306 クマさん、依頼を受ける
大体、話はわかった。
魔石が割れた。魔石を交換するには迷宮の奥に行かないと駄目。迷宮の奥に行くには水晶板の地図が必要。水晶板の地図は使える者が決まっている。水晶板の地図はカリーナが落とし穴に落としてしまった。カリーナが水晶板の地図をピラミッドの地下に取りに行こうと思っている。
ここまではわかった。
でも、カリーナが一緒に行く必要があるかどうかだ。
まあ、地図のことは秘密かもしれないが、優秀な冒険者を雇って、取りに行ってもらった方が良いはず。カリーナが責任を感じるのは仕方ないけど、水晶板の地図を探すのにカリーナがいても、いなくても変わらない。逆にいる方が足手まといになる。
「どうして、カリーナは自分で地図を拾いに行こうとしているの? 冒険者に頼めばいいと思うけど」
「それは、なんのことですか?」
わたしの言葉にバーリマさんが顔をしかめる。
「えっ、だってカリーナが……」
「ユ、ユナさん」
隣に座っているカリーナがわたしを止めようとする。
「カリーナ! 黙っていなさい。ユナさん、説明してもらえますか?」
バーリマさんはカリーナの口を閉じさせ、わたしに続けるように促す。
もしかして、まずった?
「えっと、カリーナが冒険者ギルドで、ピラミッドに自分も連れていってほしいって頼んでいたんです」
「カリーナ!」
わたしの言葉を聞いてバーリマさんは眉を吊り上げて、カリーナを見る。
初めは下を向いて、聞いていたカリーナだったが、顔を上げて、バーリマさんに向き合う。
「お父様! これは、わたしの責任です。それにわたしには水晶板の落ちた場所がわかります」
カリーナは力強く、言葉にする。
でも、水晶板の場所がわかるって?
「それとこれは、別問題だ!」
バーリマさんが怒鳴るので水晶板について、尋ねることができない。
なんでも、怪我をしたバーリマさんの代わりに、カリーナが冒険者ギルドに依頼を頼んだらしい。
本来は、ピラミッドの地下層であるものを手に入れてくることだった。詳しい内容については、依頼を受けてくれた者に話すことになっていたらしい。
それをカリーナが勝手に自分を連れて行くと依頼に追加してしまったそうだ。
「だから、おまえは冒険者ギルドに行っていたんだな」
バーリマさんは、少し強めの口調でカリーナに尋ねる。
「あなた、そんなに怒らないであげて。この子も責任を感じてやったことだから」
「だからと言って」
「わたしがいけないのよ。カリーナが幼いときから、お役目の話をしていたから、責任を感じちゃったのよね」
「お母様……」
う~ん、難しいね。カリーナは責任を感じている。自分のせいで父親が怪我をして、自分のせいで、代々引き継がれてきた水晶板の地図を落としてしまった。さらに、それによって街が無くなるかもしれない。
10歳の女の子が背負うには重いかもしれない。
ただ、その行動が正しいかどうかは別問題だけど。
「それじゃ、バーリマさんは冒険者を雇って、水晶板を探そうとしているわけですね」
「はい。娘を危険な場所に行かせる親はいません」
「でも、カリーナがいるとはいえ、どの冒険者も否定的だったけど」
みんな、断っていた。
いくつか、冒険者パーティーが受けても良いと思うんだけど。
「それは、ピラミッドに起きている現象のせいでしょう」
「現象?」
「水の魔石が割れたぐらいから、ピラミッドの周囲には魔物が集まり出しています。それなりに、実力がないと、ピラミッドに近寄ることもできないかもしれません」
「魔物が集まって?」
「もしかすると、水の魔石が壊れたのが原因かもしれませんが、ピラミッド周辺に魔物が増え始めているんです」
ああ、もしかして、街の入口で言っていたことって、このことだったのかな。
てっきり、水の魔石が壊れたことを言っていたのかと思ったけど。
「えっと、ピラミッドの中も魔物がいるの?」
いるなら、いろいろと面倒だ。
「魔石がある上の階層は迷宮トラップになっていて、魔物はいません。下の階層は魔物がいる洞窟となっています」
迷宮と洞窟か、1つで2つお得ってやつ?
