約束事を破られたり、殺されかけたり、助けられたりもした。
 約束については、致し方なかったのはわかっているし、恨んでもいない。
 いや、勇者に約束を破られ、殺されかけたのはいま思い返しても怒りが湧き上がってくるが、同時に黒い感情に染まりきれない、情けなく曖昧な感情が湧きあがってくる。
 憎しみと、諦めだ。
 弱いから、破られたのだ。
 信用がないから、破られたのだ。
 弱いから、殺されそうになったのだ。

 それは日本にいた頃とそれほどかわらない。
 能力がないから、社会に必要とされず、職につけない。
 それが事実で、実際には力のある者の横暴は諦めるしかなかった。
 だが、今も昔もそれを心底許容したわけではない。
 いつかやり返してやる。
 譲れない一線を越えて来るなら、一矢ぐらい報いてやる。
 その永遠に訪れないかもしれない『いつか』を、心の隅のどこかで捨てきれなかった。
 いや、捨てられないし、捨てないのだ。
 それを持ち続ける自分が愚かだと思いつつも、それを捨てたら自分がどうかなってしまいそうな気がしていた。

「買いませんか。奴隷でも、一夜でも」

 そんな細い声が聞こえたような気がしたが、蔵人は自らの思考に没頭していた。

 結局のところ。
 絶対に裏切らない者が欲しいのだ。
 弱いから裏切られるなんて、認めるわけにはいかない。
 弱いから裏切られるのに、弱いままで裏切らない何かが欲しいというのは矛盾しているかもしれない。
 それでも自分が弱くても裏切らない、そんなものが欲しかった。

 雪白はそうだ。
 裏切らない。
 裏切られても、最悪構わない。怒る気にもならない。
 それくらい、信頼している。
 だが、自分は人間だ。
 心底から雪白を信頼しているとしても、やはり人間としての欲求はあった。
 雪白に言ったら怒られそうだが。
 それでも、人の作った社会に関わる以上、人が自分を裏切らないということ『も』必要なのだ。
 まったく人と交わらない生活をすれば雪白だけでいいのかもしれないが、アカリやイライダと関わる内に人と付き合う楽しさを思いだしてしまった。
 どっぷりと人と付き合う気はないが、それなりには人と付き合っていかなくてはならないのだ。

 現実は嫌というほど理解している。
 だが現実にひれ伏すのも、嫌だった。

 絶対に裏切らない人『だけ』が欲しいのではない。
 絶対に裏切らない人『も』欲しいのだ。

「買いませんか。奴隷でも、一夜でも」

 さっきと同じ女の声だと気づいて、蔵人はようやく顔を上げた。考えごとに没頭し、歩みが遅くなっていた。
 奴隷か。奴隷なら裏切らないかもしれない。
 閃きのように、そんな風に思った自分がいた。

 そんな思いから、蔵人は女を見る。
 青白い灯のような女だった。
 暗闇に、油皿の小さな灯をもってひっそりと佇む女が蔵人にはそう見えた。

 女は一七〇弱しかない蔵人より、背は高い。
 頭にある大きく薄い三角の獣耳が女の背を余計に高く見せていたが、それを抜きにしても女のほうが指一本分ほど背が高かった。
 腰まである長い灰色の髪に、白い肌、細面の顔とすらりとした全身にも関わらず、くたびれたロングワンピースの胸元を押し上げる膨らみは大きかった。
 しかし他の奴隷や娼婦のようにギラギラとしたものがなく、幽霊のようであった。
 そのせいか全体的に儚い印象の女だった。
 持っている小さな明かりのせいで、余計にそう見えたのかもしれない。

