104-子虎と子狼
「そいつを見てから決める」
少年は日暮れ頃に協会を訪れるらしく、蔵人はこの暑い中でわざわざ家に戻る気にもならず、協会の資料室で資料を眺めたり、絵を描いたりして過ごすことにした。
ちなみに日中の暑い時間帯は雪白も家に籠って、飛竜の双盾をアズロナと分け合って涼みながら昼寝している。
伸びをしながら協会の資料室から出てきた蔵人は、協会内に女性ハンターが異様に多いことに気づく。
これ幸いとカフェのカウンターの隅に陣取り、安いナッツを注文してぽりぽりとやりながら、周囲に視線を巡らせていた。
装備も種族も様々だが、女性ハンターたちはみな揃いの白い腕輪をしていた。
「……もう少し、視線を抑えてください」
そこに仕事あがりらしい地味な私服を着たリヴカが釘を刺した。
「ん? ああ、すまん。仕事は終わったのか?」
「ええ。あとは先導者の件だけです。もう少しで来るはずなんですが……」
「――へぇ、こいつかい」
そんな声のすぐあとに、蔵人の脳裏に障壁が破壊されたときのガラスの割れるような感覚が響く。
まったく反応できかった。
ナイフである。食事用の先の丸まったテーブルナイフが、蔵人の障壁を破壊して、背後の壁に突き刺さっていた。
テーブルナイフに破壊されたのは七つ星以上のハンターが協会で買うことのできる低位混合障壁の魔法具『守護星Ⅰ』で、蔵人が龍華国の慰労会において黒陽の抑えとして参加したことの報酬として得たものである。
だが、たとえ蔵人が持つ自律魔法の障壁に比べて強度が低いとはいえ、テーブルナイフ程度で簡単に破壊できるものではなかった。
「なんだ、障壁頼りのハンターか。こんなのが役に立つのかい?」
「ラケルっ」
椅子を一つ挟んだところで食事をしながら蔵人へナイフを投げた女がそう言うと、リヴカが眦を釣り上げて食ってかかった。
蔵人は背後に刺さったナイフからラケルという女に視線を向ける。
人種の女だった。癖っ毛を荒っぽく編んで頭に巻きつけ、杖の要素を融合させたような弓を背負っている。着込んだ革鎧も弓使いらしく左右非対称で軽装だったが、鎧の下には身体にぴったりと密着するタイツのようなものを着こんでおり、露出はない。
人種の女にしては鍛え上げられた身体をしており、特に目を引くのは左肩よりも一回り太い右肩であった。
「いくらあなたでも許されませんよ」
「ふん。肉を切ってたらちょっと手が滑っただけさ。あんたにふさわ――」
「――余計なことは言わないでください。公然の秘密とはいえ、内部機密です」
言い合う二人だったが、口ではリヴカに敵わないらしく、ラケルは拗ねたように視線を逸らして何気なく蔵人を見た。
咄嗟に、腰の小剣に手が伸びていた。
いつのまにか、腰を浮かせていた。
「……どうかしましたか?」
そんなラケルの様子にその視線を辿って蔵人を見ると、リヴカも言葉を失った。
人を人とも思っていないような酷薄な瞳と、言いようのない不気味さが、そこに在った。
ラケルは舌打ちをする。
敵を『物』としてみる蔵人の目つきは、いけすかない一級市民が二級市民を見下すときの目に似ていて、癇に障った。
「……なんだいその目は」
「――ラケルっ、そもそもあなたが悪いのですよっ」
リヴカの叱責にラケルは面白くなさそうな顔で残っていた肉を口に放り込むと席を立ち、そのまま離れたところで蔵人たちをちらちら見ては姦しく騒いでいた女の集団に近づいていった。
見せもんじゃないよっなどとラケルの声が聞こえてくるが、蔵人にとってはどうでもいいことである。
蔵人をほっと一息つくように臨戦態勢を解き、ナッツを口に放り込んだ。
「面倒見も良くて、悪い人じゃないんですが……最近クランのメンバーが仕事中に亡くなりまして、ちょっと苛立っているようです」
「悪い人じゃないって言葉ほど信用できないもんはないんだがな。それより、あれはなにもんだ?」
「……ラケルは四つ星ハンターで、とあるクランの部隊長をしています」
ラケル・ダヤン。
後衛の魔法弓士としてレシハームではそれなりに有名であった。
所属するクランの名は『ショシャナーの娘子』といって、レシハームの黎明期に男手の多くが兵士に駆り出されてハンターが足りなくなったときに結成された。当時は、有志の未亡人や戦災孤児による女だけのクランであったが、今では本拠地であるナザレアでも一、二を争うクランとなり、レシハーム全体で見ても十指に入る、歴史あるクランであった。
「あっ、来ましたね」
リヴカの視線の先に一人の少年がいた。
少年はリヴカを見つけるとすぐに駆け寄り、一言二言言葉を交わすと、蔵人を見て名乗った。
