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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第5章 祭りと騒ぎとその後と

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第05話 未知への誘惑

 最近の杜人がこっそりと取り組んでいることは、迷宮第四十二階層で入手した毒入りと評判の赤穂稲を食べられるようにする研究である。今のところ市場には米のような作物は見当たらない。レネに聞いても知らないとのことだったため、少なくとも手に入れられる距離には存在していないと結論を出していた。

 今の杜人には飲食は不要だが、ジンレイのおかげで楽しむことはできる。そうなると、そのおいしさを他の人にも分かって欲しいと思ってしまうのだ。

 そのためレネが眠ってからジンレイと共に実験を繰り返していた。

『うーむ、これも駄目か』

「魔物なので栽培できないのが困りものですね」

 二人の前には小ぶりの壺があり、その中には精米して黒姫珠水と牛乳につけ込み更に発酵させたものが入っている。それを白珠粘液のタマを利用して成分分析を行い、毒性が変わっていないことが分かったのだ。

 杜人は今まで考え付く方法を色々と試してきた。精米から始まって煮たり焼いたり茹でたり揚げたりなどの調理法、更に液体を変えて漬けたり発酵させてみたり、はたまた解毒薬を混ぜたりもしてみた。そしてその結果は全滅であった。

「もう少し毒性が強ければ、逆に需要が出てきて研究もされるのですが」

『それか味が良ければな』

 赤穂稲の毒はとても弱く、大量に摂取しても精々腹を壊す程度である。体内に蓄積もしないので、長期間の毒殺にも使えない。これで味が良ければ好事家が研究するかもしれないが、苦いのであえて食べようとは思わない。強いて言えば解毒薬も効かないので嫌がらせ程度の需要しかないのだ。

 ジンレイによる再現は可能だが、杜人としては最初に本物を食べて欲しいと思っていた。これは品種改良された稲と自生種では味がだいぶ違うため、万が一解毒方法を発見したときに失望して欲しくないからである。

『ないものねだりをしても仕方が無い。忙しくなるから研究は停止しよう』

「分かりました」

 このように、密かに失敗する研究もかなり存在している。しかし、杜人は無駄とは考えず、成長の糧として取り込みながら見えない努力を続けるのであった。




 店舗の発注を終えてしまえば、次は材料の準備である。レネと愉快な仲間達はいつもの和室にて材料入手の検討に入っていた。既に入手場所は調査済みである。

『必要なのは木材と砂糖と塩、牛乳と小麦と果実、卵と蛸と魚だな。その他の細かいものは普通で良いだろう』

「……蛸と魚は何に使うの?」

「使いませんよね?」

 開放型迷宮が連なる階層は国を支える重要な食料庫でもある。小麦など自生しているものもあるが、魔物からも同様のものが採れる。今回はリュトナの助言に従って、できるだけ魔物素材で作ることになったのだ。

 そのため必要な材料を杜人が書き出したわけだが、お菓子には使わない材料にレネとセリエナは首を傾げた。そんな二人に杜人は何を言っているのだと言うように目をむける。

『たこ焼きに決まっているだろう』

「……却下!」

「……普通、食べようとは思いませんよ」

 二人は絶句し、その後にレネは即座に却下、セリエナは頭を抱えていた。ちなみにレーンでは、蛸を食べる習慣は無い。理由は見た目と狩り難さを乗り越えてまで食べる必要が無かったからである。ちなみに海には生息していない。

 獲物である空大蛸は人より二周りほど大きな、長い十本足を持つ魔物である。階層全域には出現せず、普段利用する場所から遠く離れた一定の領域のみに出現する。そして普段は光学迷彩にて空に溶け込んでいるため注意していてもなかなか発見できず、上空から一気に押し潰されて食われてしまうのだ。

