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いつか見た虹の向こう側  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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#28:未来に続く虹【後編】 

 私達はその後すぐに、慧の実家へ連れ出された。慧に言われるまま、泊りの用意をして、車で3時間の実家へ向かう。今日のスケジュールについて何も聞かされていなかったので、私は戸惑いの方が大きかったが、もうこの先の事は慧に任しておこうと決心すると、開き直りも早かった。

 車の中で彼が拓都に、私達は本当は7年前からの知り合いで、その頃からお互いが好きだったのだと話した。拓都は驚いたけれど、納得もいったようですんなりと受け入れてくれた。



「慧君、おかえりなさい。わー、美緒ちゃん、拓都君、いらっしゃい。来てくれるの、ずっと待ってたのよ」

 守谷家の玄関を入ると、慧の兄嫁の詩乃(しの)さんが迎えてくれた。私は今までの事を知られているのだと思うと気後れしてしまったけれど、詩乃さんの心からの笑顔の歓迎に、何とか挨拶を返す事が出来た。拓都も緊張をしているようだけれど、元気よく挨拶をしている。私はホッとして、そっと息を吐き出した。


「親父達、いる?」

 

「みんな揃っているわよ。もう首を長くして待ってたんだから」

 待っていてくださったんだ……。

 詩乃さんの言葉に、私はまたまた気後れする。申し訳ない気持ちが胸をふさぐ。


「美緒、何も心配する事無いから。美緒の事情はみんな分かってるよ。美緒がそんな顔をしてると、拓都が心配するだろ」

 慧が私の表情を見て、そっとささやいた。

 あ……そんなに表情に出てたんだ。情けないな……拓都もいるのに。しっかりしなきゃ。

 拓都はいきなり知らないところへ連れて来られて、もっと心細いだろうに……。

 私は、繋いでいた拓都の手をぎゅっと握った。それに反応して私の方を見上げて来た拓都に、大丈夫と言う代わりにニッコリと笑って見せた。


 開放的な広いリビングに入って行くと、皆が笑顔で迎えてくれた。ご両親にお兄さん、そして子供達。挨拶をして、拓都は初めてだからお互いに紹介しあった。

詩乃さんが出してくれた紅茶を飲んで雑談した後、慧のお兄さんの子供達が遊ぼうと拓都を誘ってくれた。拓都は自分より年下の子供と遊ぶのが初めてだったので、少し気遅れしていたけれど、上の女の子の(あおい)ちゃんがとても積極的に誘うので、押されるように付いて行った。その様子を見て、皆が笑う。私は守谷家の人々の温かさに、癒された。


「美緒さん、今まで大変だったね。慧が美緒さんの大変な事に気付かずにいたから、一人で苦労させてしまったね。本当に私達も申し訳なく思っているんだよ」

 子供達がいなくなると、慧の父親が謝罪の言葉を言った。そんな事を言われると思わなかったので、私はとても驚いてしまった。


「とんでもないです。私が慧さんに何も言わずに突き放して傷つけたんです。慧さんは悪くないんです」

 

「親父、そんな事言ったら、美緒が余計に負い目を感じるだろ。もうそのことは解決してるんだから、もう言わないでやって欲しいんだよ」

 慧が私のためにお父さんを諌めてくれた。

 こんな私の全てを受け止めて、守ってくれる慧に、今更ながら胸が震えた。


「ああ、そうだね。私も気が回らなくて、すまなかった。美緒さん、気にしないで下さいね」

 

「そうよ、過ぎた事はもう振り返らないの。今こうして二人が一緒にいてくれるのなら、何も言う事が無いじゃないの」

 慧のお母さんにまで責められて、余計にお父さんに申し訳なくなった。


「美緒さん、慧とあなたが再会して、再びこうして一緒にいてくれる事は、私達にとっても、とても嬉しいことなんですよ。こんな息子ですけど、婿(むこ)に貰ってやってください。お願いします」

 ええっ? ……婿?

 それはどういう意味? 

 私は驚いてしまって、隣に座る慧に答えを求めるように見つめた。


「なんだおまえ、美緒さんに言ってないのか?」

 私の驚いた様子を見て何かを悟った父親が、慧に問いかける。


「拓都の事があったから、言えなかったんだ。ごめん美緒。早く美緒と拓都を守りたくて結婚って言い出したけど、それに付随するいろいろな事を考えてなかったんだ。それで親父に、篠崎家の跡取りである拓都をどうするつもりだって言われて……それなら俺が篠崎家に入れば問題ないと思って、親父達にはそう言ってたんだけど、美緒の方には拓都にOK貰うまでは、何も言えなくて……でも、いいだろ? 俺が篠崎になってあの家に一緒に住んでも……」

 えっ……。

 そんな事、考えていたの?

