挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

第五章 砂漠と荒野の境界で

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

104/142

101-払暁に星は降る

本年もよろしくお願い致します<(_ _)>


あらすじ:ジーバとの世間話でかるーくお願いされた依頼を果たすために、骨人種の自治区のとある集落に到着した蔵人たち。蔵人は自治区に入るために受けたサディの依頼で紅蓮飛竜の討伐を受けていた。
 
 荒野の夜がゆっくりと明けていく。
 空が蒼から白へ変わっていくと、活発に動き回っていた氷精と闇精は名残惜しげに去っていき、火精と光精がひょっこりと姿を現す。

 蔵人は深夜、周囲の様子のはっきりしない、最も気温が低くなる頃から起きだして、雪白とアズロナと共に集落の周辺を調べていたのだが、払暁の中で次第にその姿を露にする骨人種の集落を改めて目にし、その異常さに目を見張った。

 分神殿以外に目立つのは荒野と岩だけ。集落を囲む魔獣の侵入を防ぐための防壁すら、岩を積んだものでしかない。
 それ以外には細々とした畑がまばらにあり、刺々しい低木や僅かばかりのサボテンがぽつぽつと点在しているだけであった。
 岩は身の丈をはるかに超えるものから子供くらいのものまで様々あるが、骨人種たちはそれらを集めてどうにか住居としているようで、そこから黒い薄布を纏った骨人種や粗末な布を纏っただけの骨人種がぽつりぽつりと姿を現した。
 蔵人には薄布を纏っているのが女、それ以外が男か子供、というくらいしか分からないが、行動を見ているとその姿以外は人となんら変わらない。

 彼らは暗がりの内から分神殿に入って礼拝し、それから一日を始める。井戸から水を汲み、畑をいじり、気温が上がれば家に引っ込む。
 彼らは朝食をとらない。飢餓に強いという面もあるが、単純に食料が乏しかったり、日中は気温が高いためあまり活動しないから、ということでもある。
 精霊魔法を使えない骨人種の生活は、機械の発達していなかった頃の地球のそれとほとんど変わりなかった。

 そんな朝の日常の中を蔵人と雪白、その背に乗ったアズロナが歩いていた。
 怖れと憎しみの視線がどこからともなく突き刺さる。
 どちらかといえば雪白にではなく、蔵人、そしてアズロナにである。
 気にせずに分神殿の前まで来ると、
「――どこかへ行くなら声をかけてくださいね。形ばかりとはいえ、保証人ですから」
 黒い薄布を頭から被った初老の女、サディがそこに立っており、咎めるように言った。
「ああ、すまん。相手が相手だからな。実地で調べておきたかった。まあ、ほとんど雪白頼みだが。それより、ここは月の女神の分神殿じゃないのか?」
 反省の色があまり見えない蔵人に、サディはやんちゃな子供を見守るようなような目をしながら答える。
「ここは月の女神の付き人さんのご厚意で建てていただいたアスハム教の礼拝所です。そして、その厚意に応えて礼拝所の一部を月の女神の付き人さんたちにお貸ししている。……と、そういう建前になっています」
 レシハームの北にある厳格なアスハム教の国々においてはこんなこと許されないが、旧ケイグバードは宗教に寛容な国であったため、その住民であった骨人種たちもこんな不思議な礼拝所兼分神殿を受け入れていた。

「……俺も入れるか? 少し、女官長に用があるんだが」
 蔵人はアスハム教徒ではないし、当然女でもない。分神殿と礼拝所、どちらの条件も満たしていなかった。
「……どうでしょうか。聞いてみましょう」
 サディは近くにいた付き人に話をすると、付き人は足早に分神殿へと入っていった。
「ソフィリスとバムダド導師(イーフ)に聞いてくださるそうです」
 導師(イーフ)とは礼拝所ごとにいるアスハム教の指導者のようなものであり、権限はその礼拝所があるコミュニティに限定されていた。指導者といっても何か命じる立場にあるわけではなく、アスハム教の教えを噛み砕いて教徒に伝えたり、教徒の質問に答えたりする、コミュニティの相談役のようなものであった。

 返答を待っていると、雪白やアズロナが揃って大きな欠伸をする。
 それを見たサディは恐れることなく微笑ましそうに見つめていた。
「ラロはまだ?」
「ええ、明け方まで起きてらっしゃったようですから、そのまま夕方まで眠っているかもしれませんね。夜番の付き人さんにそれとなく監視してもらいました。実はクランドさんの監視も頼んだのですが、見事に振り切られてしまったようです」
 雪白に乗って移動していたのだから、追いかけられるはずもない。
「付き人たちと随分と仲が良さそうだが、女官長と知り合いなのか?」
「はい。こちらで活動するようになって、随分とお世話になっております」
「へぇ。……ああ、そうだ。聞きそびれてたんだが、なんであんたは紅蓮飛竜の角、いや間引きを俺に頼んだんだ? それこそあの女官長が率いる月の女神の付き人なら紅蓮飛竜くらいどうってことないだろ。それが仕事のようなもんだしな」
 その不味い肉以外、飛竜の素材は品質の管理が難しい。だがサディの依頼書にはそれについての但し書きはなく、どんな状態でもいいから骨人種の自治区内を縄張りにする紅蓮飛竜の角が欲しいとあった。
 ようするに目的は角ではない。というのが、丸わかりの、おかしな依頼書であったわけである。もちろん使い道のない角が欲しいという変人の依頼であった可能性もあったのだが。