「……で、いくらなんだ」
 さっきまでの思考に引きずられるように、蔵人は話しかけていた。
 奴隷を買う気になっていたのだ。
 女は自ら声をかけておきながら、少し驚いているようだ。
「わたしは……蝙蝠系獣人(タンマイ)ですが、いいのですか?」
 そういって片腕を広げる。
 小指から脇下の脇腹にかけて、黒い皮膜があった。
 耳や尻尾、水かきに甲羅まであるのだから、皮膜ぐらいあってもおかしくないはずだ。
「そういう種族だろ?」
「……そうですか。奴隷なら十万パミット、一夜なら二十パミットです」
 奴隷はともかく、一夜が二ロド程度とは蔵人には軽い驚きだった。
 資料で読みはしたが、蔵人は実際の奴隷売買の仕方を知っているわけではない。
「とりあえず、宿にいくか」
 蔵人は適当にそういったが、女は何も言わずついてくるようだった。
 蔵人は女を連れて、昼間に予約しておいた宿に向かった。

 宿のおかみさんは意外とすんなり女連れである蔵人を部屋に通してくれた。
 意味ありげにちらりと女をみたが、何もいわなかった。
 昼間に来た時もチャイのように愛相が良く、応対に不快なところはなかった。チャイの名を出すとさらに親切になったくらいだ。
 今も、蔵人が部屋の変更を頼むと一人当たり同じ値段で別の部屋に通してくれた。一人五十パミットだ。
 蔵人があらためて二人分の料金とチップを渡そうとするも、蔵人の分は先に受け取っているからと言って、女の分だけ受け取り、それ以外はチップも頑として受け取らなかった。

 通された部屋は質素であるが、綺麗に整頓されていた。
 大きめのベッドがオレンジ色の淡いランプに照らされていた
 木枠のベッドには薄いマットが敷かれ、布が二枚、きちんと畳んでおかれていた。
 竹を編んだような椅子が脇にあり、小さな机も置かれている。
 蔵人はベッドの脇に買っておいたシャツやズボン、下着、紙、筆、鉛筆の入った布袋を置くと、武器類を外して壁に立てかけ、鎧を脱ぐ。
 ふと女に目をやると、女は閉めたドアの前につくねんと立っていた。
 改めて橙色の淡い光に照らされた女を見ると、傷だらけだった。
 新しい傷もあったが、古い痣や切り傷が多かった。
 それが顔から全身にかけてあるのだから、治療魔法のある世界では異様であった。一般人でも多少の傷なら治してしまうし、それが自己治癒魔法の得意な獣人種ならなおさらだ。
 魔法に頼らず自然治癒すると傷跡は残る。だが、一年未満の新しい傷跡なら治せるのだ。
「――まず、傷を治すか」
「いえ、あなたに買われるのならそれも受け入れますが、まだわからないのでやめてください」
 女はきっぱりと断った。
 女の拒絶を聞きながら、蔵人はシャツとズボンに着替え終わっていた。部屋の中まで革鎧でいるのは苦痛でしかない。夜とはいえ、それでも暑いのだ。
 無理強いすることもないかと蔵人はベッドに腰掛ける。
「まあ、座れ」
 そういって椅子を指し示すが、女は座らない。
「……わかってると思うが一夜の女なら別で買う。つまり俺は奴隷を欲しているわけだ」
「……十万パミットですよ?」
 女の目が初めてかすかな光を宿したような気がした。
 この国で普通に生きていくだけなら年間一万パミットあればよく、庶民の年収もそれくらいか、それより低いかもしれない。
 そこから年収十年分と考えると、貯金する余裕などほとんどない庶民には手が出ない価格である。
 この国では探索者や商人、特権階級が奴隷を買うらしい。