「牙虎族のシャムシドが子、ファルシャだ」
少年というよりも、少年と青年の間、中学生かそれくらいで、目つきや言葉遣いからも気の強さが一目で分かった。
赤茶色の髪や虎耳、ゆらゆらと動く尻尾。口の両端からは八重歯を少し長く大きくしたような小さな牙が見えている。身体は頭一つほど蔵人よりも小さいが、年齢を考えれば十分に大きいほうで、その身体つきもしなやかである。簡素な革鎧と小さな盾、短剣を身につけていた。
「七つ星、クランドだ」
お互いに自己紹介が終わったところでリヴカが口を開こうとしたが、先にファルシャが吠えた。リヴカはしまったという顔をする。
「――勝負しろっ」
「――帰れ。……いや、俺が帰ればいいだけのことか」
あっさりと帰ろうとする蔵人に驚くファルシャ。周りには他のハンターもいる。よもや見習いからの挑戦を避けるとは思わなかった。
立ち上がり本当に帰ろうとする蔵人に、ファルシャを抑えながらリヴカが慌てた様子で言い縋る。
「こ、この子はちょっと直情的なだけで、悪い子じ……いえっ、確かに礼儀知らずで考えの足りないアレな子ですがっ、もう少し、もう少しだけ検討してください」
正直過ぎるほど正直な言葉だったが、だからこそ嘘はなさそうな気がした。
蔵人はじろりとファルシャを見る。
「な、なんだよ。そうさっ、おれは学校にも行けなかったし、頭も悪い。礼儀作法なんて知らねえよっ。でも父ちゃんからハンターのイロハは学んだし、け、計算くらいはできらあ」
ようするにハンターとして生きる分の知識はあるらしい。
「じゃあ、勝手にやれよ」
「ぐっ……それは」
顔を赤くして唇を噛み締め、俯いた。
「勝負なんて、別に俺が強かろうが弱かろうがどうでもいいだろ。俺が先導者をやって、お前が独り立ちする。そしてあとは仲間とパーティを組めばいい」
リヴカが認める程度の腕はあるなら、あとは規則としての先導を受け、独り立ちすればいい。お互いに損のない取引、いや多少蔵人の労力と時間は損になるが、それはイライダの言う先達の務めとやらである。
「それはっ」
「――これなら、次の勝負はあたしの勝ちね、ファルシャ」
少女、いやファルシャと同じくらいの女の子の声に、ファルシャは耳と尻尾をピンっと立てて勢いよく振り向く。
そこにはふふんと鼻を鳴らす犬耳の少女とさきほど蔵人に絡んだラケルがいた。
「……うるせえっ、ニキ」
「覚えてるわよね? 次の勝負に勝った方がリーダーになるって」
「知ってるさっ。おまえなんかに誰が負けるかっ」
「あら、でもあなたの先導者はやる気なさそうよ? 師匠がそれじゃあねえ」
ぐぅっと黙り込むファルシャ。
そんな二人の様子を他人事のように見ている蔵人を見て、ニキと呼ばれた少女の先導者らしいラケルが蔵人に問いかける。
「……アンタ、先導者を受けるんじゃないのか?」
「あんたに関係あるのか?」
「まださっきのこと根に持ってるのかい? 小さい男だね」
蔵人はラケル無視して、リヴカに確認する。
「一種の名義貸しみたいなもんでいいんだよな?」
リヴカは頷く。
「あまり大きな声では言えませんが、そうする他ありません。クランドさんにはハンターとしての基礎的な力と知識や判断力の確認をしていただき、ファルシャさんが十つ星ハンターとしてやっていけるかどうか見ていただければそれで結構です。欲を言えば先導する間に鍛えてもらいたいところですが、短期間では難しいでしょうし、そもそもハンターとしての型が違いすぎます」
「……だからって、十つ星の面倒くらい見れるだろう」
「あんたが見たらどうだ」
なおも口を挟んでくるラケルにそう言ってやると、微かに悔しげな顔をした。
「……うちは女しかだめなんだよ」
「ならぐだぐだ言うな。まあ、精霊魔法なら教えてやれないこともないんだが」
「ああ、ダメダメ。ファルシャに精霊魔法を使わせるくらいなら、石でも投げたほうがよっぽどいいから。何を勘違いしてるのか筋肉で精霊が動いてくれると思ってるんじゃないかな」
「う、うるせえっ」
ニキの揶揄にファルシャは文字どおり牙を剥く。
「となると近接戦闘だが俺は力任せに振り回すだけで、獣人種の戦い方を知らない。ああ、雪――」
「――自信がないのかい?」
蔵人の言葉を遮って、ラケルが挑発的に言い放った。
男ならこれで頭に血が昇るはず。そうすれば先導者も受けるだろうし、その手腕を確かめることもできる。
だが、そんなラケルの思惑は肩すかしを食らう。
「――ないな。まだハンターになって二年ちょっとだ、そんな自信あるわけないだろ。ほとんどが狩りの延長で……ああ、毒とかなら――」