 サディは蔵人の言葉を否定せずに、首を横に振った。
「月の女神の付き人はここ以外の自治区にも人を派遣しています。自治区の生活の支援、集落の修繕、襲来する魔獣の撃退で精一杯で、紅蓮飛竜の間引きにまで手が回らないのです」
 紅蓮飛竜は報復する。生半可に手を出すと報復として近くの集落が襲われてしまう。月の女神の付き人としては襲撃を撃退することはできても、十全な準備を必要とする間引きとなると手が足りないということらしい。

「だが、あんたの手にも余るだろ。それにあまり歓迎されてないようだし……」
 言いにくいことをはっきり言う蔵人に、サディは苦笑した。
 サディは二級市民である。ケイグバードからレシハームに帰属を変えた。それはレシハームから冷遇されることが分かってなお自治区で生きている元ケイグバードの民からしてみれば裏切り者といえなくもない。
 現に、サディに向けられる周囲の視線は蔵人ほどではないとはいえ、決して友好的なものばかりとは言えなかった。

「私は……ケイグバードの民とレシハームの民が共存出来ればいいと思っています。ゆえに、政府も頼れずに困っている自治区にかわって間引きの依頼を出しました」
「……共存か。それが理想なんだろうが、難しそうだな」
「なんの力もない老婆が偉そうにと思わなくもないのですが、それでも……」
 滅ぼしたレシハーム、滅ぼされたケイグバード。
 それぞれが持つ勝者の権利と敗者の憎しみを捨て去って共存するなどというのは所詮は理想、綺麗事、絵空事なのかもしれない。
 この世界に来てから、蔵人はそのことを身をもって痛感していた。
 だが誰もが理想を捨ててしまえば、この世に残るのは地獄だけである。ほんの一握りの勝者だけが幅を利かせる世界。そんな世の中で生きるのはつらく、蔵人自身もそんな世界で生きられるとは思っていなかった。
 ゆえに蔵人はサディの言葉に懐疑的である一方で、心の中ではそれが実現することを祈っていた。

「……それで、間引きの件は大丈夫ですか。難しいようでしたら放棄してくださってもかまいません。この土地に入りたいがためにこの依頼を受けたのだとしても、協会や政府に訴えるようなこともしません。私も依頼を偽っていたといえなくもありませんから」
 この依頼は放棄しても違約金が発生しない。
 しかし、間引き自体には成功しても、それによって紅蓮飛竜の報復行動が発生してしまった場合、莫大な賠償金を支払わなければならなかった。
「まあ、もう少し見て回って決める。雪白とも相談しなきゃならないしな」
「……失礼なこととは思いますが、もし間引きの計画が決まったなら、私とソフィリスに教えていただけませんか?」
「ん、ああ。そのほうが確実だな」
 もし失敗すれば事である。

「――ところで、これ食えるのか?」
 蔵人の目は分神殿の脇にあった畑に向けられていた。
 まだ小さいが、カブにも似た植物が荒野から顔をのぞかせている。
「それは賢者様が推奨してくださった救荒作物です。つい最近まで干ばつだったのですが、その作物のお陰で乗り切れました」
「……賢者さま?」
「ええ、アルバウム王国からレシハームの招きに応じて来たと聞いています。精霊教徒には精霊教の開祖である賢者レシハームの再来と言われていますが、干ばつ前はアスハム教徒にとっては関わりのない方でした。ですが、干ばつのときに信じる神の違う我々にもご尽力くださり、本当に感謝しております」

 つまりは、勇者である。
 レシハームにいるらしいとは蔵人も聞いていたが、ここまで影響力があるとは思っていなかった。だがさすがに勇者がいるからといって、はい帰りますというわけにもいかない。帰る船もしばらくないし、頼まれ事や受けた依頼もある。
 蔵人はへぇと相槌を打ちながら話をずらす。
「うまいのか?」
 そこでサディは初めて言い淀んだ。
「……いえ、はい、食べられないことはありませんよ?」
 不味いらしい。

 地平線のかなたから太陽が完全に姿を見せ、気温も上昇してきた。
 そこでようやく、分神殿から付き人が戻ってくる。
 サディが応対すると、申し訳なさそうな顔を蔵人に向けた。
「すみません。アスハム教の教徒でも女性でもないため許可できないそうです」
「そうか、なら仕方ないな」
 予想していたことである。
 蔵人は肩を竦め、上昇し始めた気温に鬱陶しそうな顔をしていた雪白やアズロナを連れて、昼寝に向かった。



 その夜、蔵人と雪白、アズロナは分神殿の裏手からそっと中へと侵入した。
 炊事場らしき場所で待っていたのは、ソフィリスと老人らしき骨人種であった。
「……なんだ、ラブレターじゃなかったのか」
 深夜、蔵人が紅蓮飛竜の現地調査に向かおうとすると、風が一枚の葉紙を運んできたのである。
「爺のラブレターでは不満かな?」
「不満に決まってるだろ。まったく、で、話はなんだ?」
「おやおや、オマエが中に入りたいというからこうして時間を作ったのだがな。まあ、ここならば分神殿でも礼拝所でもない。さすがに昼間は無理じゃがの。――この礼拝所の導師をしておる、バムダド=アターシュだ。これで一つの名前だが、バムダドとでも呼んでくれ。導師をつけてくれると面倒事は減る」
「蔵人、七つ星だ。こっちは雪白、そしてアズロナだ」
「私たちと致しましては夜に付き人に対して不届きな行いをする者もいるのであまり歓迎したくはないのですが、私の目の届く範囲で、ということで招かせていただきました」
 蔵人は納得する。
「そうか。まあ、多分、これっきりだ勘弁してくれ」
 口ではああいったが、半ば要件を予想していた蔵人は担いできた二つの束を下ろす。