 地上に降りてからも吸盤付の長い足によって近づけず、力も強いので捕まると鎧ごと握り潰されてしまう。足を何とかしてもすぐに再生し、おまけに炎症性の黒い毒水も吐くので、今現在はとにかく遠距離から魔法使いが攻撃するしか倒しようがないのである。幸いにも領域に近寄らなければ無視できるため、今では誰も狩らずに放置されている。

「あんな気持ち悪くて毒を吐く魔物を食べたいなんて思わないよ!」

「身体自体には毒は無いので食べるだけなら大丈夫ですが、その通りだと思いますよ」

 危険な魔物なので図解も載っている。そのため二人とも近寄りたいとは思わない。だがしかし、反応自体は予想していたので杜人はへこたれない。

『そう言うな。彼らも嫌われたくてあの姿になったわけじゃない。せめておいしく食べてやらないと可哀想じゃないか。肉は弾力があっておいしいんだぞ? それを広めるのが彼らのためじゃないか?』

 ちなみに味に関しては、今まで大きな乖離が見られないのでまったく心配していない。

「う?」

「レネ、論点をずらされていますよ。魔物はそんなこと考えません」

 流れるような説得に飲まれかけたレネだったが、こういうことに慣れているセリエナのおかげで正気に返った。そのため杜人は苦笑するといつもの路線から変更することにした。

『セリエナには敵わないな。ならせめて、一度食べてから決めてくれないか? おいしいと思わなかったらたこ焼きは諦めて別のものにする。今出しても本物か疑うだろうから、現地で直接調理しよう。と言っても器具がまだ無いから、試食はたこ焼きではなく蛸そのものだが』

「……分かりました。ではそれで決めましょう」

「え? あれを食べる……の?」

 セリエナとしては自分のわがままを聞いてもらっている以上、嫌悪だけで却下はできない。そのためレネも食べなければならないと思い、ちょっぴり顔を引きつらせた。そんな二人の前で杜人は嬉しそうに回転している。

『別に無理をする必要は無い。ただし、おいしいと知ってから後で食べたいと言ってもしらん。薄情な子にはおしおきが必要だと思わないか?』

「ううっ……、しっかりと味見します」

 レネは今まで出てきたおいしい料理を思い出し、杜人なら本当に食べさせないと分かっているため、がっくりと肩を落として敗北を認めた。そういうわけで、笑顔で勝利の踊りを終えた杜人は次の準備に取り掛かった。

『では狩りの準備をしよう。レネはこの魔法具に封入する術式を考案してくれ』

 杜人は図を描き、必要な機能を記入していく。描かれたものは和弓に似ている形状で、弦と矢を魔法にて作り出す魔法具である。

『機能としては霊気系魔法を射出するのが第一、他にも回復や障壁、実体系魔法も選べれば最高だな。種類の選択は音声で、魔力供給は使用者からで良い』

「私、弓なんて使えないよ?」

「私もです」

 魔力供給が使用者ということで使い手は魔法使いと判断したため、レネとセリエナは困惑気味に首を振る。

『使うのはシャンティナだ。これがあれば近接できる魔物以外にも攻撃ができる。筋が良いから何度か練習すれば使えるだろう。な?』

「はい」

 脇で静かにアイスを食べていたシャンティナは気負うことなく頷く。実際武器を使わない理由は素手のほうが強いからである。武技を簡単に覚えたように、身体を動かすことに関しては才能の塊なのだ。それを自覚しているからこその自信である。

 そして見えない死霊すら感知するシャンティナの索敵能力なら、光学迷彩程度は簡単に見破れる。遠距離攻撃手段を与えれば、近寄られる前に先制攻撃できるのだ。

 ちなみに杖で無い理由は、シャンティナが直感で理解できるようにするためと、杜人の趣味である。

『間に合わせの素材は精霊結晶を使う。後で魔食樹を入手したら正式なものを職人に発注しよう。……良し、これだ』

「時間がかかるから仕方ないかな」

 要求された機能を満たすには、素材にそれなりのものが必要となる。そして素人加工でも耐えられるものといえば、加工が容易で丈夫な精霊結晶しかないのだ。素材を取ってきてから発注していたら時間がかかって是非の判断が遅れてしまうのである。

