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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第五章 砂漠と荒野の境界で
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102-住処

 魔獣車を取り囲む検問所の兵士たちの指示で、サディから順に蔵人たちは魔獣車を降りようとしていた。

 するとサディが降りた矢先、頭から羽織っていた黒い薄布が乱暴に剥ぎ取られる。

 兵士はサディがアスハム教徒であることなど考慮した様子は一切なく、身体検査をし、市民証をひったくる。

「……黄色か。よし、連れていけ」

 二級市民の中でも恭順を示した時期の違いで扱いに差があった。『黄色』は下から二番目、最も遅くに恭順した『赤色』よりも待遇は良いが、検問所の検査等が緩い『青色』や『緑色』ほどの信用はなかった。

 恭順した当時は子供であったため、こればかりはサディのせいではないのだが、結婚しようとも死ぬまでその色が変わることはない。


 サディのあとから魔獣車を降りようとした蔵人を、検問所の兵士は乱暴に引きずり降ろし、制圧する。

 乾いた地面に熱烈な抱擁をした蔵人は、魔獣車酔いもあってその衝撃に胃液が込み上げてくる。

「――まあまあ、抵抗なんてしないから、さ。紅蓮飛竜(アフティン)狩りで疲れてるんだよ」

 ラロは大人しく両手首を揃えて差し出した。蔵人を押さえ込んでいる下っ端兵士ではなく、その上官らしき兵士に向けて。

 何も薄情だからそうしているわけではない。

 ラロは重く頑丈な金属の拘束具を嵌められながらも、握っていたカネをこっそりと押しつけ、紅蓮飛竜の角や牙を積んでいる魔獣車に視線を向けた。


 検問所の兵士たちは紅蓮飛竜の報復行動がどこかの集落であったとは聞いていなかった。それがもし本当ならば、テロの片手間で狩れるものではないが、あらかじめ準備していたものとも言える。

「月の女神の付き人たちはおっかないし、ハイスケルトンどもは睨んでくるし、あんたらの職場も大変だな」

「――黙れッ」

 兵士が持っていた頑丈な杖で殴られ、ラロもそれ以上は何も言わなかった。

 この程度で済んだのはラロの能力、もしくは経験則から処世術と言ってもいいだろう。敵愾心を相手に抱かせず、世間話のように自分たちの事情と背景を説明した。賄賂にしても見逃してくれというよりは、丁寧に扱ってくれという意味合いのものである。

 当然、それで兵士が大人しくなるわけもないが、拘束中やその後の扱い、釈放の時期がそれによって格段に違うことをラロは経験上知っていたのである。



 そうして三人は検問所の魔獣車に乗せられて移動し、しばらくするとナザレアにある地下牢に放り込まれることになる。

 地下牢では魔法の類は全て使用禁止であり、牢番に感知されればただではすまない。さらに牢の四方は金属の格子で囲まれ、拘束具と同じくたとえ精霊魔法と言えど早々に破壊できそうになかった。

「……やれやれ、分かっていたこととはいえ、また厄介になるとは」

 蔵人と同じ地下牢に放り込まれたラロが呟いた。サディは別の牢に入れられたらしく、ここにはいない。

「また?」

「元は山の民だろうがミド大陸の流民なら分かるだろ? 罪があろうがなかろうが、怪しければ放り込まれ、身に覚えのない罪で罰せられる。まあハンターになってからはほとんどなかったがな」

 蔵人はできるだけ街に関わらないようにしていたため、さすがに牢に入れられることはなかったが、龍華国の大星がそんなようなことを言っていたのを思い出した。

「――出ろっ」

 ラロは存外落ち着いた様子で、兵士に引きずり出されていった。



 ラロと違って牢など慣れていない蔵人はどうにも落ち着かない。

 いつもは一緒にいる雪白やアズロナもいない。装備も全て没収されている。

 幸いにも前もって魔導書や雑記帳といった秘匿しなければならない情報は、食料リュックに収納可能な魔法教本の間に挟んで隠してある。情報を抜きとられる恐れだけはなかった。