「……木の根、ですか?」
「まあ、それに近い。これをな」
 蔵人は何も説明しないまま、炊事場で料理を始める。
「あんたら、何か食べられないものはあるか?」
「えっ、いえ、ありませんが……」
「海の物や虫類ならばいくつか戒律はあるが、それだけだ。だが……」
「館を使う気があるなら使ってくれよ」
 バムダドは蔵人が平然と『館』を使えというのに驚く。それがさも当然であるかのような、あまりにも自然な言い方であったから。

「火はないか?」
 宵も深まり氷精はいても火精はいない。
「……ほれ」
 バムダドは何も言わずに火を欲する蔵人を不審に思いながらも、指先を向ける。そこには、小さな火蜥蜴がいた。
 アズロナは少し前に会った子供の連れていた火蜥蜴を覚えていたらしく、蔵人の背によじ登って興味深げに首を伸ばす。
「……ああ、だからあんたらは火蜥蜴を連れてるのか」
 骨人種は精霊魔法を使えない。だが、主食は煙木の煙で火がなければ食べることができない。そのために火蜥蜴を幼い頃から飼いならすのだと納得した。
「……推測のとおりだ。ワシ以外の骨人種に知り合いがおるようだな」
「ちょっと砂漠と荒野の境界で見かけただけだ……、ああ、助かる」
 火蜥蜴が吹いた火自体が内包する火精に魔力を渡し、空中に火を維持する。火蜥蜴が火を吹き終わると、蔵人が維持している火精以外は綺麗さっぱり存在しないのだから、精霊とは不思議な存在である。

 蔵人はなぜか降りる気のないアズロナを背負ったままで『木の根』を細く刻み、炊事場にある鍋を拝借して炒め始めた。
 そこに砂糖と龍華国で手に入れた醤石を粉末状に砕いて入れてさらに炒め、適当な皿に盛りつけて、二人の前にぽんと置いた。
 バムダドはすでに人の姿となり、淡褐色の肌に白ひげの老人へと変貌していた。着ている黒い宗教服も相まって、厳粛な雰囲気を醸し出している。

「わざわざ館と火蜥蜴まで使わせてまで何かと思えば、木の根を食えとな。こんなものはそれこそ干ばつでもギリギリになるまで食わんな。もっとも、木自体が少ないが」
「一応エルフの血を引く者として、好んで食べたいものではありません」
「そうか? けっこううまいんだがな」
 そう言って蔵人は一人でパクパクと食べだした。
 雪白は見向きもせず、興味を示したアズロナの口に放り込んだりしていると、ついにバムダドが声を荒げた。

「何がしたい。おちょくりに来たのか?」
「まあ、怒らないでくれ。これは木の根じゃない。ゴボウ、こういう植物、農作物だ。こうして食えるってことをまず教えておきたかった。本題はここからでな」
 蔵人はもう一つの束に手をつける。今度のそれは、木の枝のように乾燥していた。
 そしてそれを中指ほどの大きさに切り、火をつけて、煙草のように口をつけた。

 ――グェホッ、グエヘヘンッ

 むせる蔵人。
 だが、バムダドは顔色を変えた。
「そ、それは煙木か」
 ――ゲェッフッ、オ゛ウ゛ッフッ
「ええい、吸えもせぬのに無理をしてっ」
 骨の老人に背を擦られる蔵人。
 できればソフィリスが良かった、などとはむせていて言えなかったが、それに気づいた雪白がジロリと蔵人を睨んでいた。当然、尻尾での介抱もない。

 蔵人はようやく声をだした。
「ま゛、まあ、煙木というか煙根というか。これをここに持ってくることが目的だったわけだ」
 あっという間に『館』を解いたバムダドは蔵人の手から煙木をひったくり、その味を確かめていた。
「……味はまあ、可もなく不可もだが、栄養はありそうだ。それに食べられる作物なら、万が一奴らに見つかっても焼き払われることもない。根ということは地中で育つのだろうし、そもそも見つかりにくいか……」

 蔵人はソフィリスにゴボウだけのきんぴらを差し出した。
「これくらいしか食い方が分からない。あとはせいぜい肉を巻いて食べるくらいだが、そのあたりはあんたらに任せるよ。この根は全部やる。ここで生かしてくれ。ああそれと、その煙根牛蒡とでも言ったらいいのか、一応俺も食べたんだが、継続的に食べた場合にどうなるかはちょっと分からない。そのあたりも調べてくれ」
 するとソフィリスは意を決して、きんぴらごぼうを口にした。
「……意外と、おいしいですね。これは砂糖と龍華国の醤石ですか。どうりで良い香りがしました」
「埋めれば勝手に育つらしい」

