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いつか見た虹の向こう側  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
77/100

#25:噂の功罪

お待たせしました。

書いていると、ドンドン長くなって、

なかなかゴールに到達できません(涙)

気長にお付き合いくださいね。


「じゃあ、この前みたいに少し早い目においでよ。美緒に一目でも会いたいからさ」

 明日の夜、広報の会議があると告げると、慧はそんな風に言った。

 千裕さんにカミングアウトした2月15日から、もう20日以上、彼には会っていない。もちろん、電話では話しているけれど……。


 ――――プライベートでは会わない。

 自分たちで決めたルールは、会いたいと言う言葉さえ言えなくしてしまう。

 けれど、こうして大義名分があれば、一目ぐらい会えたら……ううん、見るだけでも……と思ってしまうのが、恋するゆえの(おろ)かさなのか。

 そして、贅沢にも、彼の方から「会いたいから」なんて甘い言葉をくれたりなんかするから、恥かしさの余り「拓都に夕食を食べさせてからだから、早くいけるかどうか分からない」と相変わらずの天邪鬼な私。


「ハハハ、分かってるよ。来れたらでいいから、待ってるよ」

 天の邪鬼な私を分かっているからなのか、そんな風に言う彼。そして、そう言われると、何としても早く行こうとする私の行動心理まで読んでいるのだとしたら、始末に負えない。

 なんだか慧の掌の上で、ジタバタするだけの自分。けれど、それが心地良いと思ってしまっている私は、本当に愚かだと思う。


 昨日、穂波ちゃんの結婚の話を聞いて、結婚と言う現実をあらためて思い知ったような気がした。ただ、好きだと言う気持ちだけでは、踏み出せない現実。それでも、相手を思う気持ちが無くては、成り立たない現実。

 けれど私の現実は、こうして彼と電話と言うツールで繋がって、恥ずかしくなる程の甘い言葉を天の邪鬼で受け止めて、それだけで精一杯で……。だから、結婚に関する不安を、自分から彼に話すのも、自分自身が考える事すら、現実味のない事だった。

 やっぱり、彼が結婚について具体的に話し出すまでは、考えたって仕方ないよね?

 そんな風に自分自身に言い聞かせ、面倒な事は封印してしまう事にしたのだった。



 3月9日水曜日、今日は広報の3学期第二回目の会議がある。けして慧に言われたからじゃないのよと自分に言い訳しながら、拓都を急かせ、慌てて学校へ来てみれば、20分も前に到着してしまった。

 一瞬車で少し時間を潰した方がいいだろうかと思ったけれど、もし待っていてくれたら申し訳ないと、やはりすぐに行く事にした。

 小学校の玄関のドアのガラス越しに中を覗くと、誰もいなかった。やっぱり早すぎたんだと落胆しながらも、ドアを開け中に入り、スリッパに履き替えようとしていた時、近づく足音が聞こえた。


「こんばんは、篠崎さん」

 担任モードの彼がニッコリと笑う。それだけで心臓がドキリと跳ねる。彼の姿を見るのは、どこかまだ慣れなくて、「こんばんは」と言いながら、おずおずと微笑めば、彼はさらに近づいて来た。


「早く来てくれて、良かったよ」

 そ、そんな、女性の心を鷲掴みにするような笑顔で言わないで。


「急いできたら、早く来すぎちゃったみたい」


「そんなに俺に会いたかった?」

 彼は私の方へ顔を近づけ、声を(ひそ)めると、ニヤリと笑って言った。


「な、なに、言ってるの!」

 近づいた彼の顔から逃げるように、思わずのけぞる。

 その時、観音開きの玄関ドアの片方が、思い切り開いた。一気に外の冷気が入って来る。

 その音に驚いた私達は、同時に玄関ドアの方を振り返った。


「こんばんはぁ」

 嬉しそうに、否、ニヤニヤ笑った千裕さんが、能天気に明るい挨拶と共に入って来た。

 千裕さん、いつもより早いんじゃ……。

 そして彼女は「やっぱり」と呟くと、スリッパに履き替えて、私達の傍にやって来た。

 そこでやっと我に返った私達は、「こんばんは」と挨拶をした。


「この前の会議の時も、私が来た時ここで二人で話してたでしょう? プライベートでは会わないって言ってたから、こんなチャンスに会ってたのかなって思い出して、二人の事まだどこか現実味が無いから、確かめるために早めに来てみたの。それにしても、いつ誰が来るかもわからないこんな場所で、イチャイチャしてたら、危ないですよ」