 だがそれでも、拘束、ようするに逮捕されることはどうしようもなく不安にさせた。

 現代日本において、事と次第によっては逮捕されるだけで社会的に死ぬ。本来であれば裁判で有罪判決がされない限りは罪人ではないはずだが、一度逮捕されると会社を解雇されたり、周囲から白い目で見られ、最悪所属している共同体にいられなくなることすらある。

 よしんばそれが日本特有のものだとしても、日本ほどの法治国家ではないこの世界での拘束は拷問や冤罪を想像させ、蔵人の精神を少しずつ追い詰めていた。

 だがそれでも、あえて拘束されたのには事情があった。



 骨人種の集落を出発する間際のことである。

 月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)の女官長であるソフィリスから聞かされたのは、自治区の出入り口にある検問所で、おそらく拘束されるということだった。

 『岩の雨』はあくまでもテロ行為への報復である。

 テロが事実なのか、それともレシハームによる自作自演なのかは分からないが、『岩の雨』によって攻撃されたということはレシハームのどこかでテロが発生したということに他ならない。

 テロには当然犯人やその支援者がいるわけで、テロが起こったであろう時間帯の前後に自治区内にいた怪しい人物は拘束されることが多いのだとか。

 ようするに、見せしめである。

 たとえ拘束した者たちの中に犯人や支援者がいなかったとしても、骨人種に関われば拘束される。濡れ衣を着させられる。そうなれば骨人種を支援する者はいなくなる、という寸法である。

 よって、ソフィリスが同行して蔵人たちの潔白を証明しようとも、その場で拘束されることだけは免れなかった。


 逃げることも難しい。

 骨人種の自治区にはいくつもの集落があり、砂漠に隣接するとはいえそれなりに広い。

 だがそのほとんどはレシハームによって壁に囲まれており、外に出るためにはいつかどこかで壁の合間に作られた検問所を通る必要があった。

 もちろん壁を魔獣が破壊してしまったり、自然災害で壊れ修繕されていない部分もあって抜け出ることも不可能ではないが、自治区に入るときに検問所で名前を残しているため、その人物が期限内に戻らないとなると最悪、テロリスト扱いで指名手配されてしまう。

 つまり、捕まると分かっていても、行かざるを得ないのである。


 そこで問題になったのは雪白とアズロナである。

 蔵人が拘束されるとなるとその猟獣も当然拘束される。だが雪白を拘束できる兵士などいるわけもなく、雪白が仮に大人しく拘束されたとしても、雪白への恐怖から痛めつけられる恐れがある。アズロナに至ってはレシハームで嫌われている飛竜であり、考えるまでもないことである。

 そこで万が一にも暴れてしまえば、いや暴れていると言われてしまうだけで、最悪殺されてしまい、その罪は蔵人にも波及する。


 そうならないために、雪白とアズロナはソフィリスが預かり、蔵人たちは一度拘束されることになったのだった。

 拘束されてきちんと解放されるならば、周囲の者が蔵人たちを罪人のように扱うことはないらしい。それは何も法意識が高いというのではなく、拘束の事実が公表されるわけではないため、それを一般市民が知らないというだけのことであるが。


 暗欝な気分の蔵人の耳に、カツカツと兵士の靴底の音が聞こえてきた。

 蔵人の不安は否応なく高まっていった。



*****


 

 ハンター協会ナザレア支部に月の女神の付き人から、蔵人とラロ、サディが拘束されたとの報告が入ったのは、蔵人たちが牢に放り込まれてから丸一日ほどが経過したときのことであった。

 ソフィリスもすぐにナザレアに向かったのだが、厳戒態勢の検問所を通過するためにかなりの時間を要してしまったのである。

 月の女神の付き人がこれまで一度もテロ行為に手を貸したことがなく、その活動を黙認しているレシハームからそれなりに信用があるとはいえ、国の機関でもなければ、権力があるわけでもない。

