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魔女裁判と軍師の盟約 作者:志水了
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第一話

 どこまでも広がる青い空。その向こうから灰色の雲が空を覆い始めている。
 それを馬の上から眺めていたベルンハルト・ブランシュの近くに、下士官が駆け寄ってきた。
「対象一帯、確認できました」
「どうだ?」
「はい。話通り、集会を開いているようです」
「そうか」
 ベルンハルトは下士官の言葉にひとつ頷くと、勢いをつけて馬から飛び降りた。兵士のひとりに馬を預けようとすると、兵士が慌てふためいた様子で手綱を受け取る。
「な、どうして馬を使わないのです?」
「邪魔だからだ」
 兵士の問いにそっけなく答えると、反対側からベルンハルトを呼ぶ声があった。
「それじゃあ分かるものも分からないよ、少佐」
 そう言ってベルンハルトの隣に並んだのは、友人のヴォルフ・ディールスだ。少佐であるベルンハルトよりもひとつ階級が下で、部下でもある。黒い軍帽に長い金髪を隠し、手には銃刀を持つ彼は、小さく肩を竦めていた。さらりと彼の金髪が揺れる。ベルンハルトはヴォルフと同じ金髪だが、彼のような長さはない。邪魔にならないのか、などと思ってしまう。
「狭いからな。馬だと隙間からすり抜けられちまう危険もある」
 おまけに、今回の任務はそこまでやる気がない、というのがベルンハルトの中にあった。十数年前に騎士団が解体され、軍としての組織が編成されているこの時代において、未だに本当かどうか分からない魔女を探して狩る魔女狩りなぞ、したくはないのだ。だが国の頂点に立つ王族からの願いとあれば、仕方がない。
「配置、完了しました」
 ベルンハルトの下にさらにひとり下士官がやってきて、小さく告げた。ベルンハルトはナイフを手にする。
「よし、合図用意」
 ベルンハルトが手を出すと、近くの下士官が号砲の準備をする。

「かかれ!」

 同時に、合図の号砲が鳴り響いた。

 *

 号砲の後、静かだった街のはずれは、僅かな間で戦場へと様変わりしていた。
 ベルンハルトはヴォルフと分かれて予定の配置場所から目的の広場へと侵入する。たまたまベルンハルトがいる通りは標的である魔女は通らなかったらしく、誰かに会うこともなく広場へとたどり着いた。
 魔女達はこの街の広場で、年に一度集う。その情報を元に組み上げた作戦だったが、こうして見る限りだと、こちらの情報は筒抜けのようだった。もしくは相手の能力が磨き抜かれているか。
 広場をざっと見渡す。広場に集っていた魔女たちは、それぞれ配置についた場所から侵攻してきた兵士達をひらりとかわしていた。
 こうして眺めていると、彼女達は逃げるのに慣れているような感じだった。ナイフを構える兵士達をひらりとかわして散っていく。今日配置されている兵士達は、まだ入隊したばかりの者達が多い。本格的な戦いの前の手慣らしということなのだろう。
 だがこの作戦は失敗だな、ベルンハルトが小さくため息をついた時だった。
「ベル!」
 ヴォルフの声が鋭く響いた。声が聞こえた方へ目線を向ける。ヴォルフは魔女ひとりと格闘しているようだった。だが、ヴォルフが魔女を地面に押さえつけようとした時、隣からもうひとり、魔女が突っ込んできたのだ。手には大きなナイフを持っている。ヴォルフは上体を傾けることで避けていく。
 ベルンハルトはナイフを手にもうひとりの魔女との間に割り込んだ。急に割り込まれた魔女は、一歩後ろに後退する。ふわふわと緩くウエーブのかかった髪に、丸く大きな瞳。だがその瞳は怒りに輝き、きつくベルンハルトを睨みつけていた。眼の力の強さにベルンハルトは僅かに驚いたが、驚いたのも一瞬だった。
「わっ!」
 立ち止まった魔女にナイフを突き出す。それに驚いた彼女はぐらりと横に体を動かしてナイフを避けた。その機を見逃さず、ベルンハルトは魔女の体を地面に引き倒して確保する。
「悪いな」
 やる気のない任務と言えども、手ぶらで帰れば上層部に目を付けられる。手際よく縄を掛けながらの言葉に、魔女はまた強くベルンハルトを睨みつけた。

