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カンナのカンナ 異端召喚者はシナリオブレイカー 作者:ナカノムラアヤスケ

第三の部 調和を乱す者

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第二十六話 醜悪な装飾品

ご飯を食べた後にすこぶる眠くなる体質はなんとかならんのかね?
 死骸の処理を終えた俺たちは、ランドの元へ向かった。馬車から少し離れた位置にある大きめの岩に、覆面を背を預ける形で座らせている。もちろん、両手と両足には俺が作った氷の錠が填められている。顔は伏せられているので表情は窺えないが、髪の毛は俺と同じ黒色だ。

「おっさん、何か分かったか?」
「カンナ君か。ゴブリンの処理は終わったようだな。お嬢様もお疲れさまです」
「労いは結構。それよりも進展は?」
「あまりありません。身につけている物はどこにでも手にはいるようなのが殆どですし、顔も覚えが有りません。少なくとも、襲撃者達と我々との直接的な関わりは無いと思われます」

 大岩の側には、横たわった三つの死体。覆面の顔は既に明かされていたが、俺も見覚えはない。異世界に来てから一ヶ月程度だ、これで見覚えのある顔だったらそれはそれで大問題だ。

「そう。生き残りの意識は?」
「それもまだ。強い衝撃を受けたショックで意識を失ったので。ただ、全身打撲以外は酷い怪我を負ったわけではないので、もう少しすれば目が覚めるでしょう」
「ご免なさい。手加減をしている暇が無かったの」
「それは贅沢を望みすぎです。生きて捕縛できただけでも良しとしておきましょう」

 二人が生き残りの側で話し合っている間に、俺は死んでいる三人の方に寄った。レアルもその後に続く。

 そちらの方には、アガットが膝を着き、死体を調べていた。

「お疲れさま」
「…………ちっ、貴様か」

 もう好感度が下落の底辺に行き着いているな。

「アガット殿。人の顔を見るなりその態度はいささか無礼が過ぎないか?」
「…………それは失礼した」

 咎めるレアルに、アガットは言葉だけで謝罪を述べる。や、謝る気まったくないよね。顔こっち向いてないし、言葉もレアルに向けてるし。俺の顔はこっちですよ?

 まぁ、彼のご機嫌を伺うつもりも無いので、俺はアガットの態度も気にせず死体の側にしゃがむ。

「とりあえず、南無」

 自分で殺した相手とは言え、手を合わせても罰は当たるまい。この程度でこいつらに対する減刑は望めないが、こちらの気持ちだけは多少楽になる。

 形だけの黙祷を済ませ、俺は早速死体に注目する。

 覆面やローブは取り払われており、軽鎧も外されている。それだけを見れば普通の町民。腹部や胸に明いた大穴がなければ、眠っているようにも見える。穴を開けたのは俺なのだが。肉体はそれなりに鍛えられているようで、肩幅も広いし腕も太い。

「…………ん?」

 視線で死体の身体をなぞっていると、ある一点に違和感を覚える。

 魔力を感じたときと同じ気配だ。だが、人の存在として感じる『魔力の気配』とはまた違う。どちらかと言えばファイマが術式を使ったときの魔力の動きに似ている。

「…………ちょいと失礼しますよっと」 

 俺は小さく言葉で謝ると、死体の衣服を「剥ぎ取った」。正確にはまず、腹部に穴が開いた死体の服を破く。

「なっ、貴様っ! 死者を辱めるつもりかっ!?」

 例のごとく、アガットの叫びはガン無視。

 それよりも、俺の注目は露わになった死体の素肌。正確には、血の気の失せた死体の、胸元辺り。案の定というか、人間の体には似つかわしくない物が存在していた。

 俺に視線を向けていたアガットは気が付かなかったが、それよりも先にレアルが目を見開き小さく驚きの声を上げた。

「なぁレアル。最近のファッションにこんな物って有るのか?」
「…………いや、このような醜悪な装飾品は無いな」

 そこに有るのは、光沢を放つ宝石だった。職人の手で加工されたと一目で分かる美しさを持っており、素人目にもこれが一級品の価値を持っていると判断できた。これが、人間の肌に「直に埋め込まれて」いなければ、素直に職人の腕を賞賛できただろう。

