239 クマさん、絵本のことをフィナに知られる
ドアの前に頬を膨らませたフィナが立っていた。
なにか、あったのかな?
フィナの後ろにはシュリもいる。
とりあえず、久しぶりに会う二人に帰ってきたことを伝える。
「フィナ、シュリ、ただいま」
「ユナお姉ちゃん、お帰りなさい。じゃなくて、ユナお姉ちゃん! これはなんですか!?」
フィナの膨れていた顔が一瞬、笑顔になったと思ったら、再度、頬を膨らませる。
その後ろではシュリが普通に「ユナ姉ちゃんお帰り」と言ってくれているが、フィナの怒る声のせいで掻き消える。
フィナはわたしのところにやってくると、テーブルの上に絵本を置いた。
この絵本はわたしがフローラ姫のために描いたものを複写して、孤児院の子供たちにプレゼントしたものだよね。
「これがどうしたの?」
「どうしたの? じゃないです! これってわたしですよね?」
表紙のデフォルメされた女の子を指で差す。
女の子はクマの背中に乗ってる。
ああ、そういえば絵本の女の子はフィナをモデルにして描いたんだっけ。
でも、今更って感じなんだけど。
そもそも、フィナが絵本のことを知らなかったことに驚きだ。
「子供たちが絵本を読んでって言うから、読んであげたら……わたしに似ている女の子が……」
フィナは少しお怒りのようだ。
でも、絵本の存在を知らなかったのにどうして、わたしが描いたってばれたのかな?
そのことを尋ねたら。
「絵本の内容にわたしとユナお姉ちゃんのことが描かれています」
ですよね~
絵本の1巻の内容はクマさんとフィナの出会いから、病気の母親のために薬草を見つけて、母親に持っていくまでの話になる。
わたしが初めてフィナに会った出来事を少し変えて、絵本っぽくして描いてある。
2巻は病気が悪化した母親のためにクマさんと一緒に森深くまで向かう。そして、病気を治すと言われている貴重な花を探しに行き、手に入れた薬の花で母親の病気を治す話となっている。
魔法のことは描けないから、その辺りは病気を治す花に変えて描いてある。
どっから見ても読んでもフィナとわたしを中心に描かれている絵本だ。
本人が読めばすぐにバレる内容になっている。
でも、わたしには絵本がフィナと関係ないことを示す秘策がある。
「フィナ、これはあくまで実在の人物とは関係ない話だよ。ほら、ここに書いてあるでしょう」
わたしはクマさんパペットで絵本に書かれている一部を指す。そこには、
『この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません』
と、ちゃんと表記されている。
だから、絵本の女の子とフィナは関係はないと言い逃れをしてみる。
「でも、このリボンとかわたしにそっくりです」
まあ、フィナをモデルにしたからね。
「それに話の内容だって、わたしのことが書かれています」
まあ、フィナの体験話だからね。
「どっから見ても読んでも、わたしです!」
言い切られた。
元の世界なら通じる定番のお約束の文章でも、フィナには通じないみたいだ。
まあ、実際に絵本のモデルはフィナだから、言い逃れはできないんだけど。
「どうして、こんな絵本を描いたんですか!?」
「フローラ姫のために描いてあげたんだよ」
「フローラ姫ですか?」
フローラ姫の名前が出ると、フィナの口調が柔らかくなる。
「でも、そのフローラ姫のために描いた絵本がどうして孤児院にあるんですか?」
わたしは絵本がここにある経緯を説明する。
フローラ姫のために絵本を描くことになったこと。
そして、フローラ姫が持っている絵本がお城の中で話題になり、欲しがる者が増え、増刷することになったことを説明する。
「国王様とエレローラさんの頼みだから、断れなかったんだよ」
国王とエレローラさんに責任転嫁をする。
まあ、原本を描いたのはわたしだけど、複写して広めた(お城限定)のは国王とエレローラさんと言っても過言ではない。
さすがのフィナも国王とエレローラさんの名前が出ると口を閉じてしまう。
意地悪なお姉ちゃんでゴメンね。
「そのときに多めに印刷してもらって、孤児院の子供たちのために持ってきてあげたんだよ」
「それじゃ、この絵本を持っている人はたくさんいるってことですか?」
不安そうに尋ねてくる。
たくさんと言ってもお城の関係者だけだから、それほど多くないはず。
「お城の一部の人だけだよ」
現在進行形で増えている可能性もあるけど、小さな子供がいる家庭だけとなっているはずだ。
だから、フィナが思っているよりは少ない。
でも、フィナの反応は違った。
「うぅ、もう、お城に行けません」
下を向いて俯いてしまう。
「行くつもりだったの?」と突っ込んだら負けかな?
