102 クマさん、帰る前にいろいろする
明日にはクリモニアに帰る予定になっているので、早朝から外出をしている。
向かった先は港。
ユウラさんとダモンさんを捜すためだ。
港に着いたけど船は一隻も戻ってきていない。
早かったかな。
魚介類の件で頼みたいことがあったんだけど。本当はお爺ちゃんズに頼みたかったんだけど、クリフとの話し合いで忙しそうだったので遠慮した。
港を歩きながら海を眺めていると、遠くから次々と船が港に戻ってくるのが見えた。
どうやら、タイミングは良かったらしい。
次々と港に大きい船や小さい船が入ってくる。
戻ってきた漁師さんたちを見ていると声をかけられた。
「クマのお嬢ちゃん。こんな朝早くから港にどうしたんだ」
「明日、クリモニアに戻るから、ユウラさんとダモンさんに挨拶。あと、魚介類の仕入れかな」
「なんだ。もう、帰るのか」
漁師さんが寂しそうにする。
「この町に来たのも魚を買うためだったからね」
「そうか。なら、今日捕ってきた魚、好きなだけ持っていってくれ。俺からの感謝の気持ちだ」
話しかけてきた漁師さんがとんでもないことを言い始めた。その言葉に周りの漁師さんも自分たちが捕ってきた魚介類を持っていってほしいと言い出し始めた。
嬉しいけど、いいのかな?
「ユナちゃん、どうしたの?」
ユウラさんとダモンさんが漁師さんたちの後ろから顔を出す。
「明日の朝に、町を出るからユウラさんたちに挨拶をしにね。それと美味しい魚介類を仕入れに来たの」
「そんなことなら、俺が捕ってきた魚を持っていってくれ。もちろん、お金なんていらない。ユナには何度も助けてもらったからな」
ダモンさんがそんなことを言うと周りが騒ぎ始める。
「おい、ダモン。後から出てきてそれはないだろう。俺たちだってクマのお嬢ちゃんに魚を貰ってほしいんだ。救われたのはお前だけじゃないんだぞ。こうやって漁ができることに、みんな感謝しているんだ。それを少しでも、返せるチャンスなんだぞ」
「そうだ。そうでなくても爺様たちに、嬢ちゃんに迷惑になるから近寄るなって言われているんだぞ」
お爺ちゃんズ、そんな指示を出してくれていたんだ。
「でも、俺たちは雪山でも、助けられているし」
「そんなの関係ない」
「そうだ。感謝しているのはお前だけじゃないんだぞ」
なんか、大変なことになってきたんだけど。
こういう場合、『やめて、わたしのために争わないで』とか言うと良いのだろうか。
「え~と、皆さん落ちついてもらえるかな。もし、魚を貰えるなら、ちゃんとお金を払って買うから」
「クマのお嬢ちゃんから、お金は貰えない」
「そうだ。それじゃ、お礼にならない」
「ダメだよ。そこはしっかりしないと。そうしないと、今後、わたしが魚を買いづらくなるよ」
「クマのお嬢ちゃんなら、今後もタダで構わないぞ」
「わたし、クリモニアの街で食べ物屋を開いているから、今後も定期的に仕入れたいから、やめてほしい」
「……分かった。今後は買ってくれ。でも、今回は貰ってくれ」
「う~ん、わかったよ。それじゃ、今回は貰っていくね」
妥協点でそこに落ち着いた。
「あと、なにかあったら言ってくれ、俺たち漁師はクマのお嬢ちゃんの頼みだったら何でも聞くからよう」
周りの漁師も頷く。
「それじゃ、一ついいかな?」
「なんだ」
「今、クリモニアの領主が来て、今後の町について、お爺ちゃんたちと話し合っているんだけど。驚かずに受け入れてほしい」
「元から爺様たちが決めたことに俺たちは逆らわない。まして、町を救ってくれたお嬢ちゃんのたのみならなおさらだ。その頼みは了解した」
周りの漁師たちも頷く。
これで、少しはクリモニアとの交流の話が出ても好意的に進んでくれるだろう。
わたしは新鮮な魚介類を手に入れて港を後にした。
もちろん、生きている魚は血抜きをしてもらってから仕舞った。そうしないとクマボックスに入らないためだ。
今更だけど、生きている魚を仕舞えないのは不便に感じる。
魚とかイカは最悪、冷凍ができる。でも、貝の冷凍は聞いたことがない。クマボックスで運ぶなら、貝を開いて、中身だけクマボックスに入れるしかないかな。
まあ、もっとも生きているものをクマボックスに仕舞えたら、ヤバいことができてしまうので仕方ない。
人が入ったら冷凍睡眠みたいなことができるし、魔物も倒さずに仕舞える。殺したかったら、剣の山の上にでも落とせばいいし。素材を無視していいなら火口にでも落とせばいい。
