文化祭準備・その2
翌日、昼休みの調理室には料理部のメンバーが集まっていた。
目的は文化祭の出し物についての話し合い……ほぼ全員いるな、相変わらず集まりの良い部員たちだ。
休み時間を使って井山部長がみんなを説得して回っていたので、料理部として何かすることについて部員たちは了承済みだ。
井山部長が頷いて立ち上がり、会議を始める。
「みんな、貴重なお昼休みに集まってくれてありがとう。とりあえず……えーっと……亘ちゃん?」
部員たちの肩から力が抜けた。
締まらねぇなぁ……。
俺は手に持ったチョークを置くと、みんなの顔を見回しながらこう言った。
「まずは可能・不可能を問わず各人がやりたいメニューを挙げましょう。それから具体的な検討に入るって形でいいかと」
「そうだね。そういうの、何て言うんだっけ? ブレ……ブレ……ブレックファースト?」
「ブレインストーミングですか」
「それそれ。みんな、ジャンジャン案を出してね! まず私はねー……カレーパン!」
「ちょっと前に、似た系統のピロシキを作ったばかりなんですけど」
「あ、あ! 亘ちゃん、いけないんだー! このブレ何とか、出た意見を否定しちゃ駄目って聞いたことあるもの!」
「そういう部分だけは知ってるんですね……ではカレー・パ・ン……と」
黒板の右端から出た意見を書き込んでいく。
部長が真っ先に案を出したからか、そこからはポンポンとアイディアが出てくる。
「たこ焼き!」
「ポップコーン!」
「フランクフルト!」
「フライドポテト!」
あー、定番。
この辺のしょっぱい系は主に男子の意見。
どちらかというと屋台向きのメニューが多いな。
「綿菓子ー。あれって機械が必要なんだっけ?」
「クッキーはどう?」
「クレープ食べたい」
「暑くなってきたし、かき氷とかよくない?」
「ああ、それいい! アイス系でもいいかも」
意見のほとんどが売れそうな物、だったり売りたい物、ではないのがポイントである。
自分が食べたい物を売るのは大事だと思うので、この流れで構わないはず。
黒板がどんどん埋まっていく。
「ホットドッグ! チュロス! ハンバーガー!」
全部パン絡みだ。
実に井山部長らしい意見だが、一人でいくつ意見を挙げる気なのか。
大体出尽くしたところで、そこから絞り込みの作業に移る。
「亘ちゃん、あとよろしくー」
「え!? あ、まぁ、いいですけど……何か異論があったら遠慮なく言ってくださいよ? みんなも」
「「「はーい」」」
それこそ、ここからは出た案の駄目出しというか却下していく作業なんだが……。
変な理由で却下したら不満を持たれるのは必至である。
まずは無難なところから……。
俺はプリントを手にすると、出された案の下に三角マークを付けていった。
「とりあえず、他のクラスや部活の出し物と被っているものに印をつけます。部長、確か被りは嫌って――」
「言った言った! どうせなら料理部だけのものがいいなって。ちょっとした変化でもいいから、何か特色が欲しいよね」
「ちょっとしたって、具体的には何なのよ実乃梨ぃ」
「そ、それをみんなでこれから考えるのよー」
結構な数のメニューに印が付いた。
サイドメニューなどで被ってしまって構わないものもありそうなので、印を付けるだけで消しはしない。
「へー。野球部でタコスなんてやるんだ」
「え、おいおい亘。わらび餅と饅頭、被ってんのか?」
「ああ、健治の案だっけかこれ。和菓子は渋くていいと思うんだけど、茶道部がお茶と一緒に出すってさ」
「マジかよ……当日食べに行こう……」
俺も茶道部の出店は見に行きたい。
簡単にだがメニューが絞り込まれ、次は具体的な出店方法をイメージして詰めることに。
まずは俺から大雑把な方向性の提案を。
「折角調理室っていう普通の教室よりも広いスペースがあるんだし、これを活用したい……と思うんだけど。みんなはどう思う?」
「そうなると、落ち着いて座って食べる感じ?」
「茶道部に対抗して、カフェスタイルにする?」
「3-Cと被ってるじゃん。いいの?」
