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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第一章 雪山で、引きこもる。
32/144

32-依頼⑤

 

 蔵人は見つめていた。

 イライダはそれを後から眺めながら、今までのどうでもよさげな蔵人の言葉を思い出し、苦笑する。

 少なくても、ハンターに向いていないことはない、と。


 

 雑貨屋ではインク壺とノートサイズの葉紙を数十枚買い、蔵人はその場で端に穴を開けてもらって一緒に買った紐を通し、雑記帳のようなものをつくった。

 雑貨屋に置いてあった紙は葉紙、羊皮紙、荒い紙、白布が少量ずつ置いてあって埃が被っていたが、葉っぱ以外は高い。

 依頼書や受注書の写し、ポタペンコ男爵がよこした魔法式を書いた紙もこの葉がつかわれていた。

 葉紙は乾燥させると紙のような材質になる魔木の一枚葉だが、大きくてもノート程度の大きさにしかならない。確かに安くて量産がきくが、保存が長くきかない。二年ほどするとボロボロになってしまうようだ。

 適切な処置を施せば保存期間を延ばせるが、コストが跳ね上がるので、それならば最初から保存の効く高い紙を使うという。

 

 こちらでは協会で使っていた羽ペンなどのつけペンが主流なようで、蔵人が三剣角鹿(アロメリ)の尾からつくった小筆でも問題なく使用できた。

 魔法教本に書きこみ続け、ついにシャープペンの芯がなくなり、ボールペンのインクが切れた時、蔵人がブラシのついでに作ったものだ。

 山ではインクとして、木や骨を焼いて煤と水を混ぜたものをつかったが、それだけでは薄かったので適当な樹液や松ヤニを混ぜて、煮詰めるなど、いくつか試すとなんとか墨の劣化品程度には使えた。

 つくったものは持ち合わせていないので、インク壺を買ったというわけだ。

 それほど数はないが、辺境の割りに品数が妙に豊富であったが、どうもこの雑貨屋は協会に紙やインクを卸しているらしかった。

 だからといって協会のように邪険にされることはなく、金さえ払えば売ってくれるようだった。

 辺境価格だと、雑貨屋本人が笑う。それでも珍しく紙やインクを買うお客さんが嬉しいらしく、多少のおまけをしてくれた。


 そうして蔵人は、ジッと霧群椋鳥(トゥコルスカ)のいる大樹を見つめていた。

 雑貨屋から戻ったあとは、ずっとである。

 雑記帳と筆を使う様子もない。

 

 昼を過ぎ、夕方に近づく。

 ふと蔵人が口を開いた。

「あの木を揺らすのは問題ないか?もちろん鳥を傷つける気はない」

 イライダは欠伸をしていた。

「ん、ああ、傷をつけたり、殺したりしなければ、異常な繁殖行動はしない」

「そうか」

 そういってまた木を見つめた。

 次の日も、また次の日も、蔵人はそうして、霧群椋鳥(トゥコルスカ)を観察した。

 イライダもまたそれに付き合った。

 酒を片手に、だが。

 蔵人は霧群椋鳥(トゥコルスカ)を追って村中を歩いただろう。時には村の外にもいった。

 二日目、三日目の夜には、霧群椋鳥(トゥコルスカ)が眠る木に揺れる程度の衝撃を与えたり、大きな声で叫んだりもした。

 いつしか蔵人の奇行は村中で噂になった。


 そして四日目の早朝。

「たぶん、いける」

 蔵人がぽつりとそうこぼした。

 遠くから木の見える位置で一緒に野営をしていたイライダが驚きの顔で蔵人を見た。

「まったくアタシにここまで付き合わせたんだ、勝算はあるんだろうね?」

 蔵人はニヤリと笑って、雑記帳に絵を描いて説明した。


 説明を受けたイライダが感心したようにいう。

「アンタ……なんでこんなに絵がうまいんだい」

 蔵人がえっという顔をする。

「そこ?……趣味だ」

「アハハハハハ、ハンターが絵ねえ。こんなハンターらしくない奴に協会がキリキリしてるんだから、面白いったらないね。くくく、ぷはははは」

 まだ少し、酔っぱらっているらしい。

「ちっ、酔っぱらいめ。で、どうだ?」

「この程度の酒で酔っちゃいないよ。しかし、まあ、……いけるかもしれないねえ」

 そういってイライダはニヤリと笑った。


 蔵人は協会に網を取りに戻り、イライダは周囲の住民に話をしにいった。

 イライダが言ったほうが、話は通りやすい。

 蔵人が無事に一番大きな網を協会から借り、網を抱えながらえっちらおっちら村外れの大樹に戻った。

 決行は、深夜、霧群椋鳥(トゥコルスカ)が寝静まったころである。

 

 霧群椋鳥(トゥコルスカ)は村からでることはない。

 正確に言えば、全ての霧群椋鳥(トゥコルスカ)が一度に村から出ることはない。数グループに分かれて水場に言ったり、餌場にいったり、ねぐらである休息地点で留守番していたりする。

