赤き皇帝の降臨
「よっしゃあ、勝ったでござるよ! 拙者の活躍、見ていたでござるか? ハインド殿、ユーミル殿!」
おお、甘い、甘過ぎる……が、香りも食感も良いし美味いなこの菓子。
バクラヴァというパイ生地を使った料理を作って持ってきたのだが、これはイケる。
沢山の生地の層の中にナッツを練り込んであり、外側はシロップでコーティングしてあるというものだ。
ゲームで色々と料理を試して現実にレシピを持ち込む、というのが最近のマイブーム。
この場でも味は実感を伴うけれど、やっぱり腹は膨れないからな。
四人でモグモグと夢中になって口を動かす。
「って、寛いでる!? 拙者の試合の感想は!?」
「もごごーご! もごもごごごごご、ももーっ!」
「ユーミル殿、何言ってるか分からないでござるよ……」
「中々やるな! 次は私達の戦いぶりを見ているがいい! と言っている」
「ハインド殿は何で分かるの!? ユーミル殿、めっちゃ頷いてるから正解っぽいし!」
何となくだが、少なくともバジリスクの時に放った謎言語よりは分かる。
トビとコンビであるミツヨシさんの二人は、舞台から降りて直ぐに俺達の近くに寄ってきた。
セレーネさんは初見のミツヨシさんが居るので、リィズの陰に隠れ気味だ。
「愉快な連中だな、トビ君のギルメン」
「ミツヨシ殿……愉快過ぎて、偶について行けないことがあるのでござるが……」
人のことは言えないと思うんだがなぁ。トビだって酷い時は似たようなもんだ。
俺はトビと並んで立っているミツヨシさんにもバクラヴァを勧めた。
先程から俺達ではなく、手元のこれを見ていたような気がしたのだが……どうだろう?
「あ、物欲しげに見えちゃったかい? 実は甘党なんだよ。ありがとう」
彼は嬉しそうに礼を言うと、受け取ってバクラヴァに大口で齧りついた。
これだけ美味しそうに食べてくれると、調理者としては結構嬉しいものだ。
トビにも一切れ渡し、近くで見ていた女性集団にも余りそうだったのでお裾分けしておく。
味に関しては好評で、同じ物を食べたことで付近に謎の一体感が生まれる。
瞬く間にその一画は甘い香りが包む空間へ……あ、良かったらハーブティーもどうぞ。
食べ終わったトビとミツヨシさんは一度ログアウトすると言って去り、暫くは淡々と試合観戦。
「この闘技場で食べ物を売り歩いたら、結構儲かるんじゃないのか……?」
「ハインドさん、既に同じ考えのプレイヤーが行動に移しているようですよ?」
のんびりと戦いを見ながら呟くと、リィズが対面の観客席を指差す。
同じ様な衣装を着た、ギルドを組んでいるらしい複数のプレイヤー達が食べ物を売り歩いていた。
なるほど……そりゃあ俺が考えつく程度のことは他の人も考えるよな。
禁止されていたのは個人で開く賭博だけだったし、ああいうのも大会の利用法としては正しいと思う。
そんなまったりとした観戦時間も終わりに差し掛かり、いよいよ次が俺達の試合となった。
「ようやく出番か!」
「気合を入れているところ残念ですけど、相手が来ていませんよ? ユーミルさん」
「あ? それはどういうことだ?」
ユーミルの困惑に、セレーネさんがリィズの開いているメニュー画面を横から覗き込む。
それから納得したように頷くと、一言補足を入れた。
「本当だ。事前に運営にきちんと連絡を入れたみたいで、トーナメント表では棄権になってるね」
「ということは……」
次の俺達の相手は、NPCということになるようだ。
場内が騒めいている。
NPCの参戦者にプレイヤー達も興味津々なようで、その登場を今か今かと待ち侘びている。
グループHはここまで誰も欠場者が居なかったからな。
闘技場内の約半分はNPC用の席となっているのだが、今の所はそちらに目立った変化が見られない。
俺達は既に舞台の上でスタンバイ済みな訳だが。
どこから来るのか……そう思って周囲を見回していると、舞台の上に転移の光が溢れる。
中から現れたのは――
「余だ!」
「陛下、この試合で本日は最後です。終了後は約束通り――」
「くどい! 公務でも何でも、城に戻ってやってやると言っている!」
「結構なことです。明日も闘技場に赴かれるのですから、前以って片付けておかねばならぬ案件は消化して頂きませんと」
余だ、と叫んだその人の頭の上にはグラド・アルディ・サージェスという表示があった。
凍りつく場内、しかしネームの前には『皇帝』の文字がしっかりと刻まれている。幻覚ではない。
真っ赤な鎧に黒地に金刺繍のマント、赤髪と太い眉に彫りの深い顔立ち、パッチリとした二重まぶたの目……第一印象としては「濃ゆい」の一言。
体格は普通なのだが、その顔立ちのせいか非常に迫力があるように感じる。
「どうやら待たせてしまったようだな――さあ、構えよ来訪者! 余自らが貴様等の相手とならん!」
その言葉に、我に返った観客達が急激に沸いた。
一緒に来た政務官らしき青年は、その様子に深く嘆息すると下がって舞台から降りて行く。
まさかとは思うが……皇帝一人で戦う気なのか?
