晩餐
女王に案内された貴賓室で休んだ俺達は晩餐が行われる広間へと向かった。
兵士達に案内されて行くと、広間には豪華な食卓が並んでいる。
規模で言えば元康と争った時よりも豪華か。
……長かったな。
俺自身の無実を証明するのに長い時間が掛かった。
広間に入ると女王とメルティが二人で何か頭を抱えているのが目に入る。
何かあったのかと近付くと二人は顔を上げた。
「どうしたんだ?」
「ええ……まあ、素直に話しましょうか」
「?」
俺が首を傾げていると女王は嘆かわしいと呟きつつ説明した。
晩餐を前にクズとビッチがそれぞれ厨房に顔を出し、俺に出す料理を運びたいと提案したのだと言う。
反省している。だから罪滅ぼしの為に運びたいと命令交じりに頼んだらしい。
情報は即座に女王の耳に入る。
その前に二人はそれぞれ俺に出される料理を半ば無理やり引ったくり、広間にまで来たそうだ。
女王は準備を指示していた手前、広間に居た。
「料理を運んでくるとは殊勝な態度ですね」
二人は冷や汗を掻きながら、俺の座る席に料理を置こうとした。
が、女王は兵士達に命令して二人を捕縛する。
そして事前に監視を付けさせていた影から事情を聞いた。
「な、何をする!」
「私は何もしていないわ!」
それぞれが捕縛されるなり、騒ぎ出した。
以下、捕まった時の反応。
「ええ、何も無いことを祈っています。さて、では一口……イワタニ様に出そうとした料理を食べなさい」
「そんな失礼な事はしない!」
「私は何もしてないわ!」
往生際の悪い二人は抵抗しながらも言い訳を繰り返す。
「ええ、信じています。ですから食べなさい」
「それでは盾に失礼じゃ!」
「そうよ! 誰かの食べかけなんて食べさせられないわ!」
「大丈夫です。綺麗な食器で少しだけ取って置くだけですので」
「ダメじゃ!」
「嫌!」
「食べさせなさい!」
兵士達はそれぞれが運んだ料理を無理やり二人に食べさせたという。
「で、どうなったんだ?」
「クズはトイレに行き、ビッチは治療院に運ばれました」
馬鹿じゃないのか?
クズは下剤、ビッチは毒物か。
毒耐性があるから大丈夫かもしれなかったが、態々毒物を食う趣味は無い。
しかし、反省という文字が無い奴等だ。
というか立派な暗殺じゃないか。普通に処刑モノだよな。
「これに対する罰は?」
「当然与えます。クズとビッチが諦めるまで、痛い目に遭わせましょう」
「うむ……」
「先に潰せて良かったです。実際に被害を出していたらイワタニ様がやっと信じてくれたのを無為にする所でした」
「まあ、なー……」
懲りない奴等……その執念は賞賛に値するな。
ここで怒るのも良いが、先に手を打って意趣返しをした女王の熱意を評価しよう。
「ちゃんと監視しておけよ。被害を受けたら迷わず、お前との約束を反故にするからな」
「もちろんです。本来であれば、この内容はイワタニ様に伝えない方が良いのでしょうが、彼等の監視と泳がせて罰を与えて苦渋を見せさせる為、定期的にイワタニ様にはクズとビッチの蛮行が無くなるまで報告する事になるでしょう」
「まあ……わかりきっていた行動だよな」
女王曰く、クズとビッチには影を各々数名付けて常時見張っているらしい。
言うなれば悪い事をするのを待っている段階だ。
クズとビッチが何かする度に報いを与え、延々と苦しめる。
その姿を俺に見せてくれるらしい。中々に楽しい趣向じゃないか。
「ええ。ですから罰の程を考えておいてください。きっとまたやります。その時も事前に防ぎますので、その度に反省するまで罰を与え、イワタニ様が如何にメルロマルクに必要かをその身を持って教育します」
「……わかった」
それから女王は来客が全て集まるのを確認してから大々的に宣言する。
「私、ミレリア=Q=メルロマルクは此度の事件を鎮める為に尽くして頂いた方々に多大な感謝を致します。此度は祝宴、皆様、振るってお楽しみください!」
広間に集まった人々が喝采をし、俺は前回の宴とは根底的に参加している状況が異なるのを感じた。
前回は金の事しか考えていなかった。
今は国の事、これからの事を考えると、前よりも状況が厳しくなってきているのを理解する。
「わぁ……」
目を輝かせたフィーロが並べられた料理に目移りしている。
今回のパーティーはバイキング形式とレストラン形式で分かれているようだ。
重要な来客には豪華なレストラン形式で食べてもらい。まだ食べ足りないのならバイキング形式の方に移って食べるというものっぽい。
俺達は案内されたテーブルで運び込まれた料理に舌鼓を打つ。
前回は会場の端っこで摘むように食べていたのが嘘の様だ。
「こっちの料理を食べ終えたらあっちの料理を食べに行っても良いぞ」
「ホント!?」
「そういう決まりだ。だけど人型を維持するんだぞ」
「うん!」
颯爽と出された高価な料理を食べ切り、フィーロは新たな料理を求めてバイキング形式の方へスキップしていった。
質より量か。フィーロらしいな。
なんか、フィーロのこのテンション。前回のラフタリアを彷彿とさせるなぁ。
ふと、ラフタリアの方を見る。
「な、なんですか?」
ジッと見ていたら恥ずかしそうにラフタリアが声を出した。
「お前も食べ足りないだろ? 行って来ていいからな」
「もうそんなに食べませんよ!」
「……体に悪いぞ。タダでさえ強行軍だったのだから栄養は補給しておけ」
「……はぁ……」
ラフタリアが深い溜息を吐いた。
一体どうしたと言うのか。
「その……ナオフミ様はどんな女の子が好みなんですか?」
「は?」
別に俺は好きな子とかはいないしなぁ……。
というかそういう話題はビッチを思い出すからやめて欲しいのだが。
「えっと……元の世界に、好きな子が待ってくれているのですか?」
「何言っているんだ? そんな奴居るわけ無いだろ」
俺が元の世界に帰りたいのがそんな理由である訳が無いだろうに。一体何を考えているんだ?