 俺とレアルの硬い表情からようやく事態を察したのか、アガットも死体に目を向け、肉体に埋没した宝石を目にして驚愕する。

「これはッ…………」
「アガット殿、やはりこれは」
「…………ああ、凶悪な犯罪者を牢獄に収監する際、その行動を抑止する為の手段だ。戦闘力が高い者を拘束する場合、簡単な処置では力尽くで脱走するからな。拘束具の他に、特殊な術式を込めた宝石を身体に埋め込むのだ。効果は様々だが大概の場合、身体能力を制限した上で違反行為を行った瞬間、全身に激痛が走る仕組みになっている。もっと酷い類になると、特定の行動を行った瞬間に即死するモノもある」
「つまり、こいつらは何かしらの犯罪を行った咎人ってことか」
「一概にそうとも言えん。だが、こいつらは行動に何かしらの制限を負っていたのは間違いあるまい」

 元々物騒な展開だったが、これで一気にキナ臭さが増したな。

「無理矢理従わされてた…………って場合もあり得るか」
「あまり考えたくはないが、な」
「最悪だな畜生」

 人様の命を狙うのを生業とする外道なら、そいつらの命を散らすのに罪悪感は抱かない。だが、そうせざるえない状況に落とされた者の命ともなれば別だ。

 腹の奥に重たい『何か』がのし掛かる。

 俺がその重みで動けない間に、レアルとアガットが残りの二人の衣服を破ると、やはり同じくそれぞれの身体に宝石が埋め込まれていた。

「我々では判別つかないが、どれもが同じ処置が施されていると見て間違いないだろう」
「俺たちだけでは判断ができん。お嬢様とランドさんに指示を仰ぐしかないな。おそらく、生き残りの一人にも同じことがなされているはずだ」

 俺たちは再度ランド達の方に向かうと、彼らに死体に施された宝石のことを話した。二人とも驚くが、すぐさま生き残りの服を切り裂き、胸元を露わにする。

「…………また『隠れ』かい」

 なんと、最後の生き残りは『女』だった。ようやく見ることができた顔はまさしく女性のもの。造りは現実世界風で言えば東洋系だ。髪も黒だし、日本人と言えば信じてしまいそうだ。

 そして、露わになった胸元には白く細い布ーー所謂サラシがグルグル巻きにされているのだが、その奥に納められているのは窮屈そうな二つの山。まさしく巨乳だった。

「この世界に来てから巨乳がインフレ起こしすぎだろうよ」

 や、非常に嬉しいと言えば嬉しいのだが、釈然としない。

 隠れ巨乳二人目であるはともかくとして、問題なのは彼女の胸元に埋め込まれた宝石だ。やはりというべきか、死体の三人と色も形も同じモノが存在していた。違いは、他の者とは若干の形状が異なる。

「お嬢様、内蔵された術式は解読できますか?」
「ちょっと待って、やってみるわ」

 ファイマは宝石に指先で触れると、目を閉じて意識を集中する。数分の時間をそのままに過ごすと、額に汗を滲ませながら口を開いた。

「…………最悪ね。行動制限、思考の限定化に痛覚の鈍化。果ては時間制限での自死措置。他にも色々嫌な術式のオンパレードよ」

 宝石から指を離し、ファイマは深い溜息をはいた。聞いた単語だけでも不吉すぎる内容だった。

「生きて帰還する事を一切望まず、ただ対象の命を葬るのを義務づける使い捨ての処置ね。およそまともな人間の所業じゃないわ」
「…………暗殺者とはそもそも人の道を外した者だが、これはさすがに」

 アガットが哀れみの目を元襲撃者に向ける。レアルもランドも同様に同情を彼女に注いだ。

「しかも、性質が悪いことに、任務の達成が不可になったと本人が判断した時点でも自死する仕組みになってるわ。今は意識を失っているから引っかかってないけど」
「つまり、意識を取り戻した後に尋問しようとしても」
「その前に術式が発動して、心臓が破壊されるわ。無理でしょうね」
「くそ、どうこうしても情報は引き出せないか」

 ランドが悔しげに呻いた。

「…………となると、彼女が意識を取り戻す前に死なせてやるのが彼女のためになるかもしれませんね」
「そう…………かもね」

 任務失敗の絶望の中で死ぬよりは、意識のない内に殺してやる方が安らかに死ねる。アガットの厳しい答えにファイマは苦しげに頷く。相手がいかに暗殺者とは言え、むやみに苦しめて死なすほどの恨みは無かった。ランドもレアルも彼の言葉に同感なのか、特に口を出さなかった。

