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第二話

「たとえ受け継いだとしても、そんな風に堂々と記録に残すと思って?」

「……思わない」

 少しだけイーリスの言葉を思考し、ベルンハルトは頭を横に振った。もし自らが一族でそういったものを受け継いでいたとしても、誰が見ても分かるようにする訳が無いのだ。

「薬については分かった」

「そう」

 ふっとテーブルに置いてあるランプの灯が揺れる。ベルンハルトはペンでテーブルを何回かつつき、頬杖をついた。

「なら、お前は悪魔と契約したりするのか?」

 これもまた、伝説ではよく聞くもののひとつだ。魔女は悪魔と契約し、人をみだらに惑わす。イーリスは無表情のまま、僅かに首を傾けた。

「悪魔ねえ。私は無いわ」

「私はということは、あるやつもいるということか」

「さあ」

 イーリスの答えは素っ気ない。答えたくないということなのか。それとも嘘を付いているのか。思わず黙ったまま、目を細める。睨みつけるような形相になっている気もするが、イーリスに動揺したりする様子は見られなかった。むしろその視線に答えるかのように、強く睨み返してくる。思わずベルンハルトが目線を外しそうになるくらいだ。

 他に何を聞こうか。あれこれ考えてみるが、すぐには浮かびそうもない。ベルンハルトはぼんやりとイーリスを眺めた。彼女の上半身を見て、ふとある伝承を思い出す。

「……魔女は人を淫らに誘惑すると聞いていたが、これじゃ無理だろうな」

「殺すわよ」

 絶壁の胸を見下ろしながら思わずこぼれ落ちた言葉に、瞬間にして氷のような冷たさの言葉が返ってくる。嘘を付いている可能性も多かったが、イーリスは人を惑わすような感じは見られなかった。どちらかと言えば、彼女はかわいらしい方だ。

「まあ良い。今日の尋問はこれくらいだ。これから都市に移動するまでは俺の隣部屋で過ごすことになる」

 ベルンハルトは書類を作りながら立ち上がった。イーリスは驚いたようにベルンハルトを見上げてくる。

「何だ?」

「牢屋じゃないの?」

「地下室ならあるが。ただ放っておくと、お前でも襲われるぞ」

 今回の作戦では、ベルンハルト自身が率いる部隊を連れてきている訳ではない。まだ人となりもきっちり把握していないこともあるし、イーリスの身に何かが起きた時、遠くにいたら守れないのだ。

 イーリスはなぜだか不満そうな表情を浮かべていた。

「ほら、立て」

 任務中とは言え、ベルンハルトにはやらねばならない仕事が山とあるのだ。イーリスを急かすように立たせ、部屋から揃って出る。

 飴色の廊下は、ぼんやりと揺れる灯りが暖かい色を作っていた。窓が少ない屋敷なので、それでも薄暗い。その中を二人は歩き、階段を上る。階段は手すりに細かい装飾がなされていた。

 ベルンハルトに与えられた部屋は、階段を上って右奥に進んだ部屋だ。ヴォルフとは階段を挟んで反対側の部屋である。自分の部屋のひとつ隣の部屋に立つと、ベルトに提げていた鍵束から鍵を探し出して、飴色の扉を開けた。

「入れ」

 イーリスを促し、中に入る。下士官にあらかじめ掃除を命じていたので、中は綺麗だ。格子のついた窓がひとつ、そして部屋にはベッドがひとつ置かれていた。あとは机といすがひとつずつ。

「この扉からは俺の部屋につながってるから、何かあったら俺を呼んでくれ」

「……分かった」

 イーリスはおとなしく頷くと、椅子に腰掛けた。それを見届けてから、ベルンハルトは扉を閉め、鍵をかけた。扉の向こうでは、僅かに音が聞こえてきたが、すぐにそれも聞こえなくなった。ベルンハルトは息を吐いて、仕事部屋へと戻った。

 机の上には、本部から送られてくる指示書や手紙が積まれている。せっかくの遠征なので、ついでに作業もこなして帰ってこいということらしい。上層部も人使いが荒いものだとため息をつきたくもなる。

 ベルンハルトは椅子に腰掛けると、開きかけていた手紙を開き、ざっと目を通していく。他の手紙も開きながら、これからの行程を考え始める。

 あれこれ考えていたところで、ノックの音が部屋に響いた。

「はい」

 下士官が何か持ってきたのだろうかなどと思ったのだが、入ってきたのはヴォルフだった。

「どうした。聴取は終わったのか」

「まあね。そもそも怪我をしているから、そんなに聞けないけど」

 ヴォルフは許可も得ずに、ベルベルドの手前に放置していた椅子を引いて腰掛けた。それは前の住人が使っていたものらしく、椅子の座面には細かい柄が彫り込まれていた。

「そうだったか」

「そう。どうも俺の前にも誰かが追ってたみたいだしな」

 ヴォルフに捕らえられた魔女の姿を思い出す。真っ直ぐに切りそろえられた黒い髪、きりっとつり上げられた眼差し。まるでイーリスと対を成しているかのような容姿だったように思う。名前は、ニーナ・アンデルスというらしい。

