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第二章:孤独共鳴の歌姫/1





 記憶を辿れば行き着くのは闇。

 深淵の中の静寂と静謐。

 けれどそれはどんな陽の光にも拭えない、深すぎる闇。

 いつまでも明けない夜は、暗すぎる世界と(くら)い記憶を一層冷たくする。

 それは捨てられない――私の記憶。

 それは歌われない―――私の孤独。

 捨てられないのならせめて。

 歌われないのなら、せめて。

 いつか重なり合う事を求めて私が謳おう。

 永遠(とわ)の孤独を、刹那の共鳴の為に。

 それは初めから叶わぬ夢。

 だって私は知っているから。

 私の歌は、誰にも届かないと。




 /孤独共鳴の歌姫

 /1



 夜の空。

 暗闇の平面に浮かぶ月は金色。それは輝いて見えるというよりもむしろ、空に穿たれた異界への門のように見える。この静寂の中では、ただ。

 夜の街は寒気を覚えるほどに静まり返っていた。

 時刻は一日の残りも僅かとなった夜。まだ深夜に満たない深淵。

 その中に――彼女、楠涼音はいた。

 制服のまま。手に持った鞄は彼女が一度も帰宅していない事を物語っている。

 彼女が居たのは夜の闇の奥。建物と建物の間の自然的に発生した暗闇の中。月光さえも満足に受けられる閉鎖空間は、完成した一つの異界。下界からの干渉を受ける事の無い故にそこにあるのは、虚しいだけの静寂。

 耳を澄ませば自分の心音さえも聞こえるのではないかと思うほどの夜の中で、涼音は眼を瞑った。或る筈の無い風を感じるかのように。或いは眠りに就くかのように。

 行動の真意は明確ではないが、そうした彼女の姿は時を止められたヒトガタのようだ。

 しかしそうしていた事が原因なのだろう。

 彼女の細い身体を誰かが揺らす。

「こんな時間に何してんの?」

 声は男の物。というよりも青年の物だった。

 涼音は眼を開けない。肩に手を載せられたままで静止している。

 構わず青年は言葉を続ける。

「その制服、うちの制服だよな。あんた何年?」

 表情には軽薄な笑顔。相手を安心させようとしている事が簡単に見破れる、安物の微笑み。

 この場所は夜、ちょうどこの男のような人間がたむろする場所とはまるで反対の場所だ。若者を集める夜の明かり。コンビニや書店、ファミレス等の施設は一切無い。零時になるまでもなく、完全な眠りに就く静かな通りなのだ。

 涼音の瞳は、未だ閉じたままだった。

「おい……」

 憤怒を堪えるように、青年の言葉が漏れる。

 華奢な肩を掴む手には少しずつ強い握力が込められていく。

「さっきから無視したがって、何とか言えよ」

 誰が聞いても苛立っていると解る口調と言葉はしかし、彼女には無意味だった。

 涼音は瞼を閉じたまま、小さな声で、けれど青年に確かに聞こえる声で、

 歌を、歌っていた。

「――――ッ!?」

 衝動は、彼のちっぽけな理性を簡単に崩壊へと導いた。

 頭で思考するよりも早く、言葉を発する余裕など無く、青年は少女の身体を押し倒す。

 鈍い衝突音は涼音の身体がアスファルトに打ち付けられた音。苦悶の声を漏らしてもいい、むしろ漏らさない方が可笑しいという状況でも、彼女は動じず、瞳を閉ざしたまま歌っている。

「……ああ、そうかい……。無理矢理されたいって事だな? 仲良くする気は無いみたいだから……俺も容赦はしないぜ?」

 肩で息をしながら、血走った眼で青年は言う。

 彼はここらでは有名な遊び人だった。不良グループの上層にいた彼にとって、夜の街で見かけた女との行為は特に珍しい事ではない。ある時は冷静に口説いて。ある時は仲間達と無理矢理に。今夜は前者のつもりだったようだが、少女の態度が彼のプライドに傷をつけてしまった為に、強行手段に移ったのだ。

 両手を少女の白く整った顔の隣に付き、荒い息を吐きながら、二人の顔は後数センチも寄れば鼻先が触れ合うほどの短い距離。

 それでも歌い続ける涼音の歌は、既に彼には聴こえていなかった。

「取り合えずここで一回してやるよ。その後は仲間達と。……くはは……もう泣いても喚いても無駄だぜ?」

 いつもなら大人数で行う行為。けれど今夜は自分一人。それも相手は今までに無いほどの美少女ときている。

 彼の理性は既に焼ききれていて、判断力は欠片ほども残されていない。

 それ故に、自分の行動の意味を理解していなかった。

「はあ……はあ――ああ?」

 否、彼には僅かに理性が残されていた。

 それが故に、少女がそれまで断固として開かなかった瞳を開いている事に気付いたのだ。

「何だよ、今更謝ろうとか、思ってるのか?」

 嘲笑が漏れる。

 彼はまだ気付いていない。

「あなたにも」

「はあ――?」

 そこでようやく出た少女の言葉。夜の空に美声が流れる。

 青年は自分を取り込むかのような、深い漆黒の瞳に見とれる事暫し、言葉を忘れた。

「私の歌は届かない――」

 薄れていた理性。それ故に自らの状況を理解できない青年。

「届かないのなら、せめて」

 声に引き戻されるように、青年が我に帰る。

 一度忘我に至った故か、彼の理性は再生を遂げていた。

 身体を震わす悪寒。

 暖かいはずの五月下旬の夜。

 彼は確かに、自分の全てが凍えるのを感じた。

 すう、と白い指が伸びてきて、青年の顔に触れる。


「私の孤独――あなたも感じて?」


 そこでようやく彼は気付くのだった。

 自分の犯した大きな間違い。

 それは彼女を陵辱しようとした以前の問題。

 この相手とは、関わっては、いけなかった。

 しかし気付いたときには遅かった。彼の脳裏に突如言葉が流れる。

「――――!?」

 意識に介入した言葉は呪文のような韻を含み。

 なにより、その量が異常だった。

「ぎゃ――――あああああああああああああああああああああああ!!」

 思考を埋め尽くす言葉。否、歌。

 少女の孤独を謳った歌に、青年は頭を抱えて転げまわる。

 一方で涼音は、自分を押し倒した音を見下ろして呟く。

「可哀想な人」

 感情の伴わない、冷たすぎる一言は月の下で叫び声に掻き消された。

 少女は謳う――月光の下で孤独の旋律に乗せて。今宵という孤独の歌を。

 第二章……というよりもようやく物語を進めようと思います。一章は序章。二章からは本格的なストーリーを書きたいと思います。

 それと前回更新よりジャンルを変更いたしました。詳しい事はブログにて公表しておりますが、ジャンル変更したからといっても、これまでと物語り自体はまったく変化ありません。

 これからもシリアスコメディー(我流ジャンルです)を存分に展開していきたいと思います! 

 では、これからもこの作品をよろしくお願い致します。

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