もし、入れた瞬間心臓が止まり、クマボックスから出しても心臓が動かないようだったら、魔物討伐ではクマボックスが最強の武器になってしまう。
そう考えると、このクマボックスの仕様は仕方ないかもしれない。
港を離れて、次に向かったのは旅館風のクマハウス。
昨日の続きをするためだ。
クマハウスに入る前に、先に庭を作ることにする。
まず、馬車が数台停められるスペースを確保する。それから、クマハウスの隣に解体するための倉庫兼馬小屋を作っておく。
庭の大きさがある程度決まったら、二mほどの塀で周りを囲う。入り口のドアは風魔法で木材を加工して取り付ける。最後の仕上げに門の上に、沖縄のシーサーのように子熊の石像を乗せておく。
外回りはこんなものかな。
クマハウスに入り、昨日の残りの作業を再開する。まずは一階から始める。風魔法で木材をテーブルに加工し、四十脚ほど椅子も作る。
キッチンに土魔法と火の魔法で作ったお皿、コップを棚にしまっておく。フォークやスプーンも忘れない。
一階はこれで終わりにして二階に上がる。足らないものは後日、買い出しに行けばいい。
二階の部屋はベッドしか置いていない。緊急性のある物は無いので三階に上がる。三階はわたしの部屋がある。この部屋もベッドさえあれば十分。ただ、子熊のくまゆるたちも寝るのでベッドは大きめに作ってある。他のお客様用の部屋はオマケ程度にテーブルと椅子を置いておく。
四階に上がる。四階は風呂場がある。椅子と桶を適当に作っておく。脱衣場には着替えを置く棚を作っておく。
これじゃ、小さな銭湯ね。
壁に富士山でも描こうかな?
必要最小限の旅館風のクマハウスは完成した。外観は、横に細長くなったので、熊が寝そべっているようになっている。なので、入り口の位置は横っ腹になっている。
一応正面からクマと分かるように顔は海の方向に向かせている。
これで、五軒目のクマハウスが完成する。
一軒目はクリモニア、二軒目はコケッコウの村の近くの洞窟の中。三軒目は旅用。四軒目は王都。そして、今回が五軒目になる。
家をクマハウスにする理由は家の強度が高くなるため。さらに、わたしの魔力でできているため防犯システムの力もある。わたしが許可を出さない限り、許可をした者しかクマハウスには入れないようになっている。
だから、わたしが留守にしていてもクマハウスに侵入されることはない。もっとも、入られても盗まれる物はなにもないけど。
クマハウスも完成したので一度、宿に戻ることにする。時間的に昼食の時間だ。
宿に入るとデーガさんがやってくる。
「デーガさん、食事お願い!」
わたしは食事を頼み、いつも座っている席に座る。
「嬢ちゃん、本当なのか?」
デーガさんは力を込めた手をテーブルに乗せる。
「なにが?」
首を傾げる。
なんのことを言っているのか分からない。
「全部だよ。嬢ちゃんがクリモニアの街まで行って、領主様と商業ギルドのギルドマスターを連れてきてくれたって聞いたぞ。しかも、あの二人がそうだったって言うじゃないか」
「そのことね。クリフが領主でミレーヌさんが商業ギルドのギルマスだよ」
「どうして、教えてくれなかったんだ。領主様とギルドマスターと知っていれば、もっと美味しい料理をお出ししたのに」
「クリフとミレーヌさんはデーガさんの料理、美味しいって言っていたよ」
「でもよ。二人とも、この町のために爺様たちが呼んだって言うじゃないか。もし、俺の料理のせいで」
「そんなこと気にしないで大丈夫だよ。料理は十分に美味しかったよ」
安心させるように言う。
「本当にそう思うか?」
「もし、不味かったら、食べないよ」
「なら、いいが。それじゃ、嬢ちゃんのために美味しい料理を作ってくるか」
デーガさんは嬉しそうにキッチンに向かう。
奥から、いい匂いが漂ってくる。
しばらくすると、湯気が立ち上っている温かい料理がテーブルに並ぶ。美味しそうだ。
「それはそうと、嬢ちゃん。トンネルを掘ったって本当か?」
「聞いたの?」
「ああ、嬢ちゃんが戻ってくるちょっと前にな」
どのように広まっているか分からないけど。やっぱり、わたしが作ったことになっているんだね。
「クラーケンを倒せる嬢ちゃんなら、トンネルぐらい作れるのか?」
「面倒だったけど、アンズのためにね」
「アンズのため?」