 ハンター協会への強力な干渉力を持つとはいえ、それをむやみやたらに使ってしまえばレシハームとの衝突は避けられず、その活動に支障をきたしてしまう。 拘束されずに正攻法で検問を通過出来たということで、良しとしなければならないのが現状であった。

 

「……ええ、ラロさんは私の母のために行ってくれました。た、確かにあまり真面目な人ではないですが、なんていうんでしょうか、ええっと、真面目じゃないからこそテロなんて真面目なことをしないと言いましょうか。それに損得にすごく左右されますので、テロの支援なんていうお金にならないことはしないかと」

 副支部長に聞かれ、ラロの担当である胸の大きな職員のハンナは正直過ぎる説明をする。


「一年以上塩漬けになっていた依頼を受けてくれたハンターで、そもそもこの大陸に来たのも最近なようです。サディさんとも付き合いは長いですが、テロに加担しているという話は聞いたことがありません」

 蔵人の応対をした堅物そうな職員のリヴカは簡潔に答えた。


「そうか。ならこちらからも抗議を入れておこう」

 ハンター協会は決して独立的な組織ではない。国の下にある組織であるため、国に従わなければならないことも多かった。

 しかし依頼を仲介するだけが仕事ではなく、時にハンターを律し、時にハンターを守ことも仕事である。

「ほ、本当ですかっ――あ痛っ」

 普段はレシハームの顔色を窺ってばかりの副支部長がその重い腰をあげたとあって、ハンナはそれに正直に反応し、それを諌めるべくリヴカに足を踏まれた。

「……まあ、言いたいことは分かるがね。この件に関しては月の女神の付き人の女官長も直々に足を運んでいる。君たちにも聞いたように彼らの経歴も調べた。私はかのハンターたちの関与は薄いと考えている」



 リヴカとハンナが戻ってくると、受付はちょうど一日で最も暑い頃を迎えており、受付を訪れる者もおらず、協会のロビーは閑散としていた。

 ロビーがそんなありさまでは受付に座る女性職員もだれるというもので、なんとも弛緩した空気が流れていた。

「で、どうだった?」

「うちからも抗議してくれるって、支部長がっ」

 ハンナがだらしなく椅子に座っている同僚にそう答えると、暇そうだった他の同僚たちも集まってきた。

「へぇ、あの支部長がね」

「月の女神の付き人の女官長が直々に来たから何かと思ったけど。けっこう大物なのかしら」

 蔵人と応対したリヴカに視線が向けられる。

「さあ、どうでしょう。受けた依頼が女官長と知り合いのサディさんのものでしたから、その関係ではないかと」

「ああ、そういうこともあるか。まあ、男だしね」

「で、ハンナ、どんな奴だった?」

 リヴカはジロリと同僚を睨む。なぜハンナに聞くのか、と。

「だってあんた、男見る目ないじゃん。ラロみたいなのに引っかかるハンナもハンナだけど、当事者じゃないぶんマシだし」

「ら、ラロさんとはそんなんじゃ、わたしが勝手に……もにゅもにゅ」 

「……」

 リヴカ・シモンズ。二十五歳。他の同僚は頭に巻いた三つ編みに色とりどりの紐を組み込んでいるが、リヴカは最低限の白紐のみ。身長は百六十センチほどで、スタイルは至って普通。全体的に地味で堅物という雰囲気が漂っている。

 死んだ両親がレシハームに移住した二世で、仕事に真面目な職員。

 ただ残念なことに男を見る目があまりない。それは本人も自覚しているが、そもそもそれほど結婚したいとも思っていない。婚前交渉の禁止など律儀に守る真面目な精霊教徒ということもあって男女交際には堅く、精霊教の教義的に離婚なども容易なことではないことで、駄目男に深入りすることなく今に至っている。