 レネは安全のためと理解したので、透明な精霊結晶でできた弓を受け取ると限界を調べてから遠距離に届くように術式を脳内で構築していく。

「んー、入れられるのは上級魔法で三つかな。あと二つは何にするの?」

『そうだな……、回復と実体系にしよう』

「それじゃあ金剛槍にするね。……できたよ。遠くまで届くように多段発動にしたから大丈夫だと思う。切り替える合言葉は霊気、回復、金剛ね。弦を引いて魔力を流せば発動するから」

 本来ならもっと封入できたのだが、その分を使用して遊び要素と多段発動術式を追加していた。消費魔力も増大しているが、上級魔法の範囲内なのでシャンティナなら問題なく使用できる。発想は杜人が使う増幅円環陣である。違いは増幅円環陣のように発動する都度威力が増さないことだけだ。

 レネは笑顔で弓をシャンティナに渡し、シャンティナもリボンを嬉しそうに動かす。それを見ていたセリエナは、規格外はいつものことと言い聞かせながら額に手を当てていた。

『それでは試し撃ちを兼ねて迷宮に行ってみよう!』

「おー!」

「……気にしないことにしましょう」

 きっと迷宮でやらかすだろうなと思いながらも、考えることを放棄したセリエナであった。



 練習の舞台は荒野が広がる第四十階層である。一行は他の探索者の邪魔にならないように離れた場所まで移動して練習を始めた。

『相変わらず人気が無いな』

「仕方ないよ。生活がかかっているんだから」

 タマに乗っている一行の目の前には黒珠粘液の集団が蠢いている。その数二十強。ここまでまとまると脅威なので、余計に放置される悪循環が生まれていた。そのため独占して殲滅しても何も言われないのだ。

『それでは練習をしよう。最初は金剛で感覚を掴もうか』

「はい。……金剛」

 シャンティナはタマから飛び降りて前に立つと長弓を左手に持って構え、右手で光る弦を引く。そして左手から魔力を長弓に流すと、正面に輝く魔法陣が展開した。矢となる魔法陣の先には円環状に回る魔法陣が三つ構築され回転している。その中心を黒珠粘液の集団の少し手前におくと、気負うことなく右手を開いた。

 直後、風を切り裂く音と共に魔法陣から金剛槍が放たれ、集団の手前に突き刺さると同時に爆音を響かせながら地面を抉り取っていく。結果として、深く抉れた地面を残し、黒珠粘液の集団は姿を消すことになった。

 その光景をシャンティナ以外が呆然と見つめていたのだが、やがて杜人が笑顔でレネの前に移動して首を傾げた。

『レネ?』

「し、知らないよ。特別なことは何もしていないから。……その、おとぎ話で破砕の弓っていうものすごい弓があってね。多分現実にあったらこうだろうなって。……つい貫通力強化と範囲増強を、ね?」

 杜人とセリエナから笑顔を向けられているレネは、圧力に負けて白状し指をつつきながら上目づかいに二人を見た。二人は笑顔のままで間髪入れずにレネの頭をぱこりと叩くと、褒めてほしそうにリボンを揺らしているシャンティナに向き直った。

『大丈夫そうだな。人が居るところに向けて撃っては駄目だぞ。獲物の後ろも気をつけるようにな』

「人の近くに撃つときは、巻き込まないよう影響範囲に気をつけてくださいね」

「はい」

「……ぐすん。ちょっと加減を間違えただけなのにぃ」

 頭をさすりながら涙目になっているレネを放置し、一行は次なる獲物へと突き進むのであった。




 こうして誰にも相手にされていない黒珠粘液いじめを繰り返し、使う感覚を把握した次の日。一行は道連れにエルセリアを加えて、第四十二階層の入口から遠く離れた高台に来ていた。朝から移動して、今は昼。タマでもこれなのだから、徒歩なら泊まりがけの距離である。

