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用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

第二章 灼熱の国で、奴隷を買う。

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48-港湾都市①

新章です<(_ _)>
 
 ハヤトとの決闘からおよそ九十日。
 暦は黄月から朱月にかわっていた。
 この世界の暦は蒼月、黄月、朱月、白月がそれぞれ百と一日ずつ、最初の一日を『産ぶ月』、最後の一日を『隠れ月』で構成される。
 『産ぶ月』は日本でいう正月、『隠れ月』は大晦日に当たるが、風習は国、地域ごとに違った。

 いまは朱月の一日。
 蔵人の暦の感覚はこの日から始まったといってもいい。
 なんせ、朱月の一日、この日に初めて、この世界の暦を知ったのだから。


 蔵人はハヤトとの決闘の傷を癒しながら、雪白とともにアレルドゥリア山脈沿いを西に進み、ドルガンの中心都市タンスクに辿りつく。
 そこで蔵人は面倒事は御免であるといわんばかりに、タンスクには近寄ることすらなく、そのまま通り過ぎ、そこから南下した。

 タンスクを越えて南下をつづけると、ローラナ地方が見えてくる。
 地図ではちょうど草原と荒野の境がローラナとドルガンの境界らしく、そこには朽ち果てた砦の跡がポツポツと見受けられた。
 無論、砦の機能を有した村なども一つ二つあったが、蔵人はやはり通り過ぎた。

 サレハドからこのドルガンとローラナの境界まで六〇日。
 蔵人は怪我が治るまでは雪白に乗せてもらい、怪我が治ってからは自らの足で走っていたが、高山に適応した身体の心肺能力は高く、平均的なハンターの移動速度を遥かに超える速度を叩きだした。

 ローラナに入ると、ほぼ一面が草原となり、ぽつらぽつらと森が現れる。
 蔵人と雪白は草原や森で狩りや採取を行いながら、さらに南下をつづけた。

 そしてついにエルロドリアナ連合王国の首都ロンデルクにたどり着く。
 エルロドリアナ連合王国の中心都市にして、王都でもある由緒正しい大都市である。
 しかし、蔵人は当然のようにそこも無視し、さらに南下した。

 なぜ主要な都市を無視するのか。
 異常な速度で、目撃されずに、なんの痕跡も残さず、目的地にたどり着く。
 万が一にも蔵人のすぐあとを追う者がいるとすれば、サレハドから追ってくるしかない。だが、魔獣車に乗った形跡がなく、近くの街や村でも目撃されていないとなれば、探すのは困難を極めるはず。
 ムダになる可能性が高いが、やらないよりはましだと蔵人はこの強行軍を実行した。
 ハンター協会やエルロドリアナに指名手配でもされれば、どこに行きようもないが、蔵人にはエルロドリアナに指名手配をされる理由はない。
 アリスはアルバウムの王女なのだ。エルロドリアナの権力を動かすことはできないだろう。
 アリスがハンター協会から蔵人を探ろうにも、エルロドリアナのハンター協会は、当然エルロドリアナと深くつながっているわけで、やはりアルバウムの政治的権力は及びづらい。
 アルバウムの協会経由ということも考えられるが、それだとハヤトの敵に情報がもれる可能性があり、アリスはそんなことはしないだろう。
 アルバウムが本腰をいれれば、蔵人の偽装など意味をなさないだろうが、そこまで考えては八方ふさがりになる。
 当面は今すぐ背中を襲われる心配をすればいいだけ、と蔵人は割り切った。

 単純に考えて、タンスクやロンデルクに寄れば、面倒事がありそうな気がして避けただけともいえるが。

 蔵人はどこにいくつもりなのか。
 蔵人がのぞんだ召喚候補地は雪山の他にもう一つあった。
 砂漠である。
 どのみち、アレルドゥリア山脈にはいられない。
 できれば勇者のいない地がいい。
 勇者はアルバウムで召喚されたようだから、別の大陸に行ったほうがいい。それなら勇者も少ないはずだ。
 蔵人はそう考えた。
 以前、イライダからもらったおおざっぱな地図には別の大陸の存在もしっかり描かれており、そこには広大な砂漠があるようだった。
 これさいわいと蔵人はそこを目指すことにした。
 雪白が暑い地域でも生きられるのかという心配はあったが、これまでの道程でも乾燥した暑い地域を通ってきたが、異常は見られなかった。
 というよりも、自らの魔法で体温調節をしているようだ。