 だがそのせいで二十五歳にもなって独身である。

 レシハームでは娘が十六歳になると親が結婚話を探し始めるのだが、リヴカには両親がおらず、親族も少ない。さらにレシハームの人口は決して多いとは言えず、男女ともに働く傾向にあり、仕事をそつなくこなして現場で頼られることの多いリヴカは出会いというものからも遠ざかっていた。

 そしてもう一つ、大きな理由があった。


「……えと、クランドさんは元流民の方です。見た目や雰囲気はちょっと不気味というか、何を考えているか分からないというか。保護区に行こうとするくらいですから優しい方なのかなとという気もしましたが、ラロさんの同行に否定的だったからそれも違うような。あ、あたしの母親のことがあるので、そう思ってしまうのかもしれませんが……」

「いえ、おおよそ合っているかと思います」

 リヴカの顔を見て、同僚はあちゃあという顔をした。

「なんですか、その顔は」

「いやだって、そのハンター、あんたの担当になるんでしょ?」

 この支部では七つ星以上のハンターやクランにそれぞれ担当がついており、一人の職員が何人かずつハンターを抱えている。それはハンターの力を把握して効率的に仕事を回すためであり、ある程度職員間に競争意識をもたらすためでもある。合理的で商売上手なレシハーム人ならではの制度であった。


 すでに最近到着したハンターの振り分けは職員たちの争奪戦によって決められており、ハンターの選別に興味がなく皆に譲っていたリヴカが残り物をとるような形で蔵人の担当になるのは間違いなかった。

「……おそらくは」

「そんなよくわからないハンターとかに惹かれるの、あんた得意じゃん」

 ハンターに独身の女性職員もしくは男性職員を担当としてつけることで、優秀なハンターをレシハームに取り込むこと、それがこの制度の狙いでもあった。

 これは、リヴカが結婚しないまま放置された理由でもあった。


「惹かれるも何も、あまり興味ないです」

「……へえ、珍しい」

「それに七つ星にしては優秀だと思います。単独で報復行動を起こさずに紅蓮飛竜を一頭間引いたようですし」

「駄目っていうのはハンターとしての力のことじゃないんだけどねえ」

「ほっといてください。……そろそろ礼拝の時間です」

 暑さのピークであるが、それが精霊教徒としての定めであった。この時間に出来なければ他の時間にやってもいいという抜け道もあるが、可能な限りはこの時間にやることになっていた。

 気だるげに自分の席に座る者、リヴカのように真面目に席に向かう者。その態度はさまざまであるが彼らは思い思いに、水滴や土塊といった殺傷能力のない第三級魔法レベルの精霊魔法を行使し、浮かべたそれに向かって祈りを捧げた。


 

*****



 蔵人の腹に拳が突き刺さる。

 召喚されてから三年余り。蔵人の身体は雪白の訓練もあってか、部分鍛錬した腕以外はどうにかこの世界の一般兵ほどにはなっている。元々がひ弱な現代人が、過酷な世界の住人に追いつけたのだから、それだけでも上出来である。

 だがそれでも、身体強化された兵士の拳に耐えられるわけはなく、拳と自らが座るただ硬いだけの石椅子に挟まれてうめき声を漏らした。まるで腹に勢いよく鉄球を落とされたような衝撃だった。

「で、ハイスケルトンどもの保護区で何をしてたんだ?」

 もう何度聞かれたか分からない問いである。

「だから、言ってる、だろ。二日で集落について、調査して、月の女神の付き人を手伝って、紅蓮飛竜を間引いて、二日で帰ってきた」

 その言葉に嘘はない。

 だが何度も同じように答える蔵人に、尋問している兵士は苛立っていた。

 元流民である蔵人が保護区にいる反乱分子に情報を渡すか、その仲介をしたに決まっていた。でなければレシハームに入港してすぐに保護区に入ろうなどと思わないはずである。

「キサマァっ」

「――よせ、やり過ぎるな」

 さらに蔵人の顔を殴ろうとしていた若い兵士を先輩らしい兵士が止めた。

 蔵人がこの暴力的な尋問を耐えることができたのは、この若い兵士の暴行がエスカレートする前に他の兵士が止めるからであった。そうでなければ、拷問慣れしているわけでもない蔵人は、犯してもいない罪を認めていてもおかしくはない。


