173 クマさん、シーリンの街について話を聞く
ミサは少年たちと知り合いなのか、少年を見るとわたしの後ろに隠れてしまう。
「ユナさん」
「ユナお姉ちゃん」
「…………」
みんなも嫌な雰囲気を感じ取ったのか、全員わたしの服を掴む。でも、それだといざって時に動けないので。
「大丈夫だよ。なにかあった場合は守るから。だから、もしものときのために服は放しておいて」
わたしの言葉に素直に服を放してくれる。
もし、服を掴まれたまま動いたら、大変なことになるからね。
「変な格好をした奴がいると思って見れば、側にいるのはミサーナじゃないか。変なクマなんて連れて動物の散歩か?」
その言葉で少年の取り巻きが笑い出す。
ヤバイ、久しぶりに殴りたくなった。
でも、貴族なら不味いよね。わたしだけならいいけど。
グランさんに迷惑がかかるかもしれないし。なにより、フィナ、ノア、ミサもいる。危険なことはしたくない。
少年は笑いながら、わたしたちのところに歩み寄ってくる。
後ろにいるミサが怯える。虐めかな?
怯えているなら、守ってあげないとね。
「それ以上近付かないでもらえる?」
ミサに近付こうとしたので歩みを止めさせる。
「なんだ、おまえは?」
「この子たちの護衛だよ」
「なんだ。ミサーナ、おまえのところはクマを護衛にしているのか!」
少年は笑い出す。
少年が笑うと一緒に少年の後ろにいる取り巻きたちも笑う。
気分が悪い。
「確かにクマは強いかもな」
さらに大声で少年は笑い出す。
わたしのことで笑うのは良いけど、ミサを怯えさせるのはムカつく。
後ろではミサが震えている。
そんなミサに対してノアとフィナが手を握ってあげている。
やさしい子たちだ。
でも、これは早く離れた方がいいかな。
「用が無いならわたしたちは行くから」
「待てよ。俺はミサーナと話しているんだ。ミサーナ。グラン爺さんのパーティーに参加してやるんだ。礼ぐらい言ったらどうだ。パーティーに参加してくれてありがとうございますってな」
グランさんのパーティーに参加するってことは、やっぱり貴族か。
こんな教育もなっていないバカも呼ばないといけないとはグランさんも大変だ。
「なんなら、お前の誕生会のパーティーにも参加してやろうか」
「来なくていい」
「なんだよ。人が出てやるって言っているだろう」
「来なくていい」
ミサは同じ返答をする。
その態度に少年は怒りだす。
「そんなことを言ってもいいのか? おまえの家、潰れるかもしれないのに」
「……………」
「もう少し、俺のご機嫌をとっておいた方がいいんじゃないか。なんなら、お前の家が潰れたらメイドとして雇ってやるよ」
少年は笑い出す。
それに対して、ミサは俯いて黙ってしまう。
状況は分からないけど。少年がムカつく奴で、ミサが悲しんでいることだ。
これは早々に立ち去りたい。
「みんな、行くよ」
わたしは少年を無視するように皆を連れて離れようとする。
「待てよ。まだ、話は終わっていない」
少年が歩み出し、ミサの腕を掴もうと近寄ってくる。わたしは少年の前に立って行動を阻む。
「なんだよ。どけよ。変な格好した護衛ごときが俺の邪魔をするな!」
「護衛だから、邪魔はするよ。さすがにこれ以上の暴言は許さないよ」
わたしと少年は睨み合う。
「この街で俺に逆らって、ただで済むと思っているのか? ファーレングラム家の変な格好をした女が護衛気取りしてんじゃねえよ。護衛は俺のところのみたいな奴を言うんだぞ」
少年の後ろにいる黒マントの男を差す。
たしかに、目付きが悪く、それなりに強そうだ。
「そんなバカな格好をした女が護衛とか、バカにしているだろう。ミサーナも俺のところに来れば護衛付きで面倒をみてやろうか?」
「ユナお姉ちゃん。強いからいい」
ミサが嬉しいことを言ってくれる。
「そんな変な女のどこがいいんだ!」