 *

 ベルンハルトが作戦を展開し、滞在している街、エルトには軍の施設がある。騎士団の誰かが所有していた館を使っているのだ。騎士団が解体され、軍が編成されて大分経つが、まだ多く残っている。
「名前は」
「……イーリス・ブリューム」
 施設の一室で、ベルンハルトは確保した魔女、イーリスと向き合っていた。元々執事かメイドが使っていたであろうこの部屋は、どこか狭い感じだ。
 部屋の真ん中には机がひとつ置かれていた。机の上にはベルンハルトがメモをとる紙と、いくつかの資料だ。イーリスは後ろ手に縄を掛けられたまま、じっと俯いている。
「イーリス、ね」
 ベルンハルトは手元の紙にするすると名前を書いた。次に何を尋問すべきか、考えを巡らす。最初からやる気がない任務だったので、尋問することなど考えてなかったのだ。誰かに任せてしまえればそれでも良かったのだが、今の部隊に任せられる人物はヴォルフだけだ。彼は今、もうひとりの魔女を尋問しているはずである。
「うーん」
「……何よ」
「いや」
 イーリスは初めて顔を上げてベルンハルトを訝しげに眺めた。王国内では様々な伝説が飛び、畏怖の対象としてさえ見られる魔女という存在。代々毒薬作りなど謎の技術を継承し、さらには悪魔と契約しているとかいう話まである。
しかしこうして見ると、イーリスはごく普通の少女にしか見えなかった。武器がないか改めた時に、服の下に隠して、魔女の証であるペンダントを下げていた他は魔女である証は何も無さそうだ。
「魔女は不思議な技術があるとか聞いたが。例えば空を飛ぶ薬とか」
 ベルンハルトが聞いたことのある伝承を口にすると、イーリスはふっと小馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべた。
「あるにはあるけど」
「ほう」
「でも、本当に空を飛べる訳じゃないわ」
「じゃあ、どうするんだ」
「さあ。考えてみたらいかが」
 イーリスは正解を教えてくれる気は無いらしい。ベルンハルトは小さく息を吐いた。
「それで? 受け継いでいる技術は何なんだ? 空を飛べない薬を作ることだけなのか?」
 空が飛べなければ意味は無い。そんなベルンハルトの言葉に、イーリスはむっと不満そうな表情に変わった。
「色々よ。病気を治す薬や軟膏とか」
「病気を治す薬……」
「そう。あなた達、私の手帳取ったでしょ?」
「手帳か……」
 そういえば、小さい手帳がひとつ出てきた気がする。ベルンハルトが部下に命じると、革表紙の手帳が出てくる。
「見て良いのか?」
 一応伺いを立ててみると、彼女はぽかりと口を開いた。不思議そうな、また呆れたような表情だ。
「捕虜に変なこと聞くのね」
「まあ、一応な」
 ベルンハルトは手帳を手にとって、ページを捲り始めた。そこには、丸みのある女性らしい字で文字が綴られている。
「傷薬?」
「ああ、それね。傷口が化膿とかした時にはよく効くわよ」
 ベルンハルトが開いたページには、その傷薬の作り方が細かく記されていた。必要な材料から、作り方、何に効くかまで細かく記されている。さらにページを捲っていくと、胃に効く薬や目に効く薬など、病気や怪我を治す薬の作り方が記されていた。
 噂に聞く、空を飛ぶ薬や人を惑わす薬などの作り方は書いていないようだ。人を惑わすと言われている魔女がこういったものを作っていることは、なんとなく想像と違っているので驚いてしまう。
「これは代々受け継いでいるのか」
「そうよ」
「毒なんかも受け継ぐのか?」
 イーリスはふっと笑った。不敵にも見える笑みである。どうやらこの質問にも、まともに答えてくれる気は無さそうだ。
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