31-依頼④
イライダがパーティ申請をして、しばらくではすまされないくらい受付で待たされていると、協会の奥から腕を後ろ手に組んだ支部長が受付にあらわれた。
「これから三つ星になるであろうイライダ・バーギンに先導者をやらせ、その上パーティまで組ませて面倒をかけるわけにはいかん。パーティ登録は許可できない」
イライダは眉をぴくりと持ちあげる。
「協会にそんな権限はなかったと思うけど、どういうわけだい?」
「ああ、誤解しないでくれよ。そっちの新人にはこちらで依頼を用意した。それならばパーティを組む必要もあるまい?」
「協会で用意するんだね?」
「特別待遇はしない。あくまで規則は規則だ。ゆえにだ、八つ星、九つ星の塩漬け依頼をやってもらう。いくつかこなしたなら、その新人を信用し、仮登録から本登録にするのを考えてやってもよい」
イライダは盛大に眉をしかめた。
協会としては蔵人が依頼をこなせず、それが二つ三つと続くと、やる気が見られないとして仮登録を抹消することができる。
まともな依頼をめぐって地元のハンターと競合することはない上に、うまくいけば支部の評価を下げることしかない塩漬け依頼を掃除できるのだから、協会にとって損はなかった。
「まずはこちらから依頼を指定しよう。強制依頼だと思ってくれてかまわんよ」
こちらの返答を待たずに、とんでもない爆弾を落としてくる支部長。
魔獣の大暴走、怪物の襲撃など、ハンター協会のある共同体が危機に見舞われた時、ハンター協会は現地にいる協会所属のハンターを強制的に招集することができる。その招集を理由なく断った場合、ペナルティが与えられ、最悪除名処分となった。
「魔獣の大暴走や怪物の襲撃の兆候でもあるのかい?アタシは一切そんなこと耳にしちゃいないが?」
支部長は一枚の依頼書を受付のカウンターにすべらせた。
訝しみながらもその依頼書を読むイライダ。
そしてどんどんと目が険しくなっていった。
「これのどこが魔獣の大暴走だっていうんだいっ」
依頼書を指で弾いてつっ返すイライダ。
「どこからどう読んでも強制依頼に値する魔獣の大暴走だが?」
「それを魔獣の大暴走として扱うなんて聞いたこともない。そもそも招集対象がクランドひとりってのもおかしいだろう」
いい加減苛立ってきたのか、額や喉元に青筋をたてるイライダ。
蔵人が後ろからのぞいた依頼書にはこう書かれていた。
九つ星推奨依頼→青月の一日より以後規定に基づいた自由依頼とする。
場所・村外れの大樹。
討伐対象・霧群椋鳥
討伐証明部位・『嘴』
期限・特に指定はないが、受注から一週間以内とする。要相談。
留意事項・討伐対象は一匹残らず討伐すること。大樹に一切の傷を与えないこと。
報酬・一匹討伐につき一ロド、但し一匹残らず討伐した場合のみ報酬を支払うこととする。
「イライダ・バーギンともあろう者が。依頼書をよく読みたまえ。霧群椋鳥という『魔獣』が、街中で『群れ』をなして、水場を『襲っている』のだから魔獣の大暴走ではないか」
「こじつけだろうに、それは」
「それとも何かね?この魔獣に村人は困っていないとでも君はいうのかね」
イライダがむぅと眉間にしわを寄せた。
答えないイライダの後ろから蔵人が問いかける。
「俺はこの鳥を知らないから聞きたいんだが、この鳥が群れてそこにいることで、どんな被害を与えているんだ?」
急に話に入り込んだ蔵人を不快な目で見ながらも支部長は答えた。
「……村はずれにある大樹に群棲し、その周囲の住民が騒音、糞害に悩まされている」
「村長はなにをしてる」
「村長に何ができる。できないからここに依頼が来たんだ」
「ふーん、じゃあ、討伐対象の鳥とそうじゃないのをどう判別したらいいんだ?」
支部長は何をいってるんだこいつはという顔をする。
察しの悪い支部長に蔵人は噛み砕いて質問する。
「だからな、仮に大樹にいる全ての鳥を一度に精霊魔法かなにかで残らず殲滅したとして、後になってどこからともなく飛んできた鳥がまた住みつくなんてこともあるだろ、それが実は群れの一匹だったなんて言い張られちゃ困るわけだ。一匹一匹の鳥の区別なんてつかないからな、だからどう判別するんだと聞いてるんだ」
支部長は少しは考える頭があるようだなととでもいいそうな尊大な目で蔵人をみる。
「まず村内では第三級魔法しか行使することはできん。まあ、仮の十つ星はそもそも第三級魔法の行使しか認められておらんがな。