 それからしばらくして、十数時間ぶりに蔵人は牢に戻されたが、そこにラロの姿はなかった。

 蔵人は痛む身体に、周囲にばれない程度のほんの僅かな治癒を施しながら、冷たい牢の床に寝転がる。

 蔵人にはもう、ソフィリスが話を通してくれていることを信じて待つほかなかった。



*****


 

 紅蓮飛竜の角や牙は劣化が始まっていたが、だからこそ最近に狩ったものだと判別できた。協会で受けた正式な依頼もある。前歴にテロ行為に関わった記録はなく、そもそも入国して日も浅い。

 さらに、月の女神の付き人の女官長が直々にこのハンターの行動を報告しに訪れ、協会からも不当な拘束だと抗議が入っていた。

 さらに大きいのは、自治区の情報源から何も証拠が送られてこないことである。

「……釈放だ」

 罪をでっち上げるにしても、こいつは相応しくない。背景が面倒過ぎた。

「ですがっ――」

 上官の言葉に、蔵人を尋問していた若い兵士は怒りを露にした。

 今回のテロでは一名の死者が出ている。その死者とは無関係であるが、過去に若い兵士の身内はテロの犠牲になっていた。

 レシハーム建国からいくつかのテロ方法があったが、現在の手法は火のついた毒性の強い煙木を、壁の外から投げ込む。もしくは、潜入したテロリストか、内応した旧ケイグバードの民が毒性の強い煙木の煙をばらまき、精霊魔法を用いて急拡散させる。

 そんな至って単純なものであった。

 だが、それだけのことが防ぎきれない。

 コストがかかり過ぎて、街を覆う障壁を広域魔法具で常時張り続けるわけにもいかない。

 精霊魔法による警戒にしても、一つや二つは漏れて街に落ちてしまう。そうすると今度は探すほうが大変で、その間に被害者が出る。内部で煙を拡散された場合はさらに被害は大きくなった。

 解毒薬は開発出来ているが、発見が遅れると後遺症が残るか、死亡する。それに解毒薬が開発されると、未確認の有害な煙木に切りかえられてしまう。


 多くは未然に防ぐか、水際で阻止できるのだが、十に一度は死者が出た。

 もちろんその報復は十分にしているが、それで死んだ者が生き返るわけもない。

「お前も分かっているのだろう? これは決定事項だ」

 上官はそう言って話を切り上げ、若い兵士は悔しげに顔を歪めた。



*****



 拘束されてから三日後、蔵人とラロは釈放された。サディは先に釈放されたらしい。

 蔵人は身体に痣が出来る程度で大きな怪我はないが、ラロは口や目元に傷があり、さらに身体の動きは重い。釈放されてから急速に治癒しているようだが、その速度は蔵人よりも遥かに遅かった。

「昔の悪戯がばれたってところだ。身から出た錆さ。まあでも、マシなほうだな」

「それでか?」

「ああ、たぶんあのハーフエルフの色っぽい女官長さんがどうにかしてくれたんだろ。そういう意味ではクランドとサディさんのお陰だな。……よし、出所祝いはオレの奢りだっ」

 蔵人とラロの扱いの違いは、その経歴にあった。

 特定のコミュニティとあまり関わらないできた蔵人の経歴は表向きまっさらである。だがラロは一般市民から何かと倦厭される流民として生まれ生きなければならなかったため、まっさらとは言い難い。幼少期には盗み、若い頃には酒場で暴行事件、つまりは喧嘩を起こしたこともある。中には濡れ衣もあるのだが、そんなことを考慮するような兵士ではない。

