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お前みたいなヒロインがいてたまるか! 作者:白猫

本編

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 文化祭が終わり、学園内は十一月にある創立記念パーティーの話題で持ちきりになっていた。
 どこのブランドのドレスにした、だとかで生徒達は盛り上がっていたようだが、椿が気にしているのはそんなものではない。
 そう、夏休みの時に透子と恭介が交わした約束だ。

 文化祭が終わったことから、高等部からの外部生やダンスをしたことのない生徒達のためのダンス教室が始まったのだが、早めにステップを覚えた透子は教師からもう大丈夫だと言われて、割とほったらかしにされているのだと、図書委員の当番の最中に本人から聞かされた。

「それでは、空き教室で練習しましょうか。部活の無い日がよろしいですわね」
「本当に良いんですか?」
「恭介さんが気にしていらっしゃらないなら大丈夫ですわ」

 椿と透子は同時に後ろを振り向き、本当にダンスレッスンをするのかと恭介の顔を見た。

「……僕が言い出したことだろ。今更になってやっぱり止めたなんて言う訳ないじゃないか」
「ですので、部活動の無い日にレッスンをしましょうね」
「ありがとうございます」


 そんな会話をした数日後、椿達は放課後に特別棟の空き教室に集まり、ダンスレッスンを開始した。

「あ、夏目さん。こちらのパニエとロングスカートを着用して下さい。今のうちから足下がどうなっているのか、慣れておきましょう」
「何から何まで済みません。じゃあ、着替えて来ますね」

 パニエとロングスカートを受け取った透子が隣の準備室へと消えていく。
 どことなく緊張している恭介に対して椿は特に話し掛けることもなく、教室内の机を寄せてスペースを作りながら透子が着替え終わるのを待った。

「お待たせしました」

 着替え終わった透子が準備室から出てきたことで、椿は離れた場所の椅子に座ってことの成り行きを見守る。

「じゃあ、始めるぞ」

 恭介は恐る恐るといったように透子の手を取り、背中に手を回す。
 透子の方も緊張しているようで、表情が硬い。
 ぎこちない二人のぎこちない動きに椿は呆れつつも、ただ見守ることしかできない。

「すごいな。ちゃんとできてるじゃないか」
「本当ですか? 今、いっぱいいっぱいなんですけど」
「始めて一ヶ月も経たないのに、ここまでできるのは割と凄いぞ」
「あ、ありがとうございます……!」

 足下ばかりを気にしている透子であったが、恭介から話し掛けられるたびに顔を上げてすぐに視線を下に向ける、という動作を繰り返していた。
 下を見てしまっているという点を除けば、椿から見れば姿勢も綺麗だしステップもちゃんとできている。
 表情が硬いのは慣れてないのだから仕方が無いが、全くのダンス初心者なのにリズム感があるのか、覚えるのが早いのか、恭介のリードが上手いという点もあるかもしれないけれど、とにかく透子は自然に踊れている。
 頭の良い人間は何でもそつなくこなせるのだな、と椿は感心しながら二人を見つめていた。

「一通り踊ってみたが、どうだ? 身長差があるからやりにくかった、とかあるか?」
「いいえ。水嶋様のリードがとても上手でしたから、私は付いていくだけで良かったので楽でした」
「そうか。なら良かった。問題はなさそうだし、あとは慣れだな。それから無駄に力が入っているから、そこだけは気を付けた方がいい。リードが上手いパートナーに当たるとは限らないからな」
「気を付けてはいるんですけど、つい力んじゃうんですよね……。練習するしか無いんでしょうけど、時間が足りないのがネックですね」

 すでに本番まであと十日。
 一日中をダンスレッスンに費やせば余裕のある日数ではあるが、昼間はどうしても授業があるし、放課後も絶対に空いているとは限らない。

「時間はあまり無いかもしれないが、自覚してるなら上達も早いだろう。本番が楽しみだな」
「水嶋様は私のことを買いかぶりすぎです! 覚えるだけで大変なんですよ?」
「それでも短期間で覚えられたじゃないか。元々、素質があるのかもしれないな」
「またそんなことを言って……。本当に水嶋様は人をのせる天才ですね」
「そうか? 僕は本当のことしか言ってないが」