「そんな卑怯な真似できるかっ」
ファルシャが怒鳴り、ラケルは呆れたような顔をした。
獲物相手にはむしろ推奨される行為だが、人相手にやっては決して褒められない。
しかし蔵人が持つ手段はそんなものばかりである。
「おまえの助けなんてなくたって、女になんか負けねえよっ」
ファルシャの言葉にニキと、そしてラケルが目を細める。ラケルのこめかみには青筋が立ち始めていた。
「お前より強い女なんて腐るほどいるぞ?」
蔵人がそう言ってみるも、ファルシャは空気を読む気配はない。
「はん、どうせ遠くからこそこそと精霊魔法を放つだけだろ。魔力が切れたら、それで終わりさ」
ラケルのこめかみにはっきりと青筋が浮き出ていた。ラケルは魔法弓士であるが、矢を用いての近接戦闘でも男顔負けの腕を持っている。
「お――」
「なら、イライダ・バーギンの前でもそれを言えるか?」
ラケルの堪忍袋の緒が切れる前に蔵人が言った。
ハンターならばイライダの名前くらいは誰でも聞いたことがある。
ファルシャにニキ、ラケルまでも目を丸くして蔵人を見た。
「あ、あれは」
「あれも女だぞ? それもとびっきりの。ちなみに、俺は勝てた試しがない。それにオーフィアなんて相手にしてみろ、近づくまえに一瞬で灰にされるぞ? マルノヴァのエルフの職員やアルバウムの女騎士、龍華国にいる大星って奴の妻も手に負えない。あとはまあ、女っていうよりメスだが、凄まじく凶暴なのがうちに一人いる。ちなみに俺が知っている中で一番強いし、俺は一度も勝ったことがない」
蔵人の言葉を聞いて、ラケルが小声でリヴカに尋ねる。
「……やつはイライダさんと知り合いなのか? それに他のは誰のことだ?」
未だ見たことすらないが、ラケルはイライダのファンであった。女性ハンターの憧れというやつである。
「クランドさんの先導者はイライダさんです。あと、オーフィアさまは月の女神の付き人の筆頭女官長ですよ、知っているでしょう? それにマルノヴァのエルフというのはおそらくエルフの森からの出向者でしょう。ニ百年以上前のことですがエルフ攫いが流行ったことがあり、外に出るエルフはかなり腕が立つと言われています。他は分かりませんが、最後のは多分猟獣のことでしょう」
「先導者……イライダさんを超える猟獣ってそんな化物が」
「強いです。イライダさんのことは知りませんが、少なくとも月の女神の付き人十二番隊女官長のソフィリスさんは百回やっても勝てないとおっしゃっていました」
一般的な付き人は一概に強いとはいえないが、女官長はもれなく強い。ほとんどの女官長は一つ星程度の力は持っている。
「……ところで、なんであいつはそんな女ばかり知ってるんだ?」
「……たぶん、かなりの女性好きなのかと。あのラロさんとは少し方向性が違いますが、聞いたところでは月の女神の付き人たちをじっと観察していたり、先程も椅子に座って女性ハンターを眺めていました。なんというか、行動パターンそのものに女性が組み込まれているという感じで、だから遭遇率が高いというか」
「……大丈夫なのか、それ」
「ソフィリスさんやサディさんの言葉を信じるなら、基本的には無害だそうです。……まあ確かに見るだけのようで、お尻を触ったりなどはしないようです。……節操はなさそうですが。あなたも含めてほとんどの女性ハンターや職員を見てましたから」
「……気持ち悪っ。性格も面倒くさそうだし、アタシは生理的に受けつけない。アンタは……」
「私も気の多い人は苦手です」
「……どうだか」
「――そ、そんな特別な奴らとこのちんちくりんを一緒にすんなよっ」
ファルシャがニキを見て叫ぶ。
「な、なんですってぇ」
蔵人は溜め息をついた。
間違ってもフェミニストなどとは言えないが、目の前で好きなものを見下されているのは腹が立った。言うまでもないが、好きなものとは女性のことである。
それに、このままでは少々危うい。
「――なら、好きにしろ。聞く耳を持たない、死にたがりの先導者をやる気はない」
「誰が死にたがりだっ」
「女だからと侮って油断するんだろ? 十分死にたがりだ。そんな奴がハンターになったところで死ぬだけだ。女盗賊に殺されるか、女のハンターに喧嘩を売って返り討ちにあうか。俺は自殺の手伝いをする気はない」
蔵人は興味のなさそうな目でファルシャを見つめた。
「そんなっ……こと……」
黙り込むファルシャ。
これでも先導者が必要なのは痛いほど分かっていた。ハンターにならなければ食いぶちを稼げない。
リヴカと何度も話し合った。ひとまず師匠とかそういうのは別に探すとして、まずはハンターとして独り立ちをする。
