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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第5章 祭りと騒ぎとその後と

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第04話 まだ成長中

 店舗の詳細が出来上がったところで、申し込みを終えたセリエナがやってきた。そして軽く打ち合わせを行ってから、どんな魔法具を扱うかの検討に入った。

『というわけで、申し訳ないが実用性がある魔法具は売れない。それを考慮して希望はあるか? 案の段階では金額を気にしなくて良いぞ』

「おそらく魔法具は研究熱心なリーンラノスが扱うでしょうから、そのほうが良いと思います。私の希望としては、誰でも魔法使いの気分を味わえるようなもの、でしょうか。抽象的で申し訳ありません」

「気分かぁ……。そうなると全部魔法具で完結するようにしないと駄目だね。金属は加工費が高くつくから、木が良いかな? ……第四十三階層に魔食樹が居るね。これなら魔力結晶を併用すれば何とかなるかな?」

 セリエナの希望に添ってレネは脳内情報を検索し、物騒な魔物の名前を探り出した。

 魔食樹は大人が二人で手を回しても届かないくらい太い幹を持つ大樹の魔物である。その身体には濃密な魔力が宿っているので、天級魔法用の高級素材として重宝されている。しかも加工しなくても自然の炎程度では焦げ付くことすらないので、建材としても人気があった。但し、木材を得るのは意外と難しい。

 なぜかというと、まず硬くて再生力が高いため普通の攻撃は無意味となる。次に弱点である火系統の魔法を使うと、良質な素材にならない。そしてその他の魔法は吸収されてしまうのだ。ついでに近づくと上から鋭い牙付きの触手が襲い掛かってくるため、伐採は危険が伴う。そのため市場にもあまり出回らない素材であった。

 ちなみに倒す前に魔法を使って吸収させた場合、保持魔力量が増えて更に高品質になることが知られている。もちろんその分強くなるので、狙える者は僅かである。

 レネから特徴を聞いた杜人は腕組みをして狩る方法を考え、良いことを思い出してポンと手を叩いた。

『そういえば玄武が居たな。通常の大きさに戻せば大丈夫だ。念のために強化もしておこう』

「あれですか」

「確かに大丈夫だね」

 レネとセリエナは追い掛け回されたことを思い出して小さく笑った。神鋼金製の動人形である玄武は、レネの三倍はある四本腕の巨人である。動きは大きくなると鈍くなるが、二本の剣を振り回す力も強く神鋼金製のため触手でも歯が立たないことが簡単に理解できた。

『売り物だから、加工は外注することになるな。商品の案としては、魔法使いの杖と騎士の剣、後は簡易使い魔がある』

 杜人は説明用の図案を描きながら説明する。

『三種類とも実用性皆無で笑って楽しめる程度にする。それと大人でも使えるが、基本は子供の遊び用として考える。多くの夢を持つのは子供の特権だからな』

 狙うところは、珍しい魔法具でありながら既存の商品と競合しないこと。あくまで遊びにこだわること。夢を叶えるものであり、売れることを前提としないものである。

 杖は指で持つことができる程度の長さにし、魔力が足りないときは先端に魔力結晶をはめ込む。合言葉を言えば光系魔法による偽物の魔法陣が展開し幻影の魔法が放たれる。当たると光って消え、外的影響は皆無の魔法とする。

 剣は握りの部分だけにして、魔力が足りないときは柄頭に魔力結晶をはめ込む。そして刀身は光系魔法で作る。当たっても痛くないが、剣閃が少しの間残るようにする。

 この二種類との組み合わせで、魔法使いには黒いマントと三角帽子、騎士には全身鎧と盾を幻影魔法にて装備できる徽章も作る。そしてこの装備に対してのみ、魔法と光剣は軽い影響を及ぼせるようにする。

 使い魔も実体を持たせずに、使い手のみ触れるようにする。ある程度の自立行動は組み込み命令も聞けるようにするが、複雑な命令を理解できるようにはしない。あくまで居るだけで癒やされるものを目指す。

 作りたいものは、本物ではなく物語で描かれる魔法使いや騎士を再現するための道具である。おとぎ話の店なのだから、実用性皆無で良いのだ。

『こんなところだな。後はレネが実現するための術式を考えつけば製作可能だ』

「んー、作ること自体は全部前に作ったものを流用すれば大丈夫そうだね。問題は発動できるだけの魔力量をどれだけ確保できるかかな?」

 レネは少し首を傾げてからあっさりと答え、精霊結晶製の端末石を浮かべるとさっそく構築して発動してみた。次々と実現する光景を見ながら、セリエナは困ったような笑みを浮かべる。今レネが行っている行為自体はもう慣れたので良いのだが、高価な素材と結構高度な術式を使用しているものを子供の遊び用として売ろうという発想に理解が追いつかなかったのだ。

