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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編小説

優しい殺人

作者: うわの空

 ええと、お姉さんも刑事さんなんですか? ……だってここ、取調室ですよね? それにお姉さん、スーツを着てるし。

 刑事さんっておじさんばっかりだなって思ってたから、びっくりしてます。私が女だから、刑事さんも女の人に変更されたんですか? だからといって、話しやすいかどうかは別ですけど。

 だって、今から話すのって、やっぱりあの時の話ですよね? アニメの話じゃなくて。アニメの話だったら、もうちょっと楽しくお話できたと思うのに。ああでも……。


 私が監禁されてた十年の間に、アニメも大分変わっちゃいましたね。好きだったアニメがもう終わってたり、ちびモン……ちびっこモンスターが二百匹から五百匹まで増えてたり。あと最近のアニメって、なんだか怖いお話が多くないですか。血が出たりするの。ああいうの、あんまり好きじゃないです。


 ……監禁って言葉は、違う刑事さんに教えてもらいました。あの男との生活が普通じゃないのは分かっていたので、じゃあなんだったんだろうって思って。私、監禁されてたんですよね。いえ、私以外の子も。拉致されたって、言ってました。『酷い事件だったんだよ。分かってるだけでも十二人の子供が、同じ男に連れ去られたんだ』って。

 よく生き残ったねってしょっちゅう言われるんですけど、これって褒められてるんですか? 私には、「どうしてお前だけ生き残ったんだ」に聞こえます。皆死んだのに、どうしてお前だけって。

 ……そんなことない、ですか。そうですか? 本当に?


 私自身、人間を一人殺していても?



 やっぱり、今日はそれをお話した方がいいんですよね。じゃあ……。

 あの男に無理やり車に乗せられたのは、確か六歳の時だったと思います。あ、それは親からの捜索願で確認されているんですか? じゃあ六歳です、間違いなく。

 その時連れ去られたのは私と、私の妹でした。妹と言っても、同じ六歳。双子だったんです。

 二人で公園で遊んでいる時、急に大きな男が現れました。フランケンシュタインのような、四角い体格の男です。まず、妹が手を引っ張られて。やめてってお願いしながら後をついていったら、私も車に乗せられました。

 ……あの時、やめてって言いながら男の後ろを歩くんじゃなくて、近くにいるかもしれない大人を探しに行った方がよかったのでしょうか。公園から三分くらい走れば、コンビニもあったのに。でもそうしたら、妹だけ連れ去られていたんでしょうか。


 分かっているのは、今更考えても無駄だってことです。


 連れていかれたのは、山奥にある小屋でした。小屋って言っても、結構な大きさがあって。昔は芸能人が別荘として買っていたんだって男は言っていました。

 私と妹がそこに着いた時には既に、男の子と女の子が一人ずついました。あの子たちも被害者だったんですよね。二人の名前ですか? ……ごめんなさい、思い出せません。

 手足を縄で縛られたりすることは無かったんですけど、小屋から出ることは許されませんでした。男の言うことを守らなかったら手足を拘束されたりしていたので、軟禁とも監禁ともいえる状態です。あ、軟禁っていう言葉も、違う刑事さんに教えてもらいました。


 ――その小屋でどういうことがあったのか、ですか。あんまり言いたくありません。思い出したくない。でも、重要なのはそこなんですよね? まだ見つかっていない子たちがいるって聞きました。その子たちのためなんですよね。なら、私もできる限り頑張ります。

 連れてこられた子供たちは、大きな音を立てたりせず、一つの部屋でじっとしていなければなりませんでした。八畳くらいの、埃っぽい部屋です。部屋には窓と扉以外、何もありませんでした。布団もありません。子供たちがいる部屋だけでなく、あの小屋自体、ほとんど物がありませんでした。電話もテレビもパソコンもなかったし……。

 子供たちは普段じっとしていて、男に呼び出されたら部屋を出ます。それ以外の時は、ほとんど動いてはいけません。ヘタに音を立てて、それが男の気に障ったら。……殴られるか蹴られるかです。十分でも二十分でも、一時間でも。男の気が済むまで。