 月の女神の付き人とて、知らないことは語れない。

 隊こそ違えどこれまでなんだかんだで関わってきた蔵人の過去はそれなりに報告できるが、ラロについて知っているのは自治区にいる間のことだけである。

 そういった背景の違いが、ラロならば多少痛めつけも文句はでまいと兵士に思わせ、蔵人よりも厳しい尋問を行わせたのであった。どちらも拷問でないだけマシともいえるのだが。


「いや、俺は雪白を迎えに」

「ああ、そうか。ならとりあえず協会に行くか。出所祝いはそれからだ」

 どうしても呑みたいらしい。




 協会に到着すると、ソフィリスとサディが待っており、蔵人とラロは礼を言った。

「いえ、もとより証拠のない拘束のほうが不当ですので、お気になさらず。それに、我々の活動に協力していただいた方を裏切るようなことは月の女神もお許しになりませんから」

 ソフィリスがそう答えると、サディが蔵人の前に一歩進み出た。

「私の依頼のせいで、ご迷惑をおかけしました」

 サディが胸に手を置いて謝罪した。

 黄色の二級市民とはいえサディはレシハーム人であり、本人の経歴にも後ろ暗いところはない。ソフィリスとも関係が深く、死んだとはいえその夫は緑色の二級市民であった。さらには厳しい尋問などしてしまえば死んでしまいかねない老婦人ということもあって蔵人たちほど乱暴には扱われなかったのだった。


「いや、まあ、気にしなくていい」

 どうせサディの依頼を受けようが受けまいが自治区には入っていただろうし、保証人になってもらったのは蔵人のほうである。テロが起こることを予見などできないのだからどうしようもない。それはラロも同じである。

「で、雪白たちは……」

「魔獣厩舎のほうで待っていただいています」

「……食費、大丈夫だったか?」

 懐は空っ風が吹いている。最悪の場合は虎の子の金粒で、と蔵人は考えていた。

「いえ、むしろこちらが護衛されていたようなものです。雪白さんは鬼気迫る様子で魔獣を狩っていましたし、アズロナさんは心配そうになさっていました」

「そうか」

 ふと見ると、ラロはハンナにお礼を言われていた。例の植物はソフィリスが無事ハンナに届けてくれたようである。


「それで、今後の依頼なんですが……」

 サディが心配そうな声で尋ねる。

 蔵人が受けた飛竜の間引き依頼はまだ予定数に達していない。

 だが、こんなことがあってはキャンセルもやむなしというのがサディの思いであった。

 こうなることが推測できたかといえば、そのどちらとも言えなかった。

 サディが自治区に入ったのは随分前のことであったが、運よくテロは起こらなかった。もちろん話には聞いていたが、まさか国が呼びこんでいるハンターにまでそんなことをするとは夢にも思わなかったのだ。

 二級市民同士の情報網もそれなりにあるが、身分上あまり迂闊なことを言えない。中には率先してレシハームに密告する者がいるのである。

 だが甘いと言われれば、それを否定することもできなかった。


「……受けた以上はやる」

 その言葉にサディはほっとしながらも、それでいいのかと問うような目で蔵人を見た。

 正直なところ、きつい尋問を経験し、レシハームに関わりたくないという思いを強めていた。そのうえ冤罪などたまったものではない。

 だが、やれる依頼を放り投げ、サディを見捨てて逃げだすというのも気に入らなかった。それに怪我こそなかったが、岩の雨に巻き込まれたことも、あの尋問にも腹が立っている。

 さらにいえば、逃げ場所がなかった。

 レシハームを訪れる船はあるが、出ていく船は少ない。いや、正確に言えば客を乗せる船が少ないのである。これはレシハームのハンター確保の一環であるらしい。そのうえ懐も乏しく、稼がないことには話にならなかった。


「ほ、本当ですか」

「ああ。だが、冤罪は困る。狩りもままならない」

「それについては、うちから人を出しましょう」

「……忙しいんだろ?」

 ソフィリスの言葉に蔵人が返した。

「報復させずに紅蓮飛竜を狩るほどの余裕がないというだけで、ひとりくらいなら問題ありません。それにサディの護衛も必要でしょうし、他の集落の様子も気になります。視察のついで、と思っていただければ」