 雪白は二歳ほどになり、また一回り大きくなった。
 完全に雪豹というカテゴリーの大きさではなく、トラに匹敵していた。
 とはいえ、トラのようにゴツイ訳ではなく、雪豹のように、脚は短めでスマートなまま大きくなっていた。
 前脚と後脚の間にあるモモンガのような膜は身体に合わせてより大きくなり、尻尾はさらに長くそして、太くなった。
 この強行軍では念のために黒豹の幻影を纏わせていた。
 ちなみに蔵人も黒に近い焦げ茶色の髪を、幻影でくすんだ金色に変えていた。


 そうして蔵人は雪白と先を競うように南下し、この大陸での目的地であった港湾都市オスロンにたどり着いたのは、サレハドを出て、おおよそ九十日後の夕暮れだった。
 ちなみに、蔵人が一度も雪白に勝てなかったのは言うまでもない。

 オスロンは湾と街を囲うように石壁がそびえ立っていた。
 そびえたつ石壁は夕暮れに染まり、かすかな潮風が蔵人の鼻の奥を刺激した。
 懐かしい匂いだった。
 この世界の港街も潮の匂いは故郷となんらかわりはなかった。

 ただ、蔵人と雪白はオスロンに入れなかった。
 いや、入らなかった。
 幻影で黒豹を装い、深緑の環を見せても、さすがに街に入れるわけにはいかないと門番に断られたのだ。
 決まりなのだから仕方ない。
 魔獣厩舎に預けるということもできたが、今日はもう日が暮れそうだ。蔵人は今から街に入ってもどうせ何もできないと考えて、その日は街に入るのをやめた。
 そういうわけで、蔵人は街の石壁近くに生える木の下に陣取り、雪白を枕に寝そべっていた。

――ぐるぅ?
 街に行かないのとでも言いたそうに蔵人を見る雪白。
「今日はいい。明日は船を探さないといけないがな」
 蔵人はうりうりと雪白の喉元をくすぐる。
――がうっ、がううん
 急な蔵人のくすぐりを受けて、雪白は反撃だとでもいわんばかりに、成長してさらに長くなった尻尾を蔵人に巻きつけ、そこから尻尾の先で蔵人の顎、鼻先を撫でてくる。
 蔵人は苦笑する。
 これで自分が跪いていたら、雪白は女王さまだな、と。

「……アンタはなにをやってるんだい」
 ため息混じりのハスキーな女の声に、蔵人は聞きおぼえがあった。
 よっ、と雪白の柔らかな尻尾をつかんで顔からどける。
「……イライダか。また盛大に胸を見せびらかしてるな」
 ライオンのような赤毛に褐色肌の巨人種、イライダ・バーギンが以前と同じ赤黒いコルセット型の革鎧を着て、腰に手を当てて立っていた。
「それが久しぶりに会って言うことかい。まったく、門の外で魔獣と待ち伏せしている妙なハンターがいるって協会にいわれて来てみれば……見たことない魔獣だね」
 正確には門番から協会に連絡が入り、そして協会にたまたまいたイライダが協会からちょっと見てきてくれないかと言われたのだ。
「雪白だ。たぶん、大黒豹だ。賢いから話せば通じる」
 イライダはちらと雪白を見た。 
 雪白は知らん顔で欠伸なんかしている。
「大黒豹ねえ、まあいいけどさ。で、なんでそんななりして、こんなところにいるんだい。街に入ればいいじゃないか」
「もう日が暮れるだろ?船探しはできないから、街に入ってもしょうがない。だから野営でも、と思ってな。この髪は、まあ、気分転換だ」
「船?……ああ、もう、ちょっと待ってな」
 イライダはそういうと、門のほうに引き返し、街の中に入っていった。

 イライダが戻ってきた。
 手には酒樽をぶら下げている。
 もうすっかりと日は隠れ、朱い三日月が夜空に浮かんでいた。
「門番と協会には異常なしと報告してきた。これでゆっくり話を聞けるな。いいかい?」
 ニッと笑って酒樽とコップを掲げる。
 蔵人と雪白は顔を見合わせ、苦笑しながら頷いた。
 イライダは蔵人の対面にどかりと座る。
「相変わらずだな」
「アンタもね」
 イライダはそういって、コップで直接酒樽から酒をすくう。
 蔵人は丼を一つ作って、イライダに渡した。
 イライダも特になにも言わず、渡された丼で酒をすくった。
 丼を受け取った蔵人が、それを雪白の前に置くと、雪白はくんくんと酒の匂いを嗅ぎ、どこか嬉しそうな顔をする。
「……イケルのかい?」
「俺より遥かに強い」
 それを聞いたイライダは嬉しそうな顔をする。
「月の女神に、再会の感謝を捧げて、乾杯っ」
 ハンターたち特有の乾杯の掛け声である。
 二人と一匹はコップと丼を月に向かってわずかに掲げる。
 雪白はもちろん尻尾で、だ。
 蔵人の知る限りこの国ではコップをぶつけて、鳴らすという習慣はなかった。
 蔵人、イライダ、雪白は酒を呷った。