「――どこでこれを?」

 ソフィリスが蔵人をまっすぐに見て問うと、いつのまにか正気に戻っていたバムダドも蔵人を見つめた。
「ミド大陸にある冷たい砂漠の奥地だ。あとは、まあ秘密だ。俺が持ってきたってこともあまり広めないでくれ。ただの食料提供で問題ないとは思うが、テロリスト扱いされちゃたまらん」
 マルノヴァの竜山で、リュージを殺す算段しているときに、世間話程度の軽いノリで、怪盗スケルトンから頼まれた。
 などと言えるわけもない。ジーバから口止めされているわけではないが、ジーバとの関係はおおっぴらにするものでもない。
 ちなみに、ジーバが蔵人に頼んだときは密かに煙根としてくれと言われただけで、これが食べられるとは知らなかった。蔵人がゴボウに似てるなと思って、塩キンピラを作ったというわけである。
 そのときのジーバの顔はこの二人の顔とまったく同じで、木の根を食うなんてという顔をしていたが、食べたら納得し、モリモリ食べていた。

 バムダドは不意に蔵人に近づいた。
「さっきは煙が気になっていて見過ごしたが……」
 骸骨であるが、鼻を利かせているらしい、というのは伝わってきた。
「……なるほどの」
 蔵人の耳からかすかに漂う香りは、確かに骨人種、それも女を捨てて戦士となり、今も独りで戦ってくれている者のものであった。
 アスハム教にとって女が戦士になるということは、男とはまったく意味が違う。
 確かに戦士であるがゆえに女として振る舞う必要もなく、戦場で汚れることも許され、裁かれることもない。だが二度と女として認められることはなく、守られることもない。結婚することもかなわない。だからといって、男と同等に扱われるわけでもない。
 バムダドはとある少女を思い出し、密かに詫びた。

「――じゃあ、あとは好きにしてくれ」
「何か礼を――」
「さっきも言ったように俺は頼まれただけだ。報酬は……もうもらってる」
 これでジーバに頼まれたことは終わった。リュージ殺害に協力してくれた恩が消えたわけではないが、多少なりとも返せただろう。
 もしバムダドやソフィリスが何か理由があってレシハームに内通などしていたとしても問題はない。ジーバもジーバのルートから煙根牛蒡を流している。蔵人がバムダドに渡したものは、蒔く種は多い方がいいという程度のものでしかなかった。

 蔵人はそのまま紅蓮飛竜の実地調査に行こうと歩きだす。
 トトン タン タタン 
 どこからか楽器の音が聞こえてきた。何かを叩くような音。さらに、そこへ弓を弾くような音も加わる。
 楽器ともいえないような粗末な音、単調な音色であったが、なぜか耳を傾けたくなる素朴な魅力に溢れていた。
 彼らはこうして世界に鈍くなりがちな己の精神を保持している。彼らにとっては極めて重要な生活習慣であった。
 雪白やアズロナもなにやら機嫌よさげである。無意識なのだろうが、揃って尻尾を揺らせていた。

 ふと見ると、分神殿裏手の炊事場から漏れる小さな明かりが近くに転がる岩を照らしていた。
 炭らしき黒や、何か白い石で描かれた、子供らしい絵があった。
 拙い人骨の絵は背景が荒野なせいか一見すると地獄絵のようであるが、おそらくは家族のものである。それ以外にも、大人の描いた精緻な幾何学文様や風景画のようなものもある。
 蔵人たちはしばらく音に耳を傾け、いくつかの絵を眺め、それから紅蓮飛竜の調査に向かった。



 翌早朝、蔵人たちが集落に戻るとソフィリスとバムダドがさっそく畑に煙根牛蒡を植えていた。周囲に骨人種の大人がいないことから、実験的な栽培をしてここで育つか確認してから公表するつもりだろうと推測される。
 色々考えてるんだなと蔵人がそれを眺めていると、突然子供の骨人種が畑にわーと駆け寄り、何かをつつきだした。
 目を凝らしてみると、掘り起こされた畑から顔を出していたのは、崩れかけのゼリーのようなもの。いわゆる、スライムであった。

 ミド大陸では動く粘水(オートミュカス)、動く鼻水などと呼ばれ、エルフなどは生きた水精などと呼ぶこともある。
 かつては地上に生息していたのだが、ミド大陸全域で起こった精霊魔法同時覚醒の前後から姿を消し、しばらくして地中に生息していることが判明した。地中のごく浅い部分をゆっくりと移動し、命精のない有機物、主に魔獣の死骸や糞尿などを食べていると思われる。だがその身体に命精はないとされ、魔獣と精霊の中間、妖精に近い存在だと言われていた。

 なんとも牧歌的な光景に蔵人と雪白、アズロナは大きな欠伸を誘われ、そのまま適当な場所に小屋を作り、眠りに入った。

 そんな風に夕方から朝まで調査し、あるときはラロが欲しがっていた植物を採取したり、骨人種が岩や壁に描いた絵を見て回ったり、どこからともなく聞こえてくる原始的な音楽を枕に眠ったりとしている内に、蔵人たちがこの集落に到着してから五日が経過した。

「――紅蓮飛竜なんて狩らないんだろ? だとすると何かうまい話でもあるんじゃないのか?」
 夕方頃に起きて食事の支度をしていた蔵人の隣に、ラロが座って小声で言った。帰る時間を考えると明日には出発せねばならず、今日がリミットである。ラロはそう邪推するのも仕方のないことかもしれない。