「な、なあハインド。私達って、運が良いのかこれは?」
「いや、登場時の皇帝様の台詞からして全部の試合の穴埋めをして回っているようだぞ。俺達だけじゃないだろう、この状況は」
「穴埋め……一人でか?」
「だろうな。当然のように単独で立ってるし」
つまりはこうなる。
穴埋めNPC=全部皇帝(主催者)という……何を考えてるんだ、運営のイベント担当は。
皇帝陛下が黄金の剣を抜いた直後、READYの文字が表示される。
予想外の事態に落ち着かない気分のまま、俺達は慌てて武器を構えた。
「安心せよ、手加減はする。が、そちらは二人纏めて掛かってくるといい……参るぞ!」
赤い塊が、こちらへ向かって真っ直ぐに突進してきた。
運営の言葉を信じた俺が馬鹿だった。
どの辺の強さがそれなりなのかと、問い合わせメールを五十通ほど送り付けてやりたい気分だ。
――皇帝グラドは恐ろしい能力を持っていた。
剣技に攻撃魔法、気功、果ては回復魔法に至るまでありとあらゆるスキルを駆使してこちらを圧倒してくる。
すなわち……
「「倒せねえええ!」」
ユーミルと声を揃えて叫ぶ。
どうやって倒せって言うんじゃ、こんなの!
HPは俺達の約十倍、MPも高速で溜まり回復もするし、良く見るとレベルも100と表示されている。
確かに即死させられていないだけ攻撃に関しては存分に手加減されているのだろうが……。
あちらのHPをじわじわと削っても直ぐに回復されるので、徒労感が半端ではない。
まだ一度も相手のHPを九割以下まで減らせていないので、それ以前の問題ではあるのだが。
「どうした、その程度であるか? このまま終わるようでは、今日戦った者達の中で最も期待外れということになるが……」
「私達が期待外れだと……? 許せええんっ!」
「待てユーミル! 挑発だ、乗るな!」
静止の声も虚しく、攻撃に動きが偏重したユーミルのHPは見る見る内にレッドゾーンへ。
俺はその様子を見て即座に『リヴァイブ』の詠唱を開始。
「まけいべっ!?」
そのままあっさりと打ち負けると、倒れて戦闘不能に。
皇帝が天を仰いで肩に剣を担ぎ、非常にがっかりした顔をした。
「……これで終わりであるか。ならば、試合はここまでに――」
「――と思っていたのか?」
「何っ!?」
復活したユーミルが皇帝の胸を鎧もろともロングソードで貫く。
俺は『マジックアップ』をユーミルに使用、直後――
「食らうがいい!」
「ぬうっ!」
MPが八割ほど溜まった状態で『バーストエッジ』が発動。
剣を伝った魔力が皇帝の体内で爆発する。
弱点判定をしっかり得つつ、クリティカルまで発生した一撃だったが……。
「素晴らしい連携だ……!」
ユーミルの剣を力づくで抜いた皇帝のHPは、残り八割五分という表示だった。
酷い力の差だな、これは。
「その奮闘に敬意を表して、余も少しだけ本気を出すとしよう」
「「いえ、結構です」」
「そう遠慮するな」
「「遠慮じゃない!」」
聞く耳持たず。
剣を高速でしまった皇帝は、素早く呪文の詠唱を開始。
ユーミルが止めようと動き出すが、無情にも一瞬で詠唱は完了。
それを見て、俺はユーミルをフォローすべく前へと走り出す。
「焼き尽くせ! レイジングフレイムゥゥゥ!」
暑苦しい叫びと共に放たれたのは、人一人を簡単に飲み込めそうな巨大な火球。
火・風系魔導士のスキルで、レベル40までに習得可能な中で最大の攻撃力を持つ魔法だ。
避けきれないと見るや、俺は自分に『レジストアップ』を掛けつつユーミルとポジションを入れ替える。
火球が眼前に迫り、弾けた。
「ぬおおおおっ! あっちいいいいい!」
HPが一気に半分になるが、神官の魔法抵抗は伊達ではない!
騎士の魔法抵抗も前衛ではトップだが、復活直後でHPが減っているユーミルでは恐らく受けきれなかっただろう。
火が収まった直後に『エリアヒール』を発動して、ユーミルごと自分を回復させた。
何故かそれを皇帝は黙って見ている。詠唱妨害も追撃も、一切の行動をしてこない。
不思議に思っていると……
「ハッハッハッハッハ! そうかそうか!」
大声で高らかに笑うと、今度は先程までと打って変わって満足そうな表情を見せた。
良く分からないが、何かに納得した様子ではあるが……。
その後、舞台の下に控えていた青年を呼び寄せるなりこう言った。
「帰るぞ、スキア」
「もう宜しいので?」
「満足だ。ともすれば、今日一番の手応えかもしれぬ」
「ほう……それはそれは」
「期待外れ、という前言は撤回するぞ! ユーミル、ハインド。明日も会えることを楽しみにしている。勝ち抜けよ!」
一方的に宣言すると、スキアと呼ばれた青年が呪文を唱えて皇帝と共にあっさりと目の前から消えた。
静まり返った場内で、俺達の名前が勝者としてコールされる。
視界にもWINNER! の文字が踊った。
パチパチという、聞こえてくるまばらな拍手が観客の心情を全て表していると思う。
俺達はその場で立ち竦み、ただただ唖然とすることしか出来なかった。
「……は? はあ!? さっぱり勝った気がしないのだが!? 何だこれはぁぁぁ!」
「――全くだよ! ああ、スッキリしねえなあああ!」
ユーミルと共に叫ぶも、その声は虚しく闘技場内に響くのみである。