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VRMMOの支援職人 ~トッププレイヤーの仕掛人~  作者: 二階堂風都
大型アップデートと新コンテスト
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大熊と蜂の巣と行き倒れ

 もちろん弦月さんからの提案に俺達は乗った。

 それはもう全力で、彼女が後ずさるくらいに全力で、むしろこちらからお願いする勢いでPTに加わってもらうことに。

 彼女以上の前衛が、野良PT募集で捉まるとはとても思えない。

 これは俺達にとって棚から牡丹餅、瓢箪ひょうたんから駒である。

 出発まで待ってくれるという弦月さんの前で、俺達は簡易ショップの後片付けだ。

 それがあらかた終わったところで、銀行に預ける金額の相談を少々。


「ククク。しかしボロい商売だなあ、リィズよ」

「ええ。一時間半で300万Gを超える売り上げとは……」

「笑いが止まらんなぁ!」

「全くです。フフ、フフフフ……」

「「アーッハッハッハッハ!」」

「あの、それ楽しいかい? 君たち」


 ジャラジャラと金貨を掻き回す手を止め、俺たちは真顔で弦月さんを見返す。

 そして、疑問の言葉に対して今の率直な気持ちをそのまま口にした。


「「あんまり」」

「ええー……」


 困惑の二文字が彼女へと襲い掛かる。

 エルフ耳の即売会について話を戻すが、最終的には一人当たり一分程度で応対できていたことがこの300万Gという金額からも分かる。

 一番長いのはゴムが固まるまでの時間で、作業自体は話しながら手を動かしていたこともあって短く済んでいたようだ。

 にしても売った個数、100個も行かなかったのか……冷やかしというか、町中には俺達を見に来ただけのプレイヤーも意外と多かったようだ。物好きな。

 気を取り直すように咳払いをし、手振りを交えながら弦月さんが言葉を発した。


「今の寸劇も内容はともかく、さすが兄妹といった息の合いようだね。エルフ耳を作製中の作業の受け渡しも、とてもスムーズだった風に見えた」

「それほどでもありますよ?」

「こらこら。100万……で良いか? 持ち出す金額は」

「それだけあれば、まず何をするにも不自由することはないと思う。いいんじゃないかな?」

「私も弦月さんの意見に賛成です。200万Gはここの銀行に預けていきましょう」

「ん、了解」


 銀行に寄り、準備を整えた俺たちは弦月さんと共に『ウェストウッズの町』を出た。

 目指すはルスト王国の王都『ウィリディス・ウルブス』である。




 ――それにしても驚いた。

 黒い巨躯を持つグラドタークと共に厩舎から出てきた俺たちに対し、弦月さんは美しい毛並みの白馬の手綱を引いて登場。

 彼女によるとその白馬は、上から二番目の等級『駿馬』であるらしかった。

 野生の『一般馬』を捕まえて調教、雌雄を揃えて配合させて世代を重ねる。

 それにより、成長後に能力が一定値に達した馬のランクが一般から上昇したのだそうだ。

 ただ、『一般馬』から『駿馬』を生み出すまでに経た世代は10世代だったらしく、名馬に仕上げるにはどれだけ掛かるのかと弦月さんは苦い笑みと共に溜め息を吐いた。

 農業区で建てることが可能な畜産系の育成施設は、馬齢や家畜の年齢を加速させたりできるらしい。

 アルテミスは特に馬の育成に熱心らしく、それでも『駿馬』はまだこの1頭しか居ないのだという。


「やはり羨ましいね、名馬というものは」

「そういや、弦月さんはどうして闘技大会に出なかったんですか?」

「……確かにそうですね。決闘を避けるような方でないのは、もう分かっていますし」


 グラドタークに熱い視線を向ける彼女に、俺たちは率直な疑問をぶつけた。

 見た戦闘がまだ一度だけであっても、弦月さんの実力は疑いようがない次元にある。

 その気になれば、本戦に出られないわけがないとはっきり断言できるほどに。


「それは単純な理由だよ。リアルが忙しかったんだ。もっと早く運営が報酬を告知してくれれば、どうにか時間の都合をつけられたんだが……」

「弓と馬は相性抜群ですもんね。騎射が上手いと格好いいからなぁ」


 PKギルド『夜陰の牙』と戦った際のセレーネさんのことを思い出す。

 彼女の武器はクロスボウだったので、弓だとまたイメージが変わる気もするが。

 敵の騎手を次々と撃ち落としていく姿は、とても勇壮なものに見えた。


「その通り、弓と馬は好相性さ。ああ、口惜しい……」

「ハインドさん。せめて、後で弦月さんにグラドタークを貸して差し上げたらどうです?」

「ああ、そう――」

「是非お願いする!」

「だな……えーと……では、後でお貸ししますね」

「ありがとう、恩に着るよ……!」


 弦月さんは嬉しそうだ。

 馬……というか乗り物全般に彼女はご執心の模様。

 ちなみに馬以外にも、アルテミスでは乗れる動物や魔物を捜しているのだそうだ。

 最終目標は空を飛べるタイプの乗り物を捜すこと、と彼女は楽しそうに語っていた。

 こうして自分達と異なる他人のプレイスタイルや目標を聞くのは、意外と楽しかったりする。


 そして俺たちは現在、迷路のような林道のフィールド『悪夢の森』を移動中である。

 何も知らずに入っていたら間違いなく迷っていたな……道は弦月さんが知っている。

