41 先へ行く者
八歳になってから、マリエナさんの工房に出入りするようになり、僕の毎日はとても早く流れていった。
色々なお手伝いをして学ぶことが多かったけど、その全てが楽しかったから、しょうがないのかもしれない。
もちろん毎日迷宮へと潜り、無理をせずにスライムを倒している。
昔よりしっかりと武器が振れるようになってきたと思うし、ゴロリーさんも最近は褒めてくれるようになってきた。
そしてゴロリーさんは朝日が昇る前に迷宮へ行くのに付き合ってくれるから、僕のレベルが上がるのも早くなっている。
本当にゴロリーさんには頭が上がらない。
それと最近のことだけど、ようやくエリザさんから“努力次第でスキルを習得出来る”と教えてもらい実践していた【瞑想】と【祈祷】のスキルを、無事にエクスチェンジを使わずに覚えることが出来た。
そのことがあってから必要なスキルと特殊スキル、統合スキル以外は極力エクスチェンジでスキルの交換をしないことにした。
そんな日が続いたある日、いつの間にかアイネ達が孤児院を出る日を迎えた。
「まさかアイネが冒険者になるなんてね……皆が大変そうだぁ」
残念なことにこれは本音なんだよね……。
アイネのあの一直線の性格は凄いと思うけど、しっかりとサポートをしてくれる皆がいなかったら大変なことになりそうだし……。
まぁ僕の言葉を聞いて苦笑している皆は、アイネの子分を仕方なくしているけど、僕よりもずっと付き合いが長くて、アイネの性格を知っているから大丈夫だとは思うけどね。
今回、孤児院を出て冒険者になるのはアイネを含めて四名で、最初から四人でパーティーを組むつもりらしい。
信頼出来て、助け合える仲間とパーティーが組めるのは羨ましい。
イルムさんやマリエナさんが“強くなるよりも、信頼をおけるパーティーメンバーを探すことの方がずっと難しい”って、教えてくれたことがあった。
本当に信頼出来る人とじゃないと、揉めたりするだけじゃなくて、裏切る冒険者もいるのだとか……。
「シスターと約束したから大丈夫よ。冒険者になったらたくさん訓練して、いっぱい魔物を倒して、もの凄くレベルを上げるんだ。そしてクリスが二年後、冒険者になったら鍛えてやるんだから」
「えっ? 僕、冒険者になるって言った?」
「えっ?」
アイネは呆然とこちらを見つめる。
僕は笑うのを堪えながら、アイネにもう一度聞く。
「アイネに僕は冒険者になるって言ったかな?」
「言った。絶対に言ってる。冒険者にならなかったら、ライバルじゃないからね」
顔を赤くしながら、アイネは声を上げた。
「えっ? 僕達ってライバルだったの」
「えっ?」
徐々にアイネが心配そうな顔になるので、僕は笑ってしまった。
「ははっ、心配しなくてももちろん冒険者になるし、アイネとはライバルだよ。でもアイネ、気をつけてね。冒険者が新人冒険者にイジワルすることもあるらしいから、アイネはちゃんと皆の意見も聞いてあげてね」
「な、なんでシスターと同じことをクリスが言うんだ」
真っ赤な顔をして声を上げると、後ろでシスターは口元を押さえて笑っていた。
「皆のことが心配だからだよ。一緒に遊んだ仲だもん」
「一回も勝てなかったけどな……私が」
僕はアイネに最後までかくれんぼや子鬼ごっこで負けることはなかった。
それでもアイネはいつも悔しがりながら、とても楽しそうにしていた。
本当なら冒険者になることは大変だし、アイネの性格を考えると止めた方がいいと思ったけど、結局僕は止めることはしなかった。
孤児院を先に巣立った先輩冒険者もいるらしく、その人達に色々教わることになっているみたいだし、それにアイネには既にパーティーメンバーがいたからだ。
「私達が先に冒険者になって、クリスよりもずっと強くなっておく」
そう言い切ったアイネは、ライバル宣言された日と同じような気持ちのいい笑顔をしていた。
アイネ達が冒険者ギルドへ向かったところで、いつの間にか近くにいたレベッカとマリンが、アイネのことを口にした。
「ずっとフェル兄の後を追っていたから、目標がなくて暗かったアイネ姉が元気になってくれてよかった」
「本当、クリス君が孤児院に来るようになって、また目標が出来たってはしゃぐようになったもんね」
レベッカやマリンの言葉で、アイネが僕に何でライバル宣言をしたのか、その意味がようやく分かった。
フェルがいなくなって、アイネの競う相手がいなくなっちゃったから、僕を競う相手にしたんだね。
「僕はアイネのライバルになることが出来たのかな?」
アイネ達の歩いていく先を見ながら、僕はそう呟くのだった。
アイネ達が孤児院を離れた日から、少しして僕の生活で三つ変わり始めたことがある。