「あのう、内容は良いのですが、販売価格はどの程度の予定でしょうか」

『そうだな、学院祭限定ということで封入費用は安くするとして、素材単価と加工単価の倍程度には抑えたいな。今年売れなくても来年売れば良いから、大量発注して単価を下げようと思っていた』

「後は素材自体の魔力量かな。少なければ魔力結晶を大きくしないと駄目だからね。魔食樹だけで済めば加工費も安くなるから、一気に落ちると思うよ」

 最初から赤字を見込んで上限を決めているため、在庫が出るのは想定済みである。そして腐るものでもないので、来年分の投資と考えれば損にはならない。

 類似品が出る心配はあるが、レネの作る省力化術式はそう簡単に実現できる代物ではない。一年程度で利益が出るものを作れるなら、もっと他に大金を稼ぐ手段は転がっているのだ。

 そして今回はレネが術式を開発して封入するため、その分の持ち出し原価は無いと同じである。そのため価格を抑え気味にでき、利益のみを見て後追いするものにうまみが無いと思わせることができるのである。

「ちょうど良いから、特級魔法の練習台になってもらおうかな。でも魔力が……、そうだ、一度特級魔法を吸わせた魔食樹で適当な杖を作れば簡易版の特級魔法用の杖になる。後はそれを繰り返せば良いんだ!」

 特級魔法用の魔法具を作るためには、熟練の職人がそれなりに時間をかけて加工しなければならない。そのため作れる者が限られ一気に値段が高くなる。但し、それはきちんとしたものだからである。杜人が加工した精霊結晶でも、本物を使い捨てるなら星級魔法を発動できるのだ。

 そして今なら特級魔法を使える魔法具を複製可能となっている。といってもただ削り出した程度では魔力効率も悪くなり何度も使える物にはならないが、緊急事態でもないので壊れたら都度取り替えれば事足りる。それに気が付いたレネが嬉しそうに笑い、杜人も微笑みながら賛成する。

『それは良いな。それではたっぷりと魔法を吸わせてから倒すことにしよう』

 レネも杜人も贅沢をしている気は無かったのだが、売れない素材を抱えているために自己消費に関してはいつの間にかためらいがあまり無くなっていた。

 売ればそれなりの価格になる魔食樹を複製とはいえ使い捨てにする発想に、セリエナは頭痛がしてきたため額に手を当ててため息をついた。そしてこのままでは感覚がおかしくなりそうだったため、軽く忠告をすることにした。

「他の人に見られると金遣いが荒いと思われますから、やるならこっそりやりましょう」

「うぁ……」

『うぉ、いつの間にか金銭感覚が……』

 その一言でレネと杜人はずれていた感覚を自覚し、恥ずかしさでのたうちまわることになった。こうして金満主義満載の暗黒作戦は、セリエナの活躍でお蔵入りとなったのだった。




 打ち合わせ後、レネと杜人はシャンティナを連れて外出し、大通りにあるダイル商会へと向かった。最近は視線にも慣れたので、隠れずに堂々と歩けるようになっていた。もはや『殲滅の黒姫』の噂を消し去るのは不可能と悟り、開き直ったとも言う。

 たまにレネを見かけて道を譲る探索者が居たり、ひそひそと話している探索者がいたり、疑わしそうな顔を向けて仲間から本気でたしなめられている探索者が居たりするが、絡まれることだけはない。

 学院の外では主を倒したり、大広間の罠を突破したりと感謝や感心されることをしてきたので、レネの噂は好意的なものが多いのだ。もちろん裏側ではダイル商会が悪い方向に行かないよう修正を行っていたりする。

 ちなみにレネは、一流の探索者と肩を並べることができる量の素材をダイル商会のみに卸している。レネと杜人としては信頼できるし売り歩くのも面倒という理由なのだが、その情報が主討伐にて探索者に流れた結果、一括卸の利点に気付いた探索者が真似し始めて素材の取引量が増えていた。