 呼び出されたら、男の言う通りにしなければなりません。「灰皿」って言われたら、腕を出します。……男は煙草を吸っていましたが、あの小屋に灰皿はなかったんです。私たちの腕や背中が灰皿でした。私の腕にある火傷の痕も、「灰皿」になった結果です。

 よく見ると火傷これ、単語になってますね。煙草を使って、私の腕に落書きしてたんでしょうか。


『ゴミ』


 ……その通りかもしれません。


 あとは、「サンドバッグ」。これを言われたら、死んでもおかしくないってくらい殴られます。泣いたり声を上げたりしたらもっとひどくなるので、絶対に泣いちゃいけません。悲鳴もダメ。だけど、ずっと無言でいたら、「面白くない」と言われて余計にひどくなる場合もありました。どういうリアクションをとっても、結局は男の気分次第なんです。

 それから、これは十歳くらいの女の子に使われていたんですが、「人形」。私も後からこの言葉を使われるようになりましたが、これは、…………。

 六歳の時に連れ去られて、そのまま勉強もしたことがなかったから、そういうのも全然知らなかったんですけど、「えっちなこと」をされていました。他の刑事さんに「セックスだな?」って言われたんですけど、セックスであってるんですか? 裸にされて、それで、……ごめんなさいやっぱり言いたくありません。セックスだと思います。ごめんなさい、ごめんなさい。


 何よりも一番怖かったのは、全員が呼ばれた時です。いつもは一人ずつ呼ばれるんですけど、とある時だけ全員が呼ばれます。

 ――公開処刑。男はそう言っていました。

 全員が呼ばれた後に、名指しされた子供。その子が処刑されます。この時はもう、泣いても泣かなくても意味がありません。


「さあ、公開処刑だ」


 男はそう言って、その子供に色んなことをします。身体中にドライバーを突き刺してみたり、指を一本ずつ切り取ってみたり、お腹を切って、ぐちゃぐちゃしたものを取り出したり。その子供が動かなくなるまでずっと、血が噴き出すようなことを延々と続けていました。

 公開処刑。これは、殺されてしまうということです。

 絶対に、簡単に殺したりはしません。けれど最後だけ、絶対に死ぬようなところを狙います。私たちに教えるようにして。「けいどうみゃく」とか「しんぞう」とか「ずがいこつ」とか言っていました。


 ……最近流行っているアニメってやたらと血が出ますけど、あれってちゃんと分かってやっているんでしょうか。たとえば、痛いことをされて悲鳴を上げるシーン。あれをやっている声優さんは、身体にドライバーを刺されたことがあるんですか? 目玉をえぐりだされたことは? 舌を切られたことは? あるいは、それをされている子を間近で見たことはあるんですか?

 絵に関してもそうです。内臓が実際はどんな形でどんな色か、分かっているんでしょうか。においは、かたちは。どこを刺されたら、どう血が出るのか。血がどれだけヌメヌメしているか、水とは全然違うのか。……分かっていない気がします。

 血が出るのが、人が痛がるアニメが、そんなに楽しいんですか?


 楽しいと思っている人がいるなら、その人たちこそ、あの小屋に行けばよかったのに。


 ――ごめんなさい、話が逸れました。子供を一人「公開処刑」した後ですが、飛び散った血の後片付けは残った子供たちに任せて、男は死体を抱えて外に出ていました。エンジンの音は聞こえなかったので、徒歩だったんだと思います。大体、二時間程度で帰ってきていました。その時にはもう、子供の死体もありません。

 なので、死体はあの小屋から徒歩一時間圏内にあるはずです。子供を殺してから穴を掘って埋めていたのなら、もっと近い場所だと思います。これ以上のことは分かりません、すみません。

 男は「公開処刑」で一人殺し、しばらくしたらまた新しい子供を連れてくる、というのを繰り返していました。



 ……そろそろ、私と妹のことをお話しようかと思います。

 私と妹ですが、「公開処刑」を見ることはあっても、選ばれることはありませんでした。私たちの後から来て、先に殺されてしまう子供もいたんですけど、何故か私たちは選ばれなかった。気に入られていたのかもしれません。女だから……「人形」にもできますし。