それは分かっている。
だけどそれと同じくらい、強くなりたかった。すぐにでも。
普通の先導者は師匠を兼ねている。ファルシャにとっては父親がそれだった。蔵人よりも強く、逞しかった。でも、もういない。
先導者になってくれる者が鍛えてくれる微かな可能性に賭けていたが、蔵人は人種で、精霊魔法を主体とした人種らしいハンターである。近接戦闘は期待できなかった。
蔵人、リヴカ、ラケル、ニキの視線がファルシャに集まっていた。
そして――。
「……悪かった。さっきの言葉は、撤回する」
頭こそ下げなかったが非は認めた。
これにはニキが驚いたような顔をする。
「わ、わかればいいのよ」
元々パーティを組むくらいである。そこからさらに馬鹿にする気はないらしい。
そして、ファルシャはくるりと蔵人を見る。
「……先導者を、お願いしたい」
そしてそう言った。
元々そう言うつもりだった。だけど蔵人の貧弱そうで何を考えてるか分からない顔を見たら、つい叫んでしまっていた。
蔵人は一つ息を吐く。
「――同じハンターなんだ。それ一言で済む話だ。まあ、あまり役に立てそうもないが、先導者を受けよう」
性格こそ違えど、かつて蔵人も立場は同じだった。
誰も先導者がおらず、このままでは正式にハンターにはなれないところだったのを、イライダが先導者を買って出てくれたのだ。
先導者としてファルシャにしてやれることは少ないとはいえ、自分が何もしないわけにはいかない。主義も思想も、こればかりは関係なかった。
蔵人の言葉を聞くと、ファルシャはぱっと顔をあげてまじまじと蔵人を見つめてから、くるっと振り返ってニキに吠えた。
「――おれは負けないっ。師匠なんていなくたって、おまえみたいなちんちくりんに誰が負けるかっ」
そこに女のくせに、というニュアンスはなかった。
「な、なんですってえっ、こ、この考えなしのあほちんっ」
「あ、あほちんだとっ、バーカバーカ」
「誰がバカよ、猫のくせにっ」
「猫じゃねえ、虎だっ。なんど言わせんだよ、この犬っころっ」
「犬じゃないわっ、狼よっ」
ぎゃーぎゃーと言い合う二人はどうみても犬と猫がじゃれあっているようにしか見えなかった。
「まあ、そういうわけだ。あまり期待しないでくれ」
「ありがとうございます」
蔵人がそう言うと、リヴカが微笑んで礼を言うが、そこにラケルが割って入った。
「シッシッ、これ以上近寄るんじゃないよっ」
「ラケルっ」
リヴカがすぐに叱る。
蔵人は酷薄な目を向けた。蔵人にとってはまだ、油断のならない相手であった。
「……だけど、さっきは色々と悪かったよ」
ラケルは小さくそう言った。
素直に謝られれば蔵人とて引きずる気はない。
「あ――」
「――だけど、あんたはダメだっ。絶対に、ダメだ」
蔵人の返答の前に、ラケルがそう言ってリヴカを引きずっていった。
何を言っているのか分からない。いや、なんとなく想像できるが、まるで小学生のようにしか見えなかった。ダメもくそも、そもそもそんな関係ですらないのだから。
「……ファルシャたちと似たようなもんか」
「子供と一緒にするなっ」
蔵人の感想に、去りかけていたラケルがわざわざ振り返って、怒鳴り返した。
同じじゃねえか、そんな言葉が喉まで出かかったが、どうにかこらえた。
「そういや、今、どこに住んでんだ?」
先に雪白と面通ししておいたほうがいいかと、蔵人はファルシャを連れて夜道を歩いていた。
昼間の雪白はうだるような日中の暑さで不機嫌なのだから、ファルシャのためにも夜のほうがいいだろう。
「孤児院さ」
「門限とか大丈夫か?」
「本当ならオレは孤児院に入れる年齢じゃないし、それに見習いとはいえハンターだからな。門限なんてない」
そんな話をしながら、家に到着した。
中に入って、ファルシャを招き入れるが、その足がぴたりと止まった。
「こ、こ、こっ……」
背筋を冷汗が流れた。だらだらと。
ファルシャは無意識のうちに尻尾を股に挟み込もうとするのをどうにかこらえるが、その虎耳はぺたりとしおれてしまっていた。
大型の虎を優に超える巨大な雪豹。
それがドアの正面に待ちかまえてファルシャを見据えていた。
雪白である。話すよりは見せたほうが早いと、ファルシャには話していなかった。
「そいつが雪白、そして……ああ、その後ろで尻尾にじゃれついてる緑鬣飛竜の変異種がアズロナだ」
蔵人から説明を受けてなお、ファルシャは動けない。根源的な畏怖と強烈に惹かれる何かに完全に混乱してしまっていた。
