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いつか見た虹の向こう側  作者: 宙埜ハルカ
第二章:婚約編
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#09:インフルエンザ【前編】

お待たせしました。

季節先取りの話題ですが(季節外れとも言う)

1月の頃を想像して読んでください。

どうぞよろしくお願いします。

「ママ、おはよう」

 3学期が始まって、一週間がたった。毎日元気よく起きてくる拓都に笑顔で「おはよう」と返す。冬休みなどの長いお休みよりも、学校へ行ける方が嬉しい拓都は、朝は起こさなくても機嫌よく起きてくる。拓都の元気な挨拶の言葉が、私にとって今日一日の活力になるのだ。


「ママ、あのね、インフルエンザが流行ってるんだって。守谷先生が、手洗いうがいをしっかりしなさいって言ってた」

 朝の食卓で、拓都が急にこんな事を言い出したのは、たった今テレビでインフルエンザの話題が出ていたからだろう。それにしても、突然彼の名前が出てきただけで、私の心臓は正直にドキリと跳ねた。


「そうだね、インフルエンザは高いお熱が出てしんどいし、何日も学校を休まなくちゃいけないから、守谷先生の言うように手洗いうがいをしっかりしようね」

 毎年、インフルエンザの予防接種はしているが、3歳から集団生活の中にいる拓都は、貰ってしまう事がある。それでも、酷い事にならないのは予防接種のおかげなのだろうと思う。だからと言って油断してはいけないと思っているので、手洗いうがいは普段からも言ってきたが、あらためてインフルエンザの予防のためにと言う事で、なおざりになっていた手洗いうがいを真面目にしなくてはと私自身思い直したのだった。

 拓都には私の言葉よりも、担任の言葉の方がしっかり頭に入るようで、その辺は少し悔しい思いもあるのだけれど……。


 その日、仕事が終わって拓都を迎えに行くために小学校へ向かった。学童保育の建物は小学校の校庭の片隅にあるので、駐車場は先生達と同じところへ停める事になる。時々帰って行く先生と駐車場で会って挨拶する事もあるのに、慧とは会った事がなかった。

 ちょっと出て来てくれたら会えるのに……。

 そんな風に思ってしまう自分を、慧は仕事が忙しいのと諌めながら、校舎の職員室の明かりの方を見つめた。


 拓都を迎えに行き、駐車場に止めた車まで歩いている時、いつもの拓都のおしゃべりが始まる。


「あのね、今日、翔也君お休みだったんだ」


「えっ? 翔也君が? どうしたの?」

 翔也君というのは千裕さん所の次男だ。学校を休んでいるというのは病気だろうか?


「えっと、インフルエンザだって」

 なんとタイムリーな! 今朝インフルエンザの話をしたばかりだったのに。流行っていると言うのは、学校でと言う事だったんだろうか?

 それにしても、インフルエンザと聞くと、拓都が保育園時代を思い出す。たった二人の家族だから、拓都が熱を出して寝込むと、買い物さえもままならなくて困っていた時、由香里さん達シングルマザーの友達が、何も言わなくても簡単にできるものやすぐに食べられる物などを見繕って買って来てくれた事が、涙が出るほど嬉しかった。だから、すぐに千裕さんに電話をしてみた。


「千裕さん、翔也君、インフルエンザなんだって?」


「そうなのよ。智也が先にもらって来て、翔也にうつっちゃったのよ」

 智也君と言うのは、翔也君のお兄ちゃんだ。


「えー! 二人続けてなの? それは大変。千裕さんもうつらない様に気をつけなくちゃね」


「そうよ、私は手洗いうがいとマスクで防御してるけど、子供の世話をしなくちゃいけないから、危ないかもしれない。子供達は世話をしやすいようにリビングに寝かせてるんだけど、パパなんて隔離よ隔離。パパだけ2階で生活してもらって、家庭内別居って感じよ」