「ちょっと、先日、アンズにクリモニアに来てくれないかお願いごとをしてね。クリモニアの店で働いてほしいってお願いをしたの」
「クリモニアに……」
「でも、遠いから断られちゃって。でも、トンネルを作れば近くになるでしょう。そうすればクリモニアに来てくれるかなと思って」
「つまり、嬢ちゃんはアンズをクリモニアに連れていきたいからトンネルを作ったってことか?」
「始めはクリモニアに魚介類を運ぶルートが欲しかったから、トンネルを作ろうと思ったんだけど。アンズの言葉で作ろうと思ったのは確かかな。ついでにクリモニアの街とミリーラの町の件もあったし」
「でも、クリモニアで働かせると言っても店はどうするんだ?」
「わたしが用意するよ。パン屋とお菓子屋があるから、その隣でもアンズの店を建てるよ」
「簡単に建てるって、どんだけお金が掛かると思っているんだ」
「全部、わたしが払うから大丈夫。アンズには料理をしてもらうだけでいいよ。もちろん賃金も払うし、休みもあげるから、ミリーラの町に帰りたいと言えばいつでも帰れるようにするよ」
「そんな好条件を出して、嬢ちゃんになんのメリットがあるんだ」
「そんなの決まっているでしょう。デーガさんの料理を学んだアンズの海鮮料理が食べられるんだよ。それだけで十分でしょう。本当はデーガさんに来てほしいけど、そうもいかないでしょう」
「冗談じゃないんだな」
真面目な顔で聞いてくるので、わたしも真面目に答える。
「冗談じゃないよ。でも、無理やり連れて行くことはしないよ。嫌なら諦めるし」
嫌々作ってもらっても美味しくはない。作ってもらうなら楽しく作ってほしい。
「……アンズ! ちょっと来てくれ!」
奥に向かって叫ぶ。
「なに? お父さん」
奥の部屋からアンズが顔を出す。
「おまえ、クリモニアに行きたいか?」
「行きたいと思っても簡単に行けるところじゃないよ。それにお父さんやお母さんと離れるのは寂しいし」
「もし、クリモニアが近くになったらどうだ。数日で行ける距離になったら」
「そしたら、行ってみたいかな」
嬉しいことを言ってくれる。
「嬢ちゃんがな。クリモニアまでトンネルを作ってくれたらしい」
「お父さん、なに言っているの? トンネルが数日で作れるわけないじゃない」
アンズは笑いながらデーガさんの背中を叩いている。
「俺もそう思う。だが、さっき爺様たちがトンネルを公表した。そして、作ったのはこの嬢ちゃんだ」
「本当なの?」
「ああ、しかも、その理由がおまえをクリモニアに呼びたいからと来たもんだ」
「冗談だよね?」
「全部じゃないよ。クリモニアの魚介類の流通が欲しかったのが第一の理由。第二の理由としてアトラさんとお爺ちゃんがクリモニアと交流を持ちたがっていたから。第三の理由として、トンネルを作れば距離が近くなるから、アンズがクリモニアに来てくれるかもと思ったけどね」
「そんな、大きな理由の中にわたしが含まれているんですか?」
「十分な理由でしょう」
「……お父さん」
アンズがデーガさんを見る。
「嬢ちゃん、本当に娘でいいのか? なんなら、他の料理人も紹介するが」
「アンズが駄目なら、紹介してほしいかな。でも、わたしデーガさんの料理が好きだから、その料理を学んでいるアンズが一番いいんだけど」
「……アンズ、自分で決めろ。おまえの人生だ。おまえが自分の店を持ちたがっているのは知っている」
「お、お父さん」
「そんなに焦らなくてもいいよ。トンネルはまだ一般の人が通れるようになっていないから、来てもらっても魚が運ばれてこなかったら意味がないからね」
「うん、わかった。少し考えさせてね」
アンズは奥に行ってしまう。
「あ~あ、まさか、結婚をする前に出ていくとは思わなかった」
「まだ、クリモニアに来てくれるとは決まってないでしょう」
「行くさ。あいつ、隠していたが喜んでいたよ。トンネルを作った理由に一部とはいえ、自分の料理のために作ったと言われたら嬉しいさ。もし、俺がそんなことを言われたら喜んで絶対に行くさ。だから、俺の娘なら行く」
「なんなら、家族全員で来る? 宿屋作るから、家族で宿屋を経営してもらってもいいし」
うん、良いアイディアだ。
「嬉しい誘いだが、止めておく。俺はここで生まれ育ったからな。死ぬときもここで死ぬさ」
「もし、アンズがクリモニアに来てくれたら、遊びに来てね。今度はわたしが歓迎するから」
「ああ、そのときは行かせてもらうよ」
あとはアンズが来てくれることを願うだけだ。