フラウレム
私の名前はフラウレム=クローム。
誇り高きクローム伯爵家の一員。
お父様は現魔王様の幹部の一人、ビーゼル=クライム=クローム。
私はこれまで、王都グライゼンで優雅に王姫の友人として活動していました。
友人と言っても自称ではありません。
魔王様により定められたご学友という存在です。
なので、当然ながら学園での成績は優秀。
武術も人並み以上どころか、今すぐ実戦投入されても大丈夫なレベルで鍛えています。
王姫様に何かあれば、身を挺して守らねばなりませんからね。
将来は王姫の側近としての活躍が期待されています。
しかも、自分で言うのもなんですが見た目は十分以上。
いえ、美人と言っても良いでしょう。
これは自惚れでもなんでもなく、客観的事実です。
そんな私ですから、当然のように求婚が殺到しています。
と言っても、私に直接来るのではなく、家に申し込まれます。
当然ですね。
結婚相手は私が決めるのではなく、お父様が決めるのが普通ですから。
私も望みの相手と結婚するなんて夢のようなことは考えていません。
お父様の選んだ相手に嫁ぐ覚悟はできています。
なので早く相手を決めてほしいのですが、選ぶ候補がそれなりにあるので、お父様は色々と迷っているらしいのです。
娘に良い相手をと考えるのは嬉しいですが、そろそろ決まった相手ができないと周囲の目が気になります。
さて、そんな私ですが……
急遽、お父様の命令でとある村に行くことになりました。
嫁ぎ先ですかと聞くと、恐れ多いと返されました。
私はその村に行って何をすれば良いのでしょうか?
学園も辞める?
王姫様のご学友も外れることに?
あの、お父様?
夜逃げですか?
私の冗談にお父様は笑いもしません。
逆に真面目な顔で返されました。
「夜逃げできるならしたいな。
……魔王国の命運を左右する。
心せよ」
え、えーっと……
お父様はお疲れのようです。
まあ、家に帰ってくればお母様に甘えながら仕事や同僚に対する愚痴を延々と言いまくってますから、その心労は計り知れません。
お父様の目に多少の狂気を感じますので、逆らうのは得策ではなさそうです。
しばらくは付き合いましょう。
学園も王姫様のご学友も惜しいと言えば惜しいですが、退屈でしたから。
私の才覚を発揮できると嬉しいのですが……
行き先は村だそうですからね。
あまり期待はできません。
ふふ。
なんでしたらこの私が牛耳ってしまいましょうか。
「初めまして。
ラスティスムーンです」
……
村に行って早々、着替えることになりました。
理由は尊厳に関わるので、言えません。
えっと……
なんでしょう。
いきなりドラゴンに出迎えられたのですが……
しかも、ラスティスムーンです。
竜の山の門番竜ドライムの娘です。
魔王領では知らない者は居ない要注意竜です。
目を合わせちゃ駄目って言われてる狂犬ならぬ狂竜です。
それが出迎えしてきたのですから、着替えるのも仕方が無いのではないでしょうか。
ええ、そう思っていました。
村にはハイエルフが集団で居ました。
森ゲリラ、マンイーターと呼ばれる凶悪集団です。
森に住み、近くの村から男を攫う者たちです。
しかも、死の森や鉄の森に住むハイエルフは、一騎当千の猛者です。
なにせ死の森や鉄の森に住んでいるのですから。
ニッコリと挨拶されて腰が砕けそうになりましたが、頑張って耐えました。
自分を褒めてあげたいです。
でも、そこまででした。
インフェルノウルフが群れてました。
はい、私は死を確信しました。
お父様は私を生贄に捧げたのだと思います。
酷いです、お父様。
二度目の着替えを行いながら、ラスティスムーンから大丈夫だと伝えられました。
なるほど。
ここに居るのは全てこのラスティスムーンの支配下ということですか。
一安心。
インフェルノウルフと言えば、死の森の頂点の一角。
一匹でも街ぐらいなら滅ぼす極悪狼です。
それが……数え切れないほどいます。
特殊個体のコキュートスウルフも確認できました。
貴重な体験をしていると思いましょう。
そう思わないと気が持ちません。
ですが、本当に支配下に置いているのでしょうか。
何頭かのインフェルノウルフがラスティスムーンのスカートを引っ張ってからかっています。
はい、次が待ってました。
デーモンスパイダーです。
出会い頭に“スタンバッシュ”を喰らい、気絶してしまいました。
“スタンバッシュ”はデーモンスパイダーの個体特性で、初見の相手に対しての精神攻撃です。
気絶中に捕食されていないので、デーモンスパイダーも安全なのでしょう。
ふふふ。
三度目の着替えです。
もう下着は穿かない方が良いでしょうか。
それはともかく、インフェルノウルフと共に死の森の頂点の一角をこうも支配下に置くとは……ラスティスムーンは恐ろしい存在です。
支配下に本当に置いておいてください。
お願いします。
野放しのデーモンスパイダーなんて恐怖以外の言葉では表せません。
それにしてもデーモンスパイダーは子沢山のようです。
シャドウスパイダー、カーススパイダー、ドロースパイダー、トラップスパイダー、デススパイダー、首吊りスパイダー……
全てデーモンスパイダーの幼生体ですが、幼生体でも恐れられる生物です。
それが数え切れないほど居ます。
これらが魔王領に放たれたらと考えると……背筋が凍ります。
考えないようにしましょう。
いえ、記憶から消したいです。
さて、デーモンスパイダーの家庭を見た後だと、グノーシスビーの巣を見たぐらいでは驚かなくなります。