 蔵人は奴隷を買うという行為に抵抗はなかった。
 ただの雇用関係に過ぎないと思っているからだ。
 女が欲しいなら娼婦を買えばいいのであって、奴隷という立場の人間を抱く気にはならなかった。
 蔵人が奴隷に求めるのは一つだけだ。
 もちろん、見目麗しいに越したことはない。
「いくつか聞きたいことがあるが、まず奴隷になる事情を聞かせてくれ」
 そのとき、初めて女が反応らしい反応を見せ、その細い眉をぴくりと動かした。
 だが反応があったのはそれだけで、女は淡々と答える。
「事情も何も、稼ぐ手段のない女が奴隷として働こうというだけの話です」
「それなら娼婦で稼いだって構わないだろ。いったいその金は誰が受け取るんだ?」
「……家族ですよ。この国では珍しいことじゃありません」
 貧しい一家を救うために、娘が売りに出される。どこの世界でもあったことだ。
「それにしちゃ、ずいぶんととうがたっているんじゃないか。いくつだ?」
「三十です。去年ようやく成長は止まりましたから、29才の容姿のままあと三十年以上はこの姿です」
 獣人種はある一定年齢で老化が止まり、ピークを保つと言われている。個人差はあるが二十九というは遅い部類だった。
「家族……両親か?」
「……両親は若い頃に死にました。夫が、働けなくなったんです」
 蔵人は夫がいることに内心で驚いていた。
 時代小説では割と見る理不尽な話だが、現実に自身が直面することになるとは思わなかった。
「……ちなみに、夫のいる女が奴隷になるとどうなるんだ?」
「名前も、親子関係も、婚姻関係も全てなくなって奴隷となります。疑うなら奴隷局で聞いてみてください」
 ラッタナ王国では全ての奴隷の登録が義務付けられており、それを管理するのが奴隷局だ。
 奴隷が逃げた場合も所有者が奴隷局に通報すれば、奴隷制度のある国に逃亡奴隷として通達される。反対に虐待された奴隷が駆けこむこともできた。
 最も、それがマトモに機能しているとは言い難いのだが。
「あんたはそれでいいのか?」
「この傷を見ればわかるでしょうが、わたしは夫から暴力を受けています。夫に未練はありません」
「なぜ逃げない」
「……この国では結婚した女にあまり自由がありませんし、女から離婚もできません。夫から逃げた女は連れ戻されて折檻を受けますし、そもそも逃げる場所がありません。それにこの国を出たところで言葉も通じなければ、稼ぐ力もない女がどうやって生きていけばいいのですか」
 どの世界でも貧困というのはかわらないようだ。
「それにわたしは『蝙蝠系獣人(タンマイ)』です」
「その『蝙蝠系獣人(タンマイ)』っていうのはなんた?蝙蝠系獣人じゃあだめなのか」
「……『蝙蝠系獣人(タンマイ)』というのは、鳥でも獣でもないという意味の蔑称です。元々はそれほど差別も酷くなかったらしいのですが、北部の国がアンクワール全体を支配するようになると、北部の者たちが蝙蝠系獣人を吸血鬼と呼び、他の獣人種よりも差別し、迫害しました。それが他の獣人種にも伝わり、いつしか蝙蝠系獣人は『蝙蝠系獣人(タンマイ)』と呼ばれて忌避されるようになりました」
 北部の国々は支配する土地の住民の中に、さらに差別民をつくることで不満のはけ口としたのかもしれない。
「……吸血鬼なんているのか?」
「わかりません。もしかしたら強力な怪物(モンスター)のことかもしれません」
「『蝙蝠系獣人(タンマイ)』は職にもつけないのか?」
「この国で、いえアンクワール全体で『蝙蝠系獣人(タンマイ)』がつける職なんて、ハンター、探索者、傭兵、娼婦、奴隷くらいなものです。それにわたしは両親の種が違う隔世の『蝙蝠系獣人(タンマイ)』ですから、グシュティも持ちませんので、誰の後ろ盾もありません」
「隔世とグシュティについて教えてくれ。ああ、奴隷として買わないとしてもこの一夜分の金は払う」