つまり、上の迷宮でトラップなどに引っかかったら、下の階層の魔物行き、ってことなのかな。
「ピラミッドに現れる魔物は強いんですか?」
「いえ、それほど強い魔物がいるとは聞いたことがありません。砂漠にいるような魔物ばかりで、冒険者たちも、ワームなどの低級魔物を討伐して、資金を稼ぐ狩場でもありました」
「つまり、数が問題ってこと?」
「ピラミッドの周囲に多くの魔物がいますから、もしかすると、ピラミッドの中にもたくさんいる可能性もあります」
「お父様、それだけが理由じゃありません」
「カリーナ?」
「ピラミッド付近で大きな魔物がいるって噂もあります。見た冒険者もいるそうですが、見た者は逃げ出すように街から出ていってしまったので、詳しくは分からないそうです。でも、冒険者の間で噂は広まっています」
「そうなのか」
魔物は多い。謎の大きな魔物がいるかもしれない。そんな状況じゃ、誰も引き受けないかな。そこに領主の娘を連れていくことを追加されれば、簡単には引き受けることはできない。
あとは、冒険者全員で討伐と言いたいところだけど、ジェイドさんたちの話を聞くと、この街の冒険者は街と街を行き来する護衛がメインらしい。それも、柱のおかげで魔物に襲われることも少ない。簡単に言えば実力が低い冒険者が集まっている。
悪い言い方をすれば強い冒険者がいない。
まあ、優秀な冒険者が好き好んで、こんな暑いところに残らないよね。
わたしもこの街とクリモニアとどっちを選ぶと言われたら、迷わずにクリモニアを選ぶ。
「それなら、冒険者とかじゃなく、国に頼んだ方が良いんじゃ」
国王だって、こんな状況と知れば、兵や騎士、魔法使いを派遣してくれると思う。
数の暴力でピラミッド付近の魔物を一掃して、ピラミッドの地下に潜って、多くの兵士で探せば簡単に見つかると思う。
国王はこの街は交易するのに重要な街だと言っていたから、頼めば力を貸してもらえると思うんだけど。まあ、お金の問題とか出てきそうだけど。
でも、わたしの提案にバーリマさんは首を横に振る。
「それはできません」
「どうして?」
「それは、条約によってお互いの国はこの街に兵士や騎士を送ることができないからです。どんな理由があったとしても、侵略行為と見なされます」
「そこは理由を説明して」
「ユナさん、条約とはそんなに簡単に変えることはできないものなんですよ。どの国もどんな理由があったとしても、多くの国の兵士や騎士、魔法使いが国境付近に集まれば、脅威に感じるものです。間違いが起きれば、この街は戦場になる可能性だってあります。そうならないようにするのが条約なんです」
なんとなく言いたいことは分かる。
いくら、友好的な関係を結んでいても、相手の本心は分からないもの。
いきなり、攻めてくる可能性だって否定はできない。
わたしは国王のことは知っているけど、相手の国のことは知らない。そして、相手の国がこっちの国のことをどのように思っているかも知らない。
もし、エルファニカ王国が軍隊を派遣すれば、相手国にとっては脅威に感じるかもしれない。この街の話を利用して、自分の国に攻め込んでくると思われるかもしれない。
その逆もしかり、もしも目の前に相手の軍勢が現れでもしたら、わたしは脅威に感じるかもしれない。
そして、そのまま、この街に兵士が残る可能性だって否定はできない。どっちの国にも加担しないから、中立でいられ、今の立場があるってことになる。
そう考えると、どこの世界も、政治にしろ、条約にしろ、いろいろと面倒だね。それが自国を守るためなら、仕方ないけど。
「それに片方の国に頼むってことは、もう片方を信じていないことにもなります。もし、わたしが、トリフォルム王国に頼めば、フォルオート様は良い気分にはならないでしょう。それは逆も言えます」
両方の国の軍隊が協力するのが一番良いんだろうけど、それだと、話し合いだけでも時間がかかりそうだ。
そうなるとやっぱり、冒険者しかいないことになる。
「他の街の冒険者ギルドに依頼はしていないんですか?」
「依頼は出してます。ただ、間に合わないかもしれません」
「だから、わたしに話したんですね」
普通なら、こんなクマの格好をしているわたしに話すような内容じゃない。
「フォルオート様の手紙とギルドカードに書かれていることが事実なら、手を貸していただきたいと思っています」