 嘘の無い恭介の言葉に、透子は戸惑い驚いた後でゆっくりと口を開いた。

「……水嶋様と話しているとあまりに褒められるので、私はとんでもなく天才なんじゃないか、という錯覚に陥ります」

 決して自分は恭介が言うような人間では無い、と言っている透子であるが、椿はそういう己の努力や実力をひけらかさないところも彼女の魅力のひとつであると思っている。
 中々に良い雰囲気の二人を見ながら、椿は創立記念パーティーでどうやって恭介と透子を二人でダンスさせるか、ということを考えていた。
 恭介に女子生徒達が群がるのは予想できている。椿が隣に居れば他の女子生徒達は寄って来ないが、そこで彼女が透子とダンスをしろと恭介に言ってしまうと女子生徒達から透子が悪く言われてしまう。
 椿に取り入っておこぼれに預かっている、と思われることになるのだ。
 上手いこと周囲からの反感を買わずにダンスができないものか、と考えていた椿に向かって、透子が不意に声を掛けてくる。
 完璧に考え事をしていて上の空だった椿は「へ?」とおかしな声を上げてしまう。

「朝比奈様から見て、おかしいところはありましたか?」
「あ、ああ。そういうことでしたのね。……そうですわね」

 顎に手を当てて椿は深く考え込む。
 あまり二人の関係に深入りすることなく、余計なこともしないと決めている椿であったが、折角ゲームのイベントがここで起こっているのだ。少しぐらい協力した方がいいかな? という気持ちもあったが何よりも、彼女はスチルを見たい、キュンキュンしたいという欲求に勝つことができず二人に向かって声を掛ける。

「恭介さん、夏目さん。もう一度、最初から」

 向かい合った二人が無言で手を取り、最初の形になる。
 動き出しそうな恭介を椿は制して、真横から二人をジッと見つめていた。

「お前、何を……」
「手の位置はオッケーですわね。夏目さん、下を向かないで。足を踏んでしまいそうだと不安でしたら大丈夫ですわ。その男なら足を踏んでも文句は口にしません。とにかく顔を上げて。そう。あともっと寄り添って。そう、完璧。……はい! ストップ! そこで顔を上げて恭介さんを見つめた後に、はにかんで!」
「……何がしたいんだよ、お前は! あと、夏目もはにかむな!」
「す、すみません! つい」

 ツッコむ恭介と謝る透子を尻目に、椿は非常に満足げな顔で笑みを浮かべていた。

「椿! 僕はともかくとして夏目で遊ぶな!」
「遊んでおりませんわ。キュンキュンポイントを探していただけですわ」
「何だよ! キュンキュンポイントって!」
「私の中の乙女としての判定基準です」
「乙女!? お前が乙女!? お前が!?」
「三回も聞き返さないでいただけます!? 心外ですわ! 私、れっきとした乙女でしょうよ!」

 突如として始まったイトコ同士の言い合いに、透子は目を丸くしている。
 普段、クールな二人しか目にしたことが無いので驚くのも無理は無い。
 尚も言い合いを続けている椿と恭介が落ち着く気配を見せないことに、透子は控え目に声を掛ける。

「あ、あのー」

 だが、ヒートアップしている椿と恭介に透子の声は届かない。

「あの!」

 透子が大きな声を出したことで、ようやく椿と恭介はこの場に透子が居たことを思い出したようで、共に焦り始める。

「お見苦しいところを見せてしまいましたわね。驚いたでしょう? ごめんなさいね」
「いえ、朝比奈様も水嶋様も大人っぽい方だと思ってたんですけど、会話を聞いてたらやっぱり同い年なんだなって思って、ちょっと安心しました。むしろ、そういう一面を知れて嬉しかったです」
「あら? そうですか。幻滅したりしませんでした?」
「幻滅なんてとんでもないです! そりゃあ、勝手にこういう人なんだろうなーっていう予想はしてましたけど、その予想と朝比奈様や水嶋様の内面が違っていたくらいで幻滅なんてしませんよ。そこまで私は偉くないですし」

 全力で否定してくれる透子を見て、椿も恭介も安心し息を吐く。
 つい、いつものように言葉の応酬をしてしまったが、見方を変えればこれで透子の前で必要以上に取り繕わなくて良くなったということだ。
 それでも椿の素を全て見せるという訳にはいかないが。

