検証と考察
「せっかく来たのだから、ここのモンスターと戦ってみよう!」
ユーミルがそんなアホな事を言い出したのは、息が整って俺が森に戻ろうと提案した後の事だ。
……何言ってんだこいつは。
「いやいや、さっきのPK野郎を見ただろ? 大群だったとはいえ、レベル5で数体しか倒せてなかったじゃないか。俺達はまだ3だぞ」
「一体ずつでも無理か!?」
「……PKと違って回復しないだろうから、倒せなくもないだろうけど。時間効率が――いや、まあ、やってみろよ。ちゃんとサポートはするから」
「フフフ、実は秘密兵器があるのだ」
「ん?」
ユーミルがメニュー画面を開き、ポンポンと操作する。
それが終わると腰に差した木の棒が消え、代わりにまともな見た目の剣がどこからともなく現れた。
「あれ、そんなの何時の間に――」
「蜂がドロップしたのを拾っておいた! どうだ、まともな騎士らしくなったろう!」
「あー、そうだな。後は馬に乗って、鎧を装備して、何処かの国に所属したら立派な騎士だな」
「そうだろうそうだろう! では、いざ行かん! 突撃ー!」
「聞いちゃいねえ……」
その後、念のために剣のデータを見せて貰い、初期装備に戻す様に勧めたがユーミルは聞き入れず……。
ちなみにユーミルが装備した剣は『粗雑なブロードソード』という名で、攻撃力が棒と同じたったの10、そして何よりも耐久力は――3しかなかった。
そして時間は冒頭の出来事へと遡る。
一応は倒せるだろうという俺の予想を大きく下回り、剣が破損して見事に敗北。
ユーミルがあっさりと戦闘不能になったので、聖水で蘇生させて一緒に『ドンデリーの森』に戻って来た所だ。
「よっし、到着。こうして移動すると、結構な距離を追われて逃げたのが分かるな」
「うむ、確かに。それで、まずは何をするのだ? 検証と言っていたが」
「最初にパーティでの経験値の配分を調べよう。それから、もうすぐレベルが上がるだろ? 敵とのレベル差によって経験値に補正が掛かるかどうかも知りたい」
「むむ……? 良く分からんから、指示を出せ!」
ユーミルが俺の指示を受けて剣を抜く。
もう見慣れた『キラービー』が実験台だ。
恐らくこのゲームで最弱のモンスター……なのだが、最初に俺達が素手で挑んで負けたのもこいつだったりする。
これって結構恥ずかしいことなんじゃないだろうか? 誰にも言わないようにしておこう……。
森に出るモンスターは二種類で、もう一種類は芋虫のような見た目の『キャタピラー』という魔物。
こちらは動きが遅い分、キラービーよりも耐久力も攻撃力も高かった。
総合的な強さはどっこいどっこいだが。
その後、パーティを解いたり組み直したり、レベルアップの前後で経験値の量を調べたりで色々と検証を行った結果……。
「やっぱり適正な狩り場で戦うのが一番みたいだな。雑魚を大量に狩っても、レベルが上がるにつれてゴミみたいな経験値になってく……それと、パーティだと経験値に微量のボーナスが掛かった上での等分だから、仮にソロでパーティと同じ速さで狩れるならそっちの方が効率は上になる。でも、それが現実的に可能かは甚だ疑問だから基本的にはパーティプレイの方が上だろう。つまり――」
「さっぱり分からん!」
「……。丁度いい強さの敵を、パーティ組んで素早く狩ると効率良いってこと」
「おお、分かり易い!」
「で、物凄く強いソロプレイヤーならパーティを越えられるかもってだけ。経験値を一人で総取りだから」
「最初からそう言え! 言っておくが、時間が合う時はソロ禁止だからな!」
「お、おう……」
良い狩り場を探せっていうのは、普通のRPGと一緒だと思う。
効率ばかり追ってもつまらないだろうけど、スタートダッシュと言い出したのはユーミルだからな……暫くは効率重視でいくべきだろう。
と、その前に軽くおさらいをしておこう。
TBというゲームの基本事項として、ステータスは非常にシンプル。
HP・MP・攻撃・防御・魔力・魔法抵抗の六つの項目で全てだ。
