お嬢様と執事、再来
『アルトロワの村』の隅っこ、使い慣れた見張り台の下。
ゴムの樹はこの付近にしかないので、俺達はゲームのスタート地点である村へと戻って来ている。
「よし、こんなもんだろう」
「これは結構な重労働……全部で五種類でござるか? このエルフ耳は」
目の前には、顔料と配合したラテックスを流し込んだ金属製の型が幾つか。
それらは例によってゲーム的な都合で数分で固まり、中身は既に取り出された後だ。
現在はバリなどの細かい部分の加工が完了したところだ。
今回はトビが言う様に、五種類の色違いの物を作製した。
ゴムの原料であるラテックスは固まる際に色が変化するので、やはり発色が不安だったが何とかイメージ通りに成功。
一応今回の配合比率はメモを取ったので、再びこれらと同じ物を作る事は可能である。
「色白・肌色・小麦色・褐色・色黒の五つだ。……で、トビ。お前ちょっとこれを試着してみ?」
「え、ええ!?」
「感覚で適当に作った色だから、違和感が出ないか試したいんだよ。ほら、この肌色の奴を」
「し、仕方ないでござるなぁ……」
満更でもない様子で頭巾を取るトビ。
付け耳を装着し、俺の方へと顔を向けて見せる。
「どうでござるか?」
「ああ。そのまま髪を金髪に染めれば、直ぐにでもエルフを名乗れそうなくらいには似合ってる……ちっ」
「ねえ、今舌打ちしなかった? 舌打ちしたよね?」
「色味も、まあ多少の違和感はあるが許容範囲内だろう。協力感謝」
「お、おう」
トビが返してきた付け耳をインベントリにしまう。
広げていた道具も全て片付け、二人で砂埃をはたいて立ち上がった。
移動を開始しながら、今後も付け耳を継続して作るかどうかの話へ。
「色が不安であれば、受注生産という手もあるでござるよ。やはり個人差はあるでござろうし」
「そうだな。拘る人で、やや高めの依頼料を提示してくれれば考えるが……ちと面倒だな」
「質が一定で同じ物であれば大量に売れる、という類のアイテムでもござらんしな……どの道、量産には向いていないようで。需要があるのは間違いないでござろうが」
「じゃあ、取り敢えずゴム製品に関してはこれで一旦凍結ということで。競合者も居ないだろうし、作った分は若干高めの値段で掲示板に登録しておこう」
「了解でござる」
掲示板でエルフ耳が欲しいと言っていた人が買えるといいが。
まぁ、俺が気にすることでも無いか。
この付け耳を全て売ることが出来れば、大剣で得た分も含めて当面の資金に困る事はないだろう。
取引掲示板は何処の街や村で登録しても共通なので、アルトロワの掲示板で一個5,000Gにて出品。
各色10個ずつ作ったので完売で250,000G、取引掲示板の販売手数料が一割なので225,000Gの収入ということになる。
とはいえ、これはあくまで皮算用に過ぎない。
トビとユーミルの薦め、それと掲示板での反応を見て生産を決めたが、売れるかどうかは未知数だ。
用が済んだので、二人で再び『ヒースローの街』へと引き返していく。
「このフィールド移動が結構しんどい……モンスターは無視できるとはいえ」
「乗り物が欲しいところでござるな。噂では、野生の馬の生息地が何処かにあるのだとか」
「捕まえて調教しろってか? それは骨が折れそう――お?」
ピロン、という軽い音が頭に響き、メールを受信したことを告げる。
トビに止まるように手で合図し、メニューを開いて確認すると……。
「ユーミル殿でござるか?」
「いや、別口のようだが……ヘルシャ?」
送信者:ヘルシャフト
件名:いつかの礼をお返ししますわ!
本文:今からヒースロー東部にある「ダラム山入口」までおいでなさい!
……えー。
命令口調な上に、相手の都合を全く考えない唐突な呼び出しだ。
どう対応したらいいんだ、これは。
俺が困惑していると、続けてもう一通のメールが届く。
送信者:ワルター
件名:お嬢様のメールについて、です
本文:あ、あの、こんばんはハインドさん!