無知な貴様は知らんだろうが、霧群椋鳥は日が暮れると常に群れで休息を取り、そこが一つの群れの縄張りとされておる。つまり、休息地点である村はずれの大樹で休息する霧群椋鳥を全て殲滅すれば、それが群れの全てを殲滅したと考えてよい。
必ず一度に殲滅しろ。一匹だけ殺すような半端な真似をすれば群れは倍化する。
殲滅できずにたった一匹でも逃せば、さらなる大きな群れをつくり、再び村はずれの大樹に住みつくだろう。そもそも村長がたかが小鳥とみくびって金をしぶり、自分たちで処理しようと適当に殺した結果がこのありさまなのだ、これ以上増やすわけにはいかん」
第三級魔法とは主に生活で使用する規模の魔法である。『殺傷を目的としない魔法』という括りが規定されてはいるが、現代日本にいた蔵人としてはその曖昧さに苦笑せざるを得ない。とはいえ、日本でも包丁の所持や自動車の所有など殺傷能力を持つ物の保持が比較的容易であることを考えるとそんなものかともいえる。
「目の細かい網なんかは協会から貸してもらえるのか?」
「ハハハハハハッ、本当に出来ると思っているのか?そうだな網くらいいくらでも貸してやろう。――ただし、失敗すればそれで終わりだ。貴様に村での居場所などなくなるだろうな」
「そうか」
「おいっ、クランドっ」
イライダが焦った顔で蔵人を見た。
「アタシでもその条件は難しい。しかもお前に協力するハンターなどこの村にはいないんだ、よく考えろ」
蔵人はシレっとした顔で、
「イライダは手伝ってくれるんだろ?」
そうのたまった。イライダはますます顔を赤く染める。もちろん怒気で。
「先導者は補助しかできない。それにさっきもいったが、アタシでもこの依頼は難しんだ、当てにされてもどうしようもないんだ」
「方法は考えてる。孤立無援よりはいいと思っただけだ。それにイライダも気になってるんだろう、この依頼」
イライダはますます何か言いたげに口を開くが、その口から勢いのまま言葉はでなかった。
そしてため息をつくように言葉をこぼした。
「それは一人じゃなくて、協力者を募ってやることだ。一人でどうにかしようなんて考えちゃいない」
「まあ、どのみちこれは俺に対する強制依頼なんだからどうにもなんないだろ」
そう言われるとイライダは沈黙するしかなかった。
イライダとパーティを組む前に発生した強制依頼である。これから蔵人とイライダがパーティを組んだとしても強制依頼は撤回されない上に、失敗すればイライダの失点になりかねない。
もしかするとパーティを組めばイライダのランクの持つ影響力を考えて支部長は依頼を撤回するかもしれないが、そうするとイライダはごり押ししたと誹りをうける。この村で『女王蜂』の名が知れ渡り、今後の依頼がやりづらくなるだろう。
イライダはもちろんそんなこと気にしてはいない。ただ、村人が困っているというのが気になるだけだ。
そして協会の規則に沿っている以上は口の出しようがなかった。それが非常識な規則の運用だとしても。
「じゃあ、よろしく」
そういって蔵人は鉄面皮の職員を見た。
蔵人としてはここでハンターになることにこだわる必要は今のところない。ないが、万が一にもマクシームが帰ってこられなかった時のことを考えると、多少なりとも我慢しなくてはなるまい。
日本で期限のある契約社員をやっていた頃に比べたらそれほど難しいことでもない。少なくても食うに困ることもないければ、いざとなればいつでもどこかに逃げだすこともできるのだから。
職員は慣れた手つきで依頼書を処理し、蔵人にサインを求め、受注書の写しを蔵人に渡した。
蔵人はその受注書の写しに目を通す。
「これ、強制依頼なのか普通の依頼なのか区別がつかないんだが」
職員は支部長を見る。
「そんなものどうする。必要あるまい」
「必要かどうかじゃなくて、俺が請求してるんだ。ああついでに大きな網も貸してくれ」
支部長は面倒くさそうにして職員を見ると、頷いた。
職員は協会の奥に足早に向かい、別の用紙をもってくると、蔵人にサインを求め、新しい受注書の写しを蔵人に渡した。
「網のほうは裏口に行ってください」
「ん、これならまあいいか」
そう言って蔵人は一度協会の外にでると、裏口に向かい、一番大きな網を借りた。
蔵人は協会をでて、イライダと村はずれの大樹へ向かっていた。予想外に大きかった網は協会にすぐに使うかもしれないからと言い含めて、置かせてもらった。