 拉致されてから五年後、十一歳の時。ついに、残った子供は私と妹の二人だけになりました。

 そうしてある日、男が言いました。


「一人は三日間、じっくりいたぶってから殺す。一人は殺さないが、一生なぶり続ける。どちらがいいか、二人で話し合って決めろ。明日、答えを聞く」


 ……拷問されて殺されるか、生きる代わりに一生「人形」になるか。私と妹は選べませんでした。

 結果、私と妹は逃げ出すことにしたんです。

 実は一度、逃げ出そうとした男の子がいました。けれどその時は見つかって、すぐに「公開処刑」されたんです。しかも、今までで一番ひどいやり方で。それを見てから、逃げ出そうとすることは死を意味していると思っていました。けれどあの時ばかりは、二人で逃げようと決めました。

 男は不用心と言うか、扉に特殊なカギをつけたりしていませんでした。すべて室内から開けられる形式の物ばかりです。私たちのように、やせ細って貧弱な子供が逃げ出しても、すぐに捕まえることができると高をくくっていたのかもしれません。

 男が風呂に入ったのを見計らって、私と妹は外に出ました。外に出る時、万が一のためにと台所から包丁を盗み出していました。外は真っ暗。周囲は木で覆われていて、方角すら分かりません。私と妹はとにかく、まっすぐ走りだしました。

 けれど、うまく走れませんでした。食事もろくにもらっていなくて、身体が弱っていたせいです。私はいま十六歳ですけど、身長と体重は、小学五年生くらいなんですっけ。

 私と妹はすぐに息切れして、しゃがみこんでしまいました。その時、後ろから男の声が聞こえてきました。

 ――ばれたんです、逃げ出そうとしたことが。

 私はすぐに走りだそうとしたんですけど、妹はもう走れないと言いました。見ると、妹の足の裏は深く切れていました。鋭利な石にひっかけたようです。……靴なんて買ってもらえなかったので、二人とも裸足だったんです。


「お姉ちゃんだけ逃げて」


 妹はそう言いました。後ろから、男の怒鳴り声が聞こえてきました。

 私は、思いました。


『一人は三日間、じっくりいたぶってから殺す。一人は殺さないが、一生なぶり続ける』


 どちらかが死んで、どちらかが生きる。

 もしもここで私が逃げたら、私が「生きる人間」になる。

 つまり、妹は「殺される人間」になる。

 全身にドライバーを刺されて、指を折られて、切断されて、目玉をえぐりだされて、顔面にアイロンを押し当てられて、耳を引き抜かれて、鼻を削げ落されて、舌を切られて、膝と肘をハンマーで砕かれて、お腹の中身をかき混ぜられて、内臓を取り出されて、それから、それから……。


 ――死ぬのならせめて、苦しまない方法で。



 私は、持っていた包丁を妹の首に突き刺しました。



 けいどうみゃく。

 思ったのはそれだけでした。

 ここを切ったらあっという間に死ぬのだと、私に教えたのはあの男でした。

 どちらかが死んでどちらかが生きる、そして死ぬのが妹なら、せめて苦しまずに死んで欲しかった。

 首からびゅーびゅーと血が出て、口から泡みたいな血が出て。……痛かったのかどうかは分かりません。ただ、何か言おうとしていた気がします。泡だらけの口が、パクパクと動いていました。

 ――けれど結局、妹は何も言えずに死にました。

 ここで、男が私の肩を掴みました。妹が逃げてと言ってくれたのに、私は動けなかったんです。男は無理やり、私を小屋に連れ戻しました。


 そこから五年間、私は「灰皿」か「サンドバッグ」か「人形」として過ごしました。


 ――……妹、見つかってないんですよね。どこにいるのかは、私にもわかりません。恐らくあの男が埋めたんだと思います。けれど、これだけは言えます。


 妹はもう、死んでいます。

 私が、殺しました。



 きっと、刑事さんも思ってるんでしょ? 私のこと、馬鹿だなって。

 私は、ハッピーエンドが好きでした。

 だから私は心のどこかで、男が心をいれかえて『いい人』になって、私と妹は家に帰って幸せになって……、そういう話を夢見ていたんだと思います。

 けれど。昔の私は馬鹿だったとしか思えません。


 私ね、思うんです。殺すのなら、あの男を殺すべきだった。


 私と妹が逃げる時、男は風呂に入っていました。どう考えたって無防備です。体格差を考えて、私は男には絶対にかなわないと思っていました。男はある意味で、私たちの神様のような存在になっていたんです。抵抗できない存在。今でもそうだと思っています。けれど入浴中の男なら、背後から襲えたかもしれません。