 私が驚いたまま絶句していると、彼の母親が溜息を吐いた。


「慧も肝心な所で詰めが甘いわね。もうこれは我が家の男達の伝統かしらね」

 そう言って苦笑する母親に、詩乃さんも「伝統だと思います」と言ってクスクス笑っている。


「まあ、そう言う事で、我が家の方は長男が継いでくれているからね、心配は要らないよ。だから、どうだろうね? ちょっと頼りない息子だけど……」


「ありがとうございます。もったいないお話です。……でも、慧は姓が変わってもいいの?」

 私は彼の両親に向かって頭を下げた後、彼の方を向いて問いかけた。


「そんな事……美緒と結婚できるなら、大したことないよ。ちょうど学校も変わるから、始めから篠崎姓なら、違和感無いだろ。だから、今月中に籍だけでも入れたいんだ。結婚式は落ち着いてからでもいいから……」

 ……今月中に籍を入れる?

 目が点になるって、こんな時に言うのだろうか?

 私は驚いて目を見開いたまま固まってしまった。


「慧、おまえ、一人暴走し過ぎだぞ。美緒さんともっと話し合わなきゃ」

 さっきまで傍で様子を見ていた彼の兄が、(とが)めるように言った。


「美緒、ごめん。拓都に話すまでは美緒と結婚の話は出来ないって思い込んでいたんだ。でも、自分の中ではある程度計画立てていて……それが、拓都にOK貰ったら、美緒と話さなくちゃいけないって思っていた事、全部吹っ飛んでしまって……俺舞い上がってたみたいで……申し訳ない」

 彼は、しゅんとしてそんな事を言うけど、そんなに舞い上がって余裕の無いように見えなかったのに……。

 でも、私は彼が舞い上がる程喜んでくれてたのかと思うと、嬉しさが込み上げて来た。

 すると、詩乃さんがクスクス笑い出した。


「慧君、ずっと想い続けた美緒ちゃんと結婚できるからって、舞い上がり過ぎだよ。美緒ちゃんの意見も聞かなきゃ」

 

「そうだな。美緒はどうしたい? 俺が篠崎姓になるのはいいのか?」

 皆が注視する中で、彼が私に優しく問いかけるけれど、私は恥ずかしくてならなかった。

 彼が私と拓都のために考えてくれた事は、全て私が望んでいた事だ。何も言わなくてもこちらの事情を全て受け入れてくれている彼の思いやりが、有難過ぎて気持ちが高ぶり、目頭が熱くなった。


「あなたは、本当にそれでいいの? 私の方の事情をすべて受け入れて、我慢してる事は無いの?」

 もう私の目は決壊寸前で、鞄の中からハンカチを取り出し、握りしめた。


「我慢なんてする訳ないだろ? 俺がそうしたいんだよ」


「ありがとう……嬉しい」

 もう、彼の方を見られなかった。決壊した涙が、次々と流れだし、用意したハンカチがそれを吸い込んで行く。彼が私の肩を抱き寄せた。肩に掛けられたその手の温かさが、じんわりと身体中に広がりだす。


「慧、美緒さん、おめでとう」

 ご両親、お兄さん夫婦の祝福の言葉が、また新たな涙を誘いだした。



 その後彼は、舞い上がっていた割には抜け目無く、用意していた婚姻届を取り出し、皆の前で署名する事になった。そして、彼の両親に証人欄にサインをしてもらい、3月31日の仕事の後、提出しに行く事になった。

 あまりに早い展開に、頭が付いて行かない。それでも皆がニコニコしているから、これで良かったんだと思う。

 拓都もすっかり、お兄さんの子供達に懐かれ、弟か妹のできる予行練習になったようだ。二人が拓都の事を「拓都お兄ちゃん」と呼ぶのが嬉しかったらしい。


 その夜は、お祝いだからと予約してあった中華料理のお店に全員で出かけた。個室の丸テーブルの上には幾種類もの料理が並び、皆で乾杯する事になった。


「慧と美緒さんの結婚と慧と拓都君の親子縁組を祝って、乾杯」

 お父さんの音頭で乾杯をする。私と拓都を受け入れてくれた皆の笑顔が嬉しかった。


「拓都、もう俺の事は守谷先生って呼んだらダメだぞ。パパだからな。それに篠崎になるんだし……それから、俺の両親は拓都のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんだからな、それと、俺の兄貴とお義姉さんは、伯父さん伯母さんで、今日一緒に遊んだ葵と奏は拓都の従兄弟(いとこ)だぞ」

 彼は、酔って上機嫌で拓都に話している。口調も先生の時とは砕けている。拓都はそんな彼に少し驚いているようだったけれど、皆の笑顔につられるように笑っている。それでも拓都もどこか嬉しそうで、そんな拓都の笑顔を見つめながら、私はゆっくりと幸せを噛み締めた。


 彼と再会した1年後にこんな幸せが待っているなんて……あの頃の私に教えてあげたいぐらいだ。

 泣かなくてもいいと、あなたの運命は彼に繋がっているのだからと……。

 そして、私と彼の前には未来に続く虹が架かっているのだからと。




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