 よほど看護のストレスが溜まっていたのか、千裕さんは一気にまくし立てるように話した。

 やれやれ、どうやら今のところは元気らしい。子供が治った後が危ないのよね。張り詰めていた気が抜けると、抵抗力が弱まってしまうから……。


「千裕さん、子供達が寝込んでたら、外へも出られないでしょう? 買い物とか、手伝える事があったら、遠慮せずに言って?」


「美緒ちゃん、ありがとうね。買い物はパパに頼んであるから、大丈夫だよ。心配かけて、ごめんね」


「そっか……じゃあ、うつらないよう気をつけて、子供達お大事にね」

 家族の中に大人は自分だけしかいないと言うのが普通だったから、パパという大人がもう一人、家族の中にいる事に気づかなかった。

 電話を切って、しばらく逡巡した後、やっぱりお見舞い代わりに何か買って届けようと、スーパーへ向かって車を走らせた。



 スーパーで、熱がある時子供が欲しがるゼリーやプリン、それから水分摂取のためにスポーツ飲料、その他には、リンゴやバナナなどの果物と、看病で思うように食事が取れない母親用に菓子パン等を買い、千裕さんの自宅を訪ねた。


「えー、美緒ちゃん、どうしたの?」

 電話で話をしたから、まさか訪ねてくるなんて思っていなかったのだろう千裕さんは、玄関のドアを開けるとマスクから出た目が大きく見開いた。


「お見舞いだけでも届けようと思って……」

 そう言ってニッコリ笑うと、千裕さんはヘニャリと情けないような顔で笑い「美緒ちゃんたら……」とマスクの中でもごもご言っている。


「じゃあ、お大事にね」

 私はスーパーの袋ごと千裕さんに渡すと、長居をしては気を遣わせるので、すぐに帰る事にした。


「ありがとう。拓都君にもよろしくね」

 いつも余裕有り気な千裕さんの疲れたような笑顔が、看護疲れのピークに来てる事を思わせた。でも、この後のフォローはご主人の役目。千裕さん達夫婦の醸し出す信頼関係に裏打ちされた確かな絆が、今の私には羨ましかった。



 それにしても、小学校でインフルエンザが流行りつつあるのだろうか?

 慧は大丈夫なのかな?

 私は自分がインフルエンザにかかって大変だった時の事を思い出して、一人暮らしの慧を思った。

 熱が出て動けない時、一人暮らしは辛い。

 慧は私を頼ってくれるだろうか?

 私は熱を出して苦しんでいる慧を想像して、思わず携帯を掴んだ。


 『小学校でインフルエンザが流行っているみたいだけど、慧は大丈夫ですか? 

 熱が出てしんどい時は、駆けつけるから、必ず連絡ください』

 私は祈るような気持ちでメールを送った。


 しばらくして携帯が着信を告げたのはメールでは無く、電話だった。


「美緒、メール見たよ」


「慧、大丈夫?」

 私が思わずそう訊くと、突然彼は笑い出した。


「美緒、西森さんところの翔也がインフルエンザで休んだって聞いたんだろう?」

 笑いながら訊く慧に、「そうだけど……」と答えると、「やっぱりな」と笑っている。


「えっ? どう言う意味?」


「俺までインフルエンザになったって想像して、心配してたんじゃないのか?」

 言い当てられて、急に恥ずかしくなって、返す言葉に詰まってしまった。


「美緒、大丈夫だから。美緒が心配してくれるのは嬉しいけど、まだなってもいないのに先走りして心配されてもな」

 慧はまだ笑いをふくんだ声で言い募る。


「なによ、慧が一人暮らしだから、高熱が出たら大変だろうと思って……」

 私は憮然と言い返した。心配してるのに、迷惑みたいに言われても……。


「わかってるよ。でも、俺も毎日子供たちと接しているんだから気を付けてるよ。予防接種もしてるし、手洗いうがいはもちろんだし、食事も睡眠もしっかり取ってる。それでもインフルエンザになってしまったら、その時はその時だよ」