 今居る場所は広い平野となっていて、一面に赤穂稲が生い茂っている。そして空に立ち込める雲は渦巻くように動いていた。周囲は霧の壁に覆われているため、そこだけが独立した世界のようになっている。

「へー、こんな風になってたんだ。これなら誰も来ないね」

『ここまで真っ赤だと風情も何もないな』

 風に赤い穂がそよいでるが、原色過ぎて目が痛くなりそうである。そのため一同の視線は自然と上を向くことになる。

「居ないよね?」

「居ないね」

「すぐ出てくるかと思ったのですが」

『多いと逆に見つけやすい。多く出てこないからこそ警戒が薄れて犠牲が増えるのだろう。シャンティナ、攻撃は霊気でな』

「はい」

 こうして警戒しながらタマに乗って赤穂稲の中をしばらく進んでいると、シャンティナがおもむろに立ち上がって弓を引き、彼方に向けて霊気槍を射出した。青白い光が瞬時に空を翔け抜けていき、三段目が発動した辺りで燃え上がるように爆発し、空に隠れていた灰色の巨大な蛸の姿を暴いた。

「うわぁ……」

「ふふっ……」

「実際に見ると余計に……」

『何を言う。おいしそうじゃないか。気絶しているうちに止めをさすのを忘れないでくれよ』

 力なく足を垂らしてゆっくりと降下してくる空大蛸を見てそれぞれが感想を述べる。レネは両腕でエルセリアに抱きつき、エルセリアは微笑んでいる。セリエナはそっと目をそらして、杜人は活きが良さそうだと笑っている。

 そして近くまで駆け寄ったところでレネがなるべく直視しないようにしながら氷結槍で眉間を串刺しにすると、浮力を失って一気に地面に墜落した。再生力は強いのだが、弱点を一撃で貫けば関係ないのである。

 杜人はレネ達を降ろしてから周囲の赤穂稲をタマで取り込み空地を作ると、ジンレイを呼び出した。

『ジンレイ、頼む』

「承りました」

 今回は使用した材料が本当に蛸であることを証明するために収納は行わない。そのためジンレイは一礼してから即座に作業に移る。まずは間違えて毒液に触れないよう、足を一本切り離す。そうして余計な分を収納し、以前使用した調理台を呼び出した。

 乗せられた足は一本だけだが、根元はレネの胴体より太く、長さは三倍以上ある。そのため短めに切断し、片付けていく。

「中は白いんだね」

『吸盤には触るなよ。まだ吸い付くかもしれないからな』

「ひょっ……」

 最初は怖いもの見たさで恐る恐る観察していたのだが、徐々に大胆になってきたので杜人は触ろうとしたレネに笑顔で注意をする。そのため伸ばしかけていた手を引っ込めると飛び上がるように後ろに退き、涙を浮かべてエルセリアの腕にしがみついた。

「よしよし、大丈夫だからね」

「ジンレイさんは触っていますよ?」

「……あ!」

 セリエナの冷静な指摘にレネは作業するジンレイを確認し、騙したなと言いたげに笑い転げる杜人を見つめた。

『いやあ、久しぶりに良いものを見られたな。安心しろ、実に可愛らしかったぞ』

「ふんだ、ばか」

 レネは恥ずかしそうにエルセリアから離れ、口を尖らせてそっぽを向いた。そうこうしているうちにジンレイは洗って皮を剥ぎ一口大に綺麗に切り分け、皿に一度盛り付けた。それを三人娘が興味深そうに覗き込む。しかし、今のところは食べたいとは思っていない顔である。

『これが切り分けた状態だな。このまま食べても実に良い味わいがあるのだが、火を通したほうが食べやすいだろう。まずは普通に焼いてみたので試してくれ』

 ここで重要な点は、あくまで食べやすいように加工しただけと言いながら、食べ慣れない人が一番好むであろう調理法で出すことである。しかし、先にそれを言えば期待が上がり効果が下がってしまうので何も言わない。先入観を壊すには、最初の一撃に全てを賭けなければならないのだ。