牙虎族。剣虎系獣人種と分類される彼らはアンクワールにいた猫系獣人種のミルと同じように、始祖と伝わる存在に死した祖先が集合して形成される神、アンクワールでいう父祖神霊を信仰していてもなんらおかしいことではない。実際、ファルシャの遠い遠い祖先は信仰していた。
しかし、ファルシャは元はアスハム教徒で、今は精霊教徒。つまりは唯一神を信仰している。心の底から感じる根源的な畏怖や無条件の親しみを覚える相手は神のみであるはずだった。
だというのに、ファルシャは今それを雪白から感じてしまい、信仰と本能がせめぎ合いを起こしてしまっていた。
ファルシャが落ち着くまで、蔵人は椅子に座って待つことにする。
雪白がじっとこちらを見つめてくる。
外へ行きたいのである。うだるような暑さの日中はどうでもいいが、夜は外へ出たい。だが蔵人がいなければ外へは出られなかった。
入口近くで待っていたのも、ファルシャを睨んでいるように見えたのも実はこれで、雪白はジロリとファルシャを一瞥しただけで、あとはどうでもいいとばかりにその横にいた蔵人を見つめていたのだ。
「まあ、ちょっとだけ待ってくれ。こいつはファルシャっていうんだが、実は先導者になってな」
蔵人はざっくりと説明を始めた。
しばらくすると、ようやくファルシャが動き出す。
「お、おっさん、こ、こ、こいつは、なんだよっ」
ファルシャは蔵人をおっさん呼びしている。先導者として認めはしたが、師匠ではないため尊敬まではしていないらしい。
先導者から師匠という部分を抜いた、お互いに義務を果たしているだけという関係に落ち着き、蔵人もそれを気にしていない。若く見られたいとも思っていないし、年齢的にももうすぐ三十路でおっさんの範疇といえなくもないだろう。
「だから猟獣だ」
「使役者をひとひねりにできる猟獣なんぞいるかよっ。むしろおっさんが使役されてるって言われた方が納得できる」
「……いるんだからしょうがないだろ。ああ、もう少し態度を改めたほうがいいと思うぞ?」
「はん? 今頃礼儀だなんだ…って……いぅ……」
ファルシャの言葉が尻すぼみになっていく。
原因はファルシャの言葉を聞くたびに不機嫌そうになっていく雪白の鋭いまなざしだった。
「まあ、今日のところは面通しだ。じゃあ、明日な」
「ああ。……って、おっさんはどこに行くんだ?」
「雪白を散歩に出したら、寝る」
「……そうか」
翌朝。
雪白たちを迎えに行ってから、協会でファルシャと合流した蔵人は人がまばらになってきた頃を見計らってリヴカのいる受付に向かった。
「……しょぼ」
ファルシャが自信満々で受けようとした依頼はあっさりとリヴカに却下され、蔵人が選んできた草玉亜種、赤草玉の討伐依頼を見てぼそりと呟くファルシャ。
赤草玉は獣人種が幼い頃に遊びで狩るような相手である。
「はい、これならかまいません」
驚いたようにリヴカを見るファルシャ。
自分の実力も、父と共に赤草玉を狩ったことがあるのも知っているはずである。
「さきほどの依頼は十つ星とはいえパーティ推奨です。今のあなたは単独狩猟者ですから許可できません。基本的に先導者は手を出さないことは知っていますね?」
ファルシャはまだ見習い。リヴカには拒否する権限があった。
「角ネズミの討伐くらい一人でもやれるっ」
正式名称は砂漠角鼠といって、畑を荒らす憎いやつである。
「ここはあなたがいた自治区ではありません。一からやり直すつもりで励んでください」
にべもないリヴカ。
ファルシャは背後にいた蔵人をぎらんと睨む。
基本的に先導者は口出ししないが、身の丈に合わない依頼を訂正したりはする。ファルシャが受けようとした依頼を許可することもできたが、常識知らずを自認する蔵人は、基本的にこういう場面でリヴカに逆らうことはない。
「地道にやれば先導なんてすぐに外れるだろ」
もっともな言葉であったが、ファルシャは納得いかないような顔をして黙り込んだ。
「――おっ、クランドじゃん。ちょうどいいところに」
隣の受付に現れたラロ。
「久しぶりだな」
あの呑み以来である。
「実はうまい話があってな。とある輸送の護衛なんだが、一緒に受けないか? 盗賊がでるらしいんだが依頼の報酬もいいし、倒した盗賊一人につきカネもでる。盗賊の根拠地を潰したら護衛で山分けしていいってよ」
話を横で聞いていたファルシャは目を輝かせた。
経験が積めるかもしれない。それにおこぼれももらえる可能性がある。荷物持ちだっていいのだ。父が死んでしまい、孤児院にいるとはいえ肩身は狭い。金が必要だった。
「――先導中なんだ」
「かまわねえよ。あの猟獣がいればそんな心配する必要はないだろ?」
「……俺は護衛依頼は受けないんだ」
