本領発揮
二本目の戦いを始める前に、俺はユーミルを呼び寄せた。
このまま無策で負けてしまうのは、あまりに不甲斐ない。
三本目はこいつ自身の力に任せるとしても、まずは二本目。
「ユーミル、例の新スキルを使い忘れてるぞ」
「――あっ! そ、そうだったな。では、次は最初から織り交ぜて……」
「いやいや、折角だからラストアタックに使えよ。あのスキルは急激なチェンジオブペースの効果がある。ここぞという場面で使えば、必ず刺さるはずだ。じっくり機を窺ってくれ」
「なるほど……」
次は追い込まれての二本目だ。
メイさんが余程常人離れした反応を見せない限り、新スキルを絡めたユーミルの動きにはついていけないだろう。
他に言っておくことは……あ、そうだ。
「それと、メイさんの足さばきを見ていて気付いたんだがな」
「やつのふとももをか?」
「お前までそれを言うのか……違うって。多分だけど、利き足は右だ。左に比べて、右で撃つ頻度も蹴りの鋭さも格段に上だ」
「ふむ……」
「拙者が見ていた限りでもそうでござるな。左の混ぜ方も上手でござるが、本命は右でござろう」
「重心の偏りから考えて、私もそうだと思う」
左で撃ったのは牽制の前蹴りやローキックばかり。
最後のカウンターも右で放ったので、左が利き足という可能性が限りなく低いだろう。
もしそれがフェイクだとしたらお手上げだが……トビとセレーネさんの賛同も得られたし、きっと大丈夫。
「ただ、別に蹴撃型だからってパンチが出せない訳じゃないからな。そっちにも気を付けつつ……で、チャージ技も多分利き足の右でくるはず。その辺も考えながら立ち回れば、初戦よりも楽に戦えるはずだ」
「余裕があれば、軸足を払ってみるのもいいかもしれないですね。当たらなくても、バランスを崩せるかもしれません」
「分かった!」
見かねたリィズからも助言が飛ぶ。
折角だから勝って欲しい、というのはメンバー共通の思いだ。
別に何かを賭けている訳でもないが、俺たちのリーダーであるユーミルが簡単に負けるのはモヤッとする。
「勇者ちゃーん! まだー!?」
メイさんが呼んでいる。
俺はユーミルの背中を軽く押して、こう言った。
「よしっ、二連勝して決闘を終わらせてこい。期待してるぞ」
「任せろ! 必ず勝つ!」
「頑張ってください、ユーミル先輩!」
「うむ! 安心して見ていろ、リコリス!」
「ユーミル先輩、がんばー」
「応援しています、ユーミル先輩」
「ああ! 行ってくる!」
ヒナ鳥たちも口々に激励し、ユーミルを送り出す。
決闘を行う二人は広場で向き合い直すと、同時にコートを脱いだ。
少しでも身軽になるためで、決闘一戦の間くらいは凍傷にならずに持たせることが可能である。
再度決闘フィールドが張られ、システムメッセージが流れた。
途中までは一戦目の戦いと同じ、通常攻撃での殴り合いとなる。
しかし、今回は前回以上にユーミルが終始圧倒。
やはり後がなくなった時のこいつは半端じゃなく強い。
HPを八割以上残したまま、MPが最大付近まで溜まっていく。
メイさんは『治癒功』で回復しつつ粘るが、苦しい状況だ。
「一戦目とは全然違う……! これが大会優勝者の本気なの!?」
「――!」
珍しく、普段あれだけ喧しいユーミルの口数が少ない。
かなりの集中力で戦闘に入ることができたようだ。
何度かメイさんがカウンターを試みるも、今回はユーミルがタイミングを外して攻撃している。
こうなると、メイさんが採れる手段は一つ。
動きが回避主体のものとなり、右足での攻撃の一切が鳴りを潜める。
メイさんの表情は苦し気だ……それもそのはず、誰がどう見てもチャージ技『雷神脚』を狙っているのは明白。
チャージ開始直前の攻撃がヒットし、ユーミルのHPはギリギリ六割を切ったかどうかというところ。
『雷神脚』のフルチャージなら、一撃でここから戦闘不能まで持っていける可能性がある。
それを見たユーミルは攻めた。
しかしメイさんはチャージ中の右脚を使わずに、上手くそれをいなしていく。
チャージ技はチャージ中、それを使った攻撃を行うことができないという欠点がある。
チャージ完了までに畳みかけることに成功すれば、リスクを負わずにユーミルが勝利することが可能だ。
「はぁ、はぁ……もう少し……!」
「むっ、守りが堅い……!」
二人の動きが研ぎ澄まされていく。
相乗効果のように、互いに攻防の速度が際限なく上がっていった。
それを見ている俺たちの口数も減り、いつしか固唾を飲んでそれを見守ることに。
激しさを増すユーミルの攻撃を、果たしてメイさんは凌ぎ切った。
右脚に稲妻が走り出し、チャージが完了したことが分かる。