イライダは協会を出てから腕を前で組み、眉はしかめっぱなしだ。腕を組むと褐色の胸がさらに盛り上がって強調されることになる。
「どうするつもりだ?」
「これから考えますよ」
借りた網はかならず必要になるだろうなと考えただけだ。使わなければ返せばいい、蔵人はそう考えていた。
まだ考えていないと即答した蔵人に、さらに顔を険しくするイライダ。
「アンタ、方法はあるって」
「しょうがないだろ、どのみち強制依頼なんだ」
「……あんな強制依頼はきいたことがない」
蔵人は肩を竦める。
「なに、できなかったら尻尾巻いて逃げればいいんだ」
「アンタは……」
イライダは険しくなっていた顔をゆるめ、呆れた顔になる。
「どうせ山に棲んでるんだ。どうにでもなる」
「……立ち入ったことをきくけど、家族はいないのかい?」
「一人……ああ、一人と一匹か」
蔵人は呟くように独り言をいって、イライダが何かを言う前に続けた。
「でも俺が失敗したら、イライダさんが人海戦術でなんとかしてやって欲しい。本当に強制依頼が可能なら、村人総出にして、超法規的に第三級以上の魔法を解禁すればどうにでもなるだろうし。あの支部長もそのほうが村長から金をひっぱれるとでも考えてんじゃないかな」
遠くから見ているような、ひどく他人事のような蔵人の表情が、イライダには気になった。
「ハンターになりたいんじゃないのかい?」
「……ああ、そういう意味ではイライダに申し訳ないな。ハンター登録になんの障害もないなら、すんなりなったかもしれないが、ここまで面倒だと、な」
「ならなくてもいい、と。確かにここまで酷い支部はアタシも初めてさ」
「ちょっと理由があってある時期まではここにいなきゃならないんだ。ただな、最悪ここでハンターにならなくてもいいとは考えてる。先導者を買って出てくれたイライダにはほんと、申し訳ないけど」
「他の街にいくつもりかい?どこに住んでいるのかしらないが、ここは辺境だ。タンスクとの間には一つ、二つしか村がない上に協会もない。同じ連合王国のブルオルダもそれほどかわらない距離さ」
「そうか、そんな風になってたんだな。山から出たことなかったからな。今度、地図とかみせてくれないか?」
「地図くらいいつでも見せてやるけど、山ってアンタ…」
蔵人はマクシームとでっち上げた経歴を語る。といっても召喚されたこと以外はそれほど間違ってもいない。
捨て子で、山から出たことがなく、マクシームに拾われた。
「捨て子か……大変だったな。それにしてもマクシーム・ダールが推薦していったのか。それならそれで最後まで面倒みやがれってんだ」
イライダは疑うことなく信じ、そして憤慨していた。
「知り合いか?」
イライダは苦虫を噛んだような顔をする。
「……アタシにも若い頃はあったというだけのことさ」
蔵人がフーンと鼻を鳴らしながら、面白そうな顔をしていた。
「何か言いたいことでもあんのかい?んん?」
それを見たイライダがこめかみをピクピクさせてギロリと蔵人を睨んでいた。
そうこうしている内に村はずれの大樹が見えてきた。
すでにギーギー、ギーギーと不快な鳴き声がしていた。
村の土壁を背にして立つ、大きな木だ。高さはそれほどないが、横に大きく広がっていた。
マングローブの木を束ねて、一本にしたようにも見える。
「気まぐれな女神の木か。青い内は苦くてたべられないが、黄色くなると酸っぱくなり、赤くなると甘くなって食べごろだ。二日酔いにもきくが、長期遠征のときなんかは食べると身体の調子がよくなるな」
実はまだ青い。
そしてその実の陰に、小さな鳥が無数にいて、その真下には糞が散乱していた。
鳥の大きさは鶏卵より一回り大きくしたくらいだろうか。
「これはさすがに不気味だねえ」
イライダが鳥肌のたった腕をさすった。
「これはまた、無理難題を。なんでこれが九つ星なんだか」
「だからいっただろう。……まあ、あまり依頼料を出せなかったんだろうね」
呆れたように呟く蔵人をイライダがたしなめる。
「まあ少し考えてみるさ。ちょっと雑貨屋にいってくる」
そういって蔵人はきた道をもどって、大きな一本道沿いにある雑貨屋に向かった。
「ついてきても暇だと思うけど、イライダはどうする?」
「先導者が新人の依頼に怖気づいて逃げるわけにもいかないだろ?」
イライダはニヤリと笑った。
笑うとやはり猛獣を彷彿とさせる。
蔵人がそう言ったか言わないかの間に、口だけで笑った不穏なイライダは、容赦なく蔵人の頭にゲンコツを落とした。