 ーーーーさて、俺はといえば。


「ファイマ、この宝石って取り出せないのか?」

 唐突である俺の問いに、ファイマは戸惑いを見せながらも答えた。

「私が考えなかったとでも? コレは埋め込まれた者が死なない限り取り出せない。無理矢理にでも取りだそうとすれば、その時点で術式が発動するわ」
「具体的にはどんな風にこの隠れ巨乳さんは死ぬんだ? ただ心臓が停止するだけか? それとも破壊されて停止するのか?」
「…………? 心臓が破壊される方ね」
「なるほど。そりゃそうか。じゃ、次の質問だ。仮にこいつの心臓が止まったとして、その後に宝石を取り出した場合、心臓は破壊されるのか?」
「宝石の術式を稼働させるために本人の魔力を使っているから、心臓が停止した時点で魔力の供給は止まるわ。破壊はされないはずよ」
「ってこたぁ、心臓が止まってたらそいつは死んだと判断されるんだな?」
「…………何が言いたいの?」
「いいから答えてくれ。心臓が止まったと術式が判断したら、宝石は何ら問題なく取り出せるんだな?」
「確実とはいえないけど…………多分」
「じゃ最後に。ファイマ、お前って雷系の魔術は使えるか?」
「…………使えないわ」
「そうか。あればあれで確率は上がるんだが」

 とりあえず、知りたい情報はすべて揃った。後は運を天に祈るばかり。こういうとき、祈る神様がいないのは困るな。『アレ』は基本的に俺の敵だからな。祈ったところで願いが通った試しがない。

 最初に、俺は自分で作った氷の錠前を破壊し、暗殺者の両手を解放する。次に氷のナイフを作ると、暗殺者の胸元を締め付けるサラシを切り裂いた。強引に圧縮されていた二つの山が解き放たれ、ボロンと揺れる。普段ならちょいと興奮する場面だが、これからしでかす『博打』を考えるとちょっとそんな余裕はない。

「さすがに意識のない者を辱めるのは私も容認できないぞ」
「悪い、少し黙っててくれ。これから割と真面目な賭にでるからな」

 俺を制止しようとするレアルの手を、逆に止める。

「どう転んでも死ぬしかない運命なんだ。だったら、ちょっとばかり『外道』に外れてみるのも悪くないだろ?」
「…………何をするつもりだ」
「後で説明してやる。ま、成功したら儲けモノだと思っててくれ」

 暗殺者の体勢を、岩に背を預けている格好から地面に仰向けになる風に変えてやる。

 俺は左の手を彼女の左胸ーー心臓の直上に置いた。感じたこともないほどに柔い感触の下に命の鼓動を感じた。脈々と血潮を全身に送る奔流を手のひらに受ける。

 そうだ、一つ忘れていた。

「おっさん。あんた心拍の蘇生方法って知ってるか?」
「…………いや、聞いたこと無いな。そもそも『しんぱく』とは?」

 そうか、この世界だとそのレベルか。

 だが、一人だけ表情を変えた。

「あ、あなたまさかッ」

 ファイマが気がついたか。やはり、彼女の知識レベルはこの世界では相当のモノだと判断できる。

 だが、今は時間が惜しい。

 この暗殺者が目を覚ましてからでは遅い。彼女の意識がない今であるから試せる手段なのだ。

 俺は自らに喝を入れる。

「黒幕のシナリオなんざ、俺が愉快に痛快に台無しにしてやる」

 左手に氷の精霊を宿し、暗殺者の体内に注ぎ込む。彼女の身体を生かす心臓に向けて、超低温の波動を送り込んだ。冷気で手の平を作るイメージだ。それを使って、心臓をやんわりと包み込む。

「お嬢様、こいつはいったい何をするつもりですか?」
「…………氷の魔術で作った超低温で、この女性の心臓を止めるつもりなのよ。そして、心拍が停止した所で宝石を取り出すの」
「それは普通に殺すのとどう違うのだ?」

 アガットもレアルも俺の行動が理解できない。当然だ、この世界の人間にとって、心臓の停止=死なのだから。

 だが、ファイマにとってはーー俺の成そうとしている事を知っている彼女にとっては別だ。

「…………人間の身体ってね、ただ単に心臓が止まっただけでは死なないのよ。心臓が止まって全身の血流が止まって、脳に新鮮な血液が行かなくなって、脳も止まって初めて人は死ぬのよ」
「それはどう言うことですかファイマ様?」
「分からない? 一度心臓が止まっても、脳が完全に死ぬ前に再び心臓が動き出せば、その人は生き返るのよ!」
「「「ーーーーーッッッッ!?」」」

