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追われる者として

「最悪パーティ討伐数はほどほどに、ユーミル殿の個人討伐数を限界まで高めてはいかがでござる?」

「確かにそれで“勇者のオーラ”だけは取れるかもしれん。でも折角だから、パーティ1位の報酬“不壊ふえのツルハシ”も欲しいじゃないか。パーティ全員が貰えるし、良いアイテムだと思うんだが」

「欲しい! 欲しいよ、トビ君!」

「お、おお……珍しくセレーネ殿がやる気に」

「セレーネさんは自分でも採掘をするからな。そりゃあ、取れたら嬉しいだろう」

「では、最終手段でござるかな……拙者の案は」

「ああ。ランキングの様子を見て、両方は無理そうだと判断したらそうしよう」


 トビがそんな妥協案を出してきたのは、現在の順位が予断を許さない状態だからだ。

 あれから数日、俺たちは順調に記録を伸ばし続けているが……下からの突き上げも非常に激しい。

 順位こそヒナ鳥たちと共に1位・2位をキープしているものの、何度か同率に並ばれたりもした。

 今夜も酒場に集まった俺たちは、今後について話し合いの最中である。

 ……メンバーはトビ、セレーネさん、それから自分と三人しかいないが。


「しかし、ここに来て一晩休みは非常に痛いでござるよ。ランキングがギリギリだというのに」

「仕方ないだろう。リィズは明日が小テスト、ユーミルは文化祭関連で緊急の仕事、ヒナ鳥たちは学校行事で朝が早いそうだからな。やっぱり、リアル優先だよ」

「そういえば、文化祭って日曜日だったよね? 私、行けそうだよ。ハインド君、トビ君」

「お、そうでござるか。歓迎するでござるよ! うぇるかむ!」

「後でユーミルやリィズにも伝えておきます」


 セレーネさんと俺たち四人は、既に何度か現実でも会っている。

 俺たち四人がセレーネさんの居住地近くまで行ったり、逆だったり。

 話が途切れたところで、トビが何とはなしに店内を見回す。


「……それにしても、この酒場も人が増えたでござるなぁ」

「ほとんど現地人だけどな。攻略関連の会話を盗み聞きされない分、俺たちにとっては都合がいい」

「繁盛しているよね。ハインド君のお陰かな?」

「いえ、ここは元々いい店ですから。もしかしたら、切っ掛けくらいにはなれたかもしれませんけど」


 この寂れた酒場『カエルラ』には、なんとNPCのお客さんが来るようになった。

 ミックスフライ以外にもあの店主に色々と料理を教えていたら、徐々に人が集まるようになり……今では、知る人ぞ知る路地裏の名店といった風情にパワーアップしている。

 店主は表面上、忙しくなったことに対して「面倒だ」と嘆いていたが、出てくる料理の完成度を見ればそれが本心でないのは丸分かりだ。

 面倒がっている人間にあのクオリティの料理は出せっこない。

 赤い顔をしたおじさんや若い団体客などが、酒と料理に舌鼓を打っている。

 そんな酒場内の様子を三人でボーっと眺めていると、待ち人がようやく店内に訪れる。


「すまない。待たせたな、三人とも」

「……ごめん。私の宿題が終わらなくて……」


 アルベルト親子が扉を開けて酒場に入ってくる。

 店内のお客たちは、背の高いアルベルトの姿を見てギョッとしたが。

 それにしても、遅れた原因が微笑ましくて俺たちの表情は微妙に弛緩した。


「ああ、それほど待っていないのでお気になさらず。フィリアちゃん、宿題かぁ……」

「……数学、苦手……」


 フィリアちゃんが少し下を向く。

 それでもしっかり終わらせてから来たのだから、普通に偉いと褒めてやりたい。


「そりゃあユーミル殿の仲間でござるな。文系が得意なら余計に」

「うん、文系はまあまあ……。トビ、は……?」

「拙者に得意な教科などないっ!」

「おい、ふざけんな。テストの度に勉強を教えている俺の身にもなれ」

「くっ……」


 アルベルトが口元を抑えて顔を背ける。

 もしかして、笑いを堪えている……?

