43 気になること
真っ白でふっくらしたヒナの名前をホワイトと名付けてから、早くも一ヵ月が経とうとしていた。
僕がホワイトをシークレットスペースから出せる場所は決まっていて、ゴロリーさんのお家で僕が貸してもらっている部屋か訓練場。
“グラン鍛冶店”のお昼寝スペースとマリエナさんの工房だけだった。
ホワイトと遊んだ後はシークレットスペースに【収容】して、自分に【クリーン】を発動することになっていた。
これはエリザさんとの約束ごとになっていて、いつの間にか習慣になり始めていた。
そのホワイトのことで、僕は一つだけ気掛かりなことがある。
それは餌の問題だ。
最初のうちは、自分が出てきた卵の殻を必死に突っついて食べていたのだけど、殻を食べ終わってからは何も食べようとはせず、僕のあげる魔力だけでお腹がいっぱいになっているようだった。
【意思疎通】で確認してみても“お腹いっぱい”と言われている気がして、何も食べようとはしなかった。
「クリス君、ホワイトちゃんのことなんだけど、魔力で生活出来ているから、やっぱり魔物であることは間違いないのだけど、それでも何も食べないで平気なのかしら?」
エリザさんに声を掛けられて、今が魔法の訓練中だったことを思い出した。
「あ、エリザさんごめんなさい。聞いていませんでした」
「……魔法の発動中じゃないから許してあげる。クリス君が考えているのはホワイトちゃんのことでしょう? 心配なのは分かるわ……ホワイトちゃん、まだ餌を食べてくれないんでしょう? この一ヵ月で食べたのは殻だけだもんね」
「はい……」
エリザさんだけじゃなく、ゴロリーさんも従魔を飼っている冒険者や各地の友人に聞いてくれていたけど、魔力だけで成長する魔物はいるにはいるけど、食事を出されて食べないなんてことは聞いたことがないみたいだった。
「シークレットスペースの中でいつも寝ていますけど、僕が暇になると出たいって意思が伝わってくるから、たぶん元気なんだと思います」
「そうなのよね……魔力を吸うってことはお腹は空いている筈なのに不思議よね」
本当にこういうことは珍しいみたいだ。
本来は人が直接魔力をあげて孵化させることはないから、そのことが原因なのかもしれないと最近では考えている。
「ゴロリーさんがいつもホワイトの分の食事も作ってくれているのに、全く食べないから申し訳なくて」
ホワイトは料理に口をつけることもなく、僕から魔力をもらうのをじっと待っていて、いつも僕は根負けしてしまう。
ホワイトの食事は僕でも食べれるようにゴロリーさんが調理し直してくれるので、食材が無駄になることはないのだけど、いつも二度手間になってしまう……。
「いいのよ、やりたくてしていることなんだから。それにしてもホワイトちゃん本当に可愛いわよね。たまにクリス君の頭の上で眠っている時なんて、もう可愛くて仕方ないわ……あとふわふわしているし」
ホワイトは僕が信頼している人達に触られることを嫌がることはない。
その為、魔獣だからと危険視することは、最初からなかった。
「そうなんですよね~。何だか頭の上が気持ちいいらしいです。僕は身長が伸びなくなったら嫌だから肩に乗ってとお願いしているんですけど、言うことを聞いてくれなくて……」
「でも訓練中や勉強中は、シークレットスペースに聞き分け良く入ってくれるんでしょ?」
「はい。たぶん凄く頭のいい子なんだと思います。ただ甘えているのかもしれませんね」
「私も甘えられたいわ」
「ははっ」
エリザさんもそうだけど、レイシアさんやマリエナさん達にもホワイトは人気なのだ。
その中でも特に凄いのがメルルさんだ。
動物や魔物の毛で作ったフェルトを使って、ホワイトに似せたマスコットまで作っている。