 三者の驚愕が背後から伝わるがそれに反応する余裕は俺にはなかった。

 心臓が低温で冷やされるにつれて、徐々に鼓動が弱まっていくのを感じている。徐々に、徐々に冷気を強め、緩やかに心臓を停止させていく。あくまで自然な形を装い、命の鼓動を消していく。

 左手に全ての注意を向ける。心臓が完全に止まる瞬間を見極めなければならないのだ。僅かにでもその底辺を見誤れば、それだけ蘇生できる可能性が減る。蘇生に掛ける時間も増えていく。時間がかかれば、脳に血液が途絶える時間も増え、脳障害の危険性も増していく。

 頼るのはやはり俺の増大した『勘』だ。命の灯火が消える寸前、後僅かで火が消えるか否かの境目を見出すのだ。

「心臓が止まったら合図して。宝石を取り出すのは私がやるわ。魔術式を埋め込んだ宝石の扱いは専門外だけど、この中では一番マトモに扱える。万が一の誤作動を防ぐ程度には制御できるはず。カンナはその後の心肺蘇生に全力を尽くして」

 ファイマの言葉に頷くだけに留める。はっきり言って、ひたすら氷の強度を高める以上に神経を使う。下手に温度を下げすぎると、心臓の内部に貯まっている血液が凍ってしまうからだ。あと、冷やしすぎると身体全体の体温が低下し、やはり蘇生が困難になってくる。

「アガット、ナイフを貸して」
「…………コレを使ってください。手入れは怠っていないので切れ味は問題ありません」
「そう。ランドは酒と清潔な布を馬車の荷物から取ってきて。宝石を抉ったら、酒で消毒して傷口を布で塞いで」
「分かりました。少々お待ちください」
「カンナ。ランドが戻ったらいつでも大丈夫よ」

 ファイマの準備も整った様だ。後は俺がタイミングを間違わなければ。


 そしてーーーーーーーー。


「ッ、今ッ」

 俺の合図に寸分違わず、ファイマはナイフを肉に突き立て、宝石をえぐり出した。

「心臓はッ!?」
「…………無事だっ」

 心臓は停止しているがキズはついていないのを気配で確認。そして、宝石は完全に身体の外に取り出された。

 一つ目の賭は成功した。

 後は二つ目の賭が半と出るか丁とでるかだ。

「人工呼吸は私がやるわッ! 心臓マッサージはカンナがッ!」
「了解ッ!」

 素早い連携で、俺は膝立ちになり暗殺者の左胸に両手をあわせ、肘が垂直になるよう体勢を直す。そして、全力で彼女の左胸の押し引きを繰り返す。およそ十回繰り返したところでファイマが鋭く叫ぶ。

「止めてッ!」

 心臓への刺激を一旦停止。ファイマは大きく息を吸い込み自らの唇で彼女の口を塞ぎ、肺に溜めた空気を一気に送り込む。それが終わるのを見計らい、俺は再び心臓への刺激を開始。そしてまた十ほど繰り返したところでまたもファイマが口腔経由で酸素を送り込んでいく。

 誰もが沈黙を保つ中、空気を送り込む音と、俺が心臓を動かす気合いの音だけが場に響く。俺とファイマは一心不乱に暗殺者の蘇生を行う。


 およそ二分の救命活動が経過。俺にとってはその十倍近くの時が流れたかのような緊張感だった。

「…………ッ、がはぁっ!!」

 手の平に命の鼓動が再起動をしたのを感じる。同時に、それまで無言を保っていた彼女の口から蘇生の息吹が戻った。

「心肺の蘇生を…………確認…………したわ」

 暗殺者の呼吸が正常になったのを確認すると、俺とファイマは気が抜けて仰向けに倒れた。

 と、地面が背中にぶつかる寸前で誰かに受け止められる。背後に顔を向ければ、なんとあのアガット君が俺の身体を受け止めていたのだ。

「…………なんだ、その顔は」
「や、予想外の人物に受け止められたから」
「…………たまたま近くに居ただけだ」

 気持ちが表情に出ていたのか、意外そうな顔をしているだろう俺を目に、アガットが憮然とした態度になる。ただ、険な雰囲気は少ない。

「一つ聞いていいか?」
「なにさ」
「どうして貴様はアレほどまでに真剣だったのだ? シンパイのソセイとか言ったか。アレを行っている時の貴様の表情は、鬼気迫るほどの真剣味を帯びていた。見ず知らずの相手にどうしてそこまで真剣になれたのだ?」
「…………言っただろ。黒幕のシナリオを愉快痛快に潰すってな。上から目線になってるだろうクソ外道の鼻っ柱をへし折りたかったのさ。この暗殺者ーー元かーーは生きたいと願ったはずだ。でなけりゃぁ、こんな畜生の塊みたいな宝石を埋め込まれた時点で自害してる。俺はこの女を生かしたいと思った。そして、俺はこの女を生かすための手段を知っていた」