 ジンレイは金網と七輪を取り出し、うちわで扇ぎながら焼き始める。すると良い匂いが漂い始め、最後に調味料を塗って焼くと一気に良い匂いが周囲に広がり、三人娘は思わず唾を飲み込んだ。

「熱いですから気をつけてください」

「ありがとうございます……」

 焼き蛸が入った小皿を受け取った三人娘は、まず皿を見つめ、顔を上げて視線を交わし、匂いを嗅いでから小さく頷くと、目を瞑って同時に焼き蛸を口に入れた。

 杜人とジンレイが見つめる中、最初は緊張していた顔が徐々に普通になり、やがて驚きの表情を浮かべてかみ締め、最後は綺麗に飲み込んだ。

 杜人は料理にある奥義、『空腹に勝る調味料は無し』、『匂いに勝る期待は無し』を実践したのである。良い匂いは期待を膨らまし、空腹は食欲を増進する。たとえ『まずくはない』程度でもおいしく感じられる奥義である。もちろんそんなことをしなくても十分おいしいはずなのだが、万が一を考えてこっそりと作戦を遂行していたのだ。そのため作戦の成功を確認してやっと安堵して胸をなで下ろした。

「何これおいしい!」

「かみ締めると味が染み出してきますね」

 審査員であるレネとセリエナは差し出されたおかわりを喜んで受け取ると、笑顔で口に放り込んだ。そんな二人とは異なり、道連れのエルセリアは首を傾げて杜人に顔を向ける。

「この調味料は作るのが難しいと言っていたものですよね。完成したのですか?」

『ん? いや、味が近くなるように調合しただけだ。実際は発酵させないと駄目なんだが、特殊な発酵菌が見つからないとどうにもならない。だが本物には及ばないが、今回のものには最適な調味料と思ったから使ったんだ』

 杜人はジンレイと共に調味料の開発も行っているが、麹菌に類する発酵菌を入手できないために味噌と醤油は遅々として進んでいない。そのため苦肉の策として考えたものが、大豆、塩、海草、荒節、黒姫珠水などを使って作った醤油もどきである。

「あー、あれかぁ。確かに似ているし、よく合うね」

「この焼いたものも売りませんか」

 醤油もどきをつけないものも味わったレネとセリエナは、調味料の大切さを実感して頷いている。もはやそこに当初のためらいは欠片も無い。

『たこ焼きの横で焼いた蛸を売るのか。……材料も余るだろうし、お祭りだから良いか』

 杜人はしばし考え、匂いで釣ることもできると判断し了承する。そうなると店舗が足りなくなるため、対話型販売で道具が少なくて済む飾り飴を移動しながら販売できるように工夫することにした。

「うんうん、これは売れるよ。はい、あーん。……けれど、どうして誰も狩らないのかな? 結界を利用すれば何とかなりそうだけれど」

「おいしいです」

 レネは警戒しているシャンティナにおすそ分けをしながら周囲を見渡し、集団で現れないのだから上から襲い掛かられても防げばどうにでもなるのではと首を傾げる。先程倒したときは動かなかったので楽だったが、結界に取りついて動かない状況を作れば同じではと思ったのだ。

「倒すには弱点を一撃で貫ける腕を持つ人が必要です。そうでなければ取りつかれている結界ごと巻き込んでしまいますよ」

「それ以前に上級の結界程度では簡単に破壊されると思うよ? そして特級を使えるならここに来る必要がないからだと思う」

 それに対してセリエナとエルセリアは、普通の魔法使いの平均的な実力を把握しているので難しいことを理解している。結界は決して万能の防御ではないのである。

「ふうん、それじゃあ広まらないね。おいしいのに」

『それ以前の問題として、先入観をどうにかしないと普及は無理だ。レネ達も最初の一口はためらっていただろう? というわけで、本番でも客の目の前でおいしそうに食べるんだぞ。理由は自分達が証明したのだから分かるな』