 女は蔵人の提案などどうでもいいのか、説明だけを淡々と続ける。
「例えば犬系獣人と猫系獣人の親から違う種、牛系獣人が生まれるようなことをいいます。獣人同士の子どもは混ざることなく両親の種になりますが、稀にその先祖の血を反映して生まれてくる子がいるのです。それを隔世といいます。グシュティとは種単位の相互互助組織とでもいいましょうか、普通は両親の種であるため親が紹介してくれるのですが、わたしは隔世でしたので知りませんし、長らく差別されてきた『蝙蝠系獣人(タンマイ)』のグシュティがどこにあるのかも知りません」
「それなら、結婚する前は何をしていたんだ?」
「探索者です。ただ、十級から上がれなかったので大した稼ぎにはなりませんでしたので、娼婦まがいのこともしました。それでも食べるだけで精一杯でした」
 探索者とは迷宮のように入り組んだ古代遺跡を攻略する者たちで、探索者ギルドの十級とはハンターでいうところの『十つ星(ルテレラ)』となる。
 探索者はハンターよりもさらに一攫千金の度合いが高くなるが、金も命もシビアなものとなる。
「皮膜があるんだ、飛べるんだろ?なんでわざわざ狭苦しい遺跡で探索者なんてやるんだ?」
「……法律があるわけではありませんが、空は鳥人種のものです。鳥人種は王族に官位を授けられた者が多く、プライドが高いです。『蝙蝠系獣人(タンマイ)』が飛んでいるのを見咎められると、地面に落され、最悪殺されます。それにアンクワールでは『蝙蝠系獣人(タンマイ)』の先導役をやってくれる者なんていません」
「……先導役か」
 蔵人はサレハドのことを思い出す。イライダがいなければ、サレハドではハンターになれなかった。
「関係ないことだが、鳥人種じゃなくて、鳥系獣人種じゃないのか?」
「それを鳥人種の前でいうと烈火のごとく怒ります」
「めんどくさい奴らだな。で、探索者なわけか」
「はい。空を飛ぶ種は魔力が多いですから、遺跡でも後方支援や援護に徹すれば普通はなんとかなります。わたしは、どうにもなりませんでしたが」
 この世界で自身の力で自由自在に空を飛べる人系の生物は三種だけ。そのうちの二種が鳥人種と蝙蝠系獣人種だった。彼らは精霊魔法が知られる以前から風精を用いて空を飛んでいた。風精の存在を知らないままに、飛べるから飛べる。それが彼らの意識だった。
「参考までに聞きたいんだが、あんたは何ができるんだ?」
「わたしは『蝙蝠系獣人(タンマイ)』ではありますが、風精との親和力が並みでしかありません。もちろん飛ぶことはできますが、そのせいで飛んでいる時に風精魔法が使えません」
「使えない?」
「鳥人種と蝙蝠系獣人種は飛行中は、他の精霊魔法が使えず、風精魔法しか使えません。それなのに、風精魔法も使えないのです。そのかわり闇精魔法が使えますが、役に立ちません。もちろん強化や自己治癒は使えますけどね」
 どこかで聞いたような話が出てきて、蔵人は苦笑する。
「ああ、すまん。俺も闇精の親和力が強くてな」
「そうでしたか。そういうわけで、探索者時代は命精魔法で前衛の盾まがいのことをしていました。無理があったんでしょう、だから十級止まりです」
 獣人種は巨人種に似ているが、さらに特化する傾向があった。命精魔法の内系と言われる自己治癒と強化に特化し、反対に外系と言われる他者治療と障壁を苦手としていた。精霊魔法も一つか二つほどしか扱えない。そもそも五体や五感が優れているで自律魔法を開発するような文化もなかったという。
「種族特性ってやつはないのか?」
 獣人種が生まれつき持っている能力のことだ。
「……暗いところでも、なんとなく周囲がわかることでしょうか。それと普通の人種よりは力が強かったり、素早かったりします」
 反響定位でも使えるのかもしれない。
「遺跡は暗いだろ?重宝したんじゃないのか」
「たいがいの獣人種は夜目が効きますし、精霊魔法で灯もつけられます」
「……そうか」