 なのに、ハッピーエンドが好きな私は、誰かを殺す道を『ここでは』選べませんでした。逃げることだけを選んだ。


 それなら、私か妹が死ぬとなった時、本当はどちらを選ぶべきだったんでしょう。

 私は死ぬまであの小屋で苦しむ覚悟をしていましたが、実際はそれから五年後に警察の人に助けられました。「灰皿」も「サンドバッグ」も「人形」も、五年だけ我慢すればよかった。

 五年間だけ我慢すれば、助けてもらえた。

 それなら私が死んで、妹が生き残った方がよかったのかもしれません。


 私はあの包丁で、自分を刺すべきだったのでしょうか。


 それとも、背後から襲い掛かってくるあの男と戦った方がよかったんでしょうか。入浴中ならともかく、あの状態ならどう考えたって私たちに勝ち目はありません。それでも、立ち向かった方がよかったんでしょうか。でたらめにでも包丁を振り回して、泣き叫んだ方がよかったのでしょうか。結果、二人とも死ぬことになっても。

 そちらの方が、人間らしかったのでしょうか。

 ……いいえ。誰かが絶対に死ぬと考えてしまっている時点で、あるいは誰が死ぬべきだったのか考えてしまっている時点で、もはや人間らしくないのでしょうか。


 それとも。

 もしかしたら私は、本当は。

 妹を殺してでも、自分だけは生き残りたいと思っていたのでしょうか。



 ――刑事さん。もう分からないんです。妹を殺してから、ずっと考えてきました。それでも答えは出ません。そもそも、答えなんてあるんでしょうか。分からないんです。分からない。


 刑事さん。



 生きるのと死ぬのは、どちらの方が苦しいのですか?







 患者Aのカルテ


 見当識障害あり(精神科医を刑事だと思い込む、白衣をスーツと見間違える、診察室を取調室と言い張る、自分の年齢を十六歳だと主張する等)


 事件発覚(警察による保護)から五年経ち、知識、語彙力は格段に伸びているが、二十一歳として考えるのであれば一部発達が追い付いていない。特に性に関する単語やエピソードを嫌い、深く追及するとパニックによる自傷行為を繰り返す。

 見当識障害に関しては、事件に関するトラウマおよび罪悪感が関与しているとみられる。

 監禁時の記憶は(拉致当時の様子、小屋の大きさ、室内に関する供述を聞く限り)おおよそ間違いがない。ただ、妹の死後(五年間)に関する記憶については言葉が少なく、表情も乏しい。

 記憶障害の可能性あり。

 しかし、診察中に頻出する「全身にドライバーを刺す、指を切断する、膝を砕く、内臓を取り出す」といった発言が、事件現場にて発見された男の遺体の状態と一致している。男の遺体が裸であったこと、「風呂の最中なら襲えたかもしれない」「男を殺すべきだった」というAの発言からも、入浴中の男を背後から攻撃・殺害したことは覚えている可能性があるが、これらについて質問をするとフラッシュバックによるパニックを起こす。フラッシュバックの内容については「公開処刑」か「妹の最期」に関するものが多い。


 看護師から、幻視・幻聴による暴力および自傷行為の報告あり。幻視・幻聴・悪夢はすべて事件に関することであり、男もしくは妹の話が出る。妹については首から血が出ている姿が見える、逃げてという声が聞こえる等。

 自傷他害のおそれがあるため、保護室にて要経過観察。

 ******を、一日8mgから10mgに変更。

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― 新着の感想 ―
[一言] ただのグロテスクなお話ではなく、意外性があり読みやすい構成でした。主人公の女の子主観で語る部分と最後の真実の誤差が衝撃的で、ゾクッとします。
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