雌伏の時
「またあんたらか……」
「また私たちだ! 邪魔するぞ!」
「あの、ご店主。店内で武器の手入れとかアイテム作製とかしても、構いませんかね?」
「……勝手にしな」
「ありがとうございます」
仏頂面の店主と会話を交わし、ついでに飲み物を注文しながらぞろぞろと入店していく。
何だかんだで作業の許可をくれた辺り、見た目よりも優しい人なのかもしれない。
俺たちは、再び北門付近にある例の酒場へと戻ってきていた。
今夜のイベント攻略はここまでで終了。
現在の順位は全員十万位以下とお察しの低さである。
レイドイベントの反省もあるので、やや早目に切り上げた。
後は情報を整理して、明日の準備をする程度で解散となる。
「明日からは料理バフも使うか……炊事場の場所を把握しておかないと」
「先輩先輩。それって、私たちは一緒にいただいても?」
「もちろん。ちゃんとシエスタちゃんが作ったキノコも使うから、お楽しみに」
「へーい。感謝感激ぃー」
共同炊事場の混み具合によっては、また携帯調理セットの出番になるかもだが。
料理バフは今いる酒場のようなNPCが提供する食事でも付くが、効果は微量。
自分で作った方が良いのは言わずもがな。
調理済みでインベントリにしまえば持ち歩くこともできるが、枠を圧迫するので今回のような長期遠征には向かない。
一枠に重ねられる食材を持ち込んで現地で料理した方が、最終的に余裕のある状態をキープ可能となる。
「で、どうだ? リィズ」
「ええ。壁の累積ヘイト値の計算、終わりました。見ますか?」
「ありがとう。見せてもらうよ」
俺たちとヒナ鳥パーティで検証した結果を記録し、それを元にリィズが計算してくれた。
洋紙に書かれた、実際に戦ったウェーブまでの数値とそこから先の予想数値に目を通す。
それによると、WTが明ける度に『挑発』や『騎士の名乗り』を使うだけでは不足していくという厳しい数字だった。
「うーん……トビ、このイベント中は憎しみの蒼玉をずっと装備だな」
「マジでござるか。では、挑発を欠かさず使わねばならんでござるな」
「いや、分身も織り交ぜて使っていけばそんなにみっちり使わなくても楽勝だろう。特殊装備を持っているお前が無理だったら、誰もこのイベントで記録を伸ばせないぞ」
「おお、そういえば分身もござったな。拙者としたことが」
「色んな意味で縮地に夢中だもんな」
「あの、ハインド先輩。私たちの場合はどうすれば……?」
サイネリアちゃんが途方に暮れたような表情で呟いた。
そうなんだよな……装備品で補える俺たちよりも、そちらのパーティの方がシビアだ。
しかしこの壁のヘイト上昇量、実は絶妙な調整がされている。
「ふむ。そっちのパーティのタンクは、もちろんリコリスちゃんだろう?」
「はいはい! というか他のみんなの攻撃力が高くて、肩身が狭いです! タンクです!」
「そんなリコリスちゃんに朗報だ。活躍の機会が巡って来たぞ!」
「本当ですか、ハインド先輩!?」
「よかったな、リコリス!」
「はいっ! ありがとうございます、ユーミル先輩!」
今回のイベント、タンクが一人いると非常に楽になる設計だ。
パーティで壁になれる職業のほとんどには、大きくヘイトを稼ぐスキルが二つ以上用意されている。
前衛職全てに存在する汎用ヘイト稼ぎスキルに加え、トビのような軽戦士・回避型の『分身』のような独自スキル。
リコリスちゃんは騎士の防御型なので、『騎士の名乗り』に加えて『大喝』というスキルが存在する。
「この二つのスキルをWTごとに使えば、防壁よりも高いヘイト値を稼ぐことが可能だ」
「なるほどぉ……」
「大喝には範囲内の敵の防御力を下げる効果もあるから、デバフとしても使えるしね」
「そうですね! 堅い敵には積極的に大喝を使うことにします! こらーっ!」
「こらーって……リコの大喝、なんか効果が低そう」
「シーちゃんの意地悪っ!」
『大喝』は魔導士のものに比ると効果が低いデバフなので、過信は禁物だが。
それでもそちらのパーティのデバフは非常に乏しいので、貴重なスキルには違いない。
魔導士にはない利点として、一度に複数を対象にできるのも大きい。
デバフ用のアイテムも存在するにはするのだが、雑魚モンスターに大量に使うような物でもないからな。
運用コストが高く、作るのも難しいので調達が大変だ。
そんな事情があるので、今回のイベントでそちらのパーティが好成績を残せるかどうかはリコリスちゃんにかかっている……かもしれない。
「……なるほどな」
「アルベルトさん?」
それまで黙って話を聞いていたアルベルトが口を開く。
俺たち全員が視線を向けると、言葉を選ぶようにゆっくりと話を続ける。
「今夜一緒に行動して、お前たちの強さの秘密を垣間見た気がしてな。ゲームの基礎知識、抜かりのない検証、そしていつも疑問に思っていた初動の遅さ……以前から、お前たちはこうやってイベントをこなしていたのだな。色々と得心がいった」