 だがうまい話もなにも、集落の骨人種にゴボウを渡すという用事といえないような用事はもう終えている。
「あいにくだが何もない。……あんたは暇そうだな」
 蔵人の気配の変化を探っていたようだが、本当に何もなさそうだと知るとラロはつまらなそうな顔をした。
「暇も何も、こんなに早く見つかるとは思ってなかったからな」
 蔵人がゴボウを提供したせいか、蔵人がラロの欲しがっていた植物のことをバムダドに聞いてみるとすんなり採取場所を教えてくれたのだ。
 それからのラロは本当に暇にしているようで、日がな一日集落をぷらぷらしていたとサディから聞いていた。

「あ~あ、なんかうまい話でも転がってねえかな」
 そんなものはない、と内心で答えながら、蔵人は今か今かと肉を待つ二匹のために、せっせと肉を焼くのであった。


 その夜、ラロのイビキが聞こえてくる土のほら穴を背に、蔵人は音もなく分神殿の裏手に向かった。
 小さな明かりの漏れる炊事場に入ると、そこにはサディとソフィリス、バムダドが待っていた。
 すでに紅蓮飛竜の間引き計画は話してあったのだが、
「おそらく、大丈夫だと思いますが……」
 ソフィリスもバムダドも難しい顔をした。
 蔵人は七つ星だが、猟獣である雪白を間近に見て、計画を聞いて、問題ないとは思うものの、心配は拭えなかったのだ。そして――。
「私も行きます。本来は私たちがやらなければならないことですから」
 ソフィリスがそう言うと、バムダドもついて行くと言いだした。
 ソフィリスも、そしてバムダドも実のところ単純な実力は蔵人よりも上である。バムダドに至っては精霊魔法を使えはしないが、
「避けるか、耐えればいいだけのこと。近づいてしまえばあとはどうにでもなる」
 聞けば若い頃は戦士だったらしい。こんな辺境で暮らすのだから、ある意味当然といえば当然であった。
 蔵人が失敗したとき、群れを一匹残らず討伐することが二人の役目である。もちろんそのときには蔵人たちも参加するが、飛べる飛竜を残さず倒すことの難しさを考えれば、それはしたくなかった。

「――それでは、どうかよろしくお願いします」
 三人は頷き、そして集落を出た。



 岩場に隠れながら、雪白は鋭い視線を向けていた。
 岩山に挟まれた木々のほとんどない谷で、七匹ほどの紅蓮飛竜の群れを見つける。蔵人たちが何度も足を運び、目をつけていた群れの一つであった。
 だが、雪白が見ているのは同じ岩場に隠れている蔵人である。
 蔵人の視線はちらちらと斜め前方にいるソフィリスの屈んだ臀部に向けられていた。
 気に入らない。いや、狩りの最中に邪念どころか気配も漏れてる蔵人が悪いのだと、その首に尻尾を巻きつけた。
「……っ!」
 紅蓮飛竜とソフィリスに集中していた蔵人は驚いて声をあげそうになるも、声がでない。
 雪白の尻尾が首に巻きつくどころか、その口をふさいでいた。
 徐々に込められる力。
 蔵人は尻尾をタップするも、ぎりぎりと首は締まっていく。
 その間にも、紅蓮飛竜に動きがあった。



 それは一見すると狩りというよりも横取りであった。それ自体はよくある光景であるのだが―。
 背に大きなヒレを持つ大蜥蜴の咥えた大きな駱駝。それを紅蓮飛竜の群れが狙っていた。
 多勢に無勢であるが、頑強な抵抗を見せる大蜥蜴。
 相当の強者らしく、紅蓮飛竜の尻尾を咥えるとそれを振りまわし、他の紅蓮飛竜は手がつけられないようであった。
 すると一匹の紅蓮飛竜が大蜥蜴の前でホバリングし、どこからか捕まえてきた小さな蜥蜴を見せつけた。それは大きさ以外、大蜥蜴に良く似ており、紅蓮飛竜の足の指に鷲掴みにされ、キューキューと鳴いている。
 子供である。
 大蜥蜴の怒号が岩谷に響き渡る。
 だが紅蓮飛竜は掴んだ子供をドサリと下ろしてあっさり解放した。
 子供を助けてやるから、獲物をよこせ。
 ある程度知能が高いらしい大蜥蜴はそれに気づき、油断なく視線を這わせながら子供を保護すると、獲物を放棄し、ゆっくりと後じさりした。
 そしてある程度離れたところで反転すると、子供を咥えて一気に駆けだそうとした。

 そこに、火球が炸裂した。
 地上と空中から殺到する紅蓮飛竜の吐いた火球に、子供を庇う大蜥蜴はなすすべもない。
 子供が先に息絶え、最後だとばかりにその身を焼かれながら突進するも、リーダーらしきひと際大きな紅蓮飛竜に蹴散らされ、絶命した。
 あるいは知能が低ければ、子供を見捨てて逃げ切れたかもしれない。高い知能、もしくは高い精神性があるがゆえに、親子共々殺されてしまった、ともいえた。