カラーエッグの色が黒から一般の卵よりも白く、まるで輝いているような色になり、少しだけだけど【意思疎通】が出来るようになってきたのだ。
それもシークレットスペースの中にいるはずなのに、何となく魔力を欲しがっていることまで分かってきたのだから、とても凄いと思う。
そのことを早速ゴロリーさん達へと伝えると、とても嬉しそうにしてくれていた。
「もうすぐ殻を破って出てくる可能性が高いな」
「卵のサイズからだと、そこまで大型の魔物ではないと思うけど、一年以上も出てこなかったし、案外ノンビリした性格かも知れないわね」
どんな魔物が出てくるのか分からないけど、仲良くなれそうだと僕も思っていた。
そしてもう一つは僕の武術訓練で騎士の人がゴロリーさんに代わって稽古をつけてくれることになった。
昔、僕が迷宮から出てきたところを“ゴロリー食堂”まで送ってくれた騎士さんが今ではすっかり“ゴロリー食堂”の常連さんになっていた。
そこでゴロリーさんが、手加減の出来ない自分の代わりに稽古をつけてくれるように頼んでくれたのだ。
騎士のおじさんはゴロリーさんに借りがあるらしく、直ぐに了承してくれた。
週に一度の訓練が楽しみになってきた。
そして最後の一つ、実はエドガーさんが実家であるゴロリーさんのお家へ、お嫁さんを連れて帰ってきたのだ。
もう直ぐ子供が産まれるらしくて、ゴロリーやエリザさんは少し混乱していた。
ゴロリーさんは初孫が出来たと“ゴロリー食堂”を赤ちゃんが産まれるまで休業しようとするし、エリザさんもメルルさんの時とは違ってソワソワしている様子だった。
エドガーさんはそんなゴロリーさんとエリザさんに頭を抱えて、お嫁さんは苦笑いしているように見えた。
そして内弟子の僕は、忙しくなるゴロリーさんのところに居てもいいのかな? そう思っていると、エドガーさんが真っ先に口開いた。
「クリス、父さんと母さんはクリスがいるから安定しているんだ。だから出て行こうとするなよ」
「えっと、いいんですか?」
「ああ、既に三年顔を合わせているから、クリスのことは良く知っているし問題ない」
エドガーさんは笑ってそう言ってくれた。
「そうだぞ。まだ教えていないことがたくさんあるんだから、中途半端なままでは終わらせんぞ」
「魔法を真剣に学んでくれるクリス君を、中途半端で投げ出す訳がないでしょう」
ゴロリーさんとエリザさんは、少し怒っているようだった。
これは僕が悪いよね。
「えっと、ごめんなさい」
「分かればいいさ。それでエドガー、いつまで“エヴァンス高級宿”の厨房にいるつもりなんだ?」
どうやらエドガーさんは“エヴァンス高級宿”を辞めるつもりみたいだ。
「店には辞めたいと言っているけど、後釜が決まらないんだ。【料理】スキルは頑張れば上がるし、レシピも残すって言っているんだけどね」
「孫が産まれるまでに何とかせんと、この家に戻ってくる場所はないと思え」
ゴロリーさんは怖い顔をして腕を組み、エドガーさんにそう告げた。
するとゴロリーさんの言葉に同意しながら、エリザさんが続ける。
「そうよ。レイシアちゃんがどれだけ心細いか考えてみなさい。もし産まれるまでに後を継がなかったら、ビリビリさせるからね」
いつもの二人とは全く別の人みたいな怖さがある。
「孫をずっと見ていたいからって、その仕打ちは酷くないか?」
「悪いか? それに本来であれば昨年には“エヴァンス高級宿”を辞めて、お前が“ゴロリー食堂”を継いでいる予定だったんだ。そしたらクリスをもっと鍛えてやるつもりだったんだからな」
「そうよ。クリス君が優秀じゃなかったら、既にお店へ乗り込んでいるわよ」
どうやら僕の為にエドガーさんを追い込んでしまったみたいだ。
「クリス、冗談だと思うだろ? だが、この二人は本当にそれをするんだぞ」
「えっと、エドガーお兄さんは頑張っていると思います。それに僕の為にエドガーさんを追い詰めないであげてください」
するとエリザさんはいつもみたいな笑顔になって僕の頭を撫でてくれた。
「本当にクリス君はいい子ね。でも、エドガーは約束を何度も破ってきたの」
「約束ですか?」
「そうだぞ。それも自分から言い出した約束だ」
僕はエドガーさんに視線を向けると、視線を逸らされた。
「エドガーさん、僕に手伝えることがあったら頑張りますから、約束は守りましょう」
「くっ……その純真さは心を抉るな。分かったよ。レイシアもそれでいいか?」
「ええ。聞いていた通り、優しそうな内弟子さんで安心したし、お義父さんとお義母さんを安心させるための約束だったんでしょ?」
エドガーさんの味方はいないみたいだった。
「うっ、もう一度店に掛け合ってみるさ」
こうしてエドガーさんとお嫁さんのレイシアさんがゴロリーさんのお家に帰ってきて、一緒に暮らすことになった。
お読みいただきありがとう御座います。