「だから、その時には私を頼って欲しいの。仕事の帰りに買い物や食事の用意ぐらいは出来ると思うから……」


「美緒………、わかった。その時は美緒に甘えるよ」

 急に甘くなった彼の声にたじろぎ、私は「絶対だよ」と念を押した。

 と言うのも、以前私にうつる事を心配して連絡してこなかった事があったからだ。

 彼もその事を思い出したのか、少し慌てた口調になった。


「わかった、わかった。大丈夫だから。それより、美緒の方が心配だよ。拓都もいるんだから。美緒の方こそ、困った時は俺に甘えろよ」

 彼の言葉を嬉しいと思いながらも、素直に返事できず「守谷先生に個人的に甘えてもいいんですか?」なんて、シラっとして言った。


「みーお」と呼ばれて、私はクスクスと笑いだした。そして、「頼りにしてまーす」と笑いながら言うと、彼から「本気で言ってるんだからな」と少し怒った声で返ってきた。

 ああ、調子に乗り過ぎてしまった。

 すぐに素直に謝ると、彼はフッと緊張を緩めたような穏やかな声で「まあ、お互い様だな」と言うと続けて念を押すように言った。


「俺のクラスはインフルエンザ、翔也が最初だけど、他の学年はどんどん増えてる。もしかすると学級閉鎖とか学年閉鎖になるかも分からないから、拓都に気を付けてやってくれ。それに、美緒がかかったらもっと大変なんだから、しっかり予防しろよ」

 少し担任モードの入った彼の言葉に、今度こそは素直に「はい」と返事を返したのだった。


     *****


 翔也君が休んだ二日後の木曜日、お昼休みがもうすぐ終わろうとしている頃、ポケットに入れた携帯が着信を告げた。子供がいるといつ連絡が入るか分からないと言う事で、携帯は常に携帯している。なんて洒落のようだが、私に連絡を取れない時は、お隣のおばさんの所へ連絡してもらうよう届けてあるので、迷惑をかけないためにも、いつでも連絡が取れるように携帯電話を携帯しているのだった。

 携帯の上蓋の小さな窓を見ると「K」の文字。それだけで心臓がドキンと跳ねる。

 こんな時間に……拓都に何かあったのか。

 私は拓都がジャングルジムから落ちた時の事を思い出して、慌てて廊下へ出ると携帯を繋いだ。


「篠崎さん」

 担任モードの慧の声に胸が震える。


「拓都に何かありました?」

 慌てて問いかけながら、私は覚悟をした。


「拓都君の熱が高くて、もしかするとインフルエンザかもしれません」

 ああ、とうとう来たか……。

 翔也君と仲が良い拓都だから、もしかするとうつっているかもと、心のどこかで覚悟はしていた。

 

「インフルエンザ……今朝は元気だったのに……」


「午前中はいつもと変わりないと思ったのですが、給食の時間になって気持ち悪いって赤い顔をして言いに来たので、額に触ってみるととても熱くて……すいません。早く気付かなくて……」


「いいえ、私の方こそ、ご迷惑をおかけしてすいません」

 彼が担任モードを崩さないのは、周りに人がいるのだろう。

 彼の担任モードに、私も保護者モードで話す。1ヶ月ほど前までは、こんなに距離のある話し方をしていたのだ。


「今、拓都君は保健室で寝ています。迎えに来れますか?」


「はい、すぐに行きます」

 そう答えながら、私は頭の中で、今手掛けている仕事を誰に頼もうかと考えていた。インフルエンザなら、明日も休まなければならないだろう。


「それじゃあ、私は午後の授業がありますので、保健室の本郷先生に頼んでおきます。気を付けて来て下さい」


「わかりました。よろしくお願いします」


 電話を切った後、大きく溜息を吐いた。

 彼に気を付けるよう言われていたのに……あれからたった2日で発症するなんて……。

 泣きごとは言っていられない。

 私は気を引き締めて、早退するための算段を頭の中に巡らせたのだった。



 

 




 

本当はもう少し先まで書く予定だったのですが、

長くなりそうだったので、ここで切りました。


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