「ああ、ならしゃあねえな。お前の猟獣がいれば随分楽になると思ったんだが」
流れのハンターにはそれぞれにこだわりがある。ラロは護衛依頼を受けないということをそんな風にとったのであった。
「す、……また今度誘ってくれ」
安易に謝ってはならない。サディからの教えである。
ラロは手をひらひらとさせて協会を出ていった。
「……なんで受けないんだよっ」
「ラロに言ったとおりだが」
「はんっ、随分余裕があるこって。あんな猟獣がいるんだ。さぞかし良い暮らししてんだろうなっ」
「まあ、食うに困ったことだけはないな。なんだ、金に困ってんのか。自分の依頼の分は全部自分のもんにしていいぞ?」
「赤草玉でどうやって食えってんだよっ」
ファルシャが叫ぶ。
蔵人が確認するようにリヴカを見ると、リヴカが説明した。
「赤草玉から取れる赤石は肥料として扱われますが、無傷のものを二十五個で四シーク、パン一ついえ、半分くらいでしょうか」
「そういやサレハドでもそんなもんだったか。まあでも孤児院にいるんだろ?」
「だからっ、本当ならオレは入れるような年じゃねえんだっ」
ようするに肩身が狭いということらしい。
「だが、追い出されないんだろ? 虐待でもされてるのか?」
「……そんなことは、されてない」
「なら、我慢しろ。そして地道にやってとっとと独り立ちして、恩返しでもなんでもするといい。環境が許してくれるなら、それに甘えろ。自分の力に合った依頼を選べるようになって、焦らず真面目にやれば、そんなに時間はかからないだろ。その腕はリヴカも認めてるんだしな」
「……」
「食事くらいならたらふく食わせやる。まあ、そのへんの魔獣肉で、自給自足だがな」
どうにか依頼を受けた蔵人は、ふと思い出す。
先導を始めるときに酒を一杯奢るのが古い習わしで、蔵人もイライダに強い酒を一杯呑まされた。
「……子供に酒はまずいか」
「子供じゃねぇっ」
「いえ、子供です。お酒を否定はしませんが、あなたにはまだ早いです。悪しき慣習です。……ハンターの経験は浅いのに随分古いことを知ってますね」
「イライダに呑まされた」
「なるほど。巨人種は古い慣習にこだわりがありますからね」
「ああ、じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
おれにも古い慣習をさせてくれっと叫んでいるファルシャを無視し、蔵人は立ち上がった。
その夜のこと。
蔵人は雪白とアズロナ、そしてファルシャとともに荒野にいた。
赤草玉。
ミド大陸の草玉は大地を転がって草や低木を絡め取る魔草であったが、赤草玉は少しだけ物騒で生き物に噛みつく。といっても上手く食べられるのは小さな魔虫くらいなもので、生態は草玉とほとんど変わらない。
何かを近づければ反射的に噛みつくので、木の枝なんかでつつけばすぐに捕獲でき、短剣で表面を削って中の赤石を取り出せばいいだけである。
夜ということもあって見づらいが、難しいのはそれだけ。雪白がいるため、他の魔獣が襲ってくることもない。
仕事前にあれだけ噛みついていたファルシャだったが、今はぶつくさ言いながらも、赤草玉を捕えては切り裂いて赤石を取り出していた。しかし――。
「だぁっ、こんな悠長なことやってて強くなれっかよっ」
根本的にこらえ性というものがないらしい。地道にやるということの意味が分かっていても、どうしても焦ってしまう。
「ん? まあ、獲物待ちで半日や一日、十日くらい待ち伏せすることもあるだろ」
「嘘つけっ、おっさんはそんなことする必要はないだろっ」
ファルシャは蔵人たちの近くでアズロナの格闘訓練を尻尾でしていた雪白を指差した。
「確かにあまりないが、雪山で合計三百六十日くらいほら穴に籠って精霊魔法を練習し続けたことはあるぞ?」
「そんな生活に余裕のある、イカれた人種の贅沢な道楽訓練なんぞ知るかよっ、こっちは自分の口を養いながら強くなんなきゃならねえんだよっ」
確かに食うに困ることだけはほとんどなかった。しかし食料がなくなったとき、獲物をとる力がなければ死んでいただろう。決して楽な道ではなかった。
だが比べることなど不可能で、蔵人はひもじさを想像することしかできない。
「じゃあ、どうする」
「とっとと独り立ちさせろ」
「それはまだ無理だな。ちゃんと判断力がつくまではとリヴカからも言われてるしな。多分俺が許しても、リヴカが許さんだろ」
「じゃあ、おれと戦えッ」
なんでそうなると蔵人はうんざりする。
「だから、おまえがきちんと判断力を養った方が早い。俺と戦ってもなんの解決にもならな――」