 わずかな沈黙のあと、女が口を開く。
「それで、買っていただけるんですか?」
 蔵人は躊躇いもなく言い切る。
「無理だな」

「……なぜ、ですか」
 女はどこか縋るような声色だった。
 最初の、幽霊のような印象はもうなかった。
「俺にも事情があってな。絶対に信用できる人間が欲しいわけだ。何があろうと裏切らない人間がな」
「……」
「あんたは何かを隠してる。それが気に入らない」
 女は突然、跪く。
「どうか買ってください。お願いします」
 懇願するように、目尻に涙を浮かべていた。
「無理だ」
 蔵人は確かに情にほだされやすいし、迂闊だ。
 だが、譲れない部分を譲ることは決してない。

「……バカバカしい」
 女は跪いたまま、そうこぼした。
 目尻に涙をためたままだ。
 蔵人に向けるひどく悔しそうな顔が、金目当てに本性を露わにしたわけではないとわかった。
 蔵人はしかし、怒ることなく淡々と他人事のようにいう。
「そうだ、実にバカバカしい」
 蔵人の言葉に、女は悔しそうな顔の眉をひそめる。
「それくらい俺にもわかってる。それでも、それが条件だ。譲れない」
 女は蔵人をまじまじと見つめていた。
 珍獣でも見たかのような反応だった。
「……嘘をつかなければ、あなたを裏切らなければ買ってくれるのですか?」
「事情次第だがな」
 蔵人と女は視線を合わせたまま、まるで互いの真意を探り合うように微動だにしない。
 女が口を開く。
 かすかに、震えていた。
「……あなたはこんな薹の立った、傷だらけの、薄汚れた『蝙蝠系獣人(タンマイ)』をなぜ買おうとするのですか?」
「いくつかある。まず単純に顏が好みだ。それにそれ以上老けないんなら問題ないだろ。傷は治せばいいし、残ったところでそれくらいなら問題もない。病気を持ってないなら処女の必要性を感じないし、そもそも無理やり抱く気もない。人形を抱く気はないんでね。それに種なんてどうでもいい。あとは、七つ星(ルビニチア)になるのに新人を九つ星(シブロシカ)にしなきゃいけない。奴隷なら人間関係に煩わされることもないから楽だしな。金はかかるが、元々それほど必要としないし、いざとなれば稼げばいいんだ。ランクが上がれば稼ぎやすくなるんだから、問題ない」
「ハンター、だったのですか」
「……何だと思ってたんだ」
「……ハンターとも傭兵とも探索者とも違うので、物好きな旅人かと。それにわたしは十級にしかなれなかった女です。ハンターなんて無理です」
「そのへんはなんとかする。九つ星(シブロシカ)程度なら大丈夫だ……たぶんな」
 そう蔵人はいうが、この世界の人間にとって十つ星(ルテレラ)九つ星(シブロシカ)は明確に違う。蔵人はなんだかんだでクリアしたが、普通はそんなに簡単な話ではない。
 地元ではじめるにしても、他所ではじめるにしても、武器・防具を用意しなければならない。そこがまず大きなハードルだった。危険が多い世界とはいえ、消耗品である武器、防具は安くはないのだ。
 そして先導役が必要だ。特に女のハンターにとっては先導役の人柄も重要だった。先導役という立場をいいことに無体な要求をする者もいるのだ。
 九つ星(シブロシカ)になるのはこの世界の一般人からすれば、それなりに大変なことだった。
「仮にハンターになったとして、奴隷制度のない国にいったら逃げますよ」
「いや、逃げる必要あるのか?普通に借金としていつか返してくれればいいってことで、自由に稼げばいいだろ。裏切らない同業者は貴重だ。それでも逃げるっていうなら、まあ俺は七つ星(ルビニチア)になれば最悪、元が取れるしな。騙されたと思うさ」
「……少しお人よしが過ぎませんか」
「裏切らない奴が欲しいなんていうバカバカしい人間だからな」
 女は跪いたまま、ぎゅっと拳を握った。
 宿の床をじっと見つめていた。
 そして、顔を上げる。
 何かを決めた、何か捨てた、何かに賭けた、そんな表情かおだった。

「真実が、知りたいんです」

 喉から絞り出すように話す女。
「わたしには息子がいました」
「……子どもがいたのか」
「ええ、わたしと同じ『蝙蝠系獣人(タンマイ)』でした。ですが、二歳の誕生日に死にました。突然、押し入った強盗に殺されました。顔を隠していたため、犯人は捕まっていません」
「……それが誰かの意図した仕業だと」
 女は顔を険しくした。

「ここからはわたしの憶測です。子を亡くした愚かな母親の妄想かもしれません。
 ですがわたしは、夫か、夫の実家が息子を殺したと疑っています」

 
七月一六日、ヨビの子どもの死亡年齢訂正。
一歳から二歳に変更しました。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
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