「いや、そっちが出してくれるなら、サディさんは」

「行かせて下さい。お邪魔かと思いますが、私がいることで多少なりとも意味はあるはずです」

「……このまえみたいに集落で待ってるなら」

 話はついた。

 するとそこへ、近くで待っていたらしい堅物そうな女性職員、リヴカが姿を見せた。


「ご無事なようでなによりです」

「俺もそうだが、ラロが随分と痛めつけられたがな」

「……こういう状況下ですから、ご寛恕いただければと思います」

「まあ、あんたに言っても仕方ないか」

「……失礼かとは思いましたがお話は聞かせていただきました。今後もこちらで活動されるのですね?」

「……腹は立つが依頼が残ってるし、先立つものもない。このままじゃあ船にも乗れない」

 そうですかと言って、リヴカが姿勢を改めて蔵人をまっすぐに見た。


「――本日よりクランドさんの担当となりましたリヴカ・シモンズと申します。今後何か依頼を受けるときは私にお願いします。なお私が不在のときはハンナにお話し下さい」


「……担当?」

「レシハームの協会ではそういうルールとなっております」

 蔵人はちらとラロを見た。

「ああ、オレの担当はハンナだ。ハンナがいないときはそこのリヴカ、さんに依頼を紹介してもらってる」

「……わかった」

「それで今まで宿はどちらを」

「野営だ」

「はっ?」

 リヴカはさすがに耳を疑った。まだ、雪白をじかに見ていないのだ当然ともいえる。

「宿が高くてな」

「……家を借りませんか?」

「いや、保証金を動かせないから金がな」

「協会の持ち物ですから格安ですし、税金もかかりません。支払いは受けた依頼の報酬から天引きするという方法もあります」

「ゆき……猟獣が――」

「門の直近の家はどうでしょうか。そこと門を行き来するだけなら猟獣を街に入れても問題ないように取り計らいます」

「面倒事が――」

「一度拘束されていますし、所在をはっきりさせておいたほうが疑われにくいかと思います。所在の不確かな野宿では疑ってくださいと言っているようなものです」

「……必死だな」

 借金はしたくないが、逃げ場所がない以上、捕まらないように生活していくしかない。リヴカの提案をのんだほうが良さそうであった。


「それだけ魔獣被害が多いのだとお察しください」

 レシハームの協会職員は、ハンターを掴んで放さないと言われている。さらに商売人気質でもある。

 それに蔵人は七つ星とはいえ、少なくとも紅蓮飛竜を狩ることのできるハンターである。他の支部にでも行かれたらそれだけでリヴカの失点となるだろう。

「では、さっそく行きましょうか。手続きは早いほうがいいです」

 出所祝いをしたがっているラロはともかくとして、ソフィリスやサディまでついてくる。

 ハンナも仕事を忘れてついて来ようとしたが、リヴカに睨まれてすごすごと戻っていった。


 どうもソフィリスは雪白とアズロナに挨拶していきたいらしい。いない間に随分と仲良くなったものである。

 そういえば筆頭女官長であるオーフィアも会ってすぐに雪白と交渉してしまうようなところがあった。エルフとはそういうものなのかもしれない。

 貸家に到着するなり、蔵人は家をぐるっと見てから、あっさり、

「ここでいい。が、あとは雪白次第だな」

 猟獣の意思次第だという蔵人の言動にリヴカは首を傾げるが、蔵人はとっとと魔獣厩舎に向かってしまう。

 リヴカは慌ててそれについていった。


 雪白、そしてアズロナを見て、リヴカは目を丸くした。

 猟獣登録はされていたが、ここまで大きいとは思わなかったのである。

「――というわけで家を借りるんだが、いいか?」

 そんなリヴカを放置して、色々と省いて問いかける蔵人に、雪白はちゃんと説明しろっと尻尾でぺしぺしする。傷がありそうな場所を避けているあたりはさすがである。