 千裕さん、イチャイチャって……。


「西森さん、そう思うなら、ゆっくり目に来てください。それに、自分のクラスの役員さんを見かけて声をかけただけですが、おかしいですか?」

 イチャイチャと言う言葉にも反応せず、冷静に話す彼の落ち着きぶりに驚きながらも、その言葉、変じゃないですか?

 その時、千裕さんがぷっと吹き出した。


「ゆっくり目に来て下さいって……それって、私、お邪魔虫って事ですか? 守谷先生、キャラ違いますから!!」

 ケタケタと嬉しそうに笑う千裕さんを、私はただ唖然と見つめていた。


「西森さん、冗談が過ぎますよ。それに、この間話した事は、本当の事ですから、わざわざ確かめなくても大丈夫ですよ」

 あくまでも担任モードで対応する彼を、さすがだと思っていると、千裕さんがエヘヘと笑いながら「すいません」と謝った。


「じゃあ、そろそろ時間なので、会議頑張ってください。帰りは気を付けて」

 彼がそう言うと、私の方を見て小さく頷いた。そして、背を向けると職員室の方へ去っていく。

 えっ、もう、行っちゃうの? 

 まだもう少し時間があるけれど、千裕さんが来ちゃったからかな……。

 彼の背中を唖然と見つめながら、彼と会ってからの数分間、私は殆どしゃべる事が出来なかった事に気付いたのだった。


「美緒ちゃん、お邪魔虫でごめんね?」

 千裕さんが申し訳なさそうな顔で謝って来た。何となく物足りなさは感じたけれど、仕方のない事。


「ううん、一目見れただけで満足だから……それより、私達の事、信じられない?」

 

「いやいや、そう言う訳じゃないんだけどね? 今まで何度も役員会の時なんかに3人で話をしたりしたのに、二人ともそんな事おくびにも出さなかったから……ちょっと現実味無いと言うか……」

 

「まあ、当事者の私もイマイチ現実味が無いんだけどね」

 私は、苦笑しながら言った。

 

「でもさぁ、守谷先生って美緒ちゃんといると、キャラ違うよね?」

 千裕さん、なんて事、訊いてくるのよ。


「やっぱり保護者の前では、担任モードなんだと思うけど……誰だって、仕事とプライベートでは違うでしょう?」


「まあ、そうだけど……守谷先生の意外な一面が見れて、面白かったよ。でも、おばちゃんは羨ましいですよ。あんなにカッコよくて、イケメンの彼がいる美緒ちゃんが……」

 千裕さん、それ笑えませんから……。


「もうぉ、何言ってんですか」

 私が呆れたように言うと、千裕さんはアハハと笑い出した。

 何だかこれからもこんな風にからかわれる様な予感がして、心の中で盛大に溜息を吐いたのだった。


 夜の図書室に、いつもの広報メンバーが集まって来た。今日が最後の会議だからなのか、全員出席だ。その上に、2学期から夜の部に参加している本部役員さんもしっかりと参加していた。

 今回も私は記事の入力をする事になった。依頼していた卒業生へのはなむけの言葉の原稿の内、校長と6年生の担任は原稿をデータで貰っていたので、チェックして文字数を合わせるだけで良かったが、PTA会長の分は入力から始めた。

 他の皆は、前回大まかに決めていた記事の配置や見出しの最終決定や、バリアフリーの写真や記事の間に載せるイラストを選び、配置を決めていた。


 私はPTA会長の記事を入力しながら、ふと、そう言えば彼のファンクラブはどうなったのだろうと思い出した。PTA会長の取り巻きたちがメンバーだって言っていたっけ……。

 私が彼の相手だと知ったら、どう思うんだろう?

 私なんかが相手だと、許せないって思うんだろうか?


