リベンジキャンプ【中編】
お待たせしました。
次は後編のつもりが、書き出すとつい長くなってしまって、
【中編】となりました。
どうぞよろしくお願いします。
『俺達の子供は、お前にしか守れないんだぞ』
慧の言葉を思い出すたび、まだ膨らんでいないお腹に手を当てて、「ごめんね。ママが守るからね」と話しかける。
はぁ~私って、人に心配されるのって苦手だと思う。少しぐらいの事なら我慢してしまう事の方が多い。だからと言って、お腹の赤ちゃんをないがしろにしていたつもりは少しもないのだけど……。
お腹が空くと気持ち悪くなる悪阻が治まりだした頃、夏休みになった。
キャンプの前に相談しようと、由香里さんと千裕さんが我が家にやって来た。子供達はパパ達が、夏休みの子供向けのアニメ映画に連れて行ってくれたので、母親三人でのんびりトーク。
「良かったねぇ、キャンプへ行ける事になって」
千裕さんがニコニコ笑って言った。
「そうそう、キャンプまでダメだって言ったら、篠崎先生に文句言いに行こうと思ってたのよ」
由香里さんが過激な事を言う。
「文句って……」
「そうでしょう? 妊婦だからってあれもダメこれもダメって言われたら、ストレスたまっちゃうでしょう? ストレスの方がずっとおなかの赤ちゃんには悪いのに」
さすが3人目を妊娠中のベテラン妊婦の言う事は、的確だ。
「でもね、お腹の赤ちゃんはお前にしか守れないんだからって言われちゃった」
「そんなこと言って、ますます妊婦を追い詰めるんだから」
「いや、あのね、彼は私が周りの人に気を使って無理をするといけないと思って言ってくれるの」
心配してくれている彼を悪者にしたくなくて言い訳すると、千裕さんがクスリと笑う横で、由香里さんは呆れた顔をした。
「いや~、新婚さんはいいねぇ。お互いを思いやって……うふふっ」
千裕さんが嬉しそうに笑う。由香里さんは「腹を立てた私がバカみたい」と呆れかえっている。
その後、私達はキャンプでの食事のメニューを考え、役割分担を決めた。去年のキャンプの時に食べたパエリアが忘れられなくて、それを1日目の昼食メニューに入れてもらい、夜はバーベキューとなった。
スイカ割りもしようとか、花火も沢山用意してとか、いろいろな意見を出し合いながら、計画を決めて行くとワクワクしてくる。千裕さんじゃないけど、去年の辛いキャンプの思い出を塗り替えてしまえそうだ。
その夜、今日立てたキャンプの計画を慧と拓都に報告すると、拓都は嬉しそうに歓声を上げた。私は心の中で、『よし。絵日記の一枚分は確保できた』とニンマリした。
我が家も由香里さんの所に負けず、キャンプ用品をそろえる事になった。慧は前々から家族ができたらキャンプ用品をいろいろ揃えたかったのだと、アウトドア用品売り場で手に取って見ながら嬉しそうに言った。
妊婦の私を心配しながらしぶしぶキャンプ行きを了解した彼だったけれど、実際の所一番喜んでいるのも彼なのかもしれない。
私は喜々としてキャンプ用品のうんちくを話して聞かせる彼に耳を傾けながら、心の中が安堵と喜びに溢れて行くのを感じていた。
*****
キャンプ当日は快晴で、一年前と同じ七色峡キャンプ場。キャンプ場までの道中、去年の思い出と5年前に慧と来た時の思い出がごちゃ混ぜになって甦る。何とも言えない気持ちになって小さく溜息を吐いた。
千裕さんがリベンジなんて言うから……。
余計に意識してしまうのは去年のキャンプ。あの時彼の隣にいたのは……やっぱり塗り替えよう。キャンプの思い出ごと。
そう思って運転をしている彼の方を見れば、こうしている事が夢のような気さえしてくる。まだこの幸せに慣れるには、もう少し時間がかかるかもしれない。
このキャンプ場はバンガローとテントサイトがある。今時珍しいけれどオートキャンプ場のように車の乗り入れができないので、駐車場からテントサイトまで荷物を運ばなければいけない。
現地集合した3家族は挨拶し合うと、先に千裕さんが受付をしてくれていたので、割り当てられたキャンプブースに荷物を運ぶ事になった。
「美緒、荷物は俺と拓都が運ぶから」
私は軽そうな荷物を運ぼうと手に持つと、すかさず慧の指導が入った。そんな私達を見て、千裕さんがクスクス笑っている。
「篠崎先生、あんまり過保護すぎると、妊婦さんはストレスが溜まって、お腹の子に良くないらしいですよ」
千裕さんは先日の由香里さんの受け売りそのまま、からかい気味に彼に忠告している。彼は少しむっとした顔をして「あまり無理するなよ」と言うと、食材の入った大きめのクーラーボックスを持って行ってしまった。
「ママ、僕が運ぶよ」
拓都がニコニコして、私の持っている荷物を持とうとするので、「これはママが持つから、拓都は別のを運んでね」とこちらも笑顔を返した。