「お父様、本当にユナさんは強い方なんですか。わたしには、とてもではありませんが、見えないのですが」
「ユナさん、この魔石の入手先のことを家族に教えてもよろしいでしょうか?」
「話しても信じないと思うよ」
「それは、二人次第だと思います」
「それなら、いいけど」
「ありがとうございます」
「お父様、この魔石の入手先って?」
目の前のテーブルにある魔石を見る。
「この魔石はユナさんが、クラーケンを倒したときの物らしい」
「クラーケンって、海にいる大きな魔物ですか?」
「そうだ。通常なら何人もの冒険者が共に戦って倒す魔物だ。それをユナさんは一人で倒している」
バーリマさんの言葉にカリーナとリスティルさんは驚きの表情を浮かべる。
「お父様、本当なの?」
「信じる信じないは、おまえたちの自由だよ。でも、わたしは信じている」
「……お父様、わかりました。わたしも信じます」
「わたしは、初めからあなたのことを信じてますから」
微笑ましいけど、家族愛はわたしには眩しいね。
三人を見ていると、無性にフィナやシュリ、ティルミナさんに会いたくなってくる。
もしかして、ホームシックってわけじゃないよね。
「それで、ユナさんにはピラミッドの中に入って、水晶板の地図を見つけてきてほしいのです。もちろん、一人でとは言いません。今度はカリーナの護衛の件は無しってことで、冒険者ギルドに再度依頼を出します」
「お父様! わたしも行きます」
「駄目だ」
「でも、わたしが一緒に行けば、水晶板の位置もわかります」
「そういえば、さっきも言っていたけど、どういうこと?」
「それは」
バーリマさんがリスティルさんの方を確認するように見る。すると、リスティルさんが頷いて、説明を始める。
「わたしたちは、水晶板の地図に魔力を流すことで、魔力が水晶板と繋がる感覚があります。わたしたちはこのことを契約と呼んでいます。その契約によって、水晶板の場所がおおよそでありますが、わかるのです」
なるほど、だから、カリーナは自分も連れて行って欲しいと頼んでいたわけか。
「本来なら、わたしが行くべきことなんですが……」
リスティルさんは自分の膨らんでいるお腹を触る。とてもじゃないが、魔物がいる場所には行くことはできない。リスティルさんも自分が行きたくても行けない辛さがあるんだろう。
「カリーナ、本当に水晶板の場所がわかるの?」
「はい、わかります。でも、分かるのは方角だけです」
それで十分だ。
「話はわかったよ。カリーナを連れていくよ」
「ユナさん!」
カリーナが嬉しそうにするが、父親であるバーリマさんは否定的な表情をする。
「だって、その方が早く見つけることができるよ」
「ですが」
「ちゃんとわたしが守るから、安心してください」
自分で言っておいて、あれだけど、クマの格好した女の子に言われても説得力ないよね。
「もちろん、ユナさんが強いことは信じます。でも、ユナさんが戦っているときはどうするんですか。他の魔物に襲われるかもしれません。他の冒険者に守らせるのですか。それだと、今までと同じ依頼内容になって、誰も依頼を受けてくれません」
まあ、わたしとしては、それならそれでもいいけど。でも、バーリマさんの不安を取り除くために、わたしは無言で椅子から立ち上がり、部屋のスペースがある場所に移動する。
「ユナさん?」
「驚かないでくださいね」
わたしはクマさんパペットを前に突き出すと、くまゆるとくまきゅうを召喚する。
「クマ!」
「…………!」
「クマ! イタタ」
3人はくまゆるとくまきゅうを見て驚く。
バーリマさんは驚いた瞬間、怪我に障ったのか激痛で顔を歪める。
「お父様!」
カリーナは心配そうにバーリマさんに駆け寄る。
「ユ、ユナさん、そのクマは?」
「わたしの召喚獣です」
「召喚獣……」
「この子たちにカリーナの護衛をさせます。そこらの魔物より強いから安心して」
「お父様、お願い。わたしの責任だから、わたしがしないといけないの」
「カリーナ……」
「あなた」
バーリマさんは娘と奥さんを見ると、小さく息を吐く。
「ユナさん、カリーナのことをよろしくお願いします」
バーリマさんは頭を深々と下げる。
う~ん、クラーケンの話は前回の話に書くべきでしたね。
それで、2人の信用を得た方が話の流れもよかったですね。
そんなわけで、カリーナが一緒に行くことになりました。