「あなたこそ、そんなに立派な護衛いないと外も歩けないなら、ママのおっぱいでも吸いながら家にいたらどう? ママ~、護衛が居ないとお外行けないよ~って」
バカにしたような言い方で少年に言う。
「きさまぁ~!!」
わたしが挑発すると怒りだす。
沸点が低いね。
今までバカにされたことが無かったのかな。
少年は怒りに任せてわたしに向かって、殴りかかってくる。わたしは少年の拳をクマさんパペットで受け止める。
「くそ、離せ!」
少年は一生懸命に引き抜こうとするが、クマさんパペットに咥えられた少年の手は引き抜けるわけがない。
「引き下がってくれる?」
わたしは口調を強くする。
「黙れ! ブラッド!」
少年が叫んだ瞬間、後ろにいた黒マントの男が動き、襲いかかってくる。わたしは少年の手を離して、攻撃を躱す。意外と攻撃が速かったため、少年の手を離してしまった。
少年はわたしがいきなり手を離したせいで、バランスを崩して尻餅をつく。
その姿を見てわたしと後ろにいたミサたちも笑い出す。その格好が可笑しかったのか、取巻きの少年少女たちの顔にも笑みが浮かぶ。
「貴様!」
「わたしのせいじゃないよ。文句なら、その男に言えば? いきなり襲いかかってくるんだから。そもそも指示を出したのは自分じゃないの?」
黒マントの男は少年を起こそうとするが少年は手を振り払って、自分で起き上がる。
「ブラッド、この変なクマをどうにかしろ!」
「ランドル様、周りを」
護衛の男が少年に声をかける。
少年が大声を出したことによって、人が集まり始めている。
少年は周りを見渡して悔しそうにする。
「ちぇ、おまえたち行くぞ」
取り巻きに声をかける。そして、わたしの方を見る。
「俺に逆らって、ただで済むと思うなよ」
それを言い残すと去っていく。
おお、悪役の捨て台詞が出た!
う~ん、でも、あのグループはなんだったんだろうね。ミサに関係があるみたいだったけど。
少年たちが消えるとミサが背中に抱き付いてくる。
「もう、行ったから大丈夫だよ」
少し震えているミサを落ち着かせるために、ベンチを見つけて休むことにする。
「それで、なんだったのあいつ。偉そうだったけど」
「この街の領主のサルバード家のランドルです」
わたしの質問にノアが答えてくれる。
やっぱり、貴族だったんだね。
まあ、グランさんのパーティーに呼ばれるぐらいだから、偉いさんの子供だとは思ったけど。
わたしがクリフに会う前に思い描いていた貴族だ。生意気で、自分中心に回っている人種。わたしがもっとも嫌う人種だ。
でも、領主って。
「この街の領主はグランさんじゃなかったの?」
「うん、お爺ちゃんも領主だよ」
「えっと、この街は領主は2人いるんです」
ミサの言葉にノアが足りない部分を補足してくれる。
1つの街に2人の領主がいるって話、初めて聞いたんだけど。
わたしの元の世界でも聞いたことがない。
「わたしも詳しくは知らないのですが、なんでも昔にファーレングラム家とサルバード家が武勲を上げて、この領地を平等に分け与えられたそうです。当時は仲が良かった両家ですが、時間が経つに連れて悪くなったと聞いてます」
ノアが詳しく説明してくれる。
1つの街に領主が2人ってところにも驚いたけど。
どうやって街を維持をしているの?
税金だってあるし、仲が悪ければお金の取り合いになりそうだ。
昔は仲が良かったから問題は無かったのだろうけど。今はどうしているんだろう?
「よく、それで領地経営ができるね」
「それはお爺ちゃんの東地区とサルバード家が西地区で分かれているから」
「それって、街が二つに分かれているってこと?」
ミサは頷く。
そんなことができるの?
まあ、今があるってことはできているんだろうけど。面倒くさそうな街だ。
当時の国王ってバカだったのかな。
1つの土地を2つの家に分け与えるって。でも、当時は仲が良かったから問題は無かったのかな?