「夏目さんのためのダンスレッスンでしたのに、私と恭介さんの言い合いで時間を無駄にしてしまいましたわね」
「本番まで時間も無いのに悪かった」
「大丈夫です! 家でも自主練習を頑張りますし、放課後に朝比奈様や水嶋様がこうして時間を作ってくれますから。お二人の好意に報いるためにも、完璧に、とまではいきませんけど、ちゃんと踊れるようになります!」

 透子は両手を力強く握り、椿の方へ前のめりになっている。
 強い決意の表れに椿も片手を握り、「私も協力は惜しみませんわ!」と返した。

「ところで、夏目さん。休日はどこかへお出掛けしてたりします? よろしければ、我が家で練習しませんか? ダンスホールはございませんが、広い部屋はありますから、ここよりは動きやすいと思いますの」
「え!? 朝比奈様の家にですか!?」
「えぇ。勿論、よろしければという話になるのですが。ご迷惑でなければぜひ」
「私はすごく助かりますけど……。本当に大丈夫ですか?」
「特に用事がある訳ではございませんからね。私は大丈夫です。恭介さんは?」
「……僕も特に用事は無いな。夕方か夜は予定があるかもしれないから、昼間しか無理だが」
「では決まりですわね」

 自宅に帰ったら両親と使用人に予定を伝えなければ、と思った椿は早速、透子にいつなら都合が良いのかを聞いてみた。

「友達と遊ぶ約束はしてないので、今週と来週の土日はどちらも空いてます」
「でしたら、早いほうがよろしいわね。今週の土曜日にしましょうか」
「僕もその日で構わない」
「では、そういうことで」

 その場で時間を決め、椿達は学校を後にした。
 自宅に帰った椿は両親に許可を取り、使用人に部屋の片付け諸々をお願いする。


 こうして迎えた土曜日。
 志信に透子を最寄り駅まで迎えに行ってもらう。
 最初は自宅から朝比奈家まで送迎すると透子に言ったのだが、彼女に断られてしまったのだ。
 妥協した結果が駅から朝比奈家までの送迎になった訳である。

「さっき志信さんが出てったから、もうじき来るわね」

 隣にいる恭介に対して言った言葉であったが、彼は考え込んでいたためか椿の言葉に返答をしてくれなかった。

「恭介」
「……なんだ」
「もうじき夏目さんが来るわね、って話し掛けたの」
「そうだな」

 と言いながら恭介は用意されていた紅茶を口に含む。
 一連の動作を見て、恭介は落ち着いているように見えるし、緊張しているようにも見える。

「考え込んでどうしたのよ? もしかして創立記念パーティーで夏目さんとダンスするにはどうすればいいのかって考えてた?」

 ゴフッという音がして、恭介がカップに口を付けたままむせ始める。

「お、お前な……。たまにサトリ能力を発揮するのは止めろよ」
「恭介が考え事するなんて、伯父様か夏目さんのこと以外無いじゃない。それに、実は私も考えてたのよね。私から踊って差し上げたら? なんて言ったら夏目さんが悪く言われるのは確実だろうし」
「僕もそれは考えてた。練習だけで良しとすべきだとは思ってるんだが……」

 本番でも踊りたい、と言おうとした恭介であったが、特定の異性と踊りたいと椿に知られるのは嫌だったのか、途中で口を閉ざしてしまう。
 恭介は透子を好きだと自覚しているのか、自覚したくないのか、彼は椿に決して本心を言わない。
 けれど、ここまで特定の異性に執着している所を見ると、透子に対して恋愛感情を抱いているのは確実だと椿は思っているのだが、恭介は頑なに認めようとはしない。

「……僕は夏目と友達になりたいだけだ」
「はいはい、いつものお決まりの返事ね」

 全く、と呆れていると佳純から透子が到着したことを知らされる。

 椿と恭介は玄関ホールまで透子を迎えに行ったが、彼女の挙動不審な様子に何があったのかと互いに顔を見合わせた。

「……玄関、玄関が私の部屋より広い」
「夏目さん?」
「なんか高価そうな壺とかある……! やだ、端っこは歩きたくない。弁償で一家離散……」
「お、落ち着いて下さい! そのように思っていらっしゃると、悪い方へと転がりますから」
「え!? 転がる!?」