「ねぇ、ねぇ、知ってる? 愛先生、来年度は虹ヶ丘小学校から出るらしいんだって」

 本部役員さんが、広報委員長に話しかけた。大きなテーブルを皆で囲んで作業をしているので、全員に声は聞こえているだろう。作業をしていた全員が、そっとそちらに視線を向けたのが分かった。もちろん私の視線と意識も、引き寄せられた。

 この二人はどうしてこんなに先生達の話題に詳しいのだろうか?

 まさか、私と慧の事は知られてないよね?


「えっ? 愛先生ってまだ2年目じゃないの?」

 委員長は知らなかったのか、驚いて訊き返している。


「そうなのよ。そんなに早く出るなんて、希望を出していても難しいらしいのに、何か出たい理由があったのかなって皆で噂してたんだけど……その時出た意見で一番多かったのが、結婚説なのよ」


「結婚説? って、まさか……守谷先生?」

 委員長が驚きながらも、思い当った答えを口にした。その名を聞いた途端、私の手は止まり、作業しているふりをしていた視線をまた委員長達の方へ向けた。


「そうなの。結婚するのに同じ学校にいるのはまずいでしょう? それで、愛先生の方が出るんじゃないかって……」

 私は聞きながら、頭の中を『なぜ?』と言う思いが充満していく。その時、千裕さんが私の方を見て、ニコッと笑い、ポンポンと私の腕を叩いた。それは『大丈夫だから』と言ってくれているようで、頭の中の『なぜ?』が一気に霧散していった。


「でも、出るなら守谷先生の方でしょう? 守谷先生の方が長いんだから……」

 ああ、本部役員さん達は、彼が虹ヶ丘小学校を出る事は、知らないんだ。

 昨夜の電話の時、異動の内示が出たと言っていた。その時は愛先生の事は何も言っていなかったけど……わざわざ言わないか。


「そう思うでしょう? だから、PTA会長が引き止めてるんじゃないかって……」

 本部役員さんがそう言うと、委員長は納得いったと言うように頷いた。


「違いますよ」

 千裕さんがいきなり、委員長達に向かって声をあげた。

 えっ? 千裕さん、何を言うつもり?

 私は驚いて、千裕さんの方を見た。委員長達も驚いた顔でこちらを見ている。


「愛先生と守谷先生の結婚説は、無いと思います」

 千裕さんは委員長達に向かって、言葉を重ねる。

 ま、待って、何を言い出すつもり?

 私は焦って千裕さんの腕を掴んだ。千裕さんは私の方を見て、又ニコッと笑った。さっきと同じ『大丈夫だから』と言っているように。


「西森さん、何か知ってるの?」

 委員長が怪訝な顔で尋ねる。


「ええ。この前の会議の時、守谷先生が愛先生を送り迎えしてるって聞いたでしょう? だから、クラス役員の会議の時、守谷先生と役員の3人だけで話すチャンスがあったから、訊いてみたの。そうしたらやっぱり、愛先生とは関係ないって言われちゃって……個別懇談の時にも言われたから、もう2回目でしょう? そんなに否定するんだから、やっぱり関係ないのは本当かなって思うんだけど……」

 ドキドキしながら千裕さんの話を聞き、その内容にホッとした。けして嘘ではない。その後に知った真実を言わないだけで……ありがとう、千裕さん。


「ひや~西森ちゃん、勇気あるぅ」

 メンバーの中の一人が声をあげた。皆聞き耳を立てていたみたいだ。


「そっか……そうしたら、結婚説は無しなんだ」

 委員長は気の抜けたように言った。


「じゃあ、愛先生はどうして出るんだろう? 何か他に考えられる?」

 本部役員さんが、皆に向かって問いかけたけれど、皆首を横に振る事しかできなかった。

 

 千裕さんの話をどこまで信じるか分からないけど、愛先生との噂が消えてくれるといいのにな……と思いながら、好奇心による噂で傷つく人がないよう願うばかりだった。





 

 

 

 

美緒はずっと慧の噂に翻弄されてきましたが、

二人の気持ちが通じ合えるきっかけになったのも

噂を聞いた千裕さんの言葉によるもの。

それを噂の功とするなら、その噂で美緒が傷ついた事が罪なんでしょうね。


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