「ウチのクラスは紅茶だから。コーヒーにしてメニューも違えば大丈夫だって」
お、なんだか自然と話が纏まりそうな気配。
結果、カフェスタイルでメニューは三種類とすることに決まった。
予算を組んでみないと分からないが、メニュー候補も十種類程度まで絞り込むことに成功。
短い時間の話し合いにしては、期待以上の成果である。
「ただ、肝心の料理部ならではの特徴とやらが出せていませんが」
「――はっ!? 亘ちゃん、こっち来てこっち!」
「はい?」
部長が俺を呼び寄せて隅っこでコソコソと話を始める。
みんなに隠す意味が分からないが……ふむふむ。
「コーヒーに工夫を?」
「亘ちゃんのバイト先、喫茶ひなたにお願いできないかな? エスプレッソマシンを借りたいんだけど」
「それなら家にありますから、俺が持ってきますよ。業務用は高いんで、借りてもし壊しでもしたら責任取れません」
「あるの!?」
「ありますよ。直台式も機械式も、ついでにミルクピッチャーもあります。でも、豆だけはマスターにお願いして用意してもらいましょうかね」
何なら焙煎からやっても構わないし。
深煎り、中煎り、浅煎りの三種類くらいになら分けてもいいかもしれない。
その場合は、それぞれどんな味になるのか注釈を入れる必要があるが。
俺の言葉を聞いた井山部長が、ニコッと笑って部員たちに向き直る。
「みんなー! コーヒーは亘ちゃんが担当してくれるって!」
「あ、ほんと? 副部長よろしくー」
「「「よろしくー」」」
「ちょちょちょ!? 待ってください、いきなり決定!? 過程をすっ飛ばさないでくださいよ!」
「だって亘ちゃん、クラスの出し物は当日ノータッチだって。だから多めに役目を振ってくれていいって言ったじゃなーい。人員は増やしていいから、責任者はお願い! 私は食べ物担当!」
「分かりましたよ! ――ならば健治! けぇぇぇんじ!」
俺は健治の名を叫んだ。
さすがにメインとなる人間が二人はいないと、休憩もできないし混んできた時に対応不可能である。
我がクラスの出し物は輪投げなので、俺は設営までやったら当日はやることがない。
健治が後頭部を掻きながら立ち上がる。
「何だ?」
「お前、結構器用だったよな? 当日までに淹れ方を教えるから、一緒にメイン担当でやってくれ! 頼む!」
「ああ、もちろんいいぜ。俺もクラスの仕事は少ない」
「よしっ。他のみんなにも簡単な仕事を割り振っていくから、そのつもりでよろしく!」
「「「うっす!」」」
あれ、返事したのが後輩男子たちだけだ。
どうやらいつの間にかコーヒー担当は、男性陣に決まってしまっているようだった。
向こうでは女子の固まりができて、どのメニューがいいか話し始めている。
仕方ない、折角だからこっちはこっちで準備を進めるとするか……。
話し合いが終わると、弁当持ちはその場で昼食を。
残りは急いで食堂や購買へと向かって行った。
俺は弁当持ちなので、時間的な都合もあってそのまま調理室で昼食を摂ることに。
料理部のメンバーで昼食を摂る機会も皆無ではないが、やはり普段と違って新鮮な感じがする。
「わぁ、亘ちゃんのお弁当ってば相変わらずカワイイ」
「女性陣の弁当のおまけみたいなもんですからね……あの、せっせとピーマン寄越すのをやめてもらえます? 嫌いなんですか?」
「亘ちゃん……パンやピザに乗ったり入ったりしているピーマンは味方よ。でも、それ以外のピーマンは敵なの! エネミーなの!」
「全く賛同できない不思議理論っすねー。じゃあ、代わりにこの人参グラッセを差し上げますよ」
「わーい」
テーブルを挟んで向かいの椅子に座る井山部長と、野菜同士を交換する。
甘味が去って、大量の苦みが残る形なのが悲しい。
隣の健治の方を見ると、キャンプで使うはんごうのような弁当箱を取り出していた。
「……こんな見た目でも、中身は普通の二段弁当なんだよな」
「真柴君のお弁当、そのまま火にくべたくなるわよねぇ」
「やめてくださいよ!? 亘も、絶対にやるなよ!?」
心配しなくても、実際にはそんなことやらないって。