「――そんなことは知ってらっ。だけどやっぱり、強いか弱いかもわかんねえ奴の風下に立つのは気に入らない」
獣人種は個の力を重視する。力を示せばそいつに従う。大人であればその傾向はそれなりに落ち着くが、子供はまだ本能の部分が強かった。
「だから、ぶっ」
雪白の尻尾が蔵人の口を塞いだ。
視線を向けると、極めて不機嫌な雪白の顔があった。
雪白は苛立っていた。だが何も礼儀などという面倒なことを言いたいのではない。
単純に力関係の問題で、身の程知らずの小僧が気に入らないのだ。
人として生きるなら人のルールを、獣として生きるなら獣のルールを順守するべきである。
どっちつかずなファルシャが目障りだった。
少なくとも蔵人はファルシャより強い。そして自分は蔵人よりも当然強い。であるのに、なぜこいつはこんなに態度がでかいのか。
アンクワールのミルという少女の素直さや健気さを知るだけに、同じような気配のするファルシャの行動が余計に腹立たしかった。
「なんだよっ、また猟獣に――」
ぎらりと雪白の双眸がファルシャを射抜き、ファルシャは息を詰まらせた。
雪白が顔をくいっと向ける。ついてこいという意味である。
ファルシャは身を縮めて、まるで首根っこを親猫に掴まれた子猫のように雪白にせっつかれながら、雪白の尻尾の指示に従った。
「――で、なにをさせるつもりだ?」
広々とした荒野で蔵人が雪白に問うと、尻尾でファルシャを指す。
「……戦え、と」
ファルシャが増長したのは蔵人がしっかりしないせいだと言いたいらしい。
「望むところだっ」
ファルシャはぱっと飛び退き、短剣を抜きながら全身に身体強化を作用させる。
「……まあ、しょうがないか」
先導者になったのだから、多少なりとも諭すべきかもしれない。
「武器はそれだけか?」
「……貧弱な人種にはこれで十分だ。おっさんこそ、なんでそのハンマーを抜かない。その盾は飾りか」
「まあ、やってみればわかる」
「馬鹿にしやがってっ」
年若いファルシャにはケイグバードを奪ったミド大陸人への反感は薄い。
だがそれだけに、レシハームや近くの租借地で貧弱そうな身体の人種が大きな顔をしているのは面白くなかった。
ファルシャは一気に駆けだす。
だが一歩踏み出したところで、後方にのけ反った。
蔵人が石精魔法で放った拳大の砂玉が額を打ったのだ。
「……ぺっ、てめえっ」
ダメージは大きくない。ファルシャは勢いよく跳ね起き、口に入った砂を吐き出すと今度はジクザクに動いて蔵人をかく乱しようとする。
だが、横に二歩ほど進んだ瞬間、またしても狙い澄ました砂玉に足を打たれてたたらを踏む。さらに、全身に砂玉が襲いかかる。
「くそっ」
反射的にそれらを避けるが全てを避けられるわけもない。
どれだけファルシャが近づこうとしても、蔵人に肉迫することすらかなわなかった。
蔵人は球壁すら形成せずに同時行使を行い、一度に二十もの砂玉を発射、さらにそれを連射し続けていた。
「……まあ、こんなもんか」
最後にはかわすこともできずに、二十の砂玉を何セットも受けて倒れるファルシャ。
「まだ――」
「十回以上は死んでんじゃないか?」
蔵人の言葉に遮られ、悔しげに唸るファルシャ。
砂玉がもっと殺傷能力のある精霊魔法なら、まさしく蔵人の言うとおりである。
だがファルシャは立ち上がる。肩で息をしながらも、闘争心は衰えていない。
「接近戦なら負けねえ」
「接近戦か……手加減できないんだ」
精霊魔法ならばどうにか手加減もできるが、力任せの振り回しと一撃必殺しか磨いていない蔵人には接近戦の手加減ができなかった。ファルシャの接近戦がそれなりのものだと察するがゆえに、余計に手を抜けない。
「ぬかせっ」
吠えるファルシャを横目に蔵人がちらと雪白を見ると、雪白は頷いた。
「……まあ、仕方ないか。死ぬなよ?」
蔵人は両肩にある飛竜の双盾をずらし、その握りを掴む。
「精霊魔法さえなければっ」
飛び込むファルシャ。
蔵人は繰り出される素早い短剣をどうにか盾で受け止めながら、まるで猫のような動きのファルシャをさばいていく。
確かに言うだけあって、近接技術は高い。現状でも技術だけなら蔵人よりも上かもしれない。
だが、一つ星ハンターを遥かに凌駕する雪白と、年がら年中戦うことで養われた戦闘勘と反射神経を持つ蔵人にとっては対応できない速度ではない。
「くそっ、くそっ、くそっ、なんでだっ」
避け方は素人臭いのに、身のこなしは獣じみている。持っている盾も鬱陶しい。
「があぁぁああああっ!」