“魔導具店メルル&万屋カリフ”に来たお客さんが、ホワイトのマスコットを求めることもあるそうで“そのうち売り出す前に事前確認をするから”と、カリフさんが笑っていたので、本当に売られそうだと密かに思っている。
まぁメルルさんの家にはニール君が、この家にはミレーヌちゃんがいるから、比較的いつも通りノンビリとホワイトは過ごしているけど。
「あ、そういえば今日でしたよね? スラム街の捜索と浄化作戦」
「ええ。予定よりも一週間早くなったって言っていたからね」
その為、一昨日のシュナイデルさんとジュリスさんとの訓練はなかったのだった。
「皆、大丈夫ですかね?」
「大丈夫よ。万が一の為に回復魔法はしっかり訓練しましょうね」
「はい」
こうして僕はエリザさんの声で、魔法訓練を再開した。
ゴロリーさんとシュナイデルさんが言っていたスラムの浄化作業は、スラム街に隠れた犯罪者を捕まえることと、スラムにいる子供達を保護する目的があるのだとか。
僕はそれを聞いた時、他人事ではない気がしていた。
特別な力に目覚めなかったら、ゴロリーさん達と出会えていなかったら、様々な幸運があって今の僕がいるのだから。
今の僕には自分のことだけで精いっぱいだけど、いつか必ず――。
その時、ゴロリーさんが慌てて帰ってきた。
「ゴロリー大丈夫だったの?」
「ああ、どうやら本命だけはいなかったらしいが、スラムを牛耳っていた大人達は、ほぼ捕まえ終わったらしい」
ゴロリーさんは騎士じゃないから、浄化作戦には参加していない。
「そう、それなら少しは治安が良くなるのかしら?」
「それはまだ分からん……ただ残念なことに、スラムの子供達の数がかなり減っていたらしく、既に他の街へ売られた可能性もあるそうだ」
「そう……それで、何でそんなに慌てていたの?」
スラムの子供達が年々減っているようなことをシュナイデルさんも話していた。
どうやら勘違いではなかったみたいだ。
「あ、そうだ。シュナイデルの部下が何人か怪我をしたらしくてな、悪いが回復魔法を掛けてやってくれるか?」
「マリエナさんのポーションじゃダメなんですか?」
マリエナさんのポーションなら、飲んでから少しすると傷も綺麗に治る。
但し、とても苦いけど……。
「ああ、命に別状はないからな。もしあれぐらいで使ったら、マリエナさんが再び嫌な思いをすることになるだろう」
「じゃあ僕も回復魔法を手伝います」
マリエナさんのポーションの代わりにはなれないけど、一番簡単な回復魔法なら、この一年で何とか使えるようになったし。
「う~ん、どう思う?」
「クリス、今日はこの街の騎士だけじゃなくて、クリスがたぶん嫌だと思う騎士が数人かいたけど、それでも治療しに行きたいか?」
エリスさんはゴロリーさんに聞いて、腕組みをして回復する人達のことを教えてくれた。
でも、この街の騎士さん以外もいるということが、僕を悩ませてた。
治療はしたいけど、あまり魔法を使っているところを、多くの人に見られてはいけないと、二人と約束していたからだ。
「それじゃあエリザさんについて行きます。それで僕が必要だと思うなら、魔法を使います」
僕は迷った末に、魔法の師匠であるエリザさんに従うことにした。
「そうね。ちょっと実戦を知るには早い気もするけど、クリスは怪我を負った人を見たことがないから、いい機会かもしれないわ」
「そうか。ならば俺も一緒に行こう」
ゴロリーさんとエリザさんがいれば、何の問題もないと思いながら、僕は二人と一緒に騎士さんが怪我しているという場所へ進んでいくのだった。
そして僕はそこで思わぬ再会を果たすことになる。
お読みいただきありがとう御座います。
※注 ヒナの名前のホワイトは仮名です。名前を思いついたらホワイトから変えます。
本当はもっと進むはずだったのですが、ホワイトの名前が浮かばずに二時間を越え、全てホワイト仮名で書いていましたが、今日分はここで終わりです。