 それゆえに村の外にでたところで精霊魔法で一網打尽、というのはできそうになかった。

 そして日が落ちる前にねぐらの木にもどり、就寝する。

 村の規則や協会の規則、国の規則を守っている限りはなかなか難しいともいえた。

 しかし、そこは現代日本にいた蔵人である。


 蔵人から頼まれた用事を済ませたイライダが戻ってくると、蔵人に向かって、ニッと笑った。

 問題なさそうである。

 

 そして日が暮れる。

 月の光もない真夜中。

 突然――。


 鼓膜を破りかねない甲高い爆発音。


 次いで、網膜ごと焼き尽くすような閃光の爆発。


 間髪いれずに木を覆い尽くすように網が(くう)に広がる。


 いつのまにか、木の周囲にはドーナツ型に水が撒かれ、それがうっすらと凍りつく。


 影がうねうねと動き、木を駆けずり回る。

 

 そして蔵人とイライダが動き出した。

 閃光のために維持して置いた光精の光を場を照らす程度におさめてから、木にかかった網の端を全て幹に集めてくくり、ほおかぶり状態にする。

 そして木の枝に引っかかった気絶状態の霧群椋鳥(トゥコルスカ)を、風精に頼んで、トドメを刺しながら網の下部の撓んだ部分に落とす。気絶してる小鳥を殺すのにそれほどの火力はいらない。ナイフ程度の鋭さでドンドン首筋を切る。

 それが終われば、ボタボタと落ちて、落ちた途端表面だけ薄く凍らされた霧群椋鳥(トゥコルスカ)にトドメを刺す。

 そうしている内に、今日だけ避難してもらっていた住人が、他の住人を伴って様子を見にやってきた。

 しかし、その顔はまだ半信半疑である。

 美人で姉御肌のイライダが頼んだから今日一日は避難したものの、それであのにっくき鳥がどうなるとも思っていないのだ。村長が失敗し、依頼料金が安く、すぐに命の危険がないため依頼が長く放っておかれたせいであった。

 村人の視線の中、蔵人とイライダはせっせとトドメを刺して回った。

 気絶している内が楽なのだ。

「なにをしておるっ」

 支部長が村人を掻きわけて現れる。その背後には見慣れない顎髭を伸ばした年寄りもいた。

 爆音をききつけたようである。

 蔵人とイライダは支部長の声が聞こえていないのか、せっせと動き回っている。

 眉を吊りあげた支部長は駆けよって蔵人の肩を掴む。

「邪魔だ、どけっ」

 時間との勝負である。蔵人も気を使う暇などない。

 思いもよらぬ強い力で腕を払われた支部長は、今度はイライダに駆け寄る。

「どういうことだね?」

 イライダは蔵人ほどせいてはいないが、煩わしそうにいう。

「見てわかんないかい?時間がないんだよ」

 そういってイライダも作業にもどる。

 二人ともに相手にされなかった支部長は、不機嫌な顔でそれを眺めるしかなかった。


 日が昇りかけた頃、二人はようやく全てのトドメを刺し、討伐証明部位である嘴を集め終わる。

 影を使って残っている鳥がいないか確認し、さらに何度か木をゆすった後、網を外す。


 パッ、と一羽が飛び立った。

 そして二羽目。

 

 支部長がニヤリと笑い、後の年寄りの顔が青ざめる。

 

 シュッという音がして、最初の霧群椋鳥(トゥコルスカ)が落ち。

 次いで、ぶんっと音がして、二羽目の霧群椋鳥(トゥコルスカ)が落ちた。


 矢を射たイライダが感心したように、ブーメランを投げた蔵人を見ていた。

 蔵人は、ブーメランが外れなくて心底良かったと胸をなでおろしていた。

 

「では、どういうことか説明してもらおうか?第二級以上の魔法行使が見られるようだが?」

 イライダと蔵人は顔を見合わせ、イライダが口を開く。

「どこで第二級魔法が行使されたって?」

 支部長は目をさらに細める。

「あの音と光、大きさからいって第二級、まかり間違ったら第一級クラスだ。大勢の人間が見ておる、言い逃れはできまい」

「だから、どこで、と聞いているんじゃないか」

「どこもなにも、あの木……どういうことだ」

 ようやく朝日が昇り切り、大樹に光が差し込んだ。

 確かに霧群椋鳥(トゥコルスカ)の死体が積み上げられているが、それ以外は大樹の周りが濡れているだけである。えぐれた様子もなければ、地面にも大樹にも傷一つなかった。

 殺傷魔法である第二級魔法、大規模殲滅魔法である第一級魔法が使われた形跡はなかった。

「どういうことも何も、大樹に傷もなければ、第三級魔法以外は使ってない」

「だから、その方法を聞いておるっ」

 支部長は怒鳴りつけた。

 イライダは肩を竦めて蔵人をみる。

 蔵人はにやりと笑って、答えた。

「――秘密です」

 手の内をただで明かすわけがない。しかも支部長相手に。

 支部長は顔を真っ赤にし、何かをいおうとするも言葉がでず、怒りの矛先を見失って、ついにはこの場を去っていった。後ろにいた顎髭の年寄りはほころんだ顔で、それでも支部長のあとを追っていった。