 俺は自らの心意気を口にする。

「出来ることがあって、望まれることがあって、成す意志があるなら、あとは全力を注ぐだけだ」

 無能である俺に出来る事などたかがしれているのだ。だったら、その数少ない『可能』に全力を注ぐのは当たり前だ。でなければ、俺は正真正銘の『無能』になってしまう。

「…………出来ることを全力で…………か。だから貴様はあんな卑怯な戦い方を?」

 彼が言っているのは、訓練で行っている模擬戦の話だ。

「生憎と正々堂々が出来るようなおよその才能は持ち合わせてないんでな。まぁ、好みの問題でもあるんだけど」

 意表を突いて優位に立っている相手の度肝を抜くのは、アレはアレで非常に楽しい。勝利を確信した畜生の顔を歪めるのはなかなかの快感だ。ちょっと性悪ではあろうが。

 アガットは俺の言葉に口をへの字に曲げるが、表情は手の掛かる子供を見る親のそれに近い。や、貴方まだ二十代前半でしょうよ。

「それよりも、こいつは強制されていたとは言え、お嬢様を狙った下手人だぜ? 延命に成功したがいいのか?」
「…………お嬢様が成そうとすることであるならば、俺たちは全力でそれをサポートするまでだ。それに、恩を忘れて再び向かってくることがあれば、その時はその時全力で迎え撃てばいい」
「…………ま、そこまでは俺も面倒見きれねぇわな」

 恩に礼の必然は求めていないが、仇で返すようなら俺とて容赦するつもりはない。 

「カンナ。もう一度錠前を作ってくれ。意識が戻ったとき、反射的に暴れないとも限らないからな」

 言われて俺は再び元暗殺者の両手首を氷で錠する。腕や足が冷えてしまうのはこの際我慢してもらうほか無い。気休め程度だが、錠前と肉体の間に布を巻いてやり、冷気を遮断してやる。

「では、とりあえず彼女は先に馬車の方に運んでおく」

 レアルは暗殺者の露わになった巨乳を布で覆うと、彼女を抱き上げて馬車の方に向かった。女性とは言え人間一人を軽々しく(しかもお姫様だっこ)運ぶ後ろ姿はカッコいいな。

「それはそうと、ファイマもお疲れだ」
「…………興味本位で読んでた医学書がこんなところで役に立つとは思ってなかったわ。人生何が役に立つか分からないわね」

 俺一人で人工呼吸と心臓マッサージを行っていれば、何かと手間取って失敗したかもしれない。ファイマが救命救急の知識を持っていたのは幸いだった。おかげで心臓マッサージだけに専念できたのだから。

「しかし、見れば見るほど貴方の魔術って異常よね。魔力のまの時も感じさせないくせに、その制御レベルはちょっとおかしすぎるわよ。常識外れ、なんて括りじゃ言い表せないわ」
「企業秘密だ」
「その一言で全てを納得しろって言うのは酷よ。無理矢理に話せ、なんて言うつもりはないけど、考察の自由ぐらいは許して欲しいわ」

 そこまで禁止したつもりはない。勝手に考えて勝手に解明してくれや。

「そもそも、氷の魔術で冷気を作って、心臓を止めようって発想そのものがまずあり得ないわ。それに雷の魔術に関しての質問。アレは、心停止した後に、心臓にショックを与えて再稼働させるためでしょ? 一体どんな思考回路を持っていればあんな回答に行き着くのか」

 またファイマが思考に耽りそうになっていた。

 彼女の言うとおり、そもそもの発想が違うのだろう。この世界の住人の大半にとって、魔術は『攻撃のための手段』なのだろう。一方、俺にとって魔術や精霊術は『手段』の一つでしかないのだ。

 この思考は、火や電気、果ては水までもエネルギー源と考えている現実世界の科学文明が土台になっている。元は力の象徴であり、自然現象の神秘や恵みすらも、生活の利便のために研究し発展に繋げていく世界で育ったからこそ考えつくのだ。