VRでは現実以上の体の動きをさせると意識が戻った時に肉体に多大な負荷が掛かるという制約があるので、ゲーム内の身体能力はどんなにレベルが上がっても据え置きである。
そのため素早さなどの数値は存在せず、レベルに従ったステータスによって与ダメージが上昇、被ダメージが減少することで力が増しているという表現が為されているようだ。
なので、運動神経がイマイチな俺が後衛という判断は正しいのではないだろうか。
それと、武器を装備していない状態の攻撃力が上がるとシステム側で「装備する武器の重量そのもの」が軽くなるのも大きな特徴だ。
これによってプレイヤーの筋力を増加させなくとも力が増しているという錯覚を与えることが可能であり、現実の体に影響を及ぼすこともないという仕組みだそうな。
つまり、高レベルの火力職ほど大型で高重量の武器を扱えるということになる。
防具の場合も同様に、素の防御力に依存して軽くなるとのこと。
これらの事から、素の攻撃・防御が伸びる職は現実以上の重装備が可能ということになる。
この辺りの知識は、ユーミルが豪快に読み飛ばしたチュートリアルに存在した項目である。
実際にレベルアップ後に木の枝が軽くなった実感があったので、恐らく間違いないと思われる。
といっても枝では元々が軽いので、単に勘違いという可能性もあるだろうけれども。
さて、そうしたら次は当面の装備をどうするかだな。
序盤というのも考慮して決めた方が良さそうだ。
……何か指標が欲しいので、ここはゲーマーの知恵を拝借するとしますか。
「なあ、ユーミル。このゲームって生産要素あり? 鍛冶とか、アイテム作成とか」
「モチロンあるぞ!」
「あー。そういう場合、NPCが店で売ってる武器とか防具は……」
「大抵、プレイヤーが作成したものより性能が下だ! お約束だな!」
やっぱりそうなのか。
だったら追々、そっちも俺がやらないとな……こいつは細かい作業が苦手だし。
そうなると初期投資として資金とか材料も必要になりそうなので、直ぐに使わなくなりそうな店売りを買うのも微妙だ。
うーむ……よし、決めた。
「レベル10までは初期装備で行こう」
俺がそう言うと、ユーミルが死刑宣告でも受けたかのような顔になった。
そんなに!? そんなに初期装備が嫌か!?
「何故だ! こんなダサい木の棒、私は嫌だぞ!」
また見た目の話か……。
しかしユーミル――お前はこの初期装備の素晴らしさをちっっっとも分かっちゃいない! 今からそれを教えてやる!
俺は拳を振るって力説した。
「馬鹿野郎、お前、初期装備はタダなんだぞ! 耐久値が設定されているってことは、砥石だったり店での修理だったりと色々と必要経費があるだろう!? それが耐久無限ってことは、維持費も全部0だ! この棒と枝を振り回して戦うだけでひたすら黒字になるんだぞ! スタートダッシュを切りたかったらレベル10までは我慢しろ、ドロップ品も使わずに全部取っとけ!」
タダ、無料、0円、サービス品、セール、割引……なんと甘美な響きだろうか。
あれ、後半は何か違うな。
俺の剣幕にユーミルが一歩下がる。
「ぐぬっ……この倹約家め……。だが、本当にこれで10まで行けるのか?」
「ステータスの上昇幅と敵の能力の上がり具合から考えて、行けるように設計されていると思う。平原で戦ったゴブリンも、そこまで倒せない敵って感じじゃなかったろ? 剣が折れさえしなければ」
「む……確かに、ダメージはしっかり入っていたな。あの剣、攻撃力は木の棒とほとんど一緒だったし……」
運営が散々提示しているように、レベル10まではゲーム的にも初心者ゾーン。
敵の強さの幅もほどほどでしかないと思う。
初期装備でも充分にクリア可能に設計されていると俺は踏んだ。
なので、PK野郎が装備していたような半端な物は不要だ。
「それでも平原で俺が戻ろうって言ったのは、一体を倒すのに掛かる時間が長そうだったからだ。あそこで戦っても、今の――レベル5か。ここまで来るのにもっと時間が掛かったと思うぞ」
「敵を倒す速さも大事という事か……今のレベルでゴブリンと戦えば、充分に効率が良いと?」