「ちゃんと見張っておけよ」

「はいはい。まあ何が起こるか分からんし」

 ちゃんと、というのは主に部隊の兵士達、という意味だったが、ヴォルフはしっかり真意を汲んでくれたようだった。慣れない部隊を率いている中、頼もしい限りだ。

「これからどうするんだ?」

「そうだな。王都に戻りがてら、途中の街で常備してある武器の確認をすることになるだろうな」

 ベルンハルトは手紙をひらひらと振りながらそう告げた。ヴォルフの表情が途端に固くなる。

「良い使いっぱしりだな」

「まあ、こんな部隊じゃあ、しょうがないよな」

 ベルンハルトは小さく鼻で笑って答えた。他国とはまさに戦争が起きる直前、軍もそれを見越した演習や装備の準備には余念が無い。その中で、王族直々の命令とは言え、魔女狩りというものはどう見ても時代遅れの命令であった。それを断らない上層部も上層部だ。

 いったい、この魔女狩りになんの意味があるのだろう。

 ヴォルフもベルンハルトの思うところに感づいたのだろう、しばらく黙ったまま、ぼんやりと視線を宙にさまよわせているのだった。


 *


 魔女狩りという不思議な任務を終えたベルンハルト達は、道中で武器の補充や拠点の整理などをこなしながら王都へと戻ってくることとなった。

 昔ながらの城壁に囲まれた都市の入り口。すでに門の開門時刻は過ぎている。閉じられた門の前で、ベルンハルトの馬は足を止めた。前にはイーリスを乗せている。

「ねぇ」

「何だ」

 イーリスが視線だけこちらを向いた。彼女は捕虜であるため、一応体は縄で縛られたままだ。

「今更なんだけど、どうしてあなたの前に乗せられてるの?」

「予備の馬など用意してないからな」

「変なの……魔女狩りってもっと残酷な拷問用具と使ったりするって聞いてたのに、それも無いのね」

「あれは民衆の前でやる見せ物だろう。移動に不便なものなど、持ってきてない」

 変なところに気の回る者だ。ベルンハルトは小さく肩を竦めてから、下士官に門を開けるよう、告げた。ひとりが馬を降りて、門番のところへと歩いていく。

 しばらくした後、鎖がゆるむ音、ぎりぎりと歯車が回るような音がして、ゆっくりと城門が開き始めた。夜の薄闇に、扉の影がゆらりと動いていく。

 扉の向こうには、街の灯りが見えていた。城門の外には、僅かな篝火しかないので、街の灯りが輝いて見えるのだ。

「行くか」

 ベルンハルトは合図をして、悠々と中に足を進めていった。

 街の中では、ベルンハルト達軍の者が帰ってきたことを知ると、皆が神妙な面持ちで道を開ける。二つに分かれた街の中、拠点に向けてゆっくりと馬を進めていった。

 この帰りが戦いの勝利を告げる凱旋などだったらもっと周りの反応も違っているのだろう。あいにく魔女狩りなどという時代遅れも良いところの作戦帰りだ。民衆の者は不思議そうな表情を浮かべている者が多い。ベルンハルトもこの中に紛れているのだったら、きっと不思議な顔をしていたことだろう。

 そのまま街を通り過ぎ、本部前で馬を止める。大きな鉄の門が、ベルンハルトの姿を認め、音も無くするりと開いていった。

 入り口前までたどり着くと、ベルンハルト達の帰りを待っていたであろう本部の者達が、揃って並んでいる。

 ベルンハルトはヴォルフ以外の兵士達を中に入るよう促すと、自分はその場で馬を降りた。イーリスにも手を貸して下ろす。

「ブランシュ少佐、長旅ご苦労だった」

「この後はどうすれば」

「魔女達の身柄はこれから王国裁判所の手に渡ることとなる。追ってカロッサ大佐より話があるそうだ」

「……分かった」

 ベルンハルトが頷くと、男達はイーリスとニーナを連れて中へと入っていった。管轄である、裁判所へと向かうのだろう。

 その二人が消えたのを見計らって、斜め後ろに控えていたヴォルフがベルンハルトの横へと並んだ。

「……カロッサ大佐だと?」

「そうらしいな」

「じゃあ、今回の作戦も大佐が命じたことだということか?」

 ちらりと横目でヴォルフを見やると、彼は不審に思っている表情を隠しもせずに、入り口を睨みつけていた。

「そうだろうな。道理で、部隊の編成も知らない者ばかりな訳だ」

「しかし、どうして直属の上司でも無いのに俺たちに話を振ってきたのか……、しかも、こんなよく分からない任務を」

「さあなあ。あの人の考えはいつも分からない」

 カロッサ大佐は、ベルンハルトも何度か話をしたことがあった。貴族出身で、若いながらも大佐の地位に就いている。貴族出身に甘んじているところは見られず、かなりの切れ者だ、というところが彼への印象だ。

「どうする?」

「とりあえず、命令通りカロッサ大佐のところへ行ってくる。ヴォルフは部隊を解散させておいてくれ」

「分かった。くれぐれも気をつけろよ」

「ああ」

 ヴォルフの心配そうな笑みに、ベルンハルトは小さく笑って返すと、本部の中へと足を踏み入れた。


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