ファルシャは後先考えずに強化魔法を最大まで引き上げた。長く使えば使うほど、あとの反動(筋肉痛)が酷くなるが、短時間で仕留めるつもりであった。
ファルシャの速度が急に上がった。
突然のことに、蔵人はファルシャを見失う。
気づけば、すぐ横に短剣の切っ先があった。
すんでのところで避ける蔵人。
「ちっ」
また消える。高速で死角に飛び込んでいるらしい。
そして再び、横。
今度はしっかりと受け止めながら、蔵人はカウンターの体当たりをくらわした。
ふっとぶファルシャを見ながら、武器をおさめる蔵人。
「ふざけんなっ、負――」
跳び起きてさらに突っ込もうとするファルシャだったが、その瞬間に雪白に踏みつぶされた。
ファルシャの頭は、雪白に抑えられていた。
「くそっ、卑怯だぞっ」
「まあ、終わったしな」
「まだ動けるっ」
蔵人は無言でファルシャに近づくと、盾の片割れを持ち直し、その平らな面を大地に打ち付けた。
「はっ、おどしなんて……」
雪白に踏みつぶされながらも見えた蔵人が殴った大地には、杭が刺さった後のような穴がいくつも空いていた。
「特殊な盾でな。不用意に近づくと身体に穴があく」
「くそっ、武器の力に頼りやが――」
まだ吠えるファルシャの顔の横に、鉄の塊を落としたかのような蔵人の拳が突き刺さった。
大地を抉って、埋没している。『全力の一撃』であった。こんな一撃を受けてしまえば、顔がふっとぶだろう。当るかどうかは別としても、魔法や武器だけのハンターではないことは嫌でも分かった。
「これでも負けを認められないなら、俺は先導者を辞める。俺はな、強さだけを見て人を判断するやつが心底気に入らない」
巨人の手袋の隙間からぽたぽたと血を流しながら、蔵人はファルシャに冷たい目を向けた。
蔵人は子供の扱いなど知らない。元は用務員といっても相手は高校生で、ある程度分別がある相手であり、ファルシャほど幼くはない。
子供好きでもなく、どうにかして育ててやろうなどとは思えなかった。
実のところ、この世界の現実と蔵人の意識は若干ずれている。強い者が幅をきかせる。それが現実である。獣人種であるなら余計にそうしてしまうもので、子供ならなおさらだった。
経験の浅いファルシャに、ラケルのようなベテランでも感じとれない蔵人の力が分かるわけもなく、心底から納得できないのも致しかたないと言えた。強さを求めるがゆえになおさら。
雪白もそれが分かったからこそ、蔵人とファルシャを戦わせた。
子分に舐められては、群れの統率などできないのだから。雪白はそれが本能的に分かっていた。
「……ぐぞぉっ」
ファルシャは涙を流して、荒野に拳を叩きつける。何度も、何度も。
それを、雪白が尻尾で立たせた。
「……なんだよ」
慰めるのかと思いきや、手放した短剣をファルシャにもたせ、今度は雪白が対峙する。
「ちょ、いや、さすがに」
――ぐぉんっ
黙れ、小僧。とでも言うように唸り、そしてファルシャの顔を軽く尻尾でひっぱたく。
本当に弱い。子供の平手うち程度の威力しかない。
雪白はそれを一度、二度、三度と続けた。
頬を張られるごとにファルシャは挑発だと気づいていき、そして頭に血を昇らせた。
「ざけんっな、この毛玉野郎っ」
がむしゃらに襲い掛かるファルシャ。
だが一瞬にして、夜空に高く舞い上がった。
一撃だった。
意識がふっ飛んだファルシャを雪白が受け止めて咥えると、ぽけっと見ていたアズロナに尻尾を巻きつける。
――ぎ、ぎぅうう
しごかれる。
本能的、経験的にそう感じたアズロナは蔵人に救いを求めるが、蔵人はただ見送るだけだった。
「まあ、ほどほどにな」
――がうっ
雪白は一つだけ唸り、荒野の夜に消えていった。
アズロナの微かな嘆きを、響かせて。
あくる朝。
蔵人が門の前で雪白を待っていると、荒野の先で暁に染まる雪白としごかれてへとへとになり、土埃にまみれて歩くファルシャとアズロナの姿があった。
そして蔵人に気づくなり、
「……おっさんも大変だったんだな。なあ、アズロナ」
――ぎゅ……
同じようにしごかれ、二人の間に友情が芽生えたらしい。
すると突然、倒れるファルシャ。
蔵人がやれやれとファルシャを担ぎあげようとして気づく。
寝息を立てるその幼さを残した顔には、どこか満足げな笑みがあった。
「――おれも行くっ」
幾日かそんな日が続いたある日、ようやく申請の許可が降り、サディを連れて自治区に向かおうとしていた蔵人にファルシャが言った。
「駄目に決まってるだろ」
「駄目です」
だが当然のように蔵人とリヴカにばっさりと却下されてしまった。
2月25日、用務員さんは勇者じゃありませんので4巻、発売予定となっております<(_ _)>