「そういうこと。装備も、プレイヤーが生産した武器が直ぐに手に入るなら変えた方が良いだろうが……現実問題、無理だろ?」
「無理だな。覚えるにしてもそういったものは習得するのに時間が掛かるのが普通だろうから。それに、まだゲーム内に生産専門の知り合いも居ないからな」
「それと、お前忘れてないか? インベントリ内に――」
「あっ! 経験値アップか!」
「そうそう。そんな諸々を考えた結果、初日の今日は初期装備で突っ走った方が良いと思った訳だ。どうだ?」
ユーミルが俺の言葉にうんうんうんうんと過剰なまでに頷いて見せる。
いや、そんなキラキラした目で見なくても、大した考察してないから。
むしろ恥ずかしいからやめてくれ。
それらの簡易な検証が終わり、レベルが5になった事もあって俺達は再び『ホーマ平原』へと向かった。
その途上、ユーミルがメニュー画面を開いて何かを気にし始める。
「ハインド、時間はまだ大丈夫か?」
「うん? 今、何時だ?」
「午後三時だな」
「あー、五時までなら大丈夫だぞ。そっからは夕飯の準備と理世の出迎えがあるから、そこまでだな」
「む? 夕食の準備は分かるのだが……理世の出迎えとは何だ? 家の鍵くらいは持たせているのだろう?」
理世というのは俺の妹のことだ。
今日は学習塾に行っているので、午後から家を留守にしているのだが……。
「なんかあいつさ、俺が家に居る時は玄関を開けて出迎えて欲しいって言うんだよ。鍵もわざわざリビングに置いて行ってさ。寂しがり屋なのは昔からだけど、俺は主人の帰りを待つ飼い犬か何かかっつーの」
「ちっ、あのブラコンめ……」
「ん? 今、ブラコ――」
「何でもない! お前の聞き間違いだ!」
「そ、そうか。お前ら仲悪いよな……」
未祐は竹を割ったような性格なので、余り人を嫌ったりはしないのだが……。
理世とは反りが合わないのか、会うと険悪な状態になることが多い。
但し大喧嘩にはならず、憎まれ口の応酬に留まっているので何とも言い難いところだ。
時間が解決してくれるのを祈ろう……と、ここは空気を変えたいな。
せっかくゲームをやっているのだし、楽しく行こう。
「とにかく、五時で一区切りだ。でも、折角だから五時までにレベル10を目指そうぜ!」
「おお、やる気だなハインド!」
「ああ。このゲーム、結構細かい所まで作り込んでありそうで楽しくなってきた。そういえば、気が付いてたか? キラービーは胴の細い所を叩くと、他の場所を攻撃した時よりもダメージが増えるぞ」
「弱点部位が設定されているのか!? 気付かなかった……」
このゲームはVRということもあってか、ノンターゲティング方式を採用している。
自由に狙いをつけられるので、敵のどの部位を攻撃するかもプレイヤーの判断で選択できるという訳だ。
弱点部位があることで戦略の幅が広がるので、俺としてはかなり好ましいシステムであるといえる。
「確か腹柄節って名前だったと思う。ハチから進化したアリにも共通する構造だな」
「何だお前! 虫博士か!?」
「小さい頃は昆虫図鑑が好きだったし、手掴みも出来たんだよ。今では到底無理だけど――って、そうじゃなくて。話を戻すけど、平原に着いたらゴブリンの弱点も探そうぜってことだよ。楽にレベル上げが出来るはずだ」
先程、色々と検証しようと提案した時の様にユーミルが目を見開く。
またか? と思ったが、今度は反応がより劇的なものだった。
ユーミルの口角がニュッと上がる。
「アハハハハッ! ハインド! ハインドー!!」
「な、なんだよ。背中を叩くな! 痛い、痛いって!」
急に笑い出すから発狂したのかと思ったぞ。
俺の背を叩くユーミルの顔は、何を考えているのか分からないが実に良い笑顔だった。
「私は今、色々とゲームをやってきた中で一番楽しい! 楽しいぞハインドー!」
「そ、そうか。良かったね……?」
「うむ! 最高だ!」
その後もユーミルはえらく上機嫌だった。
そして体調まで絶好調になったのか、平原に着くと目を見張る速度で次々とモンスターを撃破。
気が付くと、俺達は一時間ほどでレベルを10まで上げる事に成功していた。