 彼女の先導を受け、俺たちは敵モンスターと戦いながらゆっくりと進んでいく。

 しかも親切なことに、フィールド内の全モンスターと戦えるような移動経路で選んでくれているようだ。

 今も初見の『フォレストベア』という熊のモンスターが二頭、道の先に現れる。

 別段特徴のない、大きいだけの黒い熊の姿だ……現実であんな大熊に遭遇したら、まず逃げることを考えなければならないがこれはゲーム。


「弱点は鼻だよ。ヤツの鼻っ面を叩けば、後衛でも充分に対処が可能だ――では、行こうか」


 弦月さんの号令の下、リィズを抱えるように馬を降りてこちらから攻めかかっていく。

 振り分けは弦月さんが一頭を、俺たちでもう一頭を倒すという形だ。

 彼女が加入してからのPT戦闘は、俺にとって「楽」の一言に尽きる。

 指示は先程のような弱点の提示等で必要最低限、戦闘が始まると無言の合意が形成されてスムーズに戦いが進んでいく。


「偶には、他の職業のプレイヤーとのPT戦闘も……楽しいもの、さっ!」


 そんな発言をしながら弦月さんが鼻面に矢を一射、怯んだところに短剣を使って熊の両脇を斬り裂いていく。

 巨体が地響きを立てて地面に倒れ、光に変わっていった。

 レベル35の敵とはいえ、瞬殺か……クリティカルがじゃんじゃか出てたな。

 こちらは俺が杖でどうにか鼻面に一撃を入れ、リィズの詠唱が終わるのを待っている。

 杖によるダメージは低かったが、弦月さんの言葉を裏付けるように『フォレストベア』は涎を撒き散らしながら悶えたままだ。

 そして『シャドウブレイド』が完成し、13の黒い剣が熊へと突き刺さる。

 次の戦闘に備えて俺は余りそうなMPを『エントラスト』でリィズに渡したところで、戦闘終了。


「――どうかな? 食材は手に入ったかい?」

「ええ、熊肉が。旨味が強くて、煮物やスープなんかに合う肉ですよ。特にこの熊の手なんかはコラーゲンたっぷりで、現実でも女性にお薦めな食材です」

「すまない、ハインド。できれば出して見せないで欲しいと言うか……」

「おっと、失礼しました」


 切れてる熊の手なんか見たくないよな、普通。これではしゃぐのはユーミルくらいのものだ。

 ドロップが少なかった時などは今の発言から分かるように、もう一度戦えるよう弦月さんが気を使ってくれている。

 全くもって如才がない立ち回りだ。

 確認した限り熊肉はリィズが得た分と合わせて結構な量があるので、特に再戦の必要はないかな。


「ドロップ量は充分そうです。次に行きましょう」

「――ああ、そうそう。フォレストベアは蜂蜜を蜂の巣ごと一カ所に溜め込む修正があるのだけど……」


 弦月さんが思い出したように、急に足を止めて手を叩いた。

 そういえば、客だったあのロン毛の兄ちゃんが似たようなことを……うん、思い出した。


「それ、さっき会ったお客さんも言っていました。しかもフォレストベアは質の高い蜂蜜を選別するから、見つけられた時は非常にラッキーだとも。少し探してみても構いませんか?」

「もちろんさ。蜂蜜は用途が広いから、可能なら私も欲しい」

「ポーションの効能増強の他、やけど治しにも使えるのでしたね。もちろん、食材としても使えますし」

「うん。詳しいね、リィズ。調合が得意なのかな? ――では、付近を探してみよう。巣の機能が残っている場合もあるから、充分気を付けて」


 リィズが複雑な表情で弦月さんの言葉を首肯する。

 調合が得意ですと、胸を張って堂々と言えない自分の現状が引っ掛かっているのだろう。

 とはいえ俺と一緒に調合をやる内に段々と回復薬も作れるようになってきたので、いずれは自信を持って頷ける日も来ると思う。

 そんなわけで、俺たちは分散して林の中へ。

 PT状態なら道に迷うことはあっても互いの位置を見失うことはないので、多少の別行動は問題なし。




 そして俺は見つけた……見つけてしまった。

 荒く掘った穴にみっちりと入る大量の蜂の巣と、そしてその近くで倒れている……毒と痺れ状態で瀕死になっている二人のプレイヤーを。

 原因はあの、巣穴の前で複数匹飛んでいる『ポイズンワスプ』と『パラライズワスプ』のようだ。

 モンスターのレベルはどちらも30と低いが……アレか? もしかして、運悪く痺れ状態でハマったとか?

 倒れている二人の表示ネームは『ローゼ』と『エルデ』、どちらも所属ギルドは『ガーデン』だ。

 ……って、またガーデンかよ!? 助けるべきかどうか悩むような気が。


「うぅ……」

「あぐ……痺れ……れ、れ……」

「………………あー、もう! 仕方ねえな!」


 このまま放っておいたら絶対に寝覚めが悪い。

 俺は己の心の平穏を守るために、PTの二人を呼びつつ距離を保って『リカバー』の詠唱を始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何故 熊の手が美味しいかと言うと熊は手で蜂蜜をすくって食べるのでその成分もプラスされて美味しさが増す……様なうんちくが何処かに書かれてたはず?
[気になる点] 修正→習性ではないかと。 またよかったら確認してください。
[一言] 他にも指摘してる方がいるみたいですが一応載せておきますね 「――ああ、そうそう。フォレストベアは蜂蜜を蜂の巣ごと一カ所に溜め込む修正があるのだけど……」 の溜め込む習性のところですね、個人的…
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