 ご大層な説明になったが、つまりは環境の違いだ。今の話は、もっともらしい文を繋げただけで深く考えたわけではない。頭脳明晰なキャラは別の見た目ロリの同級生が担当している。


 ーーーーーーーーーーーーー


 その後、カンナ達は穴を掘り、元暗殺者達の死体を埋葬した。さすがに魔獣と同じように燃やして処理してしまうのは憚られたからだ。名も知らぬ相手だったので身元の判断は付かないが、手頃な石を積み重ね墓標の代わりに置いた。

 今度こそ後処理が終わると、彼らは馬車に乗りその場を後にした。もう昼を過ぎてからかなりの時間が経過していたが、あの場で夜を過ごす気には到底なれない。焼いたとは言えゴブリンの死肉を求めて他の魔獣が集まらないとも限らないのだ。気分的な問題でも、見た目焼死体の山の側で安心して寝られるほどに、全員図太くも無かった。

 カンナ達の乗る馬車が居なくなってその半日ほどが経過した、日付も変わった夜更けの頃合い。

 ほとんど炭化し、もはや何者かと判別できない黒こげの死体の山の側に、一つの人影が寄った。

「…………『糸使い』め、ヘマをしたか。くくく、奴の悔しがる顔が見物だ。だから忠告したというのに。ゴブリンなどという雑魚を使うのは止めておけと。人の忠告は素直に聞けばよいモノを」

 影は笑みを堪えて震える。

「…………だが」

 一頻りに笑うと、影はそれまでの愉悦を消し、別の方向に顔を向けた。

「あ奴の怠惰を許したのは他ならぬ『時詠み』だ。彼女が『否』と口にしていれば、『糸使い』の奴ももっとマトモな手札を用意していたはず。現に、万が一の保険に傀儡も用意していた」

 丁度、カンナ達が暗殺者達の死体を埋めた地点だ。その墓石代わりの石を見る。石の数は三つ。つまり、その下には三人の死体が埋まっている。

「差し向けた傀儡は四人。だが、死体は三人。残りの一人は生け捕りか? だが、傀儡に施した処理に『小娘』が気が付かない訳がない。あの性格だ、哀れに想って介錯をしているに違いないが…………」

 影は三人が埋められた場所に近寄ると、地面に向けって手を向ける。ボゴリ、と音を立て、手を向けた付近の土が宙に浮かび上がった。その下に、埋められていた三人の死体が露わになる。

 影はその死体の顔を確認すると、顔をしかめる。

「よりによって『獣』を連れて行くか。やはり町で失敗した時点で処分しておくべきだったか。『糸使い』も傀儡の中でも使える手駒だからと惜しんでいたからな。まったく、余計な手間を掛けさせてくれる。たかが駒の一つに執着するからこんな事になる」

 苛立ちを呟きながら、地面に向けていた手をサッと振るう。宙に浮いていた土は支えを失ったように重力に引かれ、死体達を再び埋没した。

「『時詠み』のシナリオからこれ以上の逸脱は危険か。下手を打てば今後の展開に異常が生じるか。仕方がない。『獣』を含め、私自らが直接始末するのが確実か。塵も残さずに消却してしまえば証拠も残らんだろう」

 渓谷の道の先、カンナ達が向かう方角を見据えながら、深い決意を口にする。

「…………しかし解せんな。ここまで『時詠み』のシナリオが外れたのはいつ以来だ? 私の記憶がある限りでは数えるほども無いはずだが。『あの小娘』の一行にイレギュラーが生じたか」

 ふと、町での出来事を思い出す。

「…………そう言えば、町で『あの小娘』を守っていた氷使いがいたな。『偶然』にも傀儡らの手札を覆したようだが、どうせ奴は『小物』。取るに足らん路傍の小石にすらならん要素のはずだ。あれより路傍の小石の方が周囲に影響を与えるだろう」

 影にとって『氷使い』の少年は、意識する価値すらない『無能』でしかなかった。彼の人生観からしてアレほどまでに『無出来』の者を探す方が困難であるほどの『無才』は存在していなかった。

 故に、影の頭の中から『氷使い』はすぐさまに消え去っていた。

 ーーーーそれが自らの破滅を呼ぶとも知らずに。



 
いろいろな要因が重なって「彼女」の生存ルートが開拓されました。今後の彼女の活躍に期待です(しばらくはセリフ皆無ですが)。

そして、最後の最後に怪しい影がッ!
・・・・・・ま、結末は確定しているのですが。

感想文は随時募集中。
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