「……はぁ……」
またもラフタリアは溜息を吐いた。
「なんだか良く分からないが、俺が帰りたいから帰るだけだ」
全てが終結した時、俺は迷わず元の世界に帰る。それに理由を求めるというのは……。
そこでふと、最初はこの世界に永住しても良いかもと思っていたのを思い出した。
帰りたいと切に願うようになったのは……ビッチに騙されたからか。
分かっていたけど、改めて認識すると、気持ちは強くなる。
「盾の勇者様!」
「ん?」
声のする方向を見ると、見知った志願兵が俺の方へ来る。
あ、一緒に居るのはサインを書いてやった奴。
「無事に会えてよかったです」
「お前等も何事もなくて……じゃないな」
サインを書いてやった兵士を見る。
「俺がサインを書いた服が盗まれたんだって? 悪かったな」
兵士はブンブンと首を横に振る。
「大丈夫」
「そうか、気にしていないのなら良い。またサインを……してやったら盗まれるか。どうしたものか」
極端な国の連中がいるらしいからなぁ。
下手な事件に巻き込むわけには行かないし。
「しょうがない。手を出せ」
「はい?」
あんまり良い手じゃないが、形の無いものじゃないとダメだろう。
俺はサインを欲しがった兵士と握手する。
「あ……」
この世界の基準で、握手とはどういうものかは分からない。無礼だったら悪いけど、こういうのが妥当だろう。
「迷惑をかけて悪かったな。あの状況下で俺に協力してくれた事を感謝する。今はこれで勘弁してくれ」
「……はい!」
凄く嬉しそうに兵士は頷く。頬まで赤くして……。
たぶん、この子は四聖教か盾教を信仰していたのだろうな。だから俺のサインを欲した訳だろう。
……俺が握手した手を欲するとか言う連中が居たら危険だよなぁ。
これも早計だったかも。
「機会があったらよろしくな」
「「はい!」」
と、話していると。
「尚文!」
「ん?」
元康が怒気を背負って俺の方へ歩いてくる。
……はぁ。
事態を悟った兵士が元康を制止させる。
「お待ちください!」
「どけ!」
兵士達を突き飛ばし、元康が俺の方へ来た。
「……決闘だ!」
「いきなりなんだ、お前」
宴の度にお前は俺と戦いたい病でも患っているのか?
「聞いたぞ! お前がマインの名前を勝手に改名させたんだってな!」
……はぁ。ビッチに唆されてやってきたのか。
見ると嘘泣きしているビッチが元康に縋りつくように一緒に居る。
「盾の勇者様がママに頼んで私の名前を勝手に……」
演技が入っている、よくやるなぁ。
ん? よく見るとビッチの装備が前と違う。
豪華な装備は何処へやら、見るだけで安物だと分かる。
ああ、女王に装備を没収されたか。
これはざまあ!
「何ヘラヘラしてんだ!」
「はっはっは!」
「笑ってんじゃない! 可哀想だろ、あんな名前!」
「知ったことか」
ビッチの自業自得だ。
というか治療院に運ばれたくせに再生早いな、ビッチは。
「俺が勝ったら彼女の名前を元に戻せ」
「どうせ俺が勝ったらって聞いたら――」
「その時はそのままだ」
「……だよな。お前はそういう奴だ」
決闘をする理由が俺には全く無い。
なーんか嫌な予感がするが……。
人だかりが割れて女王が歩いて来た。
「女王様、さあ! 尚文に言ってやるんです! 決闘をせよと!」
元康の奴、クズが支持してくれたことを理由に女王が同じ事をしてくれると思っているようだ。
「なりません」
「え?」
女王の言葉に元康は呆気に取られた様な声を漏らした。