驚かなくなりますが、怖くないとは言っていません。
グノーシスビー。
普通のミツバチと同じように花などから蜜を集める魔物。
そのハチミツには天井知らずの値が付けられます。
その理由は、当然ながら極上の味なのですが、それ以外にもグノーシスビーの巣を守る兵隊蜂の存在があります。
グノーシスビーの兵隊蜂は、兵隊蜂が生きている限りインフェルノウルフですら巣に近付けないと言われる獰猛さを持ちます。
つまり、グノーシスビーのハチミツを手に入れるには、兵隊蜂を殲滅させる戦闘力を有しなければいけないのですが……
世の中では“グノーシスビーのハチミツ狙い”は夢想家や妄想家、もしくは欲に溺れて危険なことをする者のことを指す慣用句として使われています。
グノーシスビーのハチミツを欲してはいけないのです。
目の前で壷に入れられ、運ばれていますが……欲してはいけないのです。
明日の朝食用とか言ってますが、期待してはいけないのです。
油断していました。
グノーシスビーのハチミツに気を取られ過ぎたようです。
ここでは気を抜いてはいけなかったのです。
私の目の前には、天使族が四人いました。
全員、名付きの天使です。
殲滅天使ティア。
皆殺し天使のグランマリア、クーデル、コローネ。
ラスティスムーンほどではありませんが、警戒が必要な要注意天使たちです。
運が良いことに、着替える必要はありませんでした。
もう出る物が無いからでしょう。
ラスティスムーンと和やかな会話をしているところから、危険は無いと判断します。
そう信じさせてください。
とか思っていたら、次が来ました。
吸血姫ルールーシー。
殲滅天使ティアの永遠のライバルと言われる存在です。
当然、ライバルなのですから危険度は同じぐらいです。
いきなり魔法戦でも始まるのかと警戒しましたが、そんなことはありませんでした。
仲良く夕食の内容を決めています。
ライバルは噂だけだったのでしょうか?
天使四人に吸血姫がいれば、ラスティスムーンと良い勝負をするかもしれません。
ということは……ラスティスムーンだけに従うのは危険でしょうか。
くっ。
難しい舵取りが予想されます。
しかし、乗り切ってみせます。
……
吸血鬼フローラも居ました。
ラスティスムーンよりも、天使四人+吸血鬼二人の方が上かもしれません。
いやいや、ラスティスムーンに手を出せば門番竜ドライムが来るかもしれません。
考えを放棄してはいけない。
考え続けるのです私。
……インフェルノウルフが数頭居れば、天使や吸血鬼を圧倒できますよね。
デーモンスパイダー単独でも天使や吸血鬼と戦えますし……
ラスティスムーンが支配下に置いているなら、ラスティスムーン一択です。
しかし、私の心の奥がその選択は危険だと叫んでいます。
なぜでしょう。
その後、鬼人族やリザードマン、エルダードワーフなどレアな種族に出会いましたが、もう驚きません。
なんでも来いです。
獣人族の子供には癒されました。
尻尾モフモフです。
スライムや牛、鶏にも癒されました。
心が落ち着きます。
一通り村を案内された後、宿に戻りました。
私の家ができるまで、ここで生活をする予定です。
村の規模から部屋に期待はしていませんでしたが、なかなか揃っていて驚きました。
特にシーツなどの布類は家でも滅多に見ない最高級品が、惜しげもなく使われています。
食事は見たことの無い美味しい料理でしたし、お酒も美味しかった。
お風呂も他の利用者が居たのが不満ですが、それを上回る良さでした。
うーむ。
侮ってはいけないようですね。
お父様はどういったつもりで私をここに来させたかはわかりませんが、とりあえず情報収集をキッチリと行い、敵を作らないようにしなければ。
とりあえず明日からはどうしましょう。
日は暮れてしまいましたが、油を惜しげもなく使っている様子からまだ村では活動時間なのでしょう。
ラスティスムーンはまだ起きているでしょうか。
ラスティスムーン……様を付けた方が良いでしょうか?
それとも、他の者と同じようにラスティと呼んだ方が……
それは許可を貰ってからにしましょう。
ともかく、ラスティスムーンに会って明日からのことを相談したいですね。
「そこの人間。
ラスティスムーンさんの居る場所に案内しなさい」
失敗しました。
よく考えるべきでした。
言いワケになりますが、私は魔王領ではそれなりの身分であるお父様の娘です。
私を粗略にする方の方が少なく、村などでは一番偉い人が出てきます。
だから出迎えたのが一番上だと勝手に思い込んでしまいました。
間違いでした。
私を出迎える仕事は雑用だと思わねばならなかったのです。
そして、あのラスティスムーンが雑用をさせられている村だと気付かなければならなかったのです。
この村の頂点はラスティスムーンではありませんでした。
この村の頂点は、その呼び名の通り村長でした。
人間の村長。
ラスティスムーンの所に案内させた後、二人っきりになったラスティスムーンに真面目な顔で言われました。
「今の人間がルーさんやティアさんを妻にし、インフェルノウルフやデーモンスパイダー、ハイエルフその他を従えた村の長よ。
私のお父様の友人でもあり、お母様が戦いを避けた方。
貴女が何をしようとどうなろうと知ったことではありませんが、竜族を巻き込まないようにお願いするわ」
「……」
貴族の娘である私は、今、死にました。
そして生まれ変わり、村長の忠実な下僕でありたいと思います。