 一応フォローするなら、トビが比較的マシな教科は日本史と古文である。

 なので、どちらかと言えばこいつも文系だ。

 アルベルトは表情を引き締め直すと、トビの顔をしっかりと正面から捉える。


「……確かに学生時代の勉強の大部分は、社会に出てから使う機会のないものばかりだ」

「そうでござるよな! 兄貴の言う通り!」

「だがな……己の可能性を狭めないためには、ある程度の学力が必要になることもまた事実。知識があって損をする、ということもそうそうないだろうからな」

「む……」

「説教をする気は更々ないが……せめて興味がある分野だけでも、しっかりやることを勧めておく」


 おお、アルベルトさんが良いことを言った! 良いことを言ったよ!

 尊敬する人の言葉だし、これでトビが少しでも勉強してくれるようになると俺も万々歳なのだが。


「……では、まず日本史からやることにするでござる!」

「ああ。応援しているぞ」


 俺も次のテスト結果には期待しておこう。

 トビは目を輝かせて「今夜から本気出す!」などとのたまっている。

 こうも上手くやる気を引き出してくれるとは……アルベルト、本当にありがとう。


「さて、現実での話はこの辺にしてだな……」

「おっと、そうでござった! いやー、兄貴たちとパーティを組めるとは誠に嬉しい! 話が出た時から、拙者楽しみで楽しみで!」

「引き換えにユーミルは悔しがっていたけどな。自分だけ組めない! 何故だ!? ってな感じで」

「ユーミルさんは、前回もそうだったからね……」


 前回のピラミッド探索のメンバーは、アルベルト親子とセレーネさん、リィズ、俺の五人だったな。

 そして今夜はこの場の五人でイベントに参加しようか、という話になっている。

 ヒナ鳥たちにも許可は得ているので、その辺りの問題はなし。

 一日分の傭兵料もちゃんと俺、トビ、セレーネさんで支払ってある。

 目的は純粋にイベントを楽しむことにあるが、記録が出てもそれはそれで。

 俺はインベントリを操作して、テーブルの上にアイテムを取り出そうとする。


「……ハインド、料理? 作ってあるの……?」


 フィリアちゃんが俺の手元を覗き込んでくる。

 この子は無表情ながらも沢山食べてくれるので、作り手としては食べさせ甲斐があって非常によろしい。

 故に、ついつい態度も甘くなる。


「うん、正解。今日は俺以外の全員が物理攻撃系だから、ガッツリお肉料理にしたぞ。さっき店主にレシピを教えながら作った――」


 ここの店主は揚げ物が好みのようなので、同じ系統の物を沢山教えてある。

 コロッケ、メンチ、洋食以外に天ぷらなどなど……。

 今回の物もそうで、串に刺さった揚げ物を次々と取り出し、皿に載せていく。

 最後に液体ソースの入った容器を置いて……。

 フィリアちゃんが椅子からテーブルに向かって身を乗り出す。


「レクス・フェルスの串カツだ。召し上がれ」

「美味しそう……!」

「効果は物理攻撃10%アップだ。これを食べてイベントに臨むことにしよう」

「相変わらずの高い効果だ。やるな、ハインド」

「お褒めに預かり光栄」


 小さく笑い合った後で全員一斉に手を合わせ、いただきますと口にする。

 調理酒に漬け込んでおいた肉は臭みも抜け、ソースの味も上々だった。

 肉の香りはラード油との相性が良く、衣もサクサクで食感も申し分なし。

 使ったのはヒレ肉で、脂身が少なく柔らかくて食べやすい部位だ。

 店主に教えたレシピでは、それが豚肉を用いたものに代わっているだけである。


「うん、美味しいよ! ハインド君」

「一杯やりたくなるな。ビール……日本酒……いや、ワインか? ウイスキーという手も……」

「お父さん、駄目……これから戦うのに……」

「美味い……けど、やっぱりご飯が欲しいでござる……白米が……」

「ほらよ。今夜は少しだけ炊いておいたから、しっかり味わえ」

「あるの!? ありがとう、ハインド殿!」


 それを見ていた周囲のNPCたちが、次々と串カツを店主に注文していくのが中々に愉快である。

 酒場の中はたちまち揚げ物とソース、それから酒の香りで一杯になった。

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