 ずる賢く、強い。
 だが自然界の掟であるとしてもあまりにも残忍な方法であった。
 見ていた雪白も鼻先に深い皺を寄せ、盛大に顔を顰めている。
「……雪白、さんでしたか、私は気にしていませんから、放してあげてください。その、死んでしまいますよ?」
 雪白がハッと気づくと、尻尾で首を絞めた蔵人の身体から力が抜けかけていた。生きてはいるが、いわゆる『落ちた』状態というやつである。
 雪白が慌てて蔵人を放し、蔵人がソフィリスに活を入れられて復活、さらに狩りの準備を整えるまで、数分を要したのだった。

 ここからが、本番である。
 雪白に落とされて何故か妙にスッキリした蔵人は、邪念もなく雪白の背にしがみつき、前を見据える。
 飛竜たちは序列に従い内臓を食い終えると、残った肉を掴んで飛び立つところであった。
 一列になって巣へと帰っていくその後ろを、音もなく雪白が追った。
 先頭にいるのはリーダーらしき飛竜で、まるでその力を誇示するような飛び方である。

 そんなリーダーを狙う、わけもなく、狙いは今まさに飛び立とうとしている最後尾の紅蓮飛竜である。他の紅蓮飛竜よりも一回り小さく、序列的にも若い飛竜であることは明白だった。
 雪白は夜の闇を縫うように、静かに、しかし一条の光のように離陸した間際の飛竜の喉元に食らいつき、近くの岩陰に引きずり込んだ。
 紅蓮飛竜は助けを呼ぼうと食いつかれた喉に力を込めるも、口が開かない。
 雪白は牙こそ立てていないが強力に首を噛み締め、さらに尻尾をその口に巻きつけていた。これでは叫ぶこともできない。

 そこで、紅蓮飛竜の視界は暗転した。
 だがそれは意識を失ったからではない。突然、視界が黒く染まったのだ。
 理解不能な事態にそれでも暴れ、毒の尾で抵抗を試みようとするも、脚の指に走った微かな痛みと共になぜか身体の動きが鈍くなる。

 なおも暴れる飛竜を抑え込み、蔵人たちはその場に潜み続ける。
 紅蓮飛竜たちは最後尾がついてきているものだと思い込んだまま、砂漠のほうに飛び去っていった。
 捕えた飛竜が絶命したのはそれから五分後のことであり、蔵人たちはすぐに別の場所へ移動して、ようやく一息ついたのだった。仮に紅蓮飛竜たちが引き返してきたとしても、すでになんの痕跡もない。何が起こったのか、理解すらできないはずである。

「なんと、まあ」
 紅蓮飛竜が飛び去ったあと、気づかれないように遠くから様子を窺っていたソフィリスとバムダドが姿を見せ、呆れたような顔で蔵人たちの手際を褒めた。
 蔵人が協会で資料を調べて実地調査もし、ソフィリスやバムダドから紅蓮飛竜の生態を聞いて立てた計画だと知ってはいたが、それでも実際にそれをやってしまったことは驚きであった。

「まあ、ほとんど雪白だ」
 玉のような汗を浮かべて蔵人が答える。
「――いえ、あれは上級闇精魔法と石精魔法、さらに何らかの自律魔法です。それらを同時行使というだけでも十分驚嘆に値します」

 闇精が活発な砂漠にほど近い荒野の夜ということもあってか、蔵人はあっさりと上級闇精魔の行使に成功していた。
 いくら雪白が音もなく狩りを成功させたとはいえ、多少の気配は漏れる。
 そこで紅蓮飛竜を岩陰に引きずり込んだ直後に、蔵人は雪白と自分、紅蓮飛竜、そして周囲一帯を上級闇精魔法『目隠し領域(ブラインドフィールド)』で覆い、その闇に紛れて石精魔法を行使して近くの大岩内部に身を隠した。
 さらに前もって準備してあった『千変の毒』でもって強力な筋弛緩毒を作成し、『魔力の棘矢』に付与して直接突き刺したのだ。

 夜に同化するように闇を纏って周囲一帯をただの夜であるかのように見せ、咆哮は雪白が封じ、風下で仕掛けて岩に潜り込んで匂いも漏らさず、毒を注入して雪白と蔵人が全力で抑え込み、気配も隠しきった。

 暗殺じみた狩りだが、本来狩りというものはこういうものであり、飛竜の場合、報復されないように倒さなくてはいけないのだからこれしか方法がない。
 自分たちは傷つかず、獲物を倒す。
 もし深手を負いでもしたら、狩りができなくなる。それは蔵人も同じである。普通の傷程度ならともかく、部位欠損してしまえば治しようがない。粉砕骨折や重度の火傷も危険であった。ショック死してしまえば、回復のしようもないのだから。

 これが政府や大規模な狩りならば、報復行動すら想定して準備するためここまで面倒なことをしなくてもいいのだが、レシハームが骨人種のためにそんなことをするわけもなく、自治政府もあてにならないのだから仕方ない。


 ふと見ると、雪白とアズロナがきらきらした目で倒した紅蓮飛竜を見つめていた。以前食べた飛竜の燻製肉に味をしめたらしい。
「……手間だし、そもそも上手くいくかどうかも分からない」
 しゅんとする二匹。
 蔵人が剛猿人から聞いたのはある特徴を持った這い寄る木(アルジェ)で燻製にして脂の臭みを消すというだけである。そこから試行錯誤するのだとしても、相当な時間を要するのは分かり切っていた。