お嬢様が失礼なメールを送ったかと思いますが、お嬢様なりのお考えあってのものなんです! 許してあげて下さい!
つ、つきましては、ご都合がよろしければ一緒にクエストを受けて頂きたいのです。
報酬は『スキルポイントの書』で……あ、あの、お願いします!
ご都合がなんて書きましたけど、もしおいでにならなかったらお嬢様の御機嫌が……そ、その、すみません! 宜しくお願いし
――酷い泣き落としを見た!
いや、本人に悪気は無いんだろうけどさ……文末が途切れているのは、恐らくメールを作製している途中でヘルシャに見咎められたせいだろう。
ワルタ―の気遣いと苦労が偲ばれる文章だ。
……まあ、なんだ……行くかぁ。
断る理由も特に見当たらないし、ユーミルからの連絡もまだだ。
「どうしたのでござるか? 百面相の後に溜息などついて」
「要約するとクエストのお誘いなんだが……トビも行くか?」
「もちろん! ……ちなみに、ちなみにでござるが。誘ってきたプレイヤーというのはどのような?」
「見目麗しい女子二人だが」
「ウッヒョー!」
「そのノリで行くなら置いていく」
「待って! 今すぐに落ち着くから! すー、はー、すー、はー……」
そのままヒースローの街を経由。
空腹度を満たすための料理を急いで用意し、合流地点へと向かった。
ヒースローの東にはイベント中に鉄鉱石の採取のために通っていたので、特に問題なく指定された場所へと到着した。
目当ての人物は……お、いたいた。
しかし遠くから見ても目立つなー、あの金髪。
今日も絶好調にくりんくりんと縦ロールしておられる。
ワルターの方も肩を縮めてヘルシャのやや後ろに立っており、前回会った時と変わりない様子。
「おお、確かに二人とも美人でござるな……特にショートの娘。儚げな雰囲気が拙者の好みでござる……」
「おい、そのにやけ面はそろそろ引っ込めろよ。目で分かる。またシエスタちゃんの時みたいになるぞ」
「おっと、これはしたり」
大丈夫かな、こいつ。
そのまま近付いて声を掛けると、腕組みをしたヘルシャがこちらを向いて不敵に笑った。
「よく来ましたわね、ハインド。約束通り、今日はたっぷりと返礼を――あら? そちらの不審者は一体……」
「ああ、やっぱり言われた。だから覆面は外しておけって言ったじゃないか」
「むう、忍者が余り顔を知られる訳には……」
「はいはい、分かったよ。ヘルシャ、ワルター、久しぶり。こいつは俺の友人のトビだ」
「お初にお目にかかる! 拙者、トビと申す」
「ヘルシャフトですわ。よろしく」
「わ、ワルターです……宜しくお願いします」
互いの自己紹介が終わったところで、クエストの詳細について聞いておくことに。
「今日はよろしく頼む。ところで、今回受けたクエストに人数制限ってあるのか?」
「ワルター」
「は、はいっ!」
ヘルシャに名前を呼ばれたワルターがせかせかとメニューを開き、受領中のクエストの詳細を開いてヘルシャに見せる。
その傅かれるのが当然といったヘルシャの態度に、俺の横でトビがやや眉をひそめているのが分かった。
もしかして、好みだからってもうワルターに肩入れし始めているのか?
「丁度四人までですわ。報酬も各自に出ます。運が良いですわね、覆面の方」
「それはありがたい。感謝致す、縦ロール殿」
「……何ですの、その呼び方は?」
「礼には礼を。非礼には非礼を以って返しているだけでござるが?」
「失礼な方ですわねっ!」
「お互い様でござろう!」
喧嘩を始めた二人に、俺とワルターが急いで止めに入る。
この二人、もしかして波長が合わない……? いや、間接的にワルターが原因になっているせいか。
これは面倒なことになったな……。