新しい犬
俺はクロ様の群れのインフェルノウルフ。
十頭ぐらいで行動する時にリーダーを任されるレベルの実力。
まあ、ほどほどの強さだ。
自慢できるほどじゃない。
上には上がいるしな。
そんな俺の今の任務は、数頭を率いて森の探索。
狩りが目的ではなく、縄張りの主張が目的だ。
場所は村からかなり遠い。
俺たちの足で二日ぐらいの場所。
ぐるりと村を中心に円を描くように移動し、全部で二十日ほど掛かる。
村から長く離れる誰もが嫌がる任務だ。
だが、役得もある。
この任務中に倒した獲物は、その場で食べていいのだ。
持ち帰るには距離があるし、任務中に食べないと腹が減るしな。
それともう一つ。
パートナー探しだ。
こうやって村から離れると群れに所属しないインフェルノウルフと遭遇することが極稀にある。
そういった者を誘う目的だ。
もちろん、ただで群れに入れない。
誰かのパートナーになるのが条件だ。
俺としては群れの中でパートナーを見つけたいのだが、ロクな女が……げふんげふん。
失礼。
ライバルが多くて、俺なんか相手にされないからな。
この任務で理想の相手を求めて、何が悪いのだ。
そうこうして十日ほど。
牙の生えた兎を中心に食事をしながら任務を継続している時、変わった生き物を見つけた。
子犬だ。
子犬?
……
インフェルノウルフの子ではない。
それは匂いでわかる。
こんな所に子犬?
しかも、ぐったりと倒れている。
生きてはいるが、死にかけなのだろうか?
どうしたものか?
食うには量が少ない。
俺の顔の半分ぐらい?
一口……は無理でも二口ぐらいで食べられるサイズ。
変わった物を発見した時は、持ち帰るか印を残せと言われているが……
んー……
仕方が無い。
俺は同僚に声を掛け、リーダーを引き継いでもらう。
困ったら持ち帰る。
村に到着するまでに死んだら、それまでだ。
命じて連れ帰らせることも可能だが……
褒めてもらえるかどうかわからないし、同僚たちも俺と同じでパートナーを探したい者たちだ。
命じにくい。
見つけたの、俺だしな。
後は任せ、俺は子犬を村に連れ帰る。
最初は口に咥えていたが、振動がヤバそうなので背中に乗せた。
落とさないようにするのが大変だった。
途中、何度か休憩で水と食事。
子犬にもちゃんとやる。
まだ生きているからな。
ん?
そのままじゃ食べ難い?
仕方が無いな。
ほれ、ちょっと柔らかくしてやるから……
村に到着。
子犬はなんとか生存していた。
俺はボスに声を掛ける。
「わん(ボス、ボス。変なのを見つけました。どうしましょう)」
ボスは子犬を見ると、慌てて治療できる者を呼んでくれた。
さすがはボス。
「子犬を助けたんだな。
よくやったぞ」
おおっ。
褒めてもらえた。
しかも頭ナデナデ……
え?
お腹も?
パートナー探しを中断して良かった。
あれから三ヶ月。
「わん(兄貴、兄貴)」
例の子犬は俺の傍にいる。
いや、もう子犬とは呼べないサイズなんだけどな。
というか、俺より大きくなっているよな。
倍ぐらい。
最初はボスが世話していたのだが、村に戻ってくる時に面倒を見たからだろう。
俺に懐いた。
その流れで俺が面倒を見ることになってしまったのだが……
子犬の時の癖が抜けないのか、デカくなった体で俺にぶつかってくる。
パワーでは俺が勝っているので受け止められるが、衝撃が凄い。
「わん(狩りに行くんでしょ? お供しますよ)」
まだ俺には勝てないが、かなり強くなっている。
魔法に関しては、俺よりも使いこなす。
「わん(兄貴、兎を仕留めました!)」
……
今、口から炎を吐いてなかったか?
頑張ったらできましたって……そういうものじゃないと思うが……
うん、お前、犬じゃないな。
そんな気はしてたけど。
犬はそんなにデカくはならないからな。
いや、普通の子犬があんな場所にいるわけないか。
犬じゃなかったら、なんだろう?
銀色のフサフサした毛並み。
犬っぽかった顔は、狼っぽい顔になっている。
しかし、インフェルノウルフ以外の狼がこの辺りにいるとは思えないのだが?
森の外周部には別種の狼がいると聞いたことがあるが……それかな?
まあ、子犬じゃなくても呼び方は子犬だ。
ボスから名前をもらっているらしいが、羨ましいから呼んでやらん。
発情期の季節になった。
パートナーを見つけられていない俺は、ちょっぴり村にいるのが辛くなる季節。
素直に果樹園で落ちたリンゴを食べながらフテ寝をしようと思う。
「わん(兄貴、兄貴)」
子犬がついてくる。
そういえば、お前のパートナーを探してやらないとな。
文句を言う気はないが、俺がパートナーを見つけられなかったのは子犬のせいでもある。
俺が女とちょっと良い雰囲気になりそうになったタイミングで、乱入してくる。
狙ったように。
悪気はないのだろうから怒りはしないが……
はぁ。
まあ、襲ってくる凶暴な女たちから守ってもらったこともあるしな。
「わんわん(リンゴ、ここに落ちてますよ)」
おっ。
なんだ、一個だけか。
他のヤツが先に来たのかな。
「わん(兄貴、どうぞ)」
いいよ。
お前が食え。
「わん(あ、兄貴)」
子犬は遠慮しながらも、美味そうに咀嚼してリンゴを食べる。
くっ……リンゴの良い香りが。
見栄を張らずに……いやいや、それは駄目だよな。
はぁ。
「わん(兄貴、寝るんですか?)」
ああ、邪魔するなよ。
「わん(はい。じゃあ私は隣で……)」
こら、近い。
ああ、もう……
こんな風にできるのも今年だけだから許す。
来年は、子犬も発情期が来て、俺の相手なんかしてられんだろう。
……んー、やっぱり子犬と同じ種類のヤツを探してやらんと駄目か。
いやいや、パートナーは自分で探すべきだ。
用意されるものじゃない。
「わふ?(兄貴、何か言いましたか?)」
いや、なんでもない。
はぁ……発情期の季節、早く終わらないかなぁ。
村長とインフェルノウルフの世話をよくするハイエルフの会話
「でっかくなったな」
「そうですね。
心配していましたが、喧嘩せずに仲良くやってますよ。
特に……」
「拾ってきたヤツとだな。
親代わりってやつか」
「あのサイズになったら、自然と親離れします。
あれはどうみても……」
「ん?」
「雄と雌ということです」
「え?
あれ、雌なの?」
「顔付きが怖いですが、雌ですよ」
「そうなのか。
勇ましい名前を付けちゃったな」
「良いんじゃないですか?
勇ましい名前でも」
吸血鬼の始祖と吸血鬼の姫の会話
「あれ、どう見てもフェンリルだよね。
それがインフェルノウルフの群れの中で大人しくしてる?
どういうこと?」
「吸血鬼の始祖が、紅茶片手に散歩している村ですから。
気にしないのが一番かと」