昔のフィナなら「平民のわたしがお城には行くことがないから大丈夫ですね」とか言うかと思ったんだけど、フィナの中では今後もお城に行くことになっている。
まあ、わたしと一緒に王都に行くことがあれば、お城に行く可能性は十分に高くなる。
「小さな子供がいる家庭にしか配っていないから、そんなに心配することはないよ。数も少ないはずだから、誰もフィナって気付かないよ」
発行部数も少ないし、絵柄はデフォルメにしているし、身内じゃないとわからないはずだ。
テレビで出ている人が街の中を歩いていても、気付かないのと一緒だ。
普通に歩いているだけでは気付かないものだ。
「でも、子供たちに『フィナお姉ちゃんに似てるね』って言われたんですよ」
まあ、身近にいる孤児院の子供たちに気付かれるのは仕方ない。
「フィナ。こんなに可愛らしく描かれているんだから、許してあげたら?」
わたしたちの会話を聞いていたティルミナさんが絵本を手に取り、助け船を出してくれる。
「お母さん?」
「それにしても可愛らしい絵本ね」
ティルミナさんはパラパラと絵本を捲る。
「それじゃ、この女の子がフィナってことは、この女の子の母親役はわたしなのかしら?」
絵本を捲っている手が止まる。
覗き込むと、最後のページで女の子と母親が微笑んでいる絵があった。
女の子が持って来てくれた薬を飲んで嬉しそうにしている母親のシーンだ。
「こんなに可愛らしく描いてくれたのね。フィナだって、こんなに可愛いでしょう?」
「そうですが、お母さんは恥ずかしくないの?」
「変に描かれたら嫌だけど。こんなに可愛らしく描かれているなら、いいんじゃない?」
「でも……絵本にされているんですよ」
「確かに、少し恥ずかしいけど。怒るほどではないと思うわよ」
フィナはティルミナさんに言われて段々と受け入れ始める。
「でも、女の子はわたしに似ているのに。ユナお姉ちゃんの役は本物のクマさんなんですか? わたしを描くならユナお姉ちゃんも自分を描かないとずるいと思う」
わたし役はデフォルメされたクマさんが描かれている。
「それはフローラ姫が、クマさんに興味を持っていたからだよ。フィナも覚えているでしょう。フローラ姫がクマさんに興味を持っていたことは」
「……はい」
「だから、クマさんにしたんだよ」
再度、フローラ姫の名前を出されたフィナは納得したようで口を閉じた。
フィナは描いたのに自分の姿を描くのが嫌だったとは言えない。
「うぅ、分かりました。でも、次に描くときは教えてください」
「描いてもいいの?」
「本当は嫌だけど。子供たちが楽しんでいますから。でも、これ以上広めないでくださいね」
「分かったよ。広めないようにするよ。もし国王様とエレローラさんが広めようとしたら、魔法を撃ち込んででも止めるよ」
一番広めそうなのは国王とエレローラさんだからね。
「うぅ、ユナお姉ちゃん。なるべくお願いします」
フィナは妥協して、言い直した。
「冗談だよ。ちゃんと言っておくから」
わたしがそう言うとフィナも納得をしてくれる。
これで、フィナの許可も無事に下りたので3巻を描くことができる。
絵本についてはこれで終わりかなと思ったら、別のところから攻撃が飛んできた。
「お姉ちゃんもお母さんもズルいです」
今まで黙っていたシュリが口を開いた。
「ユナ姉ちゃん、なんでわたしいないの? わたしも描いてほしいです」
フィナはいきなり、シュリにズルイと言われて戸惑っている。
わたしもまさかシュリに絵本に描かれていないことを怒られるとは思わなかった。
正確には怒っているというよりは自分だけが出ていないことに拗ねている感じだ。
「描いてほしかったの?」
シュリは小さく頷く。
確かに姉のフィナと母親のティルミナさんはいるのに家族の自分だけがいないのは嫌な気分になるかもしれない。除け者にされている感じを受けるかもしれない。まして、シュリはまだ小さい。余計にそう思っても仕方ない。
「シュリ、ごめん。別に除け者にしたわけじゃないんだよ。一応、わたしとフィナの出会いの話を描いているから、こうなったんだよ。でも、次に描くときはちゃんとシュリも描いてあげるよ」
「ほんとう!」
わたしの言葉に嬉しそうにする。
「うん、ちゃんと描くよ」
わたしが約束をするとシュリは嬉しそうにする。
3巻目を描くとしたら、王都に向かうフィナとノアに付き添うクマの話になるかと思っていたけど、シュリを描くとすれば、構想を変えないと駄目だね。
候補としては姉妹と遊ぶクマの話。
それか、ゲンツさんも登場させて結婚式? それだとクマの出番がないような。
う~ん、それならシュリも連れて三人で王都に行くとか。でも、絵本のクマって二人乗れるかな? クマを増やす?
これは少し考えないと駄目だね。
絵本の話は終わり、フィナからもエレローラさんとゼレフさんの話を聞いて、孤児院を後にする。
絵本を孤児院に渡したのがリアル時間で去年の5月だと確認したときは驚いたw
それから、ゴーレム倒して、ケーキ作って、誕生会に行って、エルフの村に行っただけの話しか書いていないことにも驚いたw