拓都は慧から言い含められているので、素直に私の荷物を持とうとする。私が断ると、ちょっと困った顔をして「赤ちゃんは大丈夫なの?」と首をかしげた。私は「大丈夫だよ」と拓都が安心するように笑いかけながらも、心の中には由香里さんのように慧の過保護っぷりを咎める言葉が沸き上がっていた。
荷物を全部運び終わると3家族が協力してテント設営や食事や調理をするためのセッティング等が済み、女性3人は早速昼食の準備をする事にした。子供達とパパ達は準備ができるまでキャンプ場の散策に行ってしまった。
私達は昼食の準備の前にトイレと手洗いを済ますために、管理棟近くのサニタリーブースへ向かった。3人でお喋りしながら歩いていると、歩道の横の背の高い植え込みの向うから、「守谷先生」と呼ぶ女性の声が聞こえて来た。
思わず私達は足を止め顔を見合わせた。そして視線を植木の方に向ける。植木の向こう側は見えないけれど、風向きのせいか声はよく聞こえて来た。
「守谷先生、お久しぶりです。クリスマスパーティ以来ですね」
少し高めの女性の声が、嬉しそうに話しかけた。
「ああ、芳川先生、お久しぶりです。虹ヶ丘小学校へ来られたんですね」
慧は先生モードのしゃべり方で、受け答えしている。
「そうなんですよ。守谷先生にお会いできると思って楽しみにしていたのに、転勤されていたので残念でした」
「芳川先生、もう守谷先生じゃなく、篠崎先生になられたんですよ」
二人の会話に別の誰かが口を挟んだ。
「ああ、結婚されたんでしたね。でも、名字まで変えられるなんて思いませんでした。保護者の方と結婚されたと言うのは本当なんですか?」
やけにストレートに問いかける女性の声に、私達3人はまた顔を見合わせた。それでも、誰も声を発する事なくまた視線を植木の方に戻す。
「まあ、そうですね」
慧が答える声には微妙に苛立ちが含まれていたけれど、それ以上の説明はしなかった。
「やっぱり、噂は本当だったんですね。でも、余程美人で魅力的な方なんでしょうね。おめでとうございます」
彼女のどこか刺のある言葉に、私の中にも微妙な苛立ちが生まれた。でも、慧と一緒にいる限り、こんな事は納得済みだと自分に言い聞かせる。
植木の向こう側から慧の「ありがとうございます」と言う言葉と、どこか聞き覚えのある別な女性の「芳川先生」と言う、咎めるような声が聞こえて来た。
「おー、篠崎先生。拓都達も来てたんだ」
近づく足音と共に、聞き覚えのある男性の声が聞こえて来た。
「広瀬先生、ご無沙汰してます。今年もまた下見のキャンプですか?」
やっぱり広瀬先生だったと担任の顔を思い出しながら耳を澄ましていると、拓都の嬉しそうな「広瀬先生」と言う声も聞こえて来た。
「ああ、去年のキャンプが面白かったから、一応下見も兼ねて来たんだよ。今年も西森さん達も来てるんだね」
下見のキャンプ……これって去年と同じシチュエーション。
去年このキャンプ場で先生達と対面したシーンが頭の中に甦った。
思わず千裕さんの方を見ると、意味深な笑みを見せた。
どうやらリベンジの舞台が整ったようだった。
「ああ、西森さんと川北さんの家族と一緒に来たんですよ。でも、先生達と一緒になるなんて思っていなかったなぁ」
慧はそう言うと、西森さんと川北さんを紹介した。お互いに挨拶をしている声が聞こえる。
「今年もキャンプファイヤーをするので、是非皆さんで来てください」
キャンプファイヤーと聞いて、子供達が歓声を上げた。「こちらこそ是非参加させてください」と言う慧の声が聞こえ、その後パパと子供達はその場を離れたようだった。
「なんだか、去年とよく似た展開だね」
千裕さんがポツリと言った。その言葉を合図に、私達は動き出した。
「まあ、美緒は気にする事無いよ。後ろ指さされる様なやましい事がある訳じゃないし……きちんと結婚して、お腹の中に赤ちゃんまでいるんだから。堂々としてなさいよ。それから、この事はパパ達には聞かなかった事にしておこうね」
由香里さんに言われなくても分かっている事だけど、彼女達が私を気遣ってくれるのが分かるから……。
「ごめんね。気を遣わせて……私の事なら心配無いから、ねっ」
「美緒ちゃんの方こそ気を遣ってると、ストレスになるよ」
千裕さんが私の心情を見透かして釘をさす。
ううっ、この二人には敵わない。
さっきの事は忘れるのが一番。彼がモテる事は想定内なんだから……。
それでも、先生達と顔を合わせるのはやっぱり億劫だなと、私は二人に見つからないように小さく嘆息したのだった。
今回も読んでくださりありがとうございます。
次の後編で無事に終われるのか、少し不安ですが
頑張ります。