 完璧に透子はテンパっていた。敬語を忘れるくらいにテンパっている。
 これは椿の話が耳に入っていない状態だ。

「夏目」

 あまりの透子のテンパり具合に見かねた恭介が透子の腕を掴み歩き始める。

「あ、あの」
「これで転んだら、僕が引っ張っていったせいだと言えるだろう。結果、弁償するのは水嶋だ」

 戸惑う透子の腕を引いた恭介はずんずんと歩いていき、透子は無事に何も割ることなくレッスン場へと到着した。

「夏目さん……。焦りすぎですわ」
「だって、割ったりしたら一大事じゃないですか。……あ! 私、朝比奈様のお母さんやお父さんに挨拶してないです!」
「貴女が焦っている姿をご覧になっておいででしたから、察しておりますわ」
「それはそれで恥ずかしいんですけど!」

 途端に頭を抱えた透子が恥ずかしさのあまりしゃがみ込む。
 フォローしようにも、見られていたことは事実なので上手い言葉が出てこない。

「失礼致します」

 そこへ、手にドレスを持った佳純が部屋に入ってきた。

「もしかして、それ」
「はい。奥様からダンスレッスンでしたら、ドレスをお召しになった方が雰囲気が分かるのではないかとのことで」
「ありがとう。じゃあ、夏目さんの着替えを手伝ってくれる?」
「畏まりました」

 椿は綺麗なドレスを見て口をポカンと開けていた透子の背中を押して、隣室へと送り出す。
 ソワソワしながら待つ恭介を観察しながら待っていると、髪を簡単に結い上げられたドレス姿の透子が部屋へと入ってくる。

「あら、お似合いですわ。サイズが合って良かったです」
「本当ですか? 馬子にも衣装じゃありません? こんな綺麗なドレスをお借りしていいんですか?」
「母が良いと口にしているんですもの。大丈夫ですわ。さ、時間も限られておりますし、練習を始めましょう」

 未だに透子のドレス姿に見惚れている恭介の背中を椿は力強く叩き、彼を正気に戻した。

「じゃあ、始めようか」
「よろしくお願いします」

 透子のダンスレッスンが始まった訳であるが、見ているだけの椿は暇で仕方が無い。
 やることがないので本でも読めば済む話であるが、透子が頑張っているのに一人で読書を楽しむ気にもなれず、机に肘をついて手に顎をのせて踊っている二人をただただ見ていた。
 透子は、やはり動きやすく着慣れた服よりは動きにくいようで、動作がぎこちない場面があった。
 だが、前よりは下を向いている時間が減り、しっかりと恭介の方を見ている。

 ふと椿が部屋に掛けられている時計を見てみると、ダンスレッスンが始まって一時間近くが経過していた。
 そろそろ休憩にした方がいいと思い、椿は控えていた佳純に目配せして合図をする。
 一礼した佳純は部屋から出て行き、すぐにお茶とお菓子を台車に乗せて戻ってきた。

「恭介さん、夏目さん。そろそろ休憩にしましょう」
「もう、そんなに時間が経っていたのか」
「早いですね」

 部屋に用意されているテーブルについた椿達は、本日のスイーツであるマカロンを頂く。
 しばらく三人で話していたが、休憩していると使用人から聞いたのか、母親が部屋に入ってきた。

「練習ははかどっているかしら?」
「あ、すみません。挨拶もせずに」
「構いませんよ。とても緊張なさっていたでしょう? 私は気にしておりませんから。それよりもドレスがよく似合っているわ。夏目さんは明るくて活発そうなイメージがありましたから水色や黄色などの爽やかな色のドレスが似合うと思ってましたの」
「家では珍しい色のドレスですね。もしかしてお母様が学生時代に?」
「そうなの。さすがにこの年では、そのドレスは色もデザインも考えて無理ですもの。椿ちゃんは淡い色よりは派手な色のドレスが好みでしょう? このまま置いておくのも勿体ないと思って。でも本当に似合っているわ。ね? 恭介さん」

 突然、母親が恭介に振ったものだから、油断していた彼は目を丸くして驚いている。

「あら? 恭介さんはそう思わなかったのかしら?」
「あ、いえ。似合っていると思います。夏目の雰囲気に良く合ってると」
「でしょう! ふふっ」

 妙なところで勘が鋭い、と椿は紅茶を飲みながら母親を見ていた。
 母親は椿と恭介がくっつけばいいと思っているのか、本人達の自由にすればいいと思っているのか分からなかったが、今の会話から察するに彼女は後者のようである。