 これは素材をすべて買い取れる商店がなかなか無く、あっても信用できるかは伝手を辿る以外に自ら取引をしなければ分からないためである。もちろん売り歩けば儲けは一括より大きくなるが、時間や交渉に時間がかかる。その時間を利用したり大口取引先として優遇されたりしたほうが後々良いと、一部の者が気付いたのである。

 そしてその他に黒姫珠水などの商会独自で扱っている関連商品もあり、今ではレネ関連の利益が無視できない規模に成長していた。

 最初は腐れ縁の学院講師であるレゴルから紹介されたとはいえ、利益など見込めない取引だった。しかし、それでも笑顔で取引を続けていたのだから、ダイルは商人として超一流の才覚を持っていると言える。

 レネはそんな事情を知らないが、お金が無くて困っているときから足を向けて寝られないほどダイル商会には世話になっている。たとえ商会長のダイルの見た目が悪徳商人で、いつも悪いことを企んでいるように見えようとも、もし他の店から高く買い取ると言われても取引をやめるつもりは無かった。

「安く済めば良いね」

『特殊な構造でもないから大丈夫だろう。少し大きい分材料費がかかる程度か。どちらかというと、人の手配のほうがかかると思う』

 屋台は広場などに店を開いているので、流用すれば作ること自体に問題はない。

「料理ができる人だよね。本職が来てくれないかなぁ」

『さすがに店を閉じるわけにも行かないだろうから、無理だろうな。それに本職となると給金が跳ね上がるぞ。予算枠は一応決めているのだから、家庭料理ができる程度でも見つかれば恩の字だ』

「こうなると、貴族の人達の班は予算がたくさんあって羨ましいよね」

『むこうは伝手も豊富だから、人手に困ることはないだろう。しかし、その分しがらみも増えるのだから、楽しめるかは微妙だな』

「それもそうだね。セリエナも大変だよね……」

 大貴族の遊びに巻き込まれたセリエナのことを思い、レネは乾いた笑いを浮かべた。平民からすればくだらないことだが、上に立つ者にとって面子が大切であることは経験したから分かる。それを常に意識しなければならないので、大変疲れるのだ。

 そんな話をしながらしばらく歩き、到着した店に入っていつも通り受付に行く。受付には顔見知りの女性職員が居て、優しい笑みを浮かべていた。

「いらしゃいませレネ様」

「こんにちはリュトナさん。ダイルさんの予定は空いていますか?」

 一緒にセリエナの研修に行ったこともあり、いつも微笑んでいるのでリュトナにはある程度気安く話しかけられるようになっていた。そのため気負うことなく尋ねることができる。

「申し訳ありません。ダイルは只今出かけております。よろしければ私が用件をお伺いいたします」

『居ないとは珍しい……、いや、これが当たり前か。伝達だけだから構わないだろう』

「はい。それではいつものが終わったらお願いします」

「分かりました。それではご案内いたします」

 レネはいつも通りリュトナの案内で屑素材を回収し、そのままリュトナと共に応接室に入る。そして鞄から説明書と図案を取り出して説明を行った。

「……こんな感じです。屋台はそのまま発注しますが、魔法具用の素材は一度実験してから正式な仕様を決めますので、少し遅くなります。人の手配はつきそうですか?」

「学院祭に参加したいと思っている人は多いので、大丈夫だと思います。とはいっても誰でも良いとは行きませんので、少々時間がかかりますが」

 仮契約を交わして一段落ついたところで、リュトナは新たにお茶を淹れてきた。説明で喉が渇いていたレネは、安堵したこともあり出されたお茶を喜んで飲む。そして先程までとは異なる味わいに、思わず口を離してお茶を見つめた。見た目はいつもと変わらない透明な黄色いお茶であるが、先程より香りが良く心地よい苦味と甘みを感じていた。

 不思議そうに首を傾げたレネにリュトナは面白そうに微笑んでいる。

「お気に召しましたか? それは栽培品種ではなく、魔物から採れる素材で作った茶葉です。通常は魔法薬の原料に回されるのですが、こうして飲んでもおいしいのです。レネ様は第四十二階層に到達されていますので、そのうち出会えると思います。ちなみにこれは第四十四階層にいる緑珠粘液の素材です」

『ほう、見てみたいな』

「そうなんですか。私はおいしくないから魔法薬の原料として使われていると思っていました」

 笑顔で飲み干したレネにお茶を注ぎ足すと、リュトナは軽く説明し始めた。

「飲食できる魔物の素材は、魔法薬の原料として最適なものが多いのです。そして魔法薬は常に需要があるためにいつも原料不足になっています。そのためそれ以外の用途に出回るものは、大量に採取できるものだけになります。探索者の中には個人で少し楽しむ者も居るそうですから、いつか味わってみるのも面白いと思います」