 事態が呑みこめていなかった村人も、朝日がのぼってもいつまでたっても霧群椋鳥(トゥコルスカ)が騒ぎださないことに、事態を悟る。

 一人が歓声を上げた。

 それに続くように、その歓声は大きくなっていった。


 蔵人が使った方法は単純である。

 現代日本でいうスタングレネードを精霊魔法で行ったのだ。

 風精で爆音を、光精で閃光を過剰に再現した。

 網の操作と風精でのトドメだけはイライダが行ったが、それ以外は蔵人がやった。

 爆音、閃光、水撒き、氷結、探査影をこなして、さすがの蔵人も魔力が枯渇寸前であった。

 なぜこの方法を誰も行わなかったのか。

 理由はいくつかあるが、とイライダは言う。


 まず、そんな方法で霧群椋鳥(トゥコルスカ)が気絶するとは考えなかったのが一つ。


 わざわざ精霊魔法を用いて、一匹なら十つ星(ルテレラ)でも殺せるような魔獣を、あえて殺さないで確保する方法を考える者がいなかったというのが一つ。精霊魔法の使い方は殺傷能力の高いものと生活や仕事に使うものが主流でその中間の使い方はあまりしないのだという。


 もう一つは、いくら殺傷能力のない、第三級魔法の延長だとしても、あの爆音と閃光は魔力対効果が悪くかなりの魔力を使う上に、それをほぼ同時に行って、さらに網を広げる、水撒き、氷結、探査影を使うとなると、蔵人のように同時に魔法を並列発動できるものが少ない以上、何人の魔法に長けたハンターが必要かわからず、そうなるとコストがかさんでしまう。費用対効果が釣り合わないというわけだ。

 

「アンタ、なにやってんだい。食べるつもりかい?」

 蔵人は霧群椋鳥(トゥコルスカ)の羽を毟りながら、イライダの話をきいていた。

「うまいのか?」

「マズイ上に、それは対して血抜きもできてないだろ、やめておきな」

「なら食べはしないが、ちょっとな」

 そういって毟った羽毛を袋に詰め込んいった。

「夕方からは飲むからね、遅れるんじゃないよ」

「また飲むのか」

「今からひきずっていってもいいんだよ?」

 腰に手をやって見下ろすイライダ。

「アタシが先導者になって、アンタが初めてやった依頼の打ち上げだ。もちろんアタシのオゴリだよ。――ウマイ酒なら飲むんだろ?」

 ちゃんと来るんだよ、といって幾人かの村人とその場を去っていった。

 おそらくは酒場に行くのだろう。

 蔵人はため息をついて、それでいて少し嬉しげに鳥の羽を毟っていた。


 霧群椋鳥(トゥコルスカ)の羽で、羽毛枕を画策なんてするんじゃなかったと蔵人はどっと疲れたような顔をしていた。

 ひどい手間がかかって、少し大きめの枕一つ分しかなさそうなのだから、余計に疲れてくる。

 霧群椋鳥(トゥコルスカ)の生き残りを確認する、そのついでに羽を毟っていただけなのだが、どうせなら全部と考えたのが間違いであった。

 ちなみに、生き残りはいなかった。


 そしてついさっき霧群椋鳥(トゥコルスカ)の嘴を協会に渡して、依頼を完了した。

 頬をピクピクとさせる鉄面皮の職員を見て、清々しい気持ちになったのは否定しまい。その場でからかってやりたくなったくらいである。

 五二〇羽で、五二〇ロド(約五万二千円)となった。

  

 蔵人はその足で、酒場に向かう。村に酒場は少ない。

 一番騒がしい酒場に、イライダがいる。

 蔵人がすぐに酒場を見つけた。

「おっ、来たね」

 すでにイライダの前には空瓶が転がっていたが、ほろ酔いにしか見えない。

 周囲には村人が飲めや歌えやの大宴会が出来上がっていた。人のオゴリとは遠慮がなくなるものである。

 それを横目にしながら、イライダの向かいに座り、蔵人が依頼の金の半分をイライダに差し出す。

「ん?ああ、それか。先導者には一割でいいんだ」

「いや、イライダがいなければどうにもならなかった。受け取ってくれ」

「ん~、面倒だな。よし、今日の飲み代につかってやる、飲め」

 イライダは蒸留酒ヴォギラの注がれたコップを蔵人の前にすべらせた。

 蔵人は金をテーブルに置き、それを一口舐めた。

「みみっちい飲み方しやがって……まあ、約束だしな」

 イライダはそういって蒸留酒ヴォギラを瓶ごとを持ちあげる。

 蔵人もそれに合わせてコップを持ちあげ、コンとぶつけた。

 二人は瓶とコップを軽く口にした。

 イライダが瓶をテーブルに置いて、呟いた。

 

「アンタにはもう、先導者はいらないね」

 

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さっすがぁ蔵人さん!そこに痺れる憧れるう!
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