「うむ! 私たちのギルドには、頼りになる神経質で口うるさいのが一人いるからな!」
「それ、一見褒めているようで全く褒めてないよな? なあ?」
「フッ……」
薄く笑うと、アルベルトは腕を組んで椅子に深く腰かけ直した。
その仕草を見て、俺たちの傍にいることを不快に思っていないのが伝わってきて嬉しくなる。
もう検証結果についても話し終えたので、本来ならいつログアウトしても問題ない状態なのだ。
後は自由行動ということで、それぞれ思い思いにインベントリの整理や装備変更などを始める。
「ところでハインド先輩、参考までにお訊きしたいのですが」
「何だい?」
食材整理の手を止めて、サイネリアちゃんの問いに顔を向けた。
「今回のイベント、壁役がいないパーティの場合は――」
「そうだなぁ……例えば、アルベルトさんとかユーミルのような攻撃型の職を例にすると」
腕組みをして静かに話を聞いていたアルベルトが、名を呼ばれ僅かにこちらを見た。
隣に座るフィリアちゃんは、何故かリコリスちゃんとあっち向いてホイをしている。
呼んだ? とばかりに近付いて来るユーミルを放置しつつ、俺はサイネリアちゃんに説明を続ける。
「WTごとにしっかり挑発なり名乗りを使って、その上でダメージをしっかり取る。特に序盤の防御が低い敵はチャンスだ。スキルを出し惜しみせずに、火力の高いものを叩き込んでおく。ヘイトはウェーブを跨ごうがオーバーキルだろうが敵全体共有でしっかり計上されるから、そうやって防壁よりも高いヘイト値を稼いでおく」
「なるほど……そうすれば、ヘイトを稼ぎやすい壁役がいなくても敵が前衛のアタッカーに向かって行くと」
「そうなるね。もちろん、タンクの方が安定するのは言うまでもないけど――この、やめろって!」
自分が暇なせいか、俺の頬を突いたり髪を弄りまわしてくるユーミルが鬱陶しい。
アイテム調合をしているリィズを見習って、自分の武器の手入れでもしておいてほしいもんだ。
「ハインド、それなら職専ギルドのような連中はどうするのだ?」
「職専? そりゃあ、場合によっては戦術が根本から変わるよな。例えば弓専のアルテミスなら……セレーネさんはどう思います?」
クロスボウの手入れをしていたセレーネさんが顔を上げた。
少し考えるように間を置いたものの、やがて明瞭な答えが返ってくる。
「射程限界から弓を撃ち始めて、漏らした敵をスキルで仕留める形になるかな。もしくはその逆で、範囲攻撃を誰かが撃ってから、撃ち漏らしを通常攻撃で仕留める……って感じになると思う。そうすればパーティ内でWTもやり繰りできるしね。ヘイトがどうとか関係なく、とにかく殲滅する形じゃないかな?」
「ですよね。俺もそう思います」
敵を止めるのではなく、壁に到達する前に倒してしまえという戦術。
射程と瞬発力のある弓術士という職業なら可能だ。
セレーネさんに礼を言って、自分の作業に戻ってもらう。
ユーミルが問いを重ねてくる。
「では、魔導士はどうなのだ?」
「魔導士は詠唱が存在する分だけ難しいけど、基本は弓と同じだと思う。ヘイト無視で殲滅。前衛の職専ギルドは、普通にさっき言ったヘイト稼ぎのどっちかでいける」
「神官は?」
「神官? 神官専? ……いや、無理だろ? どうやっても攻撃力もヘイト稼ぎも足りないぞ。強いて構成例を挙げるなら、前衛型が一人、均等型が三人、支援型が一人だな。前衛型が敵を殴りながら、隙を見て回復魔法を使っていけばヘイト累積値が足りる……かもしれない。いずれにせよ、高いプレイヤースキルを要求されるだろう」
「圧倒的に不利だな!」
「不利だな。そもそも神官専門のギルドってあるのか? 聞いたことないんだよな、神官だけは……」
職専ギルドで有名なのは何と言っても弓のアルテミスだし、次いで魔導士協会、重戦士専の暁の戦士団などがそれに続く。
掲示板では今後まだまだギルドが増えるだろうと予想されていたが、どうなることやら。
「しかしハインド殿。職専といえば、あの隣のパーティは面白かったでござるな」
「隣……ああ、二戦目で右側にいた軽戦士統一か。全員が罠型だったやつだろう?」
「そうそう! インターバルで斜面にトラップを設置して――」
「アレか! モンスターが通るとドカーン! だろう?」
「離れて見ているだけで敵が散っていったでござるからなぁ。モンスターの進路が決まっているこのイベントでは、設置型スキルはやりやすいでござろう」
「環境に刺さっているよな。もしかしたら、今回罠型が大活躍するんじゃないか?」
今回のイベント、戦闘中に他のパーティの動きを見られるのが本当に面白い。
目撃した変わり種のパーティや戦術の話をしながら、イベント初日の夜は更けていった。