「それにしてもハンターらしくなったじゃないか」
 蔵人を上から下まで見ながらイライダがいう。
 ダークグレーの巻角大蜥蜴(バロバシシリ)の革鎧、巨人の手袋、古ぼけた氷戦士の丸盾、三剣角鹿(アロメリ)のククリ刀とブーメラン、腰には魔銃、皮のズボンを履いた左脚には革のベルトに木の試験管が数本、右脚にはナイフがあった。
 最初の頃の作業着や革の上下とは比べるべくもなく、ハンターらしい。
 作業着や革の上下でハンターをやろうとしていたほうが、おかしいのだが。
 腰の魔銃は、あのとき雪白が毒で動けなかったエリカの三連式魔銃をちゃっかりと確保していたものだ。氷戦士の盾のときのように蔵人を強化するつもりらしく、ドヤ顔をして使えといわんばかりに魔銃を差し出したときは、蔵人も苦笑いしかできなかった。
 これから傷を負うたびに、追い剥ぎまがいのことをしてくるつもりだろうか、と。エリカから奪ってくる分には、よくやったとしか言う気はないが。
「この鎧にはずいぶん助けられた。ありがとう」
「アタシは皮を職人のところにもっていっただけさ。金は……マクシームからもらってるしな。あっ、くそ、アイツが払うならふっかけりゃよかった」
 後半は口にするのも不愉快だといわんばかりの口調であった。
 過去になにがあったのか。それを聞く蔵人ではなかったが。
「それにしても人種用に調整までした巨人の手袋まで渡すなんて、弱みでも握ったか、よっぽど気にいられたか……どっちなんだい?」
 蔵人はフンと鼻で笑う。
「どっちだろうな。くっくっくっ」
 強いていえば両方、といえるかもしれない。
 蔵人自身は弱みを握ったに近いと思っているが。
「……ふふふ、いい気味だ」
 蔵人の人柄から察して話半分だとしても、イライダは愉快そうに笑った。

「で、いきなり消えたと思ったら、こんなところに現れて。いったい何があったんだい?ああ、言いたくなけりゃいいんだ」
 勇者と洞窟の奥に消えた翌日を最後に、イライダと蔵人は会っていない。
 よってイライダは蔵人と勇者の事情を知らなかった。
 アレルドゥリア山脈の奥は前人未踏の地であり、そういう意味でサレハドは大陸北端の街の一つといえた。ただし、アレルドゥリア山脈の奥はドルガン地方と同じくらいの広さがあるといわれているため、北端といって想像するほど寒くはなかった。
 そしてオスロンはその対角線上の海に面した場所に位置している。
「まあ、いろいろあってな」
 蔵人は食料リュックから肉を取り出し、塩と胡椒を振ってから、いつものように土の杭に刺して、具象化した火精で炙り始める。

 蔵人は学んだ。
 多少なりとも味方をつくらないと、いつか詰む、と。
 人間不信になるとか、人が恋しくなるとか以前に、それが事実だった。
 どれだけ人から距離をとって生活していたとしても、不意の遭遇というのはありえるし、オーフィアやマクシームがいつでもかばってくれるとは限らない。
 だが、容易に話してもいいことでもなかった。
 相手への信用もさることながら、事情を知って巻き込まれるおそれもあるからだ。
 そういう意味では、全ての点でイライダは信用できるかもしれないが、まだ蔵人にはふんぎりがつかなかった。
「そうかい。それなら、アルバウムの勇者の噂は知ってるかい?」
 イライダは無理に聞こうとせず、別の話をする。
 あのとき、蔵人が協会から逃げるようにして去り、エリカとハヤトが共同の狩りを提案してきたが、イライダは断っていた。
 六瘤バッファロー(ゴルシャゾ)を狩るのに、エリカとハヤトの二人しかいないというのだから、断って当然だった。
 六瘤バッファロー(ゴルシャゾ)は群れで生活し、どんなときも決して仲間を見捨てない。本来なら十人単位で役割分担して狩る獲物だ。
 ハヤトにとっては自らの力に自信があればこその少人数の狩りだったのだろうが、そんな個人の力におんぶにだっこの狩りを、イライダはする気がなかった。
 個人で完結するような狩りならば、他のどんなハンターでもいいのだから。
 そのときはハヤトから逃げるように去った蔵人との関係も気になったが、洞窟での出来事から何か確執があるんだろう程度の推測はできた。
 だがそれは、イライダにとってはどうでもいいことだった。
 この世間知らずで、ハンターらしくない、ちぐはぐな、何を考えてるかわからない、出来の悪い弟のような人種が、妙に放っておけなかった。それだけだ。

