305 クマさん、迷宮の話を聞く
部屋に入ってきた女性はお腹が膨らんでおり、妊娠していることはすぐにわかった。
「お母様!」
カリーナが妊娠している女性に向かって叫び、心配そうに駆け寄る。
お母様ってことは、部屋に入ってきたのはカリーナのお母さんみたいだ。
若い。25歳ぐらいに見える。
もしかして、この世界は老化現象が遅いのかもしれない。だから、わたしの年齢も若く見えるのかもしれない。きっとそうだ。
そして、妊娠している女性は部屋を見渡し、視線がわたしで止まる。
「あら、本当にくまさんがいるわ」
カリーナの心配をよそに、のんびりしている。
「リスティル、どうしてここに。休んでいないと駄目だろう」
「ふふ、大丈夫よ。部屋に閉じこもっていても、体に悪いわ。それにもう、三人目よ。自分の体調ぐらいわかるわ」
「なら、いいが」
「それにラサから、カリーナが可愛いくまさんの格好をした女の子を連れてきたと聞かされれば、見てみたいでしょう」
わたしは動物のクマではありません。
見世物でもありません。
「でも、本当に可愛いくまさんね」
「お母様、とりあえず座ってください」
「あら、もう、心配性ね」
リスティルと呼ばれた女性はカリーナの手を借りて、近くの椅子に座る。
「ありがとう」
カリーナの母親の登場で、辛気臭かった部屋が明るくなる。
「それで、カリーナのお友達なのかしら?」
わたしにこんな年下の友達はいませんとは言えない。
フィナやノアがいる。
「わたしに、クマさんの格好をした友達はいません」
今、わたしも思ったけど、相手に言われると、心に突き刺さるものがある。
会ったばかりだから、友達でないのは正しいけど、心が痛い。
「わたしは冒険者のユナです。今日はエルファニカ王国の国王陛下の命でやってきました」
「国王陛下の?」
「ユナさんはこんな大きな水の魔石を持ってきてくれたんですよ」
カリーナは手を広げて魔石の大きさを表現する。
「それは本当なの?」
「ああ、本当だ。それもかなり大きい。これなら、壊れた魔石の代わりになる」
バーリマさんは魔石を持って立ち上がろうとした瞬間、顔を歪める。
「お父様!」
「大丈夫だ。少し痛むだけだ」
そういうと、魔石を持って、女性のところまでやってくる。そして、目の前のテーブルにクラーケンの魔石を置く。
やっぱり、どこか怪我をしているみたいだ。
「あなた大丈夫?」
「ああ、心配ない」
バーリマさんは女性の隣の椅子に座る。
座るときも、少し顔を歪めて痛そうにする。
「彼女が一人でエルファニカ王国から持ってきてくれた」
「くまさんが……」
信じられなさそうにわたしを見る。
たしかに普通に考えたら、遠いし、砂漠をクマの格好した女の子が一人で来たとは思わない。
わたしだって、フィナがもし目の前にあらわれて、一人でここまで来たって言ったら、間違いなく信じない。誰と来たの? と問い掛ける。
「彼女はフォルオート様が信用を置いている冒険者だ。見た目と違って、一流の冒険者だ」
見た目と違って、……クマだから反論ができない。
「本当なの?」
「フォルオート様の手紙も、彼女のギルドカードも確認した。間違いなく一流の冒険者だ。そんなふうには見えないけど、フォルオート様の手紙とギルドカードが証明してくれている。もしかすると、フォルオート様は現状を知っているのかもしれない。だから、彼女を寄越してくれたのかもしれない」
どういうことなのかな?