時代が変われば、人間関係も変わる。家族の関係が孫まで仲が良いとは限らない。まして、財産や利権などがいろいろと関わってくると複雑になってくるものだ。
ミサには悪いけど、わたしがこの世界に来たときにこの街の近くに現れなくて良かったよ。
改めて森の中でフィナに出会えたことに感謝だね。違う方向に歩いていたら、こっちの街に来ていたかもしれない。
わたしは黙って話を聴いているフィナの頭を撫でる。
「えっ、ユナお姉ちゃん、なんですか!?」
フィナはいきなり、撫でられて驚いている。
そんなフィナのことは気にせずに撫で続ける。
「でも、領主の息子だからって、かなり乱暴だったね」
「わたし、あいつキライ。いつも悪口を言うから」
ミサが珍しく悪態を吐く。
確かにいきなり、パーティーに参加するんだから礼を言えって、そんなに偉いもんかね。
親の教育が問題だと思うけど。あんなのが貴族だと思うとゾッとするね。
「いつも、あんなに攻撃的なの?」
「うん、最近は特にそう。わたしを見つけると、すぐにお父様やお母様、お爺ちゃんの悪口を言いに来るの」
確かにミサを見つけた瞬間、苛めるターゲットを見つけたように嬉しそうにしていた。
性格の悪さはあの顔を見れば分かる。
「あれも、グランさんのパーティーに呼ばれているの?」
「うん。一応、この街の領主の息子だから。お爺ちゃんは呼びたくなさそうにしていたけど」
呼びたくないのに、呼ばないといけないって貴族の関係は面倒だね。
まあ、それは貴族社会だけじゃないけど。友達と遊びに行くときも、呼びたくない人を呼ばないといけないこともあるし。もちろん、わたしは無いけど。
会社だってそうだと思う。ドラマや映画を見ると、パーティーに呼びたくなくても、呼ばないといけないシーンがある。
付き合いは大事だけど。関わりを持ちたくない人を呼ばないといけないとか、貴族の社会も大変だね。
「それじゃ、周りにいた子も貴族なの?」
少年の取り巻きの少年少女たちもミサのことを笑って性格が悪そうだった。
「たぶん、この街の商人や商売をしている親の子供たちだと思う」
「商人の子供?」
「うん、いつも一緒にいるの見るから」
媚を売る取り巻きってところかな?
でも、子供のときから媚を売るって可哀想な人生だ。一生、あの少年に頭を下げ続けなくてはいけないのだから。
でも、元の世界でも変わらないかな。学校に入れば先輩に頭を下げ、会社に入れば上司に頭を下げる。そう考えると、あまり変わらないか。楽しい人生送るには力があるものに媚を売るのは仕方ないことなのかな。
その点、わたしは引きこもっていたから、そんな上下関係の先輩などはいなかった。
面倒な上下関係に関わりたくなければ、引きこもりが一番だね。
でも、商人たちの子供か。あれが子供だとすると親も同じような感じなのかな。
なんか、想像が簡単にできた。
悪どい商人が領主に力を借りて、お金を不正に稼ぐ姿が思い浮かぶ。
『お主も悪じゃのう』『いえいえ、領主様には』みたいな会話が脳裏に再生される。
あと、聞き捨てならないことを言っていたのが気になった。すぐに潰れるとか。
ファーレングラム家が潰れるってことなのかな。気になったが、さすがにミサに聞くことは躊躇われた。
なんか、屋台を見回る気分じゃなくなってきたし、どうしようかな。
「どうする? 今日はもう帰ろうか?」
「わたしなら、大丈夫です」
ミサは元気よく言うが、あんなことがあったばかりだし、子供同士の言い争いでも、グランさんに伝えた方がいいと思うんだよね。貴族の相手は貴族に任せるのが一番だ。
魔物だったら、わたしの出番なんだけど。
でも、このまま帰るとミサのせいで帰るような感じになる。そうなると、ミサが自分を責めるかもしれない。楽しい街の散策を邪魔をしたと。
「それじゃ、軽く回ってから帰ろうか」
「うん」
「はい」
「ユナお姉ちゃん、ありがとう」
3人娘は嬉しそうに返事をする。
ミサの気分転換をするために屋台を冷かしに行くことにする。
「ユナお姉ちゃん、こんなにいいの?」
「お金のことは気にしないでいいよ。オジサン、串焼き四本ちょうだい!」
串焼きを受け取ると3人に渡す。
「ありがとう」
3人とも美味しそうに食べる。
飲み物を飲みながら食べ物を食べる。幸せだね。あのバカ貴族に出会いさえしなければ、もっと気分よく散策ができたのに。それを口に出すとミサが悲しそうな顔をするから、口には出さない。
それが分かっているのか、フィナもノアもあれからバカ貴族のことは口に出していない。本当に良くできた子たちだ。
軽くだけど見回ったし、ミサの気分転換になっただろうし、そろそろ帰ることにする。