「いや、知らないな。ほとんど街には寄ってないからな」
「ここまで来るのに街に寄ってないって……はあ、相変わらずわけのわからない男だね。ロンデルクは、その噂でもちきりだったんだが、街に寄ってなきゃわかるわけないね」
「ロンデルクに寄ったのか?」
「……普通、オスロンに来るのはサレハドから魔獣車で最短距離を行くもんだよ。その時にロンデルクで乗り換えるんだけど、街によらないとなると、いったいどんな道を通ってきたんだか。アンタ、マクシームに似てきたんじゃないのかい?よもやなんでも筋肉でどうにかなるとは思ってないだろうね?」
 確かに、マクシームはサレハドから半裸でロンデルクに向かっていた。
 蔵人はすごく、すごく嫌そうな顔をする。
 イライダはくっくっと笑いながら、勇者の噂を話しだした。

 この時、蔵人は今日が朱月の一日だと知ったのだが、それはともかく、イライダの話した、噂はこうである。

 勇者が事実の審判から帰ると、裁判もなく収監されたらしい、と。
 正確には、勇者の仲間で、元暗殺者の娘が冷たい砂漠にあるといわれる勇者の監獄に収監され、もう一人の勇者であるエリカもアルバウムの監獄に収監された。
 そしてなにより、勇者であるハヤトも自ら監獄に入ったというのだから、一時アルバウムは騒然となったらしい。
 元暗殺者の娘は、暗殺者だった頃の罪を償うために監獄に入り、エリカは以前から勇者パーティの名を使って強引なことをして、苦情や被害がアルバウムに上がっていたらしく、頭を冷やしてこいという意味で収監されたようだ。

「アルバウムの監獄って快適なのか?」
 蔵人は冗談めかしてきく。
「快適な監獄なんてあるのかい?まあ勇者だからそれなりの待遇にはなるだろうけど、いくらアルバウムが大国だといっても監獄なんて元が酷いからね。まあ、死にはしない、病気にはならないくらいの待遇だろうね」
 エリカもこれで少しは頭が冷えるだろうか。
 だが、勇者の監獄は推して知るべしだなと蔵人は想う。
 なんせ日本人が運営しているのだ。ただ、現地人を使わないということもないだろうから、日本と同じにはならないだろうが。
 永久に閉じ込めておく、というのでなければ普通の監獄のほうが、蔵人にとって心情的にはよかった。

 そしてここからが面白い話で、なんとアリス・キングストンがオーフィア、『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』の元へ修行に出されたというのだ。
 ハヤトのいない間という期限付きではあるが、アリスのあまりの我儘ぶりに王様の堪忍袋の緒がついに切れたのだと噂され、ほとんど追い出すように昔から付き合いのあるオーフィアに花嫁修業の建前で預けられたという。
 オーフィアのしつけや修行は話だけでも、『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』の女たちが震えあがるほどである。アリスにはちょうどいい罰になるだろう。

 蔵人もそんなものだろうなと、納得するしかない。
 非常に、非常に、腹立たしくはあるが。
 仮にアリスに罰を与えられるのだとしても、被害者である蔵人がいないのでは犯罪自体が成立しないのだから、涙をのむしかない。
 現状の蔵人の立場では、勇者絡みでは裁判すら受けられないのだ。
 ハンターのタグと深緑の環があるから、普通のハンターとしてなら問題なく生きていける。
 ハンターの入国審査はそれほど厳しくもなく、市民権こそないものの、たとえ裁判になっても現地人と扱いはそれほど変わらない。
 ただ、勇者が相手では分が悪すぎた。
 ある意味でお互いにそうではあるのだが、公の場で召喚者だと知られた場合、蔵人自身、どうなるかわからなかった。
 蔵人はわざわざ危険を冒してまで、それを試す気にはなれなかった。