「ちょっといいだろうか? その紅蓮飛竜を食べると聞いたのだが、正気か?」
「……ああ、ただまあ、ちょっと手間でな」
 ソフィリスとバムダドは顔を見合わせる。
 飛竜は不味い。これが世間一般の常識であった。
「……方法を教えてもらえないだろうか。ワシらの自治区は見たとおり貧しい。幸いにも飢えや渇きには強いが、それでも食べられるものは確保しておきたい」
 蔵人は飛竜の燻製を交換した剛猿人との約束とジーバへの恩を勘案する。
「実際に食べたことはある。ただ話の出どころは言えないし、すぐに食べられるようなものでもない」
「かまわない」
「……方法自体は難しいもんじゃない。とある這い寄る木で燻製にするだけだ。ただ、それが方法の全てなのかは俺も知らない。だから研究するには時間がかかる」
「そんな方法が……」
 バムダドとソフィリスは顔を見合わせ、頷く。
「この紅蓮飛竜を譲ってくれませんか?」
 蔵人は雪白を見る。
 雪白はしばらく宇宙の真理でも考えるような顔をしていたが、了承した。もし骨人種が方法を確立すれば、飛竜の燻製肉に再びありつけるのだろうと考えたのだ。

「だそうだが、、食えるようになるかは分からないぞ? 俺が食べた飛竜と種類も違うしな」
「いいんだ。それこそ時間ならあり余るほどある」
「………そうか」
 そこでバムダドはちらりとアズロナに目をやった。
 同じ飛竜なら、という意味で冗談であることは雰囲気で伝わってきたため、悪ノリして蔵人も見た。そして蔵人には意外であったが、ソフィリスも乗った。
――ぎぅいっ!?
 調理されると思ったらしくアズロナはばたばたと雪白の元へ逃げ込もうとしたが、雪白もまたアズロナをじっと見つめた。
――ぎぅ……
 がーんとショックを受けて、キョロキョロと味方を探すも、いない。
 ついには身体を丸め、翼腕で頭を抱え込んで丸まってしまった。

「じょ、冗談だ。いや、しかし紅蓮飛竜と大違いの素直さだな」
 バムダドが居た堪れなくなったのか訂正した。
 紅蓮飛竜の被害が大きいせいか、サウラン大陸では飛竜は嫌われている。村でアズロナに向けられた厳しい目もそのせいであった。
「ええ、本当に。……ごめんなさいね」
 ソフィリスが近寄ってそっとその背を撫でる。
 しかし、アズロナは動かない。拗ねてしまったようだ。
 そのことに珍しく雪白も動揺し、蔵人にどうにかしろと尻尾でぺしぺしと叩いてくる。

 しばらくアズロナの丸まった背を見つめていた蔵人は、食料リュックに手を突っ込み、ある物を取りだした。
 途端にアズロナが反応し、ちらっとこちらを向く。
 蔵人の手にあるのは密かにへそくっておいた飛竜の燻製肉であった。それを宙でぷらぷらさせると、その都度アズロナの首が動く。
 そして、ぽいっと放り投げると、バサッと飛び上がって、食いついた。
 こういうところは雪白そっくりである。
 そう思っていると、雪白がにじり寄ってきた。わたしにもよこせ、というこである。
「ま、待て、落ち着け。わかった、やるから」
 匂いだけで、このありさまである。
「……一応これが現物だ。もうこれしかないが」
 片手を燻製肉ごと雪白に噛みつかれながら、蔵人は二枚ほど肉を差し出した。

 バムダドはその匂いにそそられながらもここで食べることはできず、ソフィリスが口にする。
「……ちょっと癖がありますが、おいしいですね」
「それが本物なら、な」
 口ではそう言ったバムダドだが、嗅いだことのない燻製肉の匂いに、蔵人の言葉を信じていた。

「まあ、信じるか信じないかは自由だ。それで、飛竜の対価に俺が欲しいのは二つ。まず一つは、この紅蓮飛竜の革でアズロナの腹鎧を作ってくれないか?」
 まだ成長するだろうが、荒野の地面は熱い。それを考えてのことだった。
 ソフィリスはバムダドを見る。
「……飛竜の腹鎧とな。酔狂な。しかし、あんたはアスハム教徒ではないし……」
「だめなら、まあしょうがない。それでもう一つは――」
「いや、受けよう。ただワシたちのやり方は古い。おそらくレシハームで作るより遥かに時間がかかってしまうが……」
「かまわない。ついでに車輪とかつけられないか?」
「しゃ、車輪? そのあたりのことは次来たときに相談しよう。それまでになめして革にしておく」

 そう、蔵人は再びこの自治区を訪れる。
 間引きは一匹ではない。
 依頼では五匹以上とあり、慎重に慎重を期して行わなければならないため、十日では狩りきれなかった。
 面倒だからと、全滅させるわけにもいかない。紅蓮飛竜によって砂漠に生息する魔獣が抑えられているという側面があった。致し方なく群れを一つ全滅させることはあっても、それはあくまで緊急的なものである。

「そこでもう一つ。これからも何度か自治区に寄る。他の自治区にも行くかもしれない。そのときは便宜を図って欲しい。俺とサディさんの安全を保障してくれ。ラロは……多分、今回限りのはずだ」
 これにはバムダド、そしてソフィリスも快諾してくれた。