 杜人は更に追加で食べているレネとセリエナをびしりと指差す。

「うっ、努力します……」

「仕方ありません……」

「私も暇を見て食べに行くから頑張ってね」

 レネもセリエナも自らおかわりまでしている以上、拒否できるはずもない。そのため晒し者になることが確定したため、がっくりと肩を落とした。

『良し、決まったところで少し狩ろうか。一応ここは危険地帯だからタマに乗ってくれ』

「はーい」

 実証だけならもう十分なため、片付けをしてタマに乗り込む。そして狩りが始まったのだが、味を憶えた娘達の目には、空大蛸の姿はとてもおいしそうに見えた。

 そのため嬉々としてシャンティナが撃ち落とすとレネが笑顔で止めをさし、それをジンレイが即座に回収する。それを何度か繰り返した結果、もはや『哀れ』としか言いようのない状況で夕刻となり狩りは終了した。

「やー、思ったより居なかったね」

『大きいから、あれだけ狩れば十分だ。……ん? おー、後ろを見てくれ』

 タマに乗りながら平原を後にしていたのだが、急に光が差し込んで来たので杜人が振り向くと、ちょうど反対側の霧の壁に穴が開き、そこから赤い夕陽が顔を覗かせて平原を柔らかく照らしていた。そしてその光を受けた赤穂稲が、赤かった稲穂を黄金に輝かせながら風になびいていた。

「わぁ、綺麗……」

 足を止めて全員が見つめる中で赤穂稲は輝き続ける。そして霧の壁が再び閉ざされたところで、元の真っ赤な稲穂に戻った。

「良いもの見たね。これはきっと良いことがあるよ!」

『そうだな。不幸はこの間通過したばかりだから、これは間違いなく吉兆だろう』

「判断基準がおかしいとは思わないのでしょうか?」

「あはは……」

 笑顔で喜ぶ二人を見ながら、セリエナはため息をつきエルセリアは何とも言えずに困ったように微笑んでいた。

 こうして育ちざかり達の尽きせぬ食欲を刺激した杜人の作戦は成功し、たこ焼きは無事出品できることになったのである。





 夜も更けた頃。王都の一角にある高級店が集まる商業区域。そこにある閉店後のクリンデル料理店の中。その一室にて密かな話し合いが行われていた。

「どうでしょうか。なんでも見たことも無い料理を出すそうですよ?」

「いや、しかし……、学院生の行事に大人気ないと言われませんか?」

 話し合っているのはダイル商会の商会長であるダイルと、店主のクリンデルである。背が低く太っているダイルと、厳つく大柄なクリンデルでは、本来であればクリンデルが場の雰囲気を支配してもおかしくない。しかしクリンデルは威圧するような性格ではないため、口がうまいダイルが場を支配していた。

 現在ダイルは、レネに依頼されていた料理ができる人材を確保するための交渉を行っている最中である。クリンデルとしては恩返しも兼ねて経験してみたいのだが、それなりに名が売れているクリンデルが表に出ると、せっかくの行事を台無しにしてしまうのではという懸念があったため、なかなか首を縦に振れないでいる。

 そんなクリンデルにダイルは人の悪い笑みを浮かべる。

「大丈夫ですよ。レネ様のほうがずっと目立ちます。賭けても良いです。絶対何かやらかしてくれます」

「……それもそうですね。分かりました」

 レネが聞いたならば恥ずかしさで転げまわるような理由でダイルは説得を行い、クリンデルもあっさりと納得した。幸いなことに、二人とも空気を読めるのでレネがそのような会話があったことを知る可能性はごく僅かである。

「それではよろしくお願いいたします。遠慮することなく、大いに腕を振るってください」

「ええ、引き受けたからには全力を尽くしますよ」

 少しずれた会話を交わしながら、二人は笑いあう。こうしてレネの陣営に強力な助っ人が参戦することになったのであった。
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