「とはいえ、勇者のハヤト・イチハラは間をおかずに出てくるだろうね」
 ハヤトは最強の勇者であって、他の勇者の押さえであり、他の勇者の防波堤でもある。ハヤトが完全に表舞台から消えると、大きな混乱が起きるとされ、勇者を一番多く抱えているアルバウムはそれを避けたかった。
 ハヤトが表舞台から消えると、まず国によっては勇者が奴隷のように扱われ、悪くすると殺される可能性もあった。
 今までは他の勇者に何かあれば、ハヤトが物理的になんとかしようと動くため、結果的にアルバウムやサンドラ教も重い腰を上げることになり、他の勇者にちょっかいをかける輩は相応の報いを受けることになった。
 そして反対に、他の勇者が物理的に暴れ過ぎないのもハヤトという押さえがいるからであった。
 あるとき、あまりにも素行の悪かった勇者に対し、ハヤトが物理的に制裁を加えたということがあってから、他の勇者も派手な行動はしなくなったという。
 そんなハヤトが表舞台から消えるのは困るということで、将軍が頭を下げてでも、ハヤトを迎えにいくだろうと言われていた。


「なるほどな。ところで今更何だが、勇者っていうのはなんなんだ?」
 イライダが呆れたように無言でコップ呷り、また樽から酒をすくった。
「アンタは……ああ、もう」
 そう言いながらも律儀に説明するイライダ。
「勇者っていうのは、まあ、ざっくり言えば、国によってさまざまだね」
「……おい」
「ふふっ、実際そんなものさ。まあエルロドリアナは辺境を多く抱えているからね、女神の信仰もそれなりに強いけど、アルバウムやプロヴンは別さ。あそこはサンドラ教の信者がほとんどだからね、太陽の御子といわれるミドは初代勇者であったともいわれ、魔王を討伐したなんて話もある。ミドが生まれつき持っていた魔法のルールに縛られない力が、加護といわれていて、それが勇者の証でもあるわけだ。まあ数千年前のことさ、神話のようなもんだ」
「魔王なんているのか……」
「おとぎ話だよ。まあ、魔王めいた怪物(モンスター)ってことならありえそうだけどね。あとはハヤトっていう勇者に限っていえることだけど、精霊教がずいぶん支持して、接触しようとしているみたいだね。どうせ知らないだろうから説明するけど、精霊教っていうのは二百年前の魔法革命以来、爆発的に信者を増やしてる宗教さ。魔法革命以前は辺境の小さな宗教だったんだけど、今じゃサンドラ教、月の女神の信仰に次ぐ規模の宗教さ。まあ、この大陸に限ってのことだけどね」
 イライダの前にぬっと丼が差し出される。
 雪白だ。
 イライダは臆した様子もなく丼を受け取ると、酒樽から酒をすくった。
「まあ、噂はそんなところさ。で、アンタはこれからどこにいくんだい?船がどうとか言っていたようだけど」
 丼を雪白に渡して、イライダは蔵人に聞く。
 蔵人はようやく焼きあがった肉をナイフで削ぎ落すように薄切りにし、残った焼け切っていない塊をそのまま雪白に渡した。
 むろんいい具合に焼けた一枚を雪白に献上するのも忘れない。
 雪白は酒と肉を前にして、これ以上ないほどゴキゲンであった。

 蔵人は薄切りにした肉を山のように土の皿にもりつけ、ここにくるまでの間に収穫して取っておいた女神の気まぐれ(エガナディア)の黄色い実を、絞りやすいように切って添えた。
「そのままでも、果汁を搾ってもいけると思う」
 そう言って蔵人は皿を二人の間に置いて、イライダの質問に答える。
「船で砂漠に行こうかと思ってな」
 イライダはまずは薄切りのままの肉をつまみ、そして次に黄色い実、つまり酸っぱい果汁を肉に絞って食べた。
「なかなかさっぱりしていいね。船で砂漠かい、アタシも人のことはいえないけど、ずいぶんおおざっぱな予定だね」
 蔵人たちが呑んでいる酒は、ほぼ赤ワインのようなものであるが、何か蒸留酒が混ぜられているのか、アルコール度数は高い。
 渋みのある濃厚な赤ワインは脂身の多いこの肉と合っていた。
「なんとなく、な。昔から行きたかったんだ。イライダはまだ巡国の義務中か?」
 ぱくぱくと山盛りの肉をつまんで、酒を呷るイライダ。
「むぐ。あと一カ国で終わるよ、どこに行こうか考えてたんだ。ここなら大抵の場所にいけるからね」
「なるほどな」
「それより……」

 そんな風にして、宵闇をかすかに照らす朱い三日月の下、二人と一匹の夜は更けていった。


6月14日、14時。
蔵人とイライダの移動について、書き足しました。
サレハドからの移動についてなので、流れは変わりません。

6月14日19時27分。
勇者①での六瘤バッファロー(ゴルシャゾ)狩りに誘われたイライダの動きと心情を書きたしました<(_ _)>
流れに変更はありません<(_ _)>
+注意+
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