 蔵人たちが狩りを終え、雪白に闇を纏わせた紅蓮飛竜を引きずってもらい、ようやく集落に到着したときのことであった。

 ――星が降り注いだ。

 払暁の空から聞こえる不審な風切り音を聞きつけた雪白。
 それに気づき、咄嗟にその場の全員を分厚い土のシェルターで覆った蔵人。一拍遅れてソフィリスがそれを補強する。
 精霊魔法の気配はない。
 だが、今まさに空から岩が降り注いでいた。
 轟音と共に一抱えほどもある岩が、次々に大地へ突き刺さる。

「くそっ、なんだっ。精霊魔法の気配はなかったぞ。いくら気配の薄い土精魔法だからって……」
「――レシハームの報復攻撃です。これは精霊魔法であって、精霊魔法ではありません。私たちは『岩の雨』と呼んでいますが、精霊魔法で警戒しなければ探知すらできないのです」
 轟音の中、ソフィリスが大きな声で答えた。
 土精魔法で岩の打ち上げだけを行い、放物線を描いて落下するときにはただの岩でしかないというわけである。

 これは発射角度や威力、風速まで人が計算し、それを複数の人間が共有して、それぞれ違う感覚の精霊魔法を統一、その行使を揃えなければならない。でなければ、狙ったところに落とすことはできなかった。
 かつて精霊の民は国を持たず、各地を流れていたため、自律魔法全盛の時代に十分な研究をすることができなかった、いや許されなかった。
 だが精霊の民は諦めずそれ以外の、つまり科学や数学に類する学問を研究した。
 それに精霊魔法を組み合わせ、この『岩の雨』を生んだのだった。
 この方法は、計算は得意な者が受け持つため、初級魔法しか使えない新兵でも容易であり、『一斉行使』よりも同調を必要とせず、従来の精霊魔法では届かない遠距離を狙うことが可能であった。

 それだけに、攻撃されるほうは悲惨である。
 「……警戒はしていたはずなので、被害者はあまりいないとはおもいますが。一応地下にシェルターがありますから」
 岩の雨がやんだ。
 蔵人とソフィリスが土のシエルターを解いて集落に入ると、無慈悲な光景が目に飛び込んできた。

 岩の雨に耐えられるように造られている分神殿ですら、一部が崩壊してしまっていた。
 当然、それ以外の家とも言えぬような岩の住居が耐えられるわけもなく、集落はただの岩の荒野と化していた。
 畑には岩が突き刺さり、分神殿の近くにあった炭や白色で描かれた絵は無残にも破壊されてしまっていた。


 それでも、朝日は昇る。
 月の女神の付き人たちの警戒により避難が間に合ったのか、死者はいなかった
が、けが人、というか骨折者は何人かいたようである。
 人々は途方に暮れたような顔で、それでも朝の礼拝を行ってから、岩をどかし始めた。
 慣れた仕草が余計に日々の過酷さを物語っているようであった。

 蔵人は精霊魔法で集落の手伝いをしながら、その様子を見つめていた
 精霊魔法の使い手が少ないせいか、復興は遅々として進まない。
 それでも人々は瓦礫を撤去していく。
 レシハームの無差別攻撃に晒され、明日への希望などあるわけもなく、目の前の現実に対処しているだけにも見える。

 それでも、お互いに助け合うさまは蔵人の心を疼かせた。
 他者と協力し、力を合わせて、大岩を動かす。力のない女や子供は小さな岩を端に寄せる。
 精霊魔法などない日本の、テレビで見た震災からの復興の様子に似ていた。蔵人はボランティアをする余裕などなく、せいぜいが募金をした程度である。実感を持って、それを知らない。
 だが秩序だった、他人を慮るその光景は日本を思わせた。

 龍華国の大星(ダーシン)は解決できない現実の中を少年の手を引いて、抗った。
 皆で日本に帰る。それだけのために『変身』という加護一つで、自らの顔を忘れるかもしれないという恐れを抱きながらも、単身未知の大陸に向かったヨシト。
 骨人種のために戦い続け、支援するジーバ。
 そして目の前で手を取り合う骨人種たち。

 蔵人には雪白がいて、アズロナもいる。
 だがそれは三匹揃って根なし草のようなものであった。それ以上でも、それ以下でもない。
 蔵人がかつてうだつの上がらない生活をしながらもどうにか道を外れなかったのは、日本という国にいたかったから。そこにいるしかなかったともいえるが、それでも自分で選んで、好きだったからそこにいた。
 今は、それがない。
 蔵人はそのことに少しだけ喪失感を覚え、そしてそれを持つ大星やヨシト、ジーバを羨ましく思った。
 それを手に入れられたら、そんな想いが蔵人の胸に小さく宿り始めていた。


 蔵人たちには滞在期限があった。
「……こんなときにすまんな」
 蔵人の言葉にソフィリス、そしてバムダドが首を横に振った。
「なに、いつものことだ」
「――蔵人さん少しお話が……」
 真剣な顔をしたソフィリスがそう切り出した。


 二日後。
 延々と続く壁と壁の間に検問所に蔵人、サディ、ラロの姿があった。

「――内乱罪の疑いで拘束する」

 三人は兵士に拘束された。
 しかしそこに、雪白とアズロナの姿はない。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