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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~ 作者:りょうと かえ

覚醒と帰還

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悩めるイライザ

 午後の太陽が輝く時間、イライザは自室で書き物をしていた。
 先ほど確認したジルの《血液操作》についての報告書だ。

 ディーン王国では、スキルは余すところなく報告する必要がある。
 とはいえ、書類は時間がかかるものではない。

 問題は、イライザの精神状態の方であった。
 気を抜くと、涙が頬を伝ってきそうだ。

 ジルと別れて、イライザは自己嫌悪に苛まれていた。
 昨夜押し倒されたのは、ジルからだった。

 本気で抱かれてもよかった。
 たとえ、エリス王女の埋め合わせだったとしても。

 貴族らしい嫌らしさがないジルが好きだった。
 実直で、正義感があって……貴族社会では苦労するだろうけれど。

 たがらこそ、イライザの心は傾いた。
 もちろん、たわむれにも許される想いではない。

 エリス王女側が、ジルと距離を置きつつあるのは気がついていた。
 イライザは数度しか、エリス王女と対面したことはない。
 それでも、ジルと合わないだろうことはわかった。

 ある時、ジルがイライザに嬉しそうに言ったのだ。

「エリスは強いね、剣だと全然勝てないよ。いつか見直してもらうぐらい、僕も強くならなくちゃ」

 イライザは、胸が痛んだ。
 エリス王女は、かしずく男には好意を寄せない女だ。
 むしろ、強い王女を引っ張るくらいの上昇志向がないと駄目なのだ。

 対してクロム伯爵は、ブラム王国でも名門であり辺境伯でもある。
 財力もあり、一族あわせれば王政も動かしうる大貴族なのだ。
 婚約破棄の場面を聞くに相当の自惚れがあり、野心家なのだろう。

 エリス王女が興味を抱きそうな貴族だった。
 才知、きまぐれ、そして恐ろしいまでの武と魔術を持ったのがエリス王女だ。

 皇太子の兄が健在でなければ、もしかしたら王位を継承していたかも知れない。
 その一方、アルマ宰相をはじめとする一派には警戒されていた。

 男爵であるジルが婚約するにも、アルマ派の強い後押しがあったらしい。
 さっさと婿をつけて黙らせよう、表舞台から遠ざけようという意図があったのだ。

 イライザはため息をついた。
 アルマ宰相がジルを連れ出したのは、引き留めのためだ。

 イライザも泣いてばかりではない。
 すでにディーン王国への伝書鳩や、早馬の手配は済ませている。

 それでもディーン王宮からここまで往復一週間、対応協議に数日はかかるだろう。
 正式な指示が来るまで、最低でも半月はかかるはずだった。

 イライザとしては、一度ディーン王国へと戻りたかった。
 ジルの《血液増大》《血液操作》はヴァンパイアにとっては、喉から手が出るほど美味しいスキルだ。

 下手をすれば誘惑どころか誘拐されかねない。
 実際に婚約が棚上げになれば、他のヴァンパイアが近づくだろう。

 あるいは、アルマ宰相がジルを囲むとか?
 ディーン王国の首脳も、ヴァンパイアの気性は良く知っている。
 猫の前に、肉を放り投げるようなものだ。
 十中八九、帰還命令が出るはずだった。

 ジルは、即座に受け入れないかもしれないが。
 ぐぐっと、イライザの持つペンに力が入る。

「失礼しまーす!」

 ノックもそこそこに、アエリアが入室してくる。
 頼んであった、昼食後の紅茶を持ってきたのだ。
 銀のトレイの上に、青い花を彩ったティーセットを乗せている。

 今は、一人でいたくなかった。
 思い出すだけで、死にたくなるようなジルとのやり取りだったのだ。

 しかし、ベッドに寝込んでいるわけにもいかない。
 あれは忘れようと、ジルにも言ったのだ。

 ジルが戻れば、アルマ宰相とのやり取りを報告しに来るだろう。
 それまでに、心を立て直さなければいけなかった。

 ある程度気心の知れたアエリアとのティータイムは、気分転換にはちょうどいい。
 イライザが書類を片付けると、アエリアが机の上にティーセットを広げる。
 意味深な瞳で、アエリアがイライザを見た。

「今、王都でちょっとした騒ぎが起きてますよ」

 アエリアはこう見えても、無駄なことは言わない。
 ディーンに関係することだろう。

「なんか……ジル様が盗賊を返り討ちにしたみたいですっ」

「はいっ!?」

 イライザが、机を揺らして立ち上がる。
 両手を振りながら、慌ててアエリアが制止した。

「あ、いや! 無事みたいですけどね!」

「ジル様が襲われたんですか?」

 どこかのヴァンパイア貴族が早くも手を出してきたか。
 駆け出そうとするイライザの手を、アエリアが握った。
 体温が低い種族のヴァンパイアだが、アエリアの体温はイライザと変わりない。

「行くのはいいですけど、ちょっと心の準備が必要かと!」

 なぜか、アエリアがすーはーと聞こえるように息をした。
 あえて、イライザに見せつけるような仕草だ。
 イライザもしょうがなく、一呼吸置く。

「エルフのすっごい綺麗な子を連れてるみたいなんですよね、ジル様……」

 申し訳なさそうに、アエリアが呟く。
 イライザはアエリアの意図するところを、色々と察してしまった。

 どこからエルフの女の子、などど聞くまでもない。
 アルマ宰相に押しつけられたのだ。
 すでに包囲網が、できつつある。
 イライザはふらりと気が遠くなるのを、自覚した。
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