『……なるほど』

「ありがとうございます。それでは手に入ったら試してみますね」

 聞いていた杜人は感心し、レネは知らない情報に嬉しそうに微笑んだ。そして見送られて商会を出たところで、杜人はレネが気が付いたか試してみた。

『レネ、出回っている中で牛乳のように魔物素材が中心のものはどれだけあるんだ?』

「ん? 植物関係は迷宮に自生しているものや、持ってきて外で栽培している品種がほとんどだよ。肉関係は魔物が多いかな。それにしても、あんな楽しみ方もあるんだね。採取できたら試してみよっと」

 嬉しそうに答えるレネの様子に、気が付いていないと判断を下す。そのため杜人はレネの前に移動すると、顎に手を当てて口角を上げた。

『ふっ、言葉を額面通りに受け取るとは、まだまだ甘いのぅ』

「むぅ」

 杜人のからかいはいつものことなので気にはしないが、理由があって行われていると理解していた。そのためレネはリュトナの言葉を思い出して考えるが、どう考えても裏があるようには思えなかった。

 結論として今回は何も無いとなり、どういう意味という視線でじっとりと杜人を見つめる。そんなレネに杜人はわざとらしく髪をかきあげると解説を始めた。

『言葉は情報を伝える方法だが、いくつかの種類がある。今回は学院祭のことを聞いたから助言として出されたものだ。短い期間だけの店舗で出すなら、恒久的に材料を用意する必要がない。だから、魔物の食材を事前に集めて使えば安くつき、味も良くなると教えてくれたんだ。おまけに元々の用途は魔法薬の原料だから、今回の条件に対して相性がとても良い』

「あっ……」

 硝子天馬のときと同じだと理解したレネは、前例があったのに額面通りに受け取ったことに気が付いて、恥ずかしさで耳まで赤くなった。これは、体験しても成長できませんと自ら言ったようなものだからである。

 杜人はレネの周りを漂いながら、恥らうレネを嬉しそうに堪能する。

『うむうむ、最近のレネはしっかりしてきたから隙が無くていかん。もっと頼ってくれても良いのだよ? 頼もしすぎる俺が、手取り足取り導いてあげようではないか。ただし、後悔しても知らないがな!』

「ばか……」

 レネは顔を赤らめたまま俯いて早足で歩いていく。その後ろを杜人は笑顔で追いかけた。更にその後ろにいたシャンティナは、少しだけ笑みを浮かべて付いていくのだった。





「これで人員は良し」

 その夜。アイリスは住まいにて、進捗状況の報告を受け、にんまりと笑っていた。ルトリスが絡んだフォーレイアを止める手段は、残念ながら発見されていない。

「うふふ、人手不足で無様を晒すか、人を雇って散財するか……。どちらにしても困ることは確かね。殲滅だかなんだか知らないけれど、作られた虚像を恐れる者だけではないと思い知りなさい」

 現在の標的はセリエナをこき使っているエルセリアと、その威を借るレネである。そのため第一陣として参加希望の学院生を鼻薬でかき集め、レネの班に行かないようにしたのである。

 ちなみに一般に広まっているレネの情報は虚偽のほうが多くなっている。そのため、主の単独討伐や大広間の罠を突破したことも、又聞きでは疑うのが普通である。つまり、まともな思考の持ち主のほうがレネ自身は大したことがないと判断してしまうのだ。そしてフォーレイアは、ルトリスさえ絡まなければとてもまともであった。

 計画ではレネの班とルトリスを裏から妨害し、力を落とした上でセリエナを救い出すつもりである。そこにセリエナの意見が取り入られていないところに、長年相手をしてきたルトリスの苦労が偲ばれる。

「さて、次!」

 アイリスは精力的に次の作戦の指示を出す。活動的な何とかほど厄介なものはないを地で行くのがフォーレイアであった。





「……何だか急に胃が」

「薬をお持ちいたします」

 ルトリスの屋敷にて、時期当主であるライルは急な胃の痛みに顔をしかめる。

「まさか、な」

 一瞬嫌な予感に襲われたが、さすがに考えすぎだろうと首を振る。そのため薬を飲んで痛みが治まると、その予感を忘れてしまった。

 災厄というものは忘れた頃にやってくる。そして今のところは、まだ平穏であった。
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