「だから、彼女には全て話そうと思う」
女性は一瞬、バーリマさんの言葉に驚くがすぐに平静を保つ。
「ふふ、わかったわ。あなたが決めたのでしたらいいわ」
「ありがとう」
二人は軽く抱擁する。
なにか、夫婦の間で信頼関係ができているのはいいけど。カリーナとわたしには目に悪い。
「あのう、それで……」
いつまでも、イチャイチャさせておくわけにはいかないので、声をかける。
「ユナさん、申し訳ありません。お座りください。カリーナ、ラサにお茶を。そして、ラサに伝えたらカリーナは部屋にいなさい」
「お父様!」
「カリーナ!」
「わ、わかりました」
カリーナは俯きながら、部屋から出ていく。
そして、わたしはバーリマさんの前の椅子に座る。
「わたしはバーリマの妻、リスティルと申します。えっと、ユナちゃんってお呼びしてもいいかしら?」
「はい、構いません」
「もし、勘違いじゃなかったら言ってね。ユナちゃん、その話し方慣れていないでしょう」
「それは」
ばればれのようだ。
「ふふ、わたしも言葉を崩させてもらうから、ユナちゃんもいつも通りでいいわよ」
「それじゃ、そうさせてもらいますね」
どうも、畏まった言葉遣いは慣れないし苦手だ。
だから、リスティルさんの言葉に甘えさせてもらう。
「それが、ユナちゃんの話し方ね。その話しかたの方がしっくりくるわね。さっきから、見た目の言葉遣いが合わなくて、変だったから」
「リスティル、使者とはそういうものだぞ」
「あなたは頭が固すぎです」
「おまえが、緩いんだ」
「あのう、バーリマさんも、普通に話してもらえると、わたしも助かります」
「……はぁ、わかりました。わたしも、可愛いくまさんの格好をした女の子に畏まった言葉遣いは落ち着きませんでしたから」
ですよね~。
よく、初対面でクマの着ぐるみの格好をした女の子に丁寧に話していたよね。
普通なら、「嬢ちゃん」とか呼ばれるのが普通だ。
まあ、それも国王の手紙の影響が大きかったってことだろう。こういうところを見ると、国王って偉いんだと感じる。いつもは、食べ物を食べに来るおっさんにしか見えないけど。
そして、話を始めようとしたとき、ドアがノックされ、カリーナが入ってきた。
「お父様、お茶を持ってきました」
「ラサはどうした」
「お茶を運ぶ役目を譲ってもらいました。お父様、わたしも話に参加させてください」
真剣な目でバーリマさんに頼む。
「お父様、お願いします」
真剣な目でバーリマさんを見る。
「……はぁ、わかった。座りなさい」
「ありがとうございます」
カリーナは嬉しそうにすると、お茶をわたしたちの前に置いて、わたしの隣に座る。
わたしはカリーナにお礼を言ってお茶を頂く。冷えていておいしい。
「ユナさんは、どこまで街の現状を知っていますか?」
「大きな水の魔石が壊れて、この街に人が住めなくなる。だから、至急、この水の魔石を持っていくように言われたけど」
「そうですか。間違っていません。このまま、水の魔石の配給がなければ、街は住めなくなるでしょう」
「でも、その水の魔石があれば大丈夫なんですよね」
さっきも大きさは十分だと言っていた。
「その説明をする前に、この街のお話をしましょう」
えっ、そこから話すの?
まあ、砂漠にある湖とか、水の魔石がどう関わってくるとか、気になるので黙って聞くことにする。
「この街は数百年前、ある冒険者パーティーにより作られました。ユナさんはピラミッドは見たでしょうか?」
「来るときに、遠くから見たけど」
「あのピラミッドの中は下の階層と上の階層とに分かれています。そして、上の階層は迷宮になっています。迷宮は複雑な迷路になっており、さらに罠もたくさんあります。でも、数百年前に、とある冒険者パーティーが、ピラミッドの迷宮の最深部まで到達しました。そして、その最深部で水の魔石と、魔術式を見つけました。魔術式は水を増幅するものであり、魔術式を発動させると、魔石から水が出て砂漠に湖が出来上がりました」
「それが、この街の中心にある湖?」
「はい、そうです。その湖ができたことによって、人が休憩する場所になり、徐々に人が集まり、街ができることになりました」
なにか、神秘的な話だ。
どこかのファンタジーの世界に出てきそうな話だね。
それにしても、魔石にしても、魔術式にしても、ピラミッドの迷宮をクリアした褒美だったんだね。
遥か昔に作られた、遺物になるのかな?
それとも、神様が作ったのかな?
