絶望の会議
同じ頃、アラムデッド王宮の中枢ではカシウ王以下、側近による会議が行われていた。
窓には光を遮るカーテンが引かれ、象牙の燭台が密室を照らしている。
晩餐会に不参加の重臣も召集され、緊迫した空気が満ちていた。
部屋の虚飾は排され、重厚な机と椅子だけが置いてある。
王も含めて、七つの席しか存在しない小部屋であった。
書記の席さえもない。
用いるときは、真に国に関わるときだけと決められていた。
カシウ王は椅子に腰掛けて、こめかみを強く押さえている。
机にはクロム伯爵とエリスの情報が、紙となって散乱していた。
「……クロム伯爵は、全て吐いたか」
誰ともなく、カシウ王は低く呟いた。
怒りよりも苦悩が色濃い。
「駄目ですわ。黙秘や拷問耐性の魔術式が、綿密に埋め込まれています。解除するのに一月はかかりますわ」
王の隣に座す、幼い白髪の少女が首を振りながら答えた。
琴のように心地よい声音だ。
外見上では12、13歳くらいにしか見えない。
彼女こそ五代のヴァンパイア王に仕えるアラムデッド王国の宰相、アルマ・キラウスであった。
清楚な白と薄青の服も簡素で、勲章の類は一つもない。
それでいて静かな威圧感は、王に勝るとも劣らないものだった。
見た目に似合わぬ異常な長命は、≪不老≫のスキルのせいとささやかれていた。
王朝樹立の立役者でもあり、名実ともにアラムデッド王国のナンバー2である。
「さらに婚約破棄の数日前より、クロム伯爵が連れていた数人が行方知れずとなっていますわ」
「事前に逃げた、ということか?」
「仰せの通りかと」
「伯爵の故国、ブラム王国が国境に軍勢を集めつつある、という情報もありますですっ!!」
明朗で勢いよく発言したのは、はねた赤髪で眼鏡をかけた女性であった。
ややだぼついた茶色の軍服に、化粧気はまるでなかった。
愛嬌がある活発な顔つきと、標準的な胸囲がヴァンパイアには珍しい。
一見すると20歳くらいだが、アラムデッド王国の軍務大臣として辣腕を振るうミザリー・ボーンだ。
カシウ王は、嘆息した。
昨夜の婚約破棄の一幕は、若者の無鉄砲な茶番ではなかったのだ。
むしろ、練りに練られた破滅的な企てだ。
王朝始まって以来の謀略やも知れなかった。
「ブラム王国から使いは?」
「まだ来ておりませんが、明日にでもクロム伯爵の引き渡しを求めてくるでしょう」
「エリス王女と合わせてか?」
「恐らく……」
クロム伯爵のブラム王国とジルのディーン王国は、アラムデッド王国より遥かに大きい国だ。
正面切っての軍事力なら、アラムデッド王国は両国の数分の一だろう。
独立を保ってきたのはヴァンパイアならではの戦闘力と、厳しい荒涼とした大地ゆえに他ならない。
両国の間でうまく泳ぎ、他の諸国に対するのがアラムデッド王国の基本外交だ。
その根底が、揺らごうとしているのだ。
「ブラム王国近くの貴族達も、ここ最近王都に姿を見せていないであります」
重苦しい雰囲気が、部屋に満ちる。
全てが、恐るべき謀を示していた。
クロム伯爵を引き渡さなければ、それを口実にブラム王国は侵攻してくるだろう。
伯爵を引き渡しても、エリスも渡さなければ同じことだ。
なにせ一方的とはいえ、婚約を発表したのだ。
無茶だが、一応の名分は立ってしまった。
悪いことに、ミザリーの報告ではヴァンパイアにもブラム王国に内応する気配がある。
事前にブラム王国が切り崩しているのは明白だ。
ブラム王国が本気なら、享楽的なヴァンアパイアを篭絡するのは難しくない。
カシウ王には、男系の子は一人しかいない。
エリスの二人の姉は他国に嫁ぎ、残ってる妹はまだ14歳だ。
王族の数は少なく、貴族なしで国は統治できない。
エリス王女とブラム王国、幾分かの貴族が結託すれば、王国は二分されてしまう。
しかも均衡を担うはずのディーン王国は、婚約破棄で盛大に顔を潰したのだ。
報復として、ディーン王国も独自に軍事行動をとりかねない。
そうなればいよいよ、亡国の瀬戸際だ。
誰しも同じことを考える中、アルマが口火を切る。
「クロム伯爵とジル男爵の処遇だけは、早急に決定しなければなりません」
「ふむ……」
カシウ王は目を細め、思案した。
クロム伯爵は死を覚悟しているような、決死の役者には見えなかった。
単にブラム王国に操られ、エリスに近づいた愚か者だろう。
生かしておいても、エリスを惑わすだけだ。
カシウ王の拳に、力がこもった。
「クロム伯爵は、血量の儀式にかけよ」
ジルは耐えた試練だが、クロム伯爵が乗り越えるのは不可能だ。
事実上の死刑宣告であった。
「ジル男爵は、いかがしましょう?」
哀れなジルへの同情は、出席者達の間にもある。
完全な被害者であり、しかもディーン王国の対応はジル次第だった。
うかつなことをすれば、ディーン王国も敵に回るだろう。
「情勢が見極められるまで、帰国させてはならん。アルマよ、ジル殿の心証を良くし繋ぎ止めよ」
ジルが帰国してディーン王国も動けば、アラムデッド王国は追い詰められる。
そのためにも、穏便にジルを取り扱う必要がある。
他の者には任せられない、重要任務であった。
カシウ王は疲れた目でアルマを見据えた。
先の晩餐会より、エリスとあえて面会はしていなかった。
とはいえ実の娘だ。
様子が気にならないと言えば、嘘になる。
「エリスは、何と言っておるか?」
「……クロム伯爵に会わせよ、と暴れているようです」
「近衛兵に危険が及びましたゆえ、今は眠らせているであります」
アルマとミザリーは、エリスを切って捨てた。
老練な政治家の二人からすれば、王族以外価値のないエリスだ。
なんという馬鹿者であろうか。
全く情勢が見えていないようである。
カシウ王はまたも、ため息をついたのであった。
それは本日、十数回目であったという。