ユーミルはチャージ中に決着をつけられなかったことに歯噛みしつつ、大きく距離を取った。
「……これは分かり易い状態になったね、勇者ちゃん」
「……ああ。次の一撃を決めた方が勝ちだ!」
二人の気合と戦意が伝わってくる。
周囲の雪まで溶かしてしまいそうな熱さと勢いだ。
ユーミルのオーラが『捨て身』のエフェクトと共に、メイさんのチャージエフェクトとは比較にならないほど大きく膨れ上がり――
「行くぞっ!」
いつものように、自分から相手に向かって堂々と突き進んでいく。
脇構えの体勢で、一本の矢のように真っ直ぐに前へ、前へ。
対するメイさんは、ゆっくりとした前進で迎撃の構え。
大きく空けた距離が縮んでいく……二人がぶつかり合う刹那、変化が起きた。
赤い残像を出しながらユーミルの体が急加速し、メイさんの目の前で低く低く沈み込む。
「!?」
メイさんは距離を読み違え、慌てて右脚をユーミルに向かって振り抜いた。
雷が美しく尾を引き、強烈な威力を持ったフルチャージの『雷神脚』が舞う。
……一瞬前まで、ユーミルの頭部が存在していた宙空へ。
「もらっ――」
「しまっ――!?」
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
斬り上げる。
全力の斬り上げと同時発生した魔力の爆発によって、メイさんの体が嘘のように飛んだ。
新スキル『アサルトステップ』――効果は一瞬で、防具の重さを0にしつつステップ後のクリティカル確率を上げるスキルだ。
これにより、ユーミルは加速して『雷神脚』を掻い潜ることに成功した。
決闘フィールドの端にぶつかったメイさんが、HP0で落下。
二戦目の決闘はユーミルの圧勝で終わった。
「くぅぅぅぅー! 上位ランカーとの力の差をバッチリ見せ付けられちゃったよー! 悔しい、悔しい、悔しいぃぃぃ! 特に最後の何!? オーバーキルにもほどがあるって!」
「よし、三戦目だ! メイ!」
「鬼!? あのさ、勇者ちゃん……確かに一勝一敗だけど、どう見ても今の二戦目からして……」
「? よく分からんが、三戦目だ! 今の戦いのおかげで、私は絶好調だぞ! さあ!」
「おおう……分かった、やるやる! 三本って言い出したのはウチだしね! 勝ち目も完全に0って訳じゃない! ……はず! 多分! きっと! よっしゃあ!」
スキルなしでの通常戦闘の差、そして最後の攻防……それにより、メイさんはユーミルとの力量差を感じ取ってしまったようだ。
それでも戦意を失わない辺り本物の戦闘系プレイヤーだな、という気はするが。
しかし、三戦目を行おうとした直前……。
「メイー! どこだ、メイー!」
「メイちゃーん!」
「メイー! マーカーではこの辺だよな!? メイー!」
「やっば!? 勇者ちゃん、早く早く! 今の内に三戦目を始めちゃおう!」
「む? しかし……かなり焦ったように名前を呼んでいるが」
「――いた、メイ! なんで食堂にいないんだよ!?」
「あー!?」
彼女を呼ぶ声が響き、合流予定のパーティメンバーが到着。
慌てて決闘を開始しようとするも、メイさんは襟首を掴まれて連行された。
彼らの話によると、ギルドで召集がかかったので急いで移動を始めなければならないらしい。
メイさんを加えて男女二人ずつの四人パーティで、とても仲が良さそうな雰囲気である。
俺たちとの挨拶もそこそこに――
「マジ!? 勇者ちゃん!?」
「あ、本体さん! 蘇生タイミングのコツを是非! 一般論でもいいですから、何か!」
「実物スゲエ美人! 時間やべえけど、えーと、えーと……と、とりあえず帰ったら自慢だ!」
「えー、チミたち? ウチを迎えにきたんだよね? 時間、ないんだよね? ギルマスがキレちゃうよ? おーい」
そこそこに……とは言えないグダグダ具合だったが、慌てて村を去って行った。
メイさんは三戦目の決闘が取りやめになったことを、ユーミルに何度も謝っていたが。
あのままやっていた場合の結果は、火を見るよりも明らかだものなぁ……。
「むう……決着がつかなかったか」
「いや、ほぼ決着ついていたでござろう?」
「あの戦いの流れを見て、三戦目でひっくり返ると考える人はいないと思いますが」
「やってみなければ分からんだろうが! 今度会う時までに、私もまだまだ鍛える必要があるな!」
「……そうだな。実際、彼女の動きも決闘の中でどんどん洗練されていったし。切磋琢磨するのはいいことだ」
「うむ! 負けてはおれんな!」
前衛でもない俺が言うのも何だが、彼女からはかなりの伸びしろを感じた。
次に会った時にどうなるかは、それこそ誰にも分からないだろう。
そのまま決闘三戦目はうやむやとなり、ユーミルのフレンドリストにはメイさんの名が追加されたのだった。