「夏目さん、学校はどうかしら? 何か困っていることがあれば、遠慮無く椿さんに仰ってね」
「友人もできましたし、皆さん本当に良くしてくれるので、楽しいです。価値観の違いで戸惑うことはありますけど、朝比奈様や水嶋様が毎回ちゃんと説明してくれるので大丈夫です」

 優しげな笑みを浮かべて聞いていた母親は「なら良かったわ」と呟き、後は若い三人でごゆっくりというようなことを言って部屋から出て行った。

「そういえば、ここは普段何の部屋なんですか?」
「ここは、ちょっとしたホームパーティー用の部屋ですわね。両親はあまり自発的にパーティーを催すタイプではないので、ほぼ物置と化しておりますが」

 ホームパーティー用の部屋と聞いて透子は「お、おぉ」と圧倒されている。

「夏目、休憩はもういいか?」
「え? あ、はい。大丈夫です」
「じゃあ、再開しよう」

 やや強引に恭介が透子を連れ出してダンスレッスンが再開される。
 見ようによっては、金持ちさ加減に圧倒された透子が椿や恭介に対して壁を作ってしまうのを恐れて遮ったように椿には見えた。

 結局、再度休憩を挟むことなく時間までダンスレッスンは続き、終わる頃には透子の視線が下を向くことはなくなっていた。
 動きも大分スムーズになっていたことから、これなら創立記念パーティーで完璧なダンスを披露することができる、と椿はニンマリと笑う。

 時間が来て恭介と透子が帰宅し、椿は一人でリビングに居た母親に声を掛けた。

「お母様は恭介さんの気持ちには気付いてます?」
「恭介さんの態度は分かりやすいですからね」

 やはり先ほどのセリフをわざと言っていたのだと知った椿は母親に色々と聞いてみることにした。

「……お母様は、私と恭介さんが別の方と結ばれることを良しとしておいでですか?」
「えぇ、勿論。婚約の話は、薫さんもお兄様も虫除け程度のものだという認識でしょうし、心から想う方と結ばれるのが一番だと思っていらっしゃるわ。お父様は……どう思っていらっしゃるか存じ上げませんが」
「だったら、二人がどうにかなっても特に問題ではありませんか?」
「問題があるのならば、薫さんは夏目さんを家に呼ぶことを許可しなかったでしょうね。快く了承したということは、つまり問題は全く無いということ。本人達の意志を重視しているということ。だから椿ちゃんも自由に誰かを好きになって大丈夫なのよ?」

 隣に座った椿の手を母親はギュッと握る。
 現状、恋愛する気のない椿は曖昧な笑みを浮かべるしかない。

「でも、環境が違えば価値観も違うでしょうし、付き合うだけなら問題はなくとも、その先を考えると……夏目さんのように思慮深い方は足踏みをする可能性があるから、それが心配ね。それで、夏目さんの方はどうなの? 恭介さんに好意を持っているとか伺いました?」
「……今は完璧な一方通行ですね。だからこそ、家でダンスレッスンをしたのですから。お祖父様の耳に入らないようにと大変ですよ」
「お父様は選民思想の持ち主ではありませんが、ご自分がお決めになったことを翻したりする方ではありませんからね。椿ちゃんと恭介さんの婚約話をどう位置づけているのかで話は変わって参りますから。今の時点でお耳に入れるのは止めた方がいいわ」

 娘である母親から見ても祖父がどう思っているのか分からないという評価に、椿は祖父の耳に入らないように動いて良かったと安心した。

「だったら、この先は志信さんを連れて三人で出掛けたりした方がいいですね」
「それで薫さんの耳に入ってもお兄様にお知らせするだけで済みますが、使用人伝いだと確実にお父様に知られてしまいますものね」

 やはり水嶋家の使用人に知られると色々と厄介なことになるようだ。
 ここで母親に知られたということは父親にも話は伝わり、伯父にも伝えられる。
 透子や透子の家族に問題が無い以上は、父親も伯父も表だって応援はしないだろうが静観してくれるはずだ。
 知られている、ということは椿にとってかなり気が楽になる。
 だが、まずは目の前のことに集中しなければならない。

 ということで透子のダンスレッスンはその後も続き、レッスンのたびに透子のダンススキルが上達していったのである。
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