 心配し過ぎるあまり、鬼気迫る勢いで野生の魔獣に当り散らしていたことなど露ほどにも感じさせなかった。

 だがアズロナは違っていて、蔵人に会うなりその背中に抱きついたまま離れず、安心した様子で蔵人の背に顔をこすりつけていた。

 その大きさ、そしてまるで家族が再会したかのような光景に、リヴカはしばらく呆然としてしまった。


「――で、こんなんでも入れるのか?」

 こんなんとはなんだっ、と雪白ががすがすと蔵人のわき腹を頭突く。アズロナのように、少しはスキンシップをしたかったらしい。

「あ、え、はい。猟獣登録してあるなら大丈夫です。一応、調べさせていただきますね」

 リヴカは雪白におそるおそる近づき、相手を魔獣といって見下さないように気をつけた。

 蔵人がそうしていたなら、そうするべきだと思ったに過ぎないが、内心では仕事とはいえ自分の行動に驚いたりもしている。

 レシハーム人、長く祖国というものを持たなかった精霊の民にとって魔獣は天敵であり、それは精霊教の経典にすら記載されていた。


 雪白もまた、蔵人の担当だとかいう女、リヴカを見つめた。

 まるで品定めをするような目に、ますますリヴカは見下せないという思いを強くし、そして蔵人がするように話しかけた。

「……人を食べたいと思いますか?」

 蔵人の肉を少々齧ったが不味かった。だからいらない。そう言いたげに首を横に振った。

 リヴカはそっと立ち上がる。そして不意をついて、隠し持っていたナイフを渾身の力で振り降ろした。

 蔵人へ向けて。

 協会職員は低位ハンター程度の力は持っている。強化魔法、そして精霊魔法も実戦に用いることが可能であった。


 雪白はそれを寝ていても止められると、その尻尾で柔らかく受け止める。

 その直後、火球が雪白の顔面を襲った。

――がうっ

 だが雪白は、それをパクンと食べてしまった。

 不味い。不満げな顔でリヴカを見つめる雪白。

「……唐突にすみませんでした。お詫びは後日に」

 肉で勘弁してあげる、と怒りすら見せない雪白。

 その姿にリヴカは自分の常識が崩壊していくのを感じていた。


「で、それでいいのか?」

 雪白ならどうにでもする。そんな奇妙な信頼を見せる蔵人にリヴカは頷いた。

「……え、ええ、手続き上、さすがに今日というわけには行きませんが、明日までには」

 もう日が暮れ始めていた。

「おっ、話は終わったな? よしっ、出所祝いだっ」

 蔵人は雪白に今日一日だけは魔獣厩舎で我慢してくれと平身低頭に頼み込み、へばりつくアズロナをひっぺがし、ラロに引きずられていった。

 厳しい尋問を受け、自分はあまり傷を負わず、ラロだけが深い傷を負ったのが気になっていた。呑みくらいなら付き合ってやるか、そんな気分だった。



 その後ろ姿をやれやれしょうがない奴だと言う風に見ていた雪白を見て、残された女たち、サディ、ソフィリス、リヴカはそれぞれ感想を口にする。

「やんちゃな子供をもったお母さんといったところでしょうか」

「年季の入った夫婦、しっかり者の奥さんとちょっとだらしない旦那さんのように見えました」

「……姉と年の離れた弟という感じにも」

 遠慮のない物言いであるが、女が三人寄ればこんなものである。

 さすがに失礼なことを言ったと気づいたのかリヴカはハッとして雪白を見るも、雪白はそのとおりだと頷いて同意し、アズロナはわけも分からずそれをまねているのだから、もう舌を巻くほかない。

 今後は何かあれば、この猟獣、いや雪白さんを通した方がいいかもしれない。

 真剣にそんなことを検討するリヴカであった。

 



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