「ですが、魔石が壊れたことによって、湖の水は減ることになりました」
やっぱり、あの湖の状態は魔石が原因だったんだね。
「でも、水の魔石が壊れただけで、交換すれば大丈夫なんですよね?」
そのためにクラーケンの水の魔石を持ってきた。
「はい、大丈夫なはずです。ただ、迷宮の最深部に行くことができません」
「えっと、つまり、迷宮をクリアしないといけないから、交換ができないってこと?」
でも、そうなるとカリーナの行動と噛み合わなくなる。
迷宮は上の部分。でも、カリーナは最下層に行きたいと言う。
てっきり、迷宮をクリアして、水の魔石を交換するものだと思ったのに違ったみたいだ。
「そうでもあり、違うとも言えます」
「…………?」
謎掛けはいらないから、答えをプリーズ。
「わたしが……」
カリーナが下を向いて、唇を噛んでいる姿がある。
「迷宮の最深部には水の魔石以外に、もう1つあるものがありました。それが、迷宮の地図です」
「迷宮の地図?」
「はい、地図には最深部まで示す地図がありました。その地図によって、同じ場所に何度も行くことができるようになりました」
なにか、話が分かってきた。つまり、その地図をカリーナが紛失したってことなのかな。
わたしは視線をカリーナに向けると、カリーナは俯いている。
「わたしたちはその地図を使って定期的に魔石を確認しておりました。そして、今回も確認したときに、魔石が壊れていることに気付きました。それで、わたしはエルファニカ王国とトリフォルム王国に魔石をお願いしました。でも、日々、湖の水が無くなっていきました。それで、わたしは少しでも時間が稼げればと思い、小さな水の魔石を集めて、再度ピラミッドに行きました。そこで、わたしが罠にかかり、地図を落とし穴に落としてしまったのです」
「違います! お父様、そんな嘘は吐かないでください。落としたのはわたしです。わたしが調子に乗って落としたのです……」
「カリーナ……」
カリーナが声を絞り出すように言葉をだす。
それで、ピラミッドの最下層って話になると。
「でも、地図の複写とかないの?」
複写しておけば、無くそうが、燃やそうが、盗まれようが、大丈夫なはず。まあ、盗まれでもしたら、防犯の意味がなくなってしまうけど。
でも、わたしの質問にバーリマさんが首を横に振る。
「ピラミッドの迷宮は、日々変化しています。それを迷わずに行くための地図です。複写はできないのです」
……日々変わる?
それで、地図?
また、謎掛けが出てきたよ。
「日々変わるなら、地図は使えないと思うんだけど」
「地図でも、普通の地図とは違います。水晶板になっており、魔力を流すと現状の迷宮の地図が出てくるのです」
おお、そんな特殊な物があるんだ。
イメージ的に水晶板も薄いし、地図もでる。タブレットの地図みたいなものかな?
「なので、水の魔石を届けてもらっても、わたしたちには迷宮の最深部に行くことができないのです」
「失礼だけど、どうして、そんな大切な物を彼女に持たせていたんですか?」
そんな大切な物を10歳の女の子に持たせるものじゃないと思う。
「それは……」
「あなた」
リスティルさんが小さく頷く。
「そこから先はわたしがお話しますね」
「いいのか?」
「ここまで、話したのでしたら、お話ししてもいいでしょう。ユナちゃん、難しいかもしれませんが、これから話すことは口外はしないでもらえると助かります」
「いいの?」
「バーリマが言う通りに、ユナちゃんの力を借りるのでしたら、お話しした方がいいでしょう」
「わかりました。誰にも言いません」
わたしは約束をする。
国王にも話すなと言われれば、話すつもりはない。
「ありがとう」
リスティルさんはお礼を言うと、話しはじめる。
「迷宮の奥で見つけた水晶板には特殊な加工がされていたのです。水晶板を発見したのが、わたしの先祖であり、この街を作った冒険者の1人なのです。水晶板は初めて魔力を流した者にしか使えませんでした。他の者がいくら、魔力を流しても地図が表示されることはありませんでした。それで、魔力を注ぎ込んだ冒険者はこの地に留まることにして、この街の領主となりました。それが、わたしの先祖になります」
「それじゃ、その水晶板が使えるのは」
「はい、その直系の血筋を引く者になります。そして、現在その水晶板を使えるのは、わたしとカリーナ、それと3歳になる息子と、このお腹にいる子だけになります」
「バーリマさんは?」
「わたしは入り婿になりますので、使えません」
「それで、わたしがこのような状況なので、今回はカリーナに任せたのです」
リスティルさんは自分のお腹を触る。
「わたし、初めてのお役目で嬉しくなって、ちゃんと地図を見ていなかったんです。それで、道を間違えて、罠に引っかかって、お父様が守ってくれたんだけど、怪我をして、さらに水晶板を落とし穴に落としてしまったんです」
なるほど、バーリマさんが怪我をしている理由も、水晶板が無い理由もわかった。
「えっと、リスティルさんはまだ、若いですよね。リスティルさんの両親はいないのですか?」
「その……」
言い難そうに下を向いてしまう。
「ごめんなさい。亡くなっているとは思わなかったので」
「あ、ごめんなさい。勘違いをさせてしまったようね。両親は生きています」
それじゃ、なに、その下を俯いたりしたのは?
「わたしたちは長年、ピラミッドと街を見守るため、この地を長く離れることができません。それで、お役目をわたしに任せた両親は世界を見るために旅に出てしまいました。今はどこにいるか……」
それで、言い難そうにしたわけね。
そんなわけで、カリーナが地図を落とし穴に落としたのが理由でした。
申し訳ありません、少し忙しいので、しばらく感